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「届くまで、そばにいる」


 教室には、先生の声とチョークの音だけが響いていた。窓から差し込む日が床に長い影をつくり、机の脚を静かに照らしていた。


 神原は、その静寂のなかで、あるひとつの視線の流れを追っていた。


 日比野まなみ。窓側の席に座る内気な少女。彼女は教科書を開いてはいるが、視線は何度もちらちらと、斜め後ろの席に座る瀬川詩の方へ向かっていた。


 神原は思った。

あの二人は仲が良かったはず…まなみは詩が気になってしょうがない感じだな…どうしたんだろ…

まなみの詩をみる目だがその視線には、ためらいと後ろめたさ、そして焦燥が混じっていた。


授業中もだが、休み時間もいつも一緒にいたはずの二人が別々に…どちらかといえば詩がまなみを避けてるような…あんなに仲がよかったのに…

最近詩の態度がおかしいのはクラスの誰もが思っている。

明るい性格の詩だったが、最近はやたら反抗的で素っ気ない…仲の良かったかまなみにさえ…授業中の態度も悪い…先生にもよく注意されている…そんな時決まってまなみが心配そうに詩を見つめていた。

まなみは一人でいることが多くなった。

詩も一人でいることが多くなった。


 ——これは、自分だけではどうにもできないことで悩んでいるな…

 そう思うと放っておけないと神原は思った。



 帰り支度を終えた神原は、教室を出るふりをして廊下に立ち、しばらく待った。


 やがてまなみが教室から出てきた。彼女が下を向いて歩き出した瞬間、神原は一歩前に出て、わざと軽く肩をぶつけた。


 「……あっ、ご、ごめんなさい!」


 まなみが慌てて頭を下げる。


 「いやいや、こっちこそ。ごめんね(笑)」


 神原はいつもの柔らかい声と多少の作り笑いで応じた。


 「最近元気ないね…瀬川さんのこと?」


 まなみは驚いた顔をしたが、なぜか断らなかった。



 二人は校舎裏のベンチに座っていた。そこは風通しがよく、人通りも少ない。


 


 「……瀬川さんのこと、悩んでるんじゃない?」


 神原の問いかけに、まなみの肩がぴくりと動いた。


 


 「……どうして、わかったの……」


 


 「君の視線がね、ずっと彼女を追っていた。……心配してるんだろ?」


 まなみは黙ったまま、唇を噛みしめていた。神原は続けた。


 


 「君は優しい。瀬川さんのこと心配してるけどどうしたらいいかわからない…だから何もできない自分が許せないんだろう?」


 


 その一言で、まなみの目に涙が浮かんだ。彼女はうつむいたまま、かすれた声で話し始めた。


 


 「……詩、最近ほんとに荒れてて……。授業中も、先生に反発したりして。誰にも心を開かなくて……でも、私……彼女のこと、知ってるから……助けてあげたいのに……」

日比野まなみは瀬川詩のことを話始めた。幼馴染でお互い家によく遊びに行ったこと…受験勉強も助け合って乗り越えたこと。

 聞けば瀬川詩の家庭はしばらく前に離婚して今は父親と二人暮らしらしい。

前はお弁当だったが最近はコンビニだ。


 神原はしばらく黙って聞いていた。

 そして、言った。


 「じゃあ、まずはあったかい手作り料理を食べたらどうかな?二人で(笑)瀬川さんは家でも手料理食べてないと思うよ。コンビニ弁当かな……たぶん」

それは神原にもよく似た経験があったからそんな想像がついた。

たぶん父親は帰りがそんなに早くないだろうから晩御飯なんて作ってない。

おそらく父親もコンビニ弁当…

神原もそんな毎日だったことも…

そんな時毎日思ってたのが誰かの手料理食べたい…

それだけだった…

自分で作る気力が湧いてこない…

作ればいいじゃないかと、人は簡単にいうけど…

自分で作ってもおいしくはない…

苦痛でしかない…

自分の環境?受け入れられない人にはなんで自分で作って食べないといけない状況になったのか…

それを自分で自分に思い出させる行為にしかならないから…


 まなみは驚いた顔を上げた。


 「手料理……?」


 「うん。まあ手料理といってもなんでもいいんだけどね(笑)誰かと一緒に楽しそうに食事をする…誰でもいいわけじゃない…君と詩さんは幼馴染で親友だろ?きっと二人で一緒に料理作って食べたら楽しいかなぁ…と思って(笑)詩さんも君の家には慣れてるんだろう? 安心できる場所が必要なんだ。僕も、母の料理に助けられたことがあるよ。……もうずっと昔のことだけどね」


 まなみは視線を落としながら、ゆっくり頷いた。


 「……でも、詩、たぶん誘っても来ないと思います。……私のこと、最近ちょっと……避けてるみたいで……」


 「それなら、今はまだ“その時”じゃない。焦らなくていい」


 神原はそう言って、やわらかく笑った。


 「人の心は、押せば開くもんじゃない。時機を見て、自然に流す。……君が隣にいてやることのほうが、ずっと大事なんだよ」


 まなみの目に、ふっと光が差した。彼女の顔が、少しだけほころんだ。


 「……ありがとう。神原くんって……ほんとに、大人みたいですね(笑)」

まなみの顔が笑顔に戻った。


 「冗談やめてよ〜まあそう言われるの、嫌いじゃないけどね(笑)」


 空は夕暮れに染まり、オレンジ色がまなみの髪を淡く照らしていた。

 彼女の目の奥に、今度こそ揺るがない決意が灯っていた。


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