3-11 ロシアの争乱
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ロシアは混乱の巷であった。
核兵器を失い、国の統合と国民の誇りの象徴であった、『強国』というタイトルは誰の目にも明らかにはぎ取られた。そのことを受け入れられない人々は荒れ狂った。とは言え、同じ国民の弱い者を痛めつけるだけの弱い者いじめであったが。
悪いことに、軍が統制を失い元々素行の良くない者達が、町で跋扈するならず者やギャングと結託した。場所によるが、警察は機能を失って街をギャング団が支配することになり、彼等はしばしば対立するギャング団と銃撃戦を繰り広げた。
一方で政府であるが、アジゾフ暫定大統領は『愛国者』の護衛に射殺された。無論、その護衛は現行犯で射殺された。アジゾフは、一応選挙で選ばれたボルドフ大統領を、核ミサイルを発射しても効果がないことで求心力を失い、かつさらに危険な賭けに出ようとするとみて拘束して権力を奪ったものだ。
客観的にみれば、アジゾフの行為は正しい。つまりボルドフ大統領は、大都市に核ミサイルを打ち込むという暴挙を行った。それも、極超音速などと大げさな名の迎撃不能と謳うミサイルだ。実はそのミサイルも弾頭はすでの無効化されていたし、仮に生きていても着弾する前に無効化されただろう。
ボルドフはすでに、大量殺戮の意図を持って大都市に向けて核ミサイルを放ったという罪により、国際裁判所で裁判にかけられている。多分死刑になると見られている。アジゾフがボルドフ大統領を拘束したのは、ロシアで唯一有効かもしれない潜水艦に積んだ核兵器を尚使おうとしたためである。
潜水艦の核ミサイルで、ゲリラ的に都市を破壊することはできるかもしれない。しかし、アメリカなどが持つ核無効化装置というものにより、それもまた無効化される可能性が高い。またもし成功したら、ロシアはどれほどの報復を受けるか。もはやロシア本土は敵の攻撃に無力なのだ。
だから、一般的にはアジゾフは正しい。しかし、力で周辺を犯し威圧してきたロシアは当然憎まれている。従って、力を失ったロシアは結果として報復された。差し当たってはウクライナから奪った土地は奪い返された。さらに、フィンランドも100年ほど前に奪われた土地を忘れておらず取り返した。
決定打になったのは、ロシアの36%の面積を占めるシベリア共和国独立である。人口が少なく重みはさほどないが、奪い返されたのではなく独立という点が『愛国者』の神経に触り、アジゾフ暗殺に結び付いた。
僅か650万の人口であり、遅れた地方だから奪い返すのは簡単に見える。だが、シベリア共和国はGP8を共同開発で誘ってバックにつけたので最早無理であろう。現に空襲のために編隊を送り、加えて師団規模の軍を送り出したが一蹴された。
このように、一応良識派であったアジゾフがすぐに暗殺されたように、ロシアのかじ取りは武闘派でないと難しい。アジゾフ暗殺の後、数人が権力を争ったが誰も長続きしなかった。しかし、市街地が無政府状態になることは、いくら何でも許容できない者も多い訳だ。
ミハイル・ゴーマン少将は35歳の陸軍将官であり、家族は少佐で32歳の妻のナターシャと、息子のセルゲイにアリョーナがいる。彼は英語も達者であるので、インターネットから世界の趨勢は良くつかんでいる。そして、そこから得た知見でロシアの諸制度や社会には大いに問題があると思っている。軍人になったのは、叔父に将官がいたので昇進するのに有利と思ったからだ。
社会に影響を与えるのはそれなりの立場が要る。彼は、大統領であったプチャーキン、ボルドフと暫定であったアジゾフそれから権力を争った数人を見ていた。まず、プチャーキンは世界を知らない愚か者であった。残念ながら広大なロシアと言えども、世界から孤立しては生きていけても遅れた存在になる。
ボルドフは時代の変化についていけない愚か者、猪武者であり、核無効化が無ければ祖国に大変な惨禍をもたらせた可能性が高く、早々に消えて良かったという存在であった。アジゾフは感性としては真面であったが、ロシア人を威服させる貫禄が足りなかった。
さて、根本的な問題はロシアが遅れているということだが、プチャーキンは25年以上も政権の座にあって全くと言っていいほど、それに対する手を打たなかった。ただ、私財をため込み、国内の自分の立場の強化を勤め長く支配を続けたいという小物であった。
まさに日頃やってきたことは、秘密警察出身の小心者にふさわしいが、ウクライナ侵略によって社会・技術ともに遅れたロシアの国際的孤立を招き、衰退の決定打を放った。彼はロシア人の民族主義を殊更に煽り、そのために国民に孤立をもたらし、その弊害に気付かせなかった。
真に残念ながら、ロシアは絶対に乗り遅れてはならない最近のICT革命にハードでもソフトでも全く追いついていない。しかし、歴史的に見ればロシア人は科学面で数々の歴史的業績を残しているので、知的な意味で遅れてはいない。
ゴーマンは、ロシアが遅れた理由は、古くはロシア帝国の貴族と農奴、近くは共産主義にあると見ている。つまり、どちらも上意下達であり、下に有能な者がいてもその知が生かせない。元々共産主義は、長く続いたロシア帝国制度になれた人々に受け入れやすかったのだろう。
中国は共産主義とは言いながら、ロシアとはその中身と行動は大いに異なる。とは言いながら、西洋さらに日本で勃興しつつあるICT技術と、触媒回路絡みの技術を取り入れないと、ロシアは完全に発展途上国になる。しかし、ロシアがそこを直すのは容易なことでなく長期間かかることは明らかである。
こうなると打てる手は、当面は外の文化・技術を取り入れつつ人材を育てることに集中することだ。とあれば、まずはここで一定の立場を持って、GP8を呼び込みその懐にはいることだ。だが、今の無政府状態を解消しないとどうにもならん。さて、ではまず配下の部隊を増やすことだな。
ロシア軍でも、ギャングに同調するような連中は鼻つまみ者である。殆どの兵は普通の若者であり、自分の肉親や知り合いが無政府状態で苦しんでいるのを良しとはしない。だから、それなりに人望のある将官が治安維持を呼びかければ必ず賛同者は多いはずだ。
ゴーマン少将については、彼が命令する時は合理的で理にかなったものである。また、基本的に部下の意見もちゃんと聞き、合理的とあらば採用する。さらに、部下は大事にして、傲慢な態度と取らない。こうしたことで、彼は古株のたたき上げの将校・下士官から人望が高かった。
そして、軍を本当に動かしているのはこうした者達である。
ゴーマン少将は腹心のボリス・クレンスキー中佐に腹を打ち明けた。クレンスキーは45歳であり、たたき上げとしての出世は早い方である。
「ボリス、俺は腹を決めたよ」
「はは、遅かったですな」
「ああ、クリーモフに期待したのだが、ダメだったな」
「そりゃあ、あれでは無理ですよ。口はうまいが腹が足りない。それに古手がついてこない」
「まあ、本当はやりたくはなかったが。ナターシャもいい顔をしておらん」
「そりゃあ奥さんにしてみればそうでしょうな。それで金儲けでもしようというのなら兎も角、苦労するだけになる可能性が大きいですから」
「ああ、しかし、息子のセルゲイと娘のアリョーナにはいい世を見せてやりたいしなあ」
「しかし、実際の話、この街区程度を治めるなら簡単ですが、それ以上になると難しいですよ」
「そうだ。だから外の力を借りる。知っているだろうが、国連、実質はGP8だが、それが出てくる。彼らは重力エンジン機を持っているから、機動力があり空は無敵だ。しかし、陸は難しいし犠牲も出る。そこを彼らは最も嫌う。だから、手を上げるのさ、協力しますよってね」
「ふーむ。しかし、それは嫌う連中もいますよ」
「そうだろうな。………しかし、俺たちだけでは、この近所の5街区位をコントロールするのが精一杯だ。それに補給が続かん。金は兵をそれなりに集めれば、本部で分捕ってくればよい。足りなきゃ大蔵省から持ってくる。だけど弾薬とかはな、難しい。
今は、全国の街の半分くらいがギャング共の支配下にある。俺たちが無理を重ねて徐々に『解放』していくとしても、多分5年はかかるぞ。その場合は、その間にどれだけ人々が苦しみ、またどれだけ多くが殺されるか、あるいは飢えて死ぬか。
GP8の連中の力を借りて政府を乗っ取り、お前たちのような連中を集めてロシア軍として動けば数ヶ月だ。どっちがいいかは明らかだ。苦しみを早く終わらせ、かつ楽ができる。ただ、プライドという奴を仕舞っておく必要があるけどな」
「うーん。選択の余地はありませんな。それで伝手はあるのですか?」
「ああ、イギリス大使館にな。基本的に合意は得ている。ただ、まず実力を見せる必要がある。だから近所のごみどもを一掃するぞ!」
「うん、その言葉を待っていました」
2日後のゴーマン少将の第7区司令部の前に、5千の兵が整列している。トラックに載せた機関銃や無反動砲も多数あり、さらに兵員輸送のトラック100台以上、車多数機動戦闘車も12台待機している。
隊列の前に立つゴーマンが、横に立つクレンスキー中佐に話しかける。
「ボリス、良く集まったな。精々半分程度と思ったよ」
「これでも絞ったのですよ。ぞくぞくと参加を希望する者達が増えています。今の段階でこの5倍程度は集まります。皆大分うっぷんが溜まっていたのですな」
「ふーん。多ければ多いほど、治まるのが早くなる。ありがたいことだ。さて、索敵はやってるよな?」
「無論、兵力は十分なので、訓練を受けた300人が散っています。案内は任せられます」
「よし、では訓示という奴をやるか!」
ゴーマン少将が演壇に立つと歓声が沸く。1分ほどは放置した後、クレンスキーがマイクで制する。
「よし!静粛に!」
静まったところで、ゴーマンがマイクに語りかける。
「栄光あるロシア軍の戦士の諸君、わが祖国は現在大きく混乱している。そこらここらで、ならず者が跋扈して、善良な市民が脅かされている。我が国は今混乱しその中で国力も落としているが、その原因がこれらのならず者がのさばるという状況だ。
我々は、これからこれらの屑を一掃する。そのことをもって、嘗ての栄光ある祖国回復への最初の一歩としたい。その一翼を諸君らが担うのだ。
鍛え上げた我々にはこれら屑は容易な相手ではある。しかし、彼らも銃器を持っており抵抗してくるであろう。そうした場合に、鍛え上げた我々戦士がこれら屑相手に傷ついてはならん。そうしないために、各人冷静を保ち、上官の命令を良く聞いて行動するのだ。
また、市街地の中での戦闘になるので、屑ではない一般の市民の数は多い。これらの市民への被害は出来るだけ防ぎたい。この点を指揮官はよく理解して、知恵を使ってその被害を防いでほしい。
我々は兵の数と質、兵器の数と質のいずれも大きく勝っている。だから、勝つのは当然であるが、出来るだけ損失なしに勝ちたい。兵も上官もその点をよく頭において行動せよ!よいか!」
「「「「「「「おー」」」」」」との地響きのような声とともに兵は片手を上げて賛同する。
ゴーマン少将はその兵にむけてぴしりと敬礼した。
「司令官殿に敬礼!」
クレンスキーの声に兵達は静まり、敬礼を続ける少将に答礼する。
モスクワ、ガードル街のある古いビルの広い一室に20名を超える男と女が集まっている。男女ともそれなりの服を着てはいるが、着崩してだらしがない。男は皆人相が悪く悪人面であり、4人しかいない女も少なくとも善良には見えない。
「おい、軍が討伐に来るって本当かな?あのゴーマンが兵を集めているっていうぜ」
「ふん、噂だけだよ。ろくに給料を貰えない連中が集まるもんか!」
「いや、俺は聞いたぞ」
「いやいや、それは嘘だ。そんなわけはないって」
がやがやと騒いでいる窓が、ガシャンと鳴って丸い何かが2つ、3つと飛び込んでくる。
「げ!やばい手榴弾だ!投げ返せ!」
軍上がりがそれを見て慌てて叫ぶが、そんな時間を残して投げ込む訳はない。
部屋の中でドーン、ドーン、ドーンとこもった轟音が響き、多かれ少なかれ負傷した男女が呻くところで、ドアが蹴り開けられ、自動小銃が打ち込まれる。1分もしない内にうめき声も聞こえず身動きする者はいなくなった。流石におそロシア、警告なしの攻撃だ。
このような容赦ない攻撃によって、当初は全体の1/4と考えていた人口1,200万人のモスクワの『解放』は1週間で終えた。その結果、ギャング(?)として殺された者3,528人、巻き添えで死んだ市民(?)1,221人で重傷者1,102人、軍の死者122人で重傷者220人であった。
総勢35,000人の、モスクワ解放軍司令官であるゴーマン少将は、暫定大統領として『国連軍』を受け入れた。そして、その航空機動力を使って、ロシア軍主体の戦力により、2ヵ月で全国のギャングなどの武装勢力を一掃して秩序を取り戻した。
シベリア共和国独立について、文句を言わないゴーマン暫定大統領に不満な国民もいたが、多くの国民は秩序が戻ったことを歓迎した。コーマンは西側に対し非常に融和的な姿勢を取った。そして、彼はその理由について、ロシアを近代国家にするためと軍にも国民にも十分に説明した。
国民は大きな変化に戸惑ってはいたが、西側や日本から入ってくる様々な技術によって、生活が便利に豊かになっていくのを実感し、ゴーマンの治政を歓迎した。ゴーマンは2032年に選挙を行い正式に大統領になっている。
このように、融和的であり、資源豊で、安定した政権によって運営されているロシアは欧米諸国にとって魅力的な投資先となった。このため、去って行った企業も帰って来たし、新たな企業が、シベリア共和国と共にロシアにも積極的に投資するようになった。
ゴーマン大統領はこれらの投資については、もろ手を挙げて歓迎し、その中でとりわけICT技術、触媒回路技術の技術者の養成に力を入れて取り組んだ。また、これ等の関係の国営企業を設立して国に根付くことを目指した。その中で、彼が強調したのは上意下達の脱却であった。




