「お弁当とスーパーと、将来の話」
昼休み。教室の窓際の机に、〈神原〉神原は今日も手作りの弁当を広げた。
開けると、ふわっと甘い卵焼きの香りが立ちのぼる。
「うわ、またそれ自分で作ったの? ほんとすごいよね、神原くん(笑)」
そう声をかけてきたのは、クラスの女子数人。興味津々な様子で弁当をのぞき込む。
「うん、まあ。でもこの卵焼きは母が作ったやつ。冷蔵庫にあったから入れた」
「え、自分で全部じゃないんだ?」「それでも毎日でしょ?めっちゃマメだよね」
神原は箸を動かしながら、さらりと言った。
「うちはさ、高校生になったからって自分で弁当作るって宣言したんだけど、
結局、母親が“何か一品は”って入れてくるんだよ。もうクセみたいなもんだな」
「へえー、でもなんかいいね、そういうの」
「そうそう、ちょっと羨ましいかも」
「食材とか自分で買ったりするの?」と誰かが聞く。
神原は頷く。
「たまにね。スーパー行くのは慣れてるから。ずっと一人暮らしだったし…」
「ん?」「…え、なに?」
(しまった)と思ったが、神原は笑ってごまかす。
「いや、買い物も一人で行くことあるしねー」
「あー、なるほどね」
そして、ついクセで言ってしまった。
「旦那には料理ぐらいできる男を選んだ方がいいぞ? 自分で料理できない男は最低だな(笑)」
一瞬の静寂のあと、どっと笑い声が起きる。
「なにそれ!」「え、急に“親”?」「神原くん、完全に父親じゃん」
「ってか、神原くんが旦那になったらいいってこと!?」「うわー、お嫁さん幸せ〜」
冗談まじりに騒ぐ女子たちに、神原は肩をすくめて苦笑した。
(……こんなこと娘には話したこともないなあ…話すほど近くにはいなかったし…話せるほど親しくはなかった…踏み込めなかった…)
でも、なんだか不思議だった。
かつて自分が“そばにいられなかった我が子”と、今のクラスメイトが重なって見えることがある。
だから、つい将来のことまで口を出してしまう。ほんとはできなかったのに…
まるで――ほんとうの父親のように。




