転生世界の父親
〈神原〉新しい人生を受け入れようとしていた。
だが初めて父親の怒鳴り声を聞いた瞬間、全身が凍りついた。
「お前はまだ子どもだ!黙って俺の言う通りにしていればいいんだ!」
「……」
ああ、これだ。これが俺の“最初の地獄”だった。
転生してまでまたか、と神原は思わず机の上の拳を強く握った。
目の前の男は、何十年経っても“あの父親”にしか見えなかった。
しかし今の自分は、あの頃の自分ではない。
「……うん、なるほどね。お父さんの言いたいこと、よくわかったよ。
でも、ちょっとだけ俺の考えも聞いてくれないかな」
一歩引いて、声のトーンを低く、言葉を慎重に選ぶ。
「お父さんが高校の時、どう考えてた? 俺、それ知りたいな」
父親は少し面食らったように黙った。
〈神原〉は内心でつぶやく。
――上司を黙らせるには、自分の話をさせるのがいちばん。
父親はしばらく黙ったあと何も言い返さなかった。
父親に頭ごなしに言われた時昔、なら悔しくて口を閉ざし、部屋に閉じこもっていたかもしれない。
でも今は、違う。
(……老いた父は、小さくて、背中が曲がって、何度も同じ話をして。
怒鳴り声も出なくなって、それでもどこか寂しそうだった)
目の前のこの“父”も、ああなるのだろうか。
そう思うと、なぜか憎めなかった。
「どうせ…」という諦めでもなく、「仕方ない」という納得でもなく、
ただ、人としての“終わり”を先に見てしまった者の、静かなまなざしだった。
(俺が若い頃、親の言葉に傷ついてばかりだった。
でも親もまた、不器用な生き方しか知らなかったのかもしれない。
それが、どんなに孤独だったのかも……)
神原は、親に“勝とう”とも、“言い返そう”とも思わなかった。
むしろ「老いたあと」に見せたあの寂しさ、悔しさ、情けなさを、
今のうちにわかってやれる自分でいられることを、
少しだけ誇りに思っていた。




