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人型機動兵器リリウム・ノクス  作者: 波浪


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3/8

第三話 「名前を呼ぶ声」

その少女は、

最初から泣いていた。


警報が鳴り響く格納区画の片隅で、

膝を抱え、声を殺して――

まるで、自分の存在が

世界に見つからないように。


「……あの子、誰だ」


ユリの隣で、オペレーターが呟く。


「第二適合者候補です」

「同調率、七十五パーセント」


数字は悪くない。

それでも、誰一人として

彼女をコクピットに押し込もうとはしなかった。


――壊れる。

誰の目にも、そう見えたからだ。


ユリは、なぜか目を逸らせなかった。


「……ねえ」


声をかけると、

少女はびくりと肩を跳ねさせた。


「大丈夫?」


それだけの言葉なのに、

少女の目から、涙が溢れ落ちた。


「……私、怖いんです」


細く、震える声。


「人間機動兵器に乗ったら……

 自分じゃなくなるって……」


ユリの胸が、きしんだ。


それは、

かつての自分の声だった。


「……うん。怖いよ」


否定しなかった。


「でもね」

「それでも戦う人がいる」


少女は、顔を上げた。


「どうして……?」


ユリは、少し考えてから答えた。


「誰かの名前を、

 忘れたくないから」


その言葉に、

少女は小さく息を呑んだ。


「……私、アオイっていいます」


名前。


それは、この戦場で

一番脆くて、

一番大切なもの。


「私は、ユリ」


二人の間に、

ほんの少しだけ――

温度が生まれた。


出撃直前。


ユリは《リリウム・ノクス》の前に立つ。


「……今日、もう一人乗るかもしれない」


機体の奥で、

あの“声”が静かに揺れた。


「……大丈夫?」


「分からない」


正直な答え。


「でも、あの子は……

 壊れてほしくない」


沈黙。


やがて、声が言った。


「あなたは、優しすぎる」


「それが、

 あなたが人間でいる理由」


ユリは、目を閉じた。


――奪われないで。

この想いだけは。


戦闘は、想像以上に激しかった。


敵性機動兵器イクリプスが、

群れをなして襲いかかる。


ユリは、戦う。

切る。

避ける。


けれど――

間に合わなかった。


通信が、割り込む。


《第二適合者、被弾!》


「アオイ!」


考えるより先に、

《リリウム・ノクス》が駆け出していた。


瓦礫の中、

動かない試験機。


開いたコクピットで、

アオイは震えていた。


「……ユリ……さん」


その呼び方が、

胸に突き刺さる。


「大丈夫。

 今、助ける」


ユリは、手を伸ばした。


その瞬間――

《リリウム・ノクス》の内部で、

何かが軋んだ。


「……ねえ」


あの声が、囁く。


「あなた、覚悟してる?」


ユリは、理解した。


このまま助ければ、

また――

何かを失う。


それでも。


「……いいよ」


ユリは、言った。


「忘れてもいい」


「でも、この子の名前だけは――

 忘れたくない」


次の瞬間。


《リリウム・ノクス》の花弁が、

今までで一番、強く光った。


ユリは、確かに感じた。


――誰かが、支えている。


アオイを抱え、

戦場から離脱。


奇跡的な生還。


だが、

コクピットに戻ったユリは、

しばらく動けなかった。


「……ねえ」


声が、優しく呼ぶ。


「あなた、覚えてる?」


「……何を?」


「“自分のために泣いたこと”」


ユリは、答えられなかった。


分からない。


でも――

胸が、温かい。


それだけは、確かだった。


格納庫で、

アオイが深く頭を下げた。


「……ありがとうございました」


「私、まだ……

 自分が誰か、ちゃんと覚えてます」


ユリは、微笑んだ。


それが、

本心だったのかどうかは、

自分でも分からない。


ただ――

名前を呼ばれた瞬間、

確かに思った。


忘れても、いい。

誰かを守れるなら。


《人間機動兵器リリウム・ノクス》は、

今日も静かに立っている。


二人の少女と、

一つの“人間だった心”を抱えながら。

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