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転生者が変える人類の近未来史  作者: 黄昏人
第3章 変貌する世界
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3-10 日向家を取り巻く状況

読んで頂いてありがとうございます。

誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

 2033年、涼はすでに嘉陽学園大学の学部を卒業して、現在は修士の1年である。指導教官は変わらず物理学科の真柄真治教授であるが、相変わらず学校には精々週3日で来ない日も多い。大学院に通うかどうかについては迷ったのであるが、取りあえずの所属ということで消極的に決めた。


 これは、現在はそのように名乗ってはないが実質的に上級コンサルタントとしての立場である。そこで、どこかに勤めるというのも、引く手は数多であるが能力を生かしにくい。また、大学を卒業してどこかに新入社員で勤めるのもないだろう、ということで取りあえずということだ。


 現状で、学校以外で言えば、行くところは防衛省の中央研究所が多い。ここでは重力エンジン絡みで、GPF(世界平和軍)の装備を開発しつつ製作するということを続けているので、相談に乗ることが多い。

 なおGPFの技術研究所も出来ることになっているが、この中央研究所から半数程度の職員が引っ越すようだ。


 さらに、この中央研究所を含め国の研究所や企業の研究所にちょくちょく呼ばれているが、それなりの対価を払うべきということで、時間いくらでもらっている。単価は結構とんでもないが、余り気楽に呼ばれても困るということだし、相手も承知して呼ぶのだからいいのだ。


 涼も協力している真柄教授の研究については、「①触媒回路の物性的な影響の解析」及び「②触媒回路により影響を受ける物質の挙動の解析」はすでに分析は終わり整理が済んでいる。つまり、現状で実用化された回路について、その働きとその結果起きる挙動は解析して整理済みということだ。


 このことで、物質が回路によって作られる『場』によって影響を受けること、そしてその影響は大体は物性の変化を容易にするものである。この現象は、従来の物理学の体系の外にあることになる。だから真柄が目標としている「触媒回路の機能が成り立つ理論的背景」の解明が求められる。


 そして、これが難航している。どういうものか、何の効果があるか、どのような効果があるかは判っている。しかし、何でそんなものにそんな効果があるかは分からないし、何でそんなものがあり得るかも解らない。魔法というものがあって、その理論的背景は?というようなものだ。


 とは言え、その解明がなくとも『回路』は使えるので誰も困らないとも言える。しかし、『なんでそうなるか』を解らないって気持ち悪いというのが普通の人間なので、真柄のこだわりを理解する人は多い。涼は『使えればよい』という考えなので実は余り気にしていない。


 しかし、真柄の研究室の成果はしっかり役に立っている。つまり、回路の使い方がはっきり分かった訳だから、誰でも再現できるようになったことになる。このことで、更なる機能の改善とか新たな機能とかの研究が進むようになってきた。


 開発者の山名は、すでに博士号をとり助教授になって研究室を持っているが、真柄研究室の院生であった彼がやった原子変換についてはその成果の際たるものである。これはリンとカリウムについて、シリカとカルシウムから原子変換で作り出せるものである。これらは肥料として極めて重要であり、最も枯渇に近いとして懸念されていた物質である。


 これらは、すでに量産化に入っており、値上がりが続いていたこれら肥料の値が大きく下がったことは、世界の農業にとっての大きな福音であった。2030年秋に行われた、この原子変換成功の発表は、当然ながら大ニュースになって、嘉陽学園大学の名を世界に知らしめたのは確かである。


 しかし、真柄も山名も自分は理論物理学者であると思っている。回路の理論的背景を確立するため、その働きを調べるのはまだいい。しかし、原子変換が出来るように回路を改造することは理論物理学と言えるだろうか?まして、他の研究室の手を借りながらであったが、その流れで一気に原子変換装置を組みたててしまった。


 これが理論物理学者の仕事と言えるだろうか。結局、山名はその仕事を論文にして、物理学の博士号をもらったが、審査した理学部長がニヤリとして言ったものだ。

「いや、内容は素晴らしいもので、実際に世の中に大いに役立つものだ。しかし、物理学としてはこの論文は少し違うような気がするな」


 触媒回路を分割して機能を専門化することで新たな機能を付加するというアイデイアは、その後も追及されて様々な応用を生んだ。具体的には、触媒回路の改良による電子バッテリー、電子抽出型発電システム、重力操作装置などの機能が多様化され、派生した製品が多く生み出された。


 一方で、真柄研究室による触媒回路の働きの解明は、結局日本のこの分野の独占を終わらせることになった。だからその発表後、各国が自分で触媒回路を用いた電子抽出型発電システム、電子バッテリー、重力操作装置などを作ることが出来るようになっている。


 しかし、海外での実用化には、数々の障害があって、涼のアドバイスを得られた国内の開発に比べ大きなハンディがあった。さらに、数年のアドバンテージを持って、なお実用化の試みをする中で改良を繰り返してきた日本に比べ、彼らの実用化はまだ時間がかかるようである。


 実のところ、真柄の研究を公表するかどうかは政府内でも揉めた。つまり、触媒回路の利用は現状ではほぼ日本で独占状態であるが、公表によって世界に公知になる訳だ。そして、自分の発見ではないので権利主張はできないという涼のポリシーによって特許で押さえていない。


 しかし、外務大臣から、極めて重要な技術である触媒回路の情報を日本のみで抱え込むのは危険すぎるという意見があった。さらに、涼やそれぞれに実用化した学者や技術者から、すでに日本が積んできたノウハウはそう簡単に真似できないという意見があった。


 そのことから、真柄達の研究結果は学術的成果として素直に出すべきとの結論になった。このように、触媒回路という技術は発表後には世界の最もホットな話題となった。そうなると、中心人物である真柄には問い合わせ訪問が殺到して、研究にならないということになった。

 そのため、大学と交渉して秘書を付けることになったのは必然的なことであった。


 このような動きの中から、主として涼に係わった研究者の間から話がでて『触媒回路学』なるものが成立してしまった。そして、真柄は『触媒回路学会』の初代会長になり、ますます国際的に著名になってしまった。


 ちなみに、真柄は大学教授であり、それなりの給料はもらっている。だが、研究費は知れており、様々な理由での外出・出張に充てる費用などは、とてもその研究費からはねん出できない。だから、涼はそれを慮って関係する各企業や研究所に働きかけ、真柄研究室への委託研究費を支出させている。


 また、原子変換の触媒回路を開発された時には、R情報に含まれていないとしてこの技術の特許化は、涼も拒まなかった。なので、真柄もその3割の権利がある。この収入が年間数千万円になっているので、馬鹿にならない。しかし、半分の権利を持っている山名の取り分は真柄より1.7倍多い。

 なお、金に困っていない涼の権利は1割とした。


 涼については、収入は㈱日向クリエイティブから貰う給料が年間5百万円、先述の各機関などへのアドバイス料が5百万円、さらにいくつかの技術の権利料が2千万円ある。あまり収入を多くして税金が過大にならないように調整しているという訳だ。彼は、預金は1億円以上あるので大きい買い物でも困らない。


 ㈱日向クリエイティブは母の綾子が作った会社であるが、主な収入源はアクティの権利料と株式売買などの利益である。前者については年々権利料の率を減らしてきたが、今でも年間70億円の収入がある。なにしろ国内では2兆円の売り上げがあり、海外では5兆円あるのだ。


 この会社は、持ち株が額面で500億円を越えている。だが、数年は売買をしていないので売買による収入はないものの、配当が平均で額面の2%なので株で10億円の収入がある。この会社は8年の歴史があるが、当初の収入が年2億円であった。


 その時点の従業員は綾子以下の家族であり、何とか会社としての納税で済んだが、アクティの売り上げ激増で次年度から収入が膨れあがって、会社としての実態がないとして個人の所得税となり全部で40%ほどの税を徴集されることになった。それで家族会議を開き、会社の実態を作ることにした。


 これは、大きく儲けても困るが、すぐに資金が尽きるも困る、そしてそれなりの意義がないといけない。ということで、綾子の人脈で見つけてきた少年・少女の自立支援組織を抱え込むことにした。この主催者は、30歳くらいの宮地美紀という女性がやっている。


 彼女は、貧しい境遇で育ち、必死に高校はでたが、チンピラに交じって遊んでいた弟を亡くしたのだ。その死因を調べるうちに、自分達以上に悲惨な家庭環境にいて抜け出せない若者が多いことに気づき、弟を救えなかった懺悔の気持ちもあってそういう活動をしているという。

 彼女が寄付を集め、自分も稼いで資金を注ぎこみながらの活動は大変だろうと思う。


 宮地美紀との話はこのようなことであった。

「ええと、綾子さん。私がやっている活動を買うって何が目的なの?」

 綾子の高校の同級生の知り合いである、宮地美紀は強い目で綾子を見て言う。


「うん、去年私の家は税金を3億円払ったのよ。折角会社は持っているけど、そこで納税は認められなかった。ちょっとしたことがあって、今後収入はまだ増える見込みよ。あなたのことは聞いていて凄いと思っていたの。だから、そのお金を折角だからあなたの活動に投資したいということよ。

 そのことで、もっと救える子供が増えるはずだし、貴方だってもっと楽に活動ができるはずよ」


「ええ?ちょっとしたこと?」

「うん、ちょっとしたサプリメントを会社に売ったのよ。それでね」

「え!あれ、アクティというやつ?私はちょっとお金に余裕がなくて飲んでないけど」

「ええそうよ。だから、やましいお金ではないよ。でも是非飲んでね。効き目は保証するよ」


「ああ、羨ましい!節税なんて。でも、援助というか、抱えてくれるなら有難い。今の私一人では8人抱えるのが精一杯でギリギリよ。でも儲かることはないよ。いいの?」

「うん、無制限とはいかないけど、まず宿舎を買って賄いさんを雇って住・食を整えましょう。勿論衣もね。それから、彼らの働き口はあるのね?」


「ううん。今のところはその8人で一杯ね。でも、知り合いに働き口があって、10人ほど抱えていて体が続かない人がいます。だから、そっちも引き取るわ」

「うん、その対象の子たちの境遇や性格なんかのリストを頂戴。息子の関係の会社で働けるかもしれない。また、場合によっては海外でやるか、連れてきてもいいよ」


「ああ、考えたら本当に有難い。もっと助けたい子がいるのに、もう手を広げられないというのは悲しいもの。うーん、どうするか具体的に考えてみる。また、そーね、明後日に」

「ええ、明後日待っているわ。それにこれ、アクティ、100錠入りの箱よ」

「有難う。飲みたいとは思っていたの」


 このようなことから、美紀は㈱日向クリエイティブの社員になって、イラストレーターとして働きながら当初25人の若者の世話をすることになった。2033年の段階では、美紀の補助を2人雇って若者を250人抱えている。会社は住処として、彼らが住む5棟のアパートを所有している。


 そして、年間半数程度の若者が『卒業』していき、同じ程度の数が入ってくる。また、フィリピンとバングラディッシュにミキハウスという支社を作って、スラムの若者のための同様な活動をしている。こちらのコストは低いだけに、抱えている若者は320人になる。


 これらが、㈱日向クリエイティブの事業として認められている。このことで、綾子他の家族は会社の社員として給料を貰い、会社は約80億の収入と若者の支援事業の赤字の差額で事業税他を払っている。なお、美紀は会社に属してから1年後に、同じ活動をしている2つ下の若者と結婚して一緒に仕事をしている。


 父隼人は、変わらず防衛施設庁に勤めているが、防衛省が大きく改変されるということで、今後どうなるかまだ読めないところだ。しかし、施工管理のプロとしての力量はあるので、古巣の前島建設から誘いもあって特に焦ってはいない。それに、家の財産と『会社』を考えれば、別に働く必要もないわけだ。


 母の綾子は同じく防衛省の契約職員の立場であるが、この人は莫大と言ってよい日向家の経理を全て把握しているので、それこそ契約社員などはいつ辞めても良い。でもこう言っている。

「でも、完全に辞めて、専門から離れちゃうのも寂しいのよね」


 妹の彩香は嘉陽学園大学の工学部、触媒回路工学科の2年生である。結局彼女も、便利であり、R情報の一人者ということで熱心に誘われたこともあって嘉陽学園大学に入った。彼女の入学の時にはさほどではなかったが、現在では嘉陽学園大学は私立ではトップの名門校になっており、特に理学部や工学部は超難関校になっている。


 特に過去には殆ど見られなかった留学生、それも最優秀の学生が集まってきている。お嬢さんお坊っちゃん大学としては留学生の存在は困ってしまうのだが、当該国の圧力に押された外務省の圧力もあって、やむを得ず受け入れている。


 これは明らかに、『触媒回路学』発祥の地というネームバリューであるが、中でも彩香の属する触媒回路工学科は真柄教授の物理学科と並んでの人気である。彩香は現在20歳、まさにお年頃であり、兄に似ず母に似て、美人とは言えないがスタイルが良く可愛い。


 兄の涼と彩香が並んで歩くと彩香の友達から「彩香はお兄様に似なくて良かったわねえ」と慨嘆されるが、それはそれで彼女としては気分の良いものではない。しかし、大分前から美人の彼女とキャンパス内を歩いている姿を見るにつけ、これまた複雑な気分になる彩香であった。


 ちなみに、密かに彼女について政府関係者が気をもんでいることがある。それは、彩香がステディたる決まった相手がおらず、そこに見目麗しい男子留学生が出没するのである。R情報の一人者である彼女が、結婚によって外国に連れていかれるのは大変国としてまずい。

 しかし、彼らは知らない。彩香は美形より、むしろ兄や父のようなブサ面が好みであることを。


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[気になる点] 》 実のところ、真柄の研究を公表するかどうかは政府内でも揉めた。つまり、触媒回路の利用は現状ではほぼ日本で独占状態であるが、公表によって世界に公知になる訳だ。そして、自分の発見ではない…
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