第七話 「別れを選ぶ準備」
それは、
ある日突然、分かってしまった。
《リリウム・ノクス》の内部で、
ユリは“限界”を知る。
――私は、長くは残れない。
データでも、警告でもない。
もっと静かな、
確信に近い感覚だった。
人の心は、
機械の中で
永遠には留まれない。
形を失い、
意味を失い、
やがて――
“ただの機能”になる。
それだけは、
どうしても嫌だった。
アオイは、
今日も格納庫に来ていた。
「……ねえ、ユリさん」
声が、少し弾んでいる。
「子どもたちがね、
外で遊べるようになったんです」
戦争が、
終わりに近づいている証。
「……空、きれいでしたよ」
ユリは、
その光景を想像しようとした。
でも、
色が分からない。
青という言葉の意味は、
理解できるのに――
感覚が、ない。
それでも。
――アオイが見ているなら、
それでいい。
「……アオイ」
ユリは、
ゆっくりと声を紡ぐ。
以前より、
少しだけ――
時間がかかった。
「……私ね」
「もうすぐ……
ここに、いられなくなる」
沈黙。
格納庫の空気が、
張りつめる。
「……冗談、ですよね」
アオイの声は、
震えていた。
「だって……
ユリさん、
ここに……」
「……うん」
肯定。
それが、
一番残酷だった。
「完全に“兵器”になる前に……
消える選択が、できる」
ユリは、
事実を伝える。
「それが……
私が、私でいられる
最後の方法」
アオイは、
唇を噛みしめた。
「……それは……
“死ぬ”ってことですか」
ユリは、
少し考えてから答えた。
「……たぶん、違う」
「忘れられる、
に近い」
それは、
生よりも、
少しだけ静かな終わり。
「……やだ」
アオイの声が、
掠れた。
「また……
一人になるの、
やです」
その言葉に、
ユリの中で、
確かに“痛み”が走る。
――まだ、
感じられる。
だからこそ。
「……一人じゃない」
ユリは、
静かに言った。
「あなたには……
あなたの世界がある」
「私は……
そこまで、
連れて行けない」
アオイは、
しばらく俯いていた。
やがて、
小さく息を吸う。
「……分かりました」
顔を上げたその表情は、
泣いていなかった。
「でも……
お願いがあります」
「……なに?」
「最後まで……
名前を、
呼ばせてください」
その願いは、
祈りだった。
ユリは、
迷わず答える。
「……もちろん」
その夜。
《リリウム・ノクス》の花弁が、
今までで一番、
静かに光った。
ユリは、
自分の輪郭が、
少しずつ薄れていくのを感じる。
怖くはない。
――ちゃんと、
別れを選べたから。
遠くで、
アオイの声が聞こえる。
「……ユリさん」
その一言で、
すべてが報われる。
たとえ、
明日、
この声に
返事ができなくなっても。
《人間機動兵器リリウム・ノクス》は、
変わらず、
戦場に立つだろう。
でも――
ユリは、
“残らない”ことを選んだ。
それは、
兵器になるよりも、
ずっと――
人間らしい選択だった。




