「夕焼けの向こうで」
放課後の教室。
カーテンの隙間から差し込む夕陽が、教室の床を斜めに照らしている。
日直当番の神原は黒板を消し終え、ほうきを片づけていた。
「ねえ、神原くん!」
声がして振り向くと、詩とまなみがそろって立っていた。
二人とも少し頬を赤くしていて、どこか得意げな顔をしている。
「今日ね、まなみと一緒に夕ごはん作るんだ」
詩が口火を切ると、まなみが続けた
「この前の、豚汁と卵焼き、もう一回チャレンジしてみたくて」
「それで、今度は自分たちだけで作ってみようって話してたの」
「ああ、いいじゃない。料理は楽しいよ。思ってるよりずっと」
神原が笑うと、詩もまなみも嬉しそうに笑い返す。
その笑顔は、前よりもずっと自然で、どこか“安心している”表情だった。
「……また上手くできたら報告するね!
「楽しみにしてるよ。……味見係、いつでも引き受けるからね」
二人は軽く手を振って、教室を出て行った。
ふと、神原の中に一つの感情がじんわりと湧いてきた。
彼女たちの背中を見送りながら、静かに椅子に腰を下ろす。
夕陽が差し込む教室の隅で、神原は一人、目を細めてつぶやいた。
「……いい友達だな」
頭の中にふと、自分の子供達の顔が浮かぶ。
彼らが高校生だった頃、自分は彼らの友達の名前すらろくに知らなかった。
帰宅しても彼らは部屋にこもり、自分も疲れ切っていて、話しかけることすら億劫だった。
“こんなふうに、笑い合える友達が……あの子たちにもいたんだろうか”
それすらも思い出せない自分。
いや、そもそも、ちゃんと気にかけたことがあったかどうかすら、あやしい。
「……俺は、ほんとうに、あの子たちの親だったのかな…ちゃんと向きあったことなかったな…」
独り言は教室の中で、音もなく溶けた。
黒板には、今日の日付だけが静かに残っていた。
だが、どこかで神原は確かに安心していた。
詩とまなみでこれから少しずつ、自分達のなかに、特に詩の生活の中に自分達だけの“温かい食卓”を持とうとしていること。
自分ができなかったこと…温かさのある食卓…を、彼女たちが作っていくということ、やっていくとという事実が、心をふっと軽くしてくれた。
夕焼けが赤く染まる頃、教室の時計は、静かに針を進めていた。




