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追放された夫が遺した手紙には私が知らない真実が記されていた  作者: 渚月(なづき)


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第六話 夜会の裏側

王宮の夜会への招待状が届いたのは、フェリクスとの作戦会議の最中だった。



差出人は宰相のシュトラウス公爵。


ヴァレンシュタイン伯爵夫人として、故伯爵の追悼の意を込めた席だという。



「罠でしょうか」



私が聞くと、フェリクスは招待状をじっと見つめた。



「罠かもしれない。けれど——好機でもある」



「好機?」



「夜会の夜は警備が分散する。エレノアが文書庫に入る隙ができる」



エレノアが頷いた。



「夜会の混雑に紛れれば、閲覧記録も誤魔化せます。大量の来客で記録が膨れ上がるから」



「私が夜会で注目を引いている間に、エレノアさんが文書庫に?」



「そうです。けれどリーゼ、あなたには別の役割もある」



フェリクスが地図を仕舞い、代わりに一枚の名簿を出した。



「夜会の出席者リストだ。この中に、北方の違法採掘に関与している貴族が少なくとも三名いる」



「観察するんですね」



「ええ。彼らの会話、立ち振る舞い、誰と親しくしているか。それが後の証拠を補強する」



「分かりました」





夜会当日。



黒いドレスに身を包み、王宮の大広間に足を踏み入れた。


クラウスの喪が明けて間もない未亡人。周囲の視線が刺さる。



同情か。好奇か。それとも——警戒か。



宰相のシュトラウス公爵が近づいてきた。


白髪の老人だが、背筋が伸びている。目は鋭い。



「ヴァレンシュタイン夫人。お越しいただき感謝する」



「お招きありがとうございます」



「クラウス伯爵は惜しい人物だった。外交官として、将来を嘱望されていた」



(……この人は、何を知っているのだろう。)



「ありがとうございます。夫も公爵のことを尊敬しておりました」



社交辞令を交わしながら、広間を見渡した。



フェリクスの名簿にあった三名を探す。


広間は百人以上の貴族で埋まっている。蝋燭の光が宝石に反射して、まるで星の海のようだ。



けれど、私の目は星ではなく影を追っている。



私の目は星ではなく影を追っている。



フェリクスに教わった通りに観察する。


会話の内容だけではない。目線の動き、声のトーン、立ち位置、誰と距離を取り誰と近づくか。



人間は言葉よりも体で多くを語る。


外交官の妻として身につけた観察力が、今夜は武器になる。



一人目を見つけた。


一人目——北方の鉱山を所有するグリューネヴァルト辺境伯。赤ら顔の大柄な男。


二人目——王都の商会を仕切るベッカー男爵。痩せ型で目が小さい。


三人目の名前は——まだ確認できていない。名簿には「宮廷関係者」とだけ書かれていた。



広間の奥で、辺境伯とベッカー男爵が話している。


近づいて、聞こえる距離で立ち止まった。



「北方の件は順調か」



「ああ。今期の産出量は昨年の倍だ。ルートも安定している」



「王太子殿下のご意向は」



「変わらない。計画は予定通りだと」



(……王太子の名前が出た。直接的な言及ではないけれど——。)



会話の内容を記憶する。


観察。記録。後で書き起こす。



辺境伯の右手が、無意識にポケットに触れた。


中に何かが入っている。書類か、鍵か。



ベッカー男爵は話しながら、三度、広間の入り口を確認した。


誰かを待っているのか、あるいは——誰かを警戒しているのか。



背後に気配を感じた。



「お一人ですか、夫人」



振り向くと、若い男が立っていた。


金の髪に、冷たい灰色の瞳。整った顔立ち。王族の紋章が刺繍されたマント。



ルートヴィヒ王太子。



「殿下」



心臓が凍りついた。



夫を殺した男が、目の前にいる。



「クラウスとは親しくしていた。彼の死は残念だ」



「……ありがとうございます」



「未亡人の身で夜会に出るとは勇気がある。何か、お困りのことがあれば力になろう」



笑顔だった。完璧な、王族の笑顔。



けれど目が笑っていない。



(……この人は、試している。私が何を知っているか、探っている。)



「お心遣いに感謝します。夫の遺志を継いで、伯爵家を守っていくつもりです」



「遺志。それは何かね」



王太子の目が鋭くなった。


ほんの一瞬だが——探るような光。



(……この人は、私が手紙を読んだかどうかを確かめている。)



表情を変えてはいけない。


未亡人の悲しみだけを顔に乗せろ。


それ以外の感情は、一切見せるな。



「家族を守り、領地の民を守ること。夫はいつもそう申しておりました」



「……そうか。クラウスらしいな」



王太子は去っていった。


その背中を見送りながら、拳を握りしめた。



爪が掌に食い込む。



(……こんな場所で感情を出すな。観察しろ。記録しろ。証拠を集めろ。)



夜会が終わる頃、エレノアから密かに合図があった。


文書庫への潜入は——成功したらしい。



屋敷に戻ったのは深夜だった。



エレノアとフェリクスが待っていた。


二人とも、安堵の表情を隠せずにいた。



「無事で良かった。王太子と話したと聞いて——」



フェリクスの声がわずかに硬い。



「大丈夫です。怪しまれてはいません」



「本当に?」



「ええ。未亡人の挨拶をしただけです」



「……あの男の前で冷静でいられるとは。大したものだ」



「冷静ではありませんでした。中では——ずっと拳を握っていました」



爪の跡が、掌に赤く残っている。


フェリクスはそれを見て、何も言わなかった。



けれど、上着を脱いで私の肩にかけた。


夜風が冷たかったから——そう思うことにした。



上着は温かかった。


フェリクスの体温が、まだ残っていた。



返さなければと思ったが——もう少しだけ、借りていることにした。



「命令書の写しを取りました」



エレノアが差し出した書類を見た。



「ヴァレンシュタイン伯爵クラウスを北方国境紛争地帯に派遣する件について——命令者署名、王太子ルートヴィヒ」



三つ目の証拠が、揃った。



義父の財務記録。王太子の私的な手紙。公式の命令書。



「これで——告発できますか」



フェリクスが首を振った。



「まだだ。告発する相手が問題なんだ。王太子を裁けるのは国王だけ。けれど国王は病床にある。実質的な権力は王太子が握っている」



「つまり——」



「告発先がない。権力者を告発するのに、その権力者自身の許可が要るという矛盾だ」



エレノアが言った。



「一つだけ方法がある。国王が回復すれば——」



エレノアが言った。



「一つだけ方法がある。国王が回復すれば——直接裁定できる」



「しかし国王は病床にある。回復の見込みは——」



フェリクスが腕を組んだ。



「そもそも、国王の病が本当に病なのか。王太子に都合の良すぎるタイミングで倒れた。違法採掘の報告がクラウスから上がる直前に」



「まさか——王太子が国王まで」



「可能性はゼロではない。確認する必要がある」



「どうやって」



「国王の処方薬を調べる。エレノア、魔法局で薬の成分分析はできるか」



「第三者の分析なら。けれど、処方薬の現物が要ります」



「国王の病が、本当に病なのかどうかも疑わしい」



フェリクスの言葉に、背筋が冷えた。



「まさか——王太子が国王まで」



「可能性はある。確認する必要がある」



夜が深まる。


証拠は揃った。けれど、出口がまだ見えない。



ただ一つ確かなのは——もう引き返せないということだ。



窓の外で、薔薇の花が風に揺れていた。


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