「ふたりと、ひとりと、ひとさら」
それは季節がほんの少しだけ移ろい始めた頃だった。
神原は、少し言葉をかけただけ、何か劇的なことをしたわけでもなかった。ただ静かに見ていた。見守っていた。
まなみが、毎日少しずつ詩に声をかけていく様子を。
最初はそっけなくされていたが、ある時、ほんの一言だけ返事が返ってきた日。
その翌日には、二人で並んで帰る後ろ姿を校門のあたりで見つけた。
詩の表情は、最初の頃よりもわずかに、でも確かに、柔らかくなっていた。
それが何よりも嬉しかった。神原にとっては、まなみも詩も、まるで自分の子どものような存在だった。
ある日の昼休み、神原が自分の弁当を広げようとしていたところに、まなみが小走りで近づいてきた。
「神原くん!」
呼びかけに驚きつつ、神原は顔を上げる。
まなみは、息を少し切らしながら立っていた。
「今度、うちに……詩が遊びに来ることになったの。……久しぶりに、うちに!」
神原は、それを聞いて目を細めた。
「……よかったね」
まなみの頬がふくらんだ。
「え、それだけ?」
「ん? 何か不満そうだね」
まなみは少しもじもじした様子で、視線をそらした。
「……その、うちで……一緒に晩ごはん食べようってことになったんだけど……。でも、いきなり親と一緒は、たぶん詩が気まずいっていうか……だから、二人でなんとかしてみようって話してたんだけど……」
「うん……?」
「……でも、料理、あんまり得意じゃなくて……。それで……その……神原くん……!」
まなみはふいに目を合わせ、真剣な表情で言った。
「一緒に、ご飯つくってくれないかな……?」
神原は、数秒だけ黙った。そして、肩をすくめて笑った。
「え〜(笑)他にいるでしょ〜(笑)なんで僕?」
「詩に神原君が毎日おいしそうなおかずでお弁当作ってるし、この前の調理実習だって…」
まなみは詩以外に親しい友達がいないのはわかってる。だからこれ以上はまなみを困らせたくない。力になってあげないと。
「じゃあいいけど…君が僕の料理の腕をチェックしてくれてたとは、ちょっと驚きだけど(笑)」
まなみの顔が一気に赤くなった。
「ち、ちがっ……! ちがくはないけど……でも、別に変な意味じゃなくて……っ」
神原は少し声を立てて笑いながら、静かに答えた。
「じゃあ一緒に作るか!何作るかは二人で考えてな。僕は手伝うから、 包丁持ったことある?包丁持てれば、何とでもなるよ(笑)」
まなみはほっとしたように、でも嬉しそうに頷いた。
「ありがとう……ほんとに、ありがとう……」
そして、小さな声で付け加える。
「……実はね、詩に……全部話してあるの。私が神原くんに相談してたことも、詩のこと、ずっと心配してたことも……」
神原は特に驚きはしなかった。
「そうなんだ」
「うん。……詩、最初はちょっと黙っちゃったけど……。でも、最後に“ありがとう”って言ってくれた。……それがすごく嬉しくて」
神原はまなみのその言葉に、ふっと目を細めて空を見上げた。
「そっか。じゃあ……ひとつやってみますか!こりゃ失敗できないな〜(笑)」
まなみは思わず笑った。
「がんばろうね、神原くん!」
神原は静かにうなずいた。
こんなふうに、過去には叶わなかった「家族のような夕飯」が、今、別のかたちで実現しようとしていることが、彼には何よりも尊いことに思えた。
きっと詩にもまなみにも…
「神原くん!私包丁使ったことないから(笑)詩もね!(笑)よろしく〜」
「あ…」
騙されたと思った神原だがその顔は幸せそうに笑っていた。
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