第四話 「三人目の心」
格納庫に、知らない匂いが混じっていた。
金属と油の中に、
ほんのわずか――
人の体温の残り香。
ユリは、直感で分かった。
「……来たんだ」
背後で、アオイが息を呑む。
「え……?」
二人の視線の先。
《リリウム・ノクス》の前に、
見慣れない担架が置かれていた。
布の下から、
細い指先が覗いている。
「第三適合者候補だ」
技術主任の声は、
これまでになく低かった。
「同調率――
百パーセント」
空気が、凍る。
アオイが震えながら、
ユリの袖を掴んだ。
「……百って……」
「ありえない数値だよ」
ユリの声も、
少しだけ掠れていた。
担架の布が、外される。
現れたのは、
眠るように目を閉じた少女。
年は、ユリより少し上だろうか。
傷だらけの手。
戦場を、何度もくぐってきた痕。
「……生体反応、微弱」
「もう……長くない」
その言葉に、
アオイが思わず叫んだ。
「じゃあ、どうしてここに……!」
技術主任は、
一瞬だけ目を閉じた。
「この子は……
人間機動兵器の“中”にいた」
沈黙。
ユリの胸が、
嫌な音を立てた。
「……どういう、意味ですか」
「初期型の
第一搭乗者だ」
その言葉は、
刃物みたいに、鋭かった。
その夜。
ユリは、
《リリウム・ノクス》の前に立っていた。
「……ねえ」
呼びかける。
「あなた、知ってたんでしょう」
しばらくして、
あの声が応えた。
「……うん」
否定しなかった。
「彼女は……
私の“最初”」
ユリは、息を詰めた。
「じゃあ、あなたの中にいる“声”は……」
「私だけじゃない」
静かな告白。
「これまでに、
たくさんの“人間”が、
ここに残った」
「私は……
その集合体」
アオイが、
小さく震えた。
「……じゃあ、ユリさんも……
いずれ……」
ユリは、
アオイの手を握った。
「大丈夫」
――何が?
答えは、
自分でも分からなかった。
目覚めの瞬間は、
突然だった。
第三適合者の少女が、
ゆっくりと目を開く。
「……まだ、
戦争は終わってない?」
その一言で、
全員が理解した。
彼女は――
もう、人間機動兵器の一部だった。
「名前は……?」
ユリが尋ねる。
少女は、少し考えてから言った。
「……思い出せない」
それでも、
微笑んだ。
「でもね」
「誰かを守りたかったことだけは……
覚えてる」
その瞬間、
《リリウム・ノクス》の花弁が、
淡く光った。
――共鳴。
三つの心が、
同時に、震えた。
警報。
《敵性反応、最大規模》
《全戦力、迎撃態勢》
誰もが、
分かっていた。
この戦いは――
帰れない。
ユリは、
アオイの肩に手を置く。
「……一緒に、行く?」
アオイは、
少しだけ泣いてから、
頷いた。
「……名前、呼んでください」
「帰ってきたら……
ちゃんと」
ユリは、
強く、頷いた。
出撃。
三人の心が、
一つの身体に流れ込む。
《人間機動兵器リリウム・ノクス》
完全同調。
視界が、
眩しいほどに澄む。
その中で、
三つの声が、重なる。
――守りたい。
――忘れたくない。
――それでも、生きたい。
ユリは、
静かに呟いた。
「……私たちは、
兵器じゃない」
「人間だ」
それが、
最後に失われるとしても。
戦場に、
花が咲く。
人間だった心を、
抱いたまま。




