6.
私は時々人間のいる世界へ行く。
最初は好奇心だった。
私たち魔女を恐れている人間がどんな姿形をしているのか。
いざ境目を超え人間の世界につくといくつもの王国に分かれていることに気づいた。
王国一つ一つにその国を治める王がいる。
魔女の世界には女王が一人いて、その方が魔女のみんなをまとめてくれている。
私は四つある人間の王国から一番近い、ダリアン王国というところ初めて行った。
初めて見る人間は私たち魔女と容姿はさほど変わらなかった。
だが、男というものは初めて見た。
魔女の世界には女の人しかいない。
人間と魔女には他にも違いがあった。
人間は魔女と違い魔法を使うことができないことや、子の宿し方も違うらしい。
「私もっと人間のこと知りたい」
私はいつしか人間がたくさん暮らしている町にも近づくようになった。
最初は誰も気づかなかったけど、森でクマに襲われている少年を助ける際に魔法を使ってしまったことで、魔女であることがばれてしまった。
それからは町へ行くと物を投げつけられたり、罵声を浴びせられたりする毎日だった。
それでも私は町へ行くことをやめなかった。
それくらい人間と仲良くなりたかった。
だがある日人間の男に襲われた。最初は数人が石を投げてくる程度だったけど、次第に人が集まり罵声と石の量が多くなった。
石が当たった部分からは血が流れたが、魔女には治癒魔法があるので大したことではなかった。
だが、私は仲良くしたいだけなのに人間からはこんな仕打ちを受けているのだと思うと心が痛かった。
私の目からは涙が流れ、「やめて……」とも口にした。
だが一向に人間はやめようとはしなかった。
「もうっ! やめてええええぇぇぇぇっっっっっ!」
一人の女の子がそう叫んだ。
私と町のみんなは唖然とした。
そんな私をお構いなしに女の子は私の手を取り、人だかりを抜け走った。
結構な距離を走って、女の子の足が止まった。
「はあ、はあ、はあ……ここまでこれば大丈夫かな」
女の子は笑ってそう言った。
だが私は知っている。
この国で魔女との関係を持ったものが処刑されることに……
「な、なんで……なんで助けたの……?」
私は険しい顔で彼女に問いかけた。
「なんでって、女の子をあんなに寄ってたかっていじめるのは――」
「あなた私と関わってどうなるかわかっているでしょう?」
私は彼女がこれからどうなってしまうのかを考えると、胸が痛かった。
自分から町の人と仲良くなりたいとは思っていたが、これでは彼女が私のために死んでしまうようなものだ。
「わかっているよ。でもあんなのほっとけない……」
「これじゃあ……あなたが……」
多分彼女は本当に私を助けるだけのためだったのだろう。
私を助けるために後先考えずに……。
私の瞳からは再び涙が流れ出た。
「ねえあなた名前は?」
唐突な質問だった。
私は答える。
「私はノア・スーリア……」
「そっか私はリリア・ダリアン。よろしくノア」
彼女は泣いている私に手を出し握手を求めてきた。
私はその手に触れようとしたが、途中で動きが止まる。
やはり彼女がこのまま死刑になるのに納得いかない。
私には責任がある……
そう思っていた私の手を彼女は、取り握手を交わす。
「大丈夫、気にしなくていいよ。私は私がしたくてあなたを助けたんだから」
彼女は私が責任感を感じているのに気づいていた。
「でも……」
私は下を向いたまま口ごもる。
「それにね、私安心したの。魔女だけどあなたが私のために泣ける優しい人だってわかったから」
「……」
何を言えばいいのかわからなかった。
私は彼女の言葉に反応せず黙ったままの時間が数分続いた。
日も暮れてきた。
「私もう帰らなくちゃ。じゃあねノア」
「……」
このまま彼女を返してもいいのだろうか……。
このまま彼女を見殺しにしてもいいのだろうか。
それをしてしまったら私はきっともう人間たちと関われない。
背を向け王城の方向へ歩き始めた彼女の手を私はぎゅっと掴んだ。
「……っ!?」
振り返った彼女は「どうしたの?」と言いたげな表情を浮かべていた。
「帰らなくていい……今日は私と居て……」
「でも……私一応国王の娘だし……」
彼女は国王の娘である以上、一晩中帰らなかったら不自然だ。
だが今の私にはそんなの関係ない。
この子は絶対に殺させないと決めたのだから。
「そんなの関係ない……魔法を使ってでもあなたは返さない」
彼女は不満そうな顔をしている。
これは脅しだ。
本当に人間に魔法を使ったりする気はないが。
「わかった。今日はノアと一緒にいるよ」
「ほんと……?」
「うん、本当」
彼女はしぶしぶ了承してくれた。
私は涙で濡れていた自分の顔拭き、彼女の手を引き自分の住み家へ案内した。
彼女は私が魔女とわかっていながら初めて優しくしてくれた人間だ。
絶対に死なせない、彼女は私が守る。