4-2 アメリカ軍将校の苦悩
読んで頂いてありがとうございます。
誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
アメリカ合衆国軍は文字通り世界最強の軍であることは間違いない。世界第2位につけていたロシアはすでに見る影もなく、北朝鮮は兵力のみでは上回っていたが、すでに解散状態である。また兵力(兵の数)世界一のインドは近代軍隊とは見做せないので強いとは言えない。
その意味では、現在の世界第2位は兵力がアメリカを上回る中国であるが、その中身はアメリカ軍に比べて未だお話にならない。
アメリカ合衆国軍の創立は1775年であり、その歴史は正面きっての戦いでは負けたことのないという、栄光に包まれているものと言って良いだろう。兵力の削減が始まる前の2031年において、総兵数135万人、予備役90万の兵力を持ち予算は年間8,000億ドル(日本円88兆円)にもなり、世界の軍事費の40%を上回る。
その構成は陸軍、海軍、空軍、宇宙軍、海兵隊、沿岸警備隊に別れる。そして、国外の800ヵ所余りの基地に12万人の兵を置いている、だから国内に123万人の兵力を置いていることになる。
無論最大の人員規模を抱えるのは陸軍であるが、海軍は34万人で480隻の艦船を持ち、中には4個の空母打撃軍を含む圧倒的な海軍である。また、空軍は34万人の人員で、5,200機の最新の爆撃機、攻撃機、戦闘機をそろえている。なお、数年前には400基を超える大陸間弾道弾を所有していたがすでに廃棄された。
このように、核兵器なき現在において、他国が付け入るスキがない比類ない存在であった。しかし、その軍が存亡の危機にある。つまり、世界の軍がGPF(Global Peace Force)世界平和軍に統合されようとしているのだ。
2035年現在、GPFは主力艦に位置づけられる万能戦闘艦『MPBS(Multi-Place Battle Ship)』であるPre-Galaxy型8艦、Galaxy型2艦(最終8艦)がすでに配備された。Pre-Galaxy型は潜水艦改造艦であり、Galaxy型は最初から重力エンジン艦として計画された艦である。
この艦体はスカイキャリーの2万㎥級に似た形状になっており、角に丸みのついた18m四角柱であり、長さは90mに達する。長さはPre-タイプと差はないが、重量感は段違いである。全装備時の重量は3万トンに達するので、Pre-タイプと重量が一桁異なる。
また、150㎜電磁砲を4基装備するなどPre-Galaxyの2倍以上の武装をしている。更なる特徴は、質量弾庫を持って5,000トンの岩石を積み、宇宙空間で一度に50トンほどを放出することができる。この質量弾を高度3,000㎞の亜宇宙で地上に落下させれば、地上では速度は6㎞/秒を超える。
だから、これは摩擦熱で赤熱して巨大な運動量を持つ。これの威力は極めて高いが、放射能などの2次災害がない『綺麗』な爆弾であり、何より安上がりである。Galaxy型を見て『なにを仮想敵にしているのか?』と言われるのも無理はない。
さらに、これには地上から迎撃する術はなく、重力エンジン機以外では全く太刀打ちできない。それも、各艦に高性能AIに制御された4基の150㎜の電磁砲の他に24基の25㎜電磁砲が装備されている。宇宙空間では大気による弾道のずれはないので、敵性飛行体は100㎞の彼方から撃破されることになる。
また、GPFは戦闘機バージョンのビー(Bee)がA、B、C連隊各100機の計300機そろい、さらに攻撃機バージョンのメテオ(Meteor)型が100機体制になった。ギャラクシー、ビー、メテオをもってGPFの航空宇宙軍を構成することになる。
これらは、米軍などに比べ数は少ないが、全ての機が世界中どこでも2時間以内に展開できる点が従来の戦力と全く異なる。米軍が空母打撃群を4つ持っているのは、結局各群の受け持てる範囲が半径1千㎞足らずであるからである。
つまり、GPF航空宇宙軍は地球全体を出動範囲に含めることが出来るので、少ない数の戦力で十分であるということだ。
ちなみに従来陸軍と呼ばれていた、銃器を持った兵士を中心とした部隊であるが、GPFの場合はむしろ米軍の海兵隊に互いの機能が近い。これをGPFは緊急制圧軍(ECF: Emergence Control Force)と呼ぶようになる。
具体的配備は、本部のアースプロテクション基地(旧米軍リトルロック基地)に緊急部隊2万人を配備しており、半数を2時間以内、残り半数を半日以内に任務地に展開する。従って、これらの部隊には宇宙を経由して、彼らと機材を運べる兵員輸送艦サンライズが10機配備されている。
上述の兵と装備は2033年時点で揃っていた。またこの部隊には、大型機材輸送艦サンライズ2型が2艦追加されて、必要に応じて重火器も運べるようになっている。実際には、緊急部隊にはギャラクシー、ビー及びメテオが随伴するので、重火器の必要はほとんどないと考えられている。
またGPF本隊として、GP8ヵ国それぞれに基地を設け、各1万人の兵を配備して、大気圏を飛ぶ兵員輸送機によって展開する。兵員輸送機サンシャインと大型機材輸送機サンシャイン2型は現在すでに完成して配備済であるので、現在では10万の兵を概ね48時間以内に展開できる。
なお本隊については、スカイカーを改造したビートルを多数配備し、さらに重力エンジンを備えた改造戦車などの重火器も配備している。これらの部隊の個々の兵には、防弾着の着用、現時点で最高とされた銃器の配備など考えられる最高の装備を与えている。
しかし、敵になる相手が近代兵器を持っている限り、航空宇宙軍のエアカバーがあっても、地上に展開するこれらの兵員の犠牲は避けられないと見られている。とは言え、戦争に犠牲はつきものであり、重力エンジン機のエアカバーは、従来より遥かにましと兵達は考えていて気にしていない。
このように比べてみると、なかなか比較は難しいが、物量で圧倒している世界一の米軍と言えど、ある予告期間があればGPFには敵わない。つまり、GPFは米軍の届かない位置、つまり宇宙に逃げて(避難して)そこから好きなように攻撃できるのだ。
しかし、突然攻めるなら当然米軍の勝ちである。例えば地上にあるGPFの基地をミサイルの飽和攻撃をすればよいのだから。しかし、相手がテロリストであれば兎も角、そのような勝ち方は栄光ある米軍にとってはあり得ない。この状況を知って、米軍の将兵は困惑し、怒り、空しく笑い、あるいは諦めた。
なにしろ、米軍将校はエリートなのだ。彼らは、士官学校の高い競争率を潜りぬけた優秀な若者であり、切磋琢磨して誇りを持って卒業する。下士官だって、何年もしごかれて、様々な厳しい経験をしてようやくたどり着く立場である、当然強い誇りを持っている。
その大部分がお役御免になるのだ。簡単に納得して受け入れられる訳はない。しかし、議会での議論は、もう米軍としては解消ということで終わりつつある。ただ、治安部隊・災害対応としての部隊は残るので、最大で半数程度の者は残れるであろうが、外敵から国を守る誇りある軍ではない。
アイク・イートン空軍中尉が、テレビで見る議論を聞いて両手を上げて叫ぶ。
「なんだよ、俺たち軍はもう要らないということか!許せん!」
それは、民主党のある議員が言っている内容である。
「皆さん、国防費は近年減っていると言っても年間8千億ドルですよ。年間8千億ドルあれば、どれだけのことができるか。我が国の格差の象徴になっている医療格差を、是正するための国民への一般医療保険制度だって設立できます。老朽化しているインフラだって直せるでしょう。
たしかに、わが国の軍は誇りある存在でした。わが国のみならず世界の自由と独立を守ってきました。そして、世界でも飛びぬけた実力と秩序を持った比類なき存在です。世界一であるという我が国を際立たせる存在でもありました。
しかし、良識あると信用できる世界の8ヵ国が中心になって、世界に展開できる軍であるGPFを編成できた段階で、残念ながらその役割は終わったのです。今のような情報が瞬時に世界を駆け巡る時代に、今後大国同士が、侵略したり、力をぶつけあうような戦争はもう起きないでしょう。
そして、今後の戦いは世界の様々な所での混乱によって起きる小競り合い程度と思っています。そうした事態にわが軍は過大であり、即応性と言う意味ではどう見てもGPFに劣ります。彼らは、わが国のある基地から数時間で、世界のいかなるところでも展開できますから。
ですから、世界で起こり得る相当な規模の争いでもその即応部隊で解決できるでしょう。さらに考え得る最大の争いでも、GPFが各国に駐在させている軍が出動すれば解決できます。なにより、自由に宇宙を往還できる彼らは、制空権を失うことがありませんから、負けるシナリオがありません。
むろん、わが軍も彼らと同じ装備をすれば、同じことが可能です。しかし、こうした部隊は一つあれば十分なのです。また、わが国の軍がそうした紛争に介入するより、国連を介した多国籍の軍による方が望ましいと、世界の人々は考えるでしょう。
無論、今後治安維持や災害を考えれば現在の州兵のみで不足であり、州兵を拡大するかあるいはそれなりの組織が必要です。ですが、その組織は現在のような空母や最新式の爆撃機などの高価な正面装備は必要ありません。
ですから、軍を廃止して、治安維持や災害に備えた組織を拡大した場合には、我々の精強な軍に必要とした予算の2/3程度を削減できます。この金額は、先ほど言った様々な用途に使えますし、あるいは減税も可能になるでしょう」
イートン空軍中尉の言葉に、若手の将校が集まっているその食堂のブースでは、半数程度の将校が同調して叫ぶ。
「「「「「「そうだ!許せん!」」」」」」
マイク・バートン中尉は、同調はしなかったが、内心はやはり怒りをこらえきれなかった。
彼は、27歳の長身で逞しい黒人の若者であるが、出身はロサンゼルスの貧しい人々が住む地域である。両親は、真面目に懸命に働いていたので、少年時代に食うことに困ることはなかったが、色んなことを我慢する必要はあった。
10代の半ば、互いにしゃべりながら町を歩く、軍の制服の2人の将校が素晴らしく輝いて見えた。色々調べると、彼らの制服は空軍将校のものであることが判った。また、そうなるには、厳しい試験にパスして上院議員の推薦状を貰って、コロラドスプリングスの空軍士官学校を卒業しなくてはならない。
受験料・授業料は、ただで給料まで貰える。
『おお貧乏人の俺にぴったりだ!』
成績は良い自分であれば、試験は何とかなるだろう。しかし、上院議員の推薦状というのが問題だ。そのためには、目立つ必要がある。彼はフットボールを始め、勉強にフットボールに懸命に頑張った。
その結果、高校2年のころには成績はトップクラス、校内ではフットボールのエースとなった。そして、入学の選抜試験に挑み、士官学校の候補者になることができた。上院議員は、同級生にマクラレン上院議員の甥がいたので、強引に面会のアポを取り付け、懸命に自分を売り込み、推薦状をお願いした。
混血のマクラレン上院議員にとっては良くあることで、自分に直接会いに来て自分を売り込む積極性と、懸命さが微笑ましかった。しかし、予備知識なく推薦はできない。だから、その場ではこう言った。
「少し君のことを調べてからだね。だけど、見た通りの君だったら大丈夫だろう」
マイクは、ドキドキしてその言葉を聞いたその時のことをよく覚えている。また、1週間ほど後に郵便で受け取った推薦状とそれに沿えていたメモにはこうあった。
「未来の英雄に向けて。がんばれ!」
天にも昇る心地であった。
そして、その後の士官学校での生活も楽なものではなかった。しかし、貧しい子供の自分がエリート集団に加わる資格を得るための、全身全霊を挙げた努力に比べればきついとは思わなかった。そして、中間より少し良い程度の成績であったが、卒業して制服に袖を通して着た時のドキドキ感は何とも言えなかった。
空軍に配属されてからは、戦闘機のパイロットを目指して訓練をしてきた。厳しい座学、シミュレータでぶん回されての目を回しながら慣れていったこと。実機訓練でかかったGにより、反吐を吐いたこと。それらを経てF35ドライバーの資格を得た。
しかし、そのころ重力エンジン機の話を聞いた。残念ながらトップ級とは言えない彼が、日本から来たシデンという機体に乗ったのは、多くのパイロットが乗って経験した随分後の方だった。
彼は、体への負担が自動車をゆっくり運転するのと変わらない点、それでいてどこまでも加速して到達する速度、脳に働きかける操縦システムを経験した。そのことで、自分の経験してきた耐G等の訓練は、何だったんだと思わざるを得なかった。
まだ興奮して騒いている皆の議論を聞きながら、以前酔った勢いで話しをしたいささか物騒な話題を思い出した。それは、GPFのアースプロテクション基地を占領して、機材を奪い取ろうというものであった。まず、今の米軍の装備では重力エンジンを備えたGPFに敵わないが、その殆どは我が国のアースプロテクション基地にある。
「だから、基地に攻め込んで占領し、機材を奪い取って我々のものにするのだ!」
そのように叫んだ奴がいたのだ。
「「「おお、それは良い」」」
数人が賛同したが、マイクはすぐに問題に気が付いた。だけど、自分が言うまでもなく、沈着で知られるカーター・ジョンソンが反論した。
「バカバカしい。軍は必ず後方が必要だ。つまり、経費を払い、必需品を供給する組織または人々がいるわけだ。そんなことが成功する訳はないが、したとしてもそんな君らを誰が支持してくれるよ?」
「まあ、そうだな。やるなら、そこには説明できる理由が要るよね」
マイクも賛同して言ったものだった。
しかし、必死になって苦労して築いたキャリアが無くなろうとしている。怒りとやるせなさで、胸が詰まる思いがする。一方でテレビの議員の言うことが正しいことは良く解る。だから、結局は議員の言うようになるのだと思う。
またマイクは思い出す。GPFの創立と各国軍の解散の構想を聞いた時、最初は『合衆国軍が無くなるなんてことはあり得ない』と思った。しかし、よく考えると、核兵器がなく、開かれた情報社会である現在において、合衆国軍が必要であった事態は無くなっている。
ならず者国家であった北朝鮮、独裁者に率いられたロシアは潰れた。中国も日本に手も足も出なかった。残りはどう考えても対応に大兵力は不要だろう。だから、世界に即時展開できるGPFの戦力は十分以上だ。やはり、合衆国軍が無くなって、自分のキャリアが台無しになるのは避けられない。
だから、学生時代の尊敬する教官にスマホで連絡を取って、悩みを相談した結果の返事がこうだった。
「うむ、君の考えは正しい。今年の新入生の受け入れはしなかったが、数年でこの士官学校も閉鎖されるだろう。新たな技術が生まれて、新たなドクトリンが生まれたのだから、それに合わないものは消えていくことは必然だ。しかし、消えないものはある。
君の場合には、君の鍛え上げた肉体であり、頭脳であり、ものを客観視できる判断能力だ。君は10代の前半から、平凡であった自分を必死の努力で変えて、エリート集団である士官学校に入り、かつ立派に卒業できる人材とした。君は今やどのようなことをしても成功出来るだけの素材だ。
それは、合衆国軍が無くなっても変わらない」
改めてその言葉を思い出し、悲観する自分を振り捨てて拳を握りしめる。
『そうだな。教官の言う通りだ。教官自身も士官学校という場を失う訳だ。でも彼がそれで困るというシーンが思い浮かばない。どこかで、今以上に活躍していくだろう。
俺だってできるさ。頑張った自分を思い出せば、どんな立場でも成果は出せる!」




