「疑いと共鳴」
放課後の教室は、人が減ると途端に静寂が支配する。
神原悠真は、誰もいなくなった教室でひとりノートを閉じた。まっすぐ帰る気にはならず、窓の外の曇天を眺めていた。
「神原くんって、静かな時間が好きそうね」
声をかけたのは、天宮凛。学年トップの成績で知られる、感情をあまり表に出さない生徒だ。
「君も、この時間に教室に残ってるってことは……似たような性分なんじゃない?」
凛は口元だけで笑った。「そうかも。でも私は、観察の方が好き。特に、“変な人”を見るのが」
神原は肩をすくめた。「変って、僕のことかい?」
「ええ。あなた、普通じゃない。高校生らしくない、って言った方が近いかも」
神原は笑いもせず、返事もせず、ただ帰る用意をしていた。
「誰にでも丁寧で、時には先生より落ち着いていて。質問は的確で、突っ込みは大人びてる。
授業も、行事も、トラブルにも……まるで、“経験済み”みたい」
神原はようやく口を開いた。「もし、そう見えるとしたら――“そういうふうに見えるようにしてる”のかもしれないよ」
凛は一歩近づいた。「なぜ?」
天宮の疑問は理由はよくわかっていた。
入学してからいろんなことがあったから。
文化祭や体育祭
クラスメイト同士のトラブル…
高校生なら右往左往するところを神原は経験でカバーしてきた。
無関心を決め込んでもよかった。
高校生にだって要領のいいやつはいる。
自分も決して要領のいい方ではないことは生きてきてわかっていた。
ただ、困ってるこの子らを無視はできなかった。
それだけだった。
まさに老婆心ながら…というだけだった。
いや、そんな他人事のようなものではなかった。
自分の子がこの子らと同じ年代の時はもう側にはいてやれなかった…
毎日の生活、学校でどんな問題があり、悩みがあったのかさえ知らないという薄情な親だったからだ。
なにも助けてもやれなかった…力になれなかった…
ずっとそう思って生きてきた。
その反動で放ってはおけなかった。
それでも出しゃばらず、アドバイス程度にして気づくように誘導したり、教師に根回ししたり…
時には嘘も方便と、うまく解決するようにごまかしもした。
それらが少し異質に見えたのかもしれない。
神原は視線を窓に戻したまま、言った。
「……誰にでも、“何かしらの役割”ってあると思わない? たとえば、困ってる人がいたら手を貸すとか。
ちょっと先のことを、考えてあげるとか」
「代わりに?」
「……自分の子どもにだったら、そうするでしょ(笑)」
凛の眉がほんのわずかに動く。
神原はその変化を見逃さなかった。
「君は――勘がいい。」
「わからないものは、怖いわ。ただ、わからないからこそ知りたくなることあるんじゃない。もちろん知ってはいけないこと、知らないほうがいいことももあるけど…」
「……それは同感だ」
ふたりの間に、短い静寂が流れた。
「でも、私は疑問を疑問で終わらせたくない。そういう性格なの(笑)神原くん。もしもあなたが…」
疑問を疑問で終わらせたくない…
探究心、好奇心旺盛なのはいいことだ…
神原は一人なぜか天宮の性格を好ましく思った。
それが彼女の成績を支えているんだろうと思った。
「――それでも、僕はクラスの一員さ。君と同じ、1年B組の生徒。それ以上でも、それ以下でもない」
神原は立ち上がった。
「心配してくれてありがとう。君みたいな観察眼があると、先生たちも大変だろうね」
「先生より、あなたの方がよっぽど“先生”っぽいわ」
神原は、笑って教室を出た。
凛はその背中をしばらく見送っていた。
やはり何かが違う。けれど、何が違うのかを突き止めたくなるのは――たぶん、自分も少し普通じゃないからか。




