3-3 重力エンジンによる旅客・貨物輸送の進化
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2030年暮れ、スカイキャリー(貨物飛行機)はすでに船体は形になっている。重力エンジンの実現性が認識されてから、大型貨物機が構想された。また、それは世界の各地方・国の地政学的立場を一変させるものであるとも認識されている。
ただ、防衛省からの要求である戦闘機・戦闘艦への適用が急がされたため、後回しにされた経緯があった。涼が、そちらにより興味を持ったという意味合いもあるが。
また、ハイパーライナー(超高速旅客機)も同様に形はできている。現状では、ジェット・プロペラ旅客機で世界の旅客の移動に関しては需要を概ね満たしている。ただ、それは地球の反対側にいくのに十数時間を要するというその性能の限界の中でのことである。
一方で、これらも燃料油を使うという事情から、重力エンジンへの換装は避けられない。
ハイパーライナーは亜宇宙を飛ぶことで、地球の反対側であっても2時間以内で移動できるということで、従来の旅客機とは文字通り次元が異なる。しかし、近距離の場合には現状の旅客機のように、大気圏内を飛ぶ機が主体と考えられる。この場合は現状程度の気密構造で済む。
ただ、重力エンジンの場合には、プロペラやジェット推進のように機体の重量を余り気にしなくて良いという利点がある。
ただ、重力操作機は、重量によってその動力源である電力消費量は比例して増える。しかし、現在は電子抽出型発電システムという非常にコンパクトかつ燃料を使わない発電システムがあり、直径2m程度の機体であれば十分積める。
それが、『そら』型であり、『しでん』型である。だから重量の増加はコストに余り影響しないのだ。
なお、総重量2トン以下のスカイカーは、電子バッテリーで2時間程度の全力駆動が可能であるので発電機を積む必要はない。一方で、現状の旅客機レベルの重力エンジン機は、当然電子抽出型発電機を積むものとして計画された、また、それ以上の大きさの機体になる貨物機も同様である。
これらの重力エンジン機の機体の材料を鋼製にするか、軽金属にするか必要な発電機とのコストの兼ね合いから検討された。この点はコスト度外視の戦闘用の機体とは事情が異なる。結果は大気圏内の飛行には僅差で軽金属またはプラスチックが有利であった。
また、スーパーライナーは高速での大気圏外のへの出入りの必要性と、厳密な気密を要求されることから鋼製が有利ということになった。さらに、貨物機については、積み荷を考えると荷重が大きいために頑丈さが必要であり、大容量であることから鋼製以外に選択の余地はなかった。
前者については、莫大な資産である既存の旅客機の機体を使いたいという意向も働いている。だから、当面は既存の機体でエンジン部を、電子抽出型発電システムと重力エンジンに切り替えたものにすることになった。世界には4万機余りの膨大な数の旅客機があるのだ。
柳瀬隆は、四菱重工の一部門で旅客機の開発を担当して夢破れ、転職して経産省管轄の産業技術研究所に勤務している。彼は、役人同士の横のつながりと、防衛産業に深く食い込んでいる古巣の四菱重工から、重力エンジンの情報を知った。さらに、その開発のキーマンが涼という大学生であることも知ったのだ。
であればということで、彼は涼を訪ね重力エンジンの活用先の大型化を訴えた。涼は『ありゃ、山中2佐みたいな人が来たな』と思った。だが、どちらも似たような目的であるし、元々考えていたことなので協力することにした。
すでに、潜水艦改造の『宇宙戦艦(笑)』の駆動部は開発済なので、それの簡略版が旅客機に使える。これらは、電子抽出型発電1ユニットの5万㎾級で十分だ。宇宙に出る場合も同じでいいだろう。また、貨物機は最大重量3万トン程度までだったら、10万㎾級の発電機が必要である。
涼は『そら』、『しでん』、それに潜水艦改造で、重力エンジンの活用に慣れている防衛省の中央研究所の力も借りた。そのうえで、さっさと必要な重力エンジンシステムを標準化して、スペックと機能・能力を提示した。柳瀬はそれを元に古巣の力を借りて、3機種の開発にかかった。
グラビィプレーン(重力エンジン旅客機)、スカイキャリー(貨物飛行機)、ハイパーライナー(超高速旅客機)の3機種である。これらについて、空力計算を行い、それぞれについて3つの機種を決め、経験から形を仮に決めて、モック(模型)を作って風洞実験によって最適化した。
結局、重力エンジンを載せた旅客機であるグラビィプレーンは、従来の旅客機の翼を無くしたような形状になった。さらに、従来の旅客機を翼もそのままにしたケースと、翼を外したケースで比べた。その結果、やはり翼が無い方の運動性は良いが、あっても従来とは大差はないという結論になった。
ちなみに、重力エンジンの安全性であるが、いかなるトラブルが起きても、重力のいわば中和作用は保持されていて墜落という事態は起きない。従って故障に備えて翼を残すという選択肢は意味がないのだ。
このこともあって、旅客機の重力エンジン装備への改造時に翼は外すことになった。なにしろ、翼があるがゆえに、その占有幅は最大のA380で80mと非常に大きいのだ。
さらに、グラビィプレーン(重力エンジン旅客機)に変えた場合には大きな変化が生じる。それは、滑走が必要ないことと、騒音を発生しないことである。
重力エンジン機の標準的な離着陸の操作は以下となる。
①ボーディングブリッジを切り離して、離陸点まで重力操作で移動する。
②鉛直に1Gの加速で300~500m上昇し、一旦停止する。
③1Gで加速しながら45度の角度で上昇し、高度15,000mで水平飛行に移行して、音速を超えない時速1000㎞以下で定速になるように飛行する。なお、高度15,000mの音速は300m/秒(1,080㎞/時)である
④目的地に近づいたら、IGで下向きに減速しつつ45度で降下し、高度500mで一旦停止する。
⑤その後鉛直に降下して、着地点に着陸する。
⑥ボーディングブリッジまで移動してブリッジを接続する。
つまり、重力エンジン機の離着陸には基本的に飛行場のエプロン程度の面積があれば良く、滑走路は不要になる。さらに、騒音は発生しないので、日本の空港で通常実施されている離着陸の夜間の時間制限は必要ない。
また、四菱重工はグラビィプレーンを、それぞれGE-P150、GE-P320、GE-P500と3種類をシリーズ化した。定員はそれぞれ150人、320人、500人である。構造はジュラルミンの骨組に樹脂の板を張り付けており、基本的に直径8m×長さ70m、6×50m、4×40mの両端が尖った円筒形にしている。
この機は構造も単純であるが、動きも極めて単純であり、開発でトラブルが頻出した従来の旅客機と違って、複雑なジョットエンジンや燃料タンク、これまた複雑な離着陸装置がないので、故障する要素が極めて少ない。
手続き上、アメリカの形式認定を取るには苦労するかも知れないが、トラブルによる後戻りはないはずだ。国内については、以前の経験から早期に形式認定を取る自信はある。まだ飛んでないが、形は出来ている最小のGE-A150を見て思わず手を握り締める柳瀬であった。
柳瀬が担当している中で、グラビィプレーン以上に今後に期待しているのは、ハイパーライナーである。実のところ四菱重工としては、ハイパーライナーとスカイキャリー(貨物飛行機)に期待している。まず、スカイキャリーは数万トンクラスの貨物船を作るのと同等であり、得意な造船の技術が生かせる。
また単純な貨物船であれば、コストで中国や韓国勢に勝てないが、なにしろ空飛ぶ船であり、安全性や構造上の工夫などを考えれば当分は競争力を持てる。それに、運用コストの試算によると、船に比べ大幅に有利であるので、今後多数の注文があることは間違いない。
さらに、ハイパーライナーは宇宙空間を飛ぶ旅客機であり、世界のいかなる場所にも2時間以内で行ける。しかも機体の費用は、現在の旅客機に比べむしろ安く、さらに運用コストについては大幅に低い。しかも速いのであるから、チケット代は大きな付加価値を付けてもむしろ安くなるはずだ。
従って、四菱重工は、飛行距離1,000㎞を越えるような飛行には、大部分がハイパーライナーが使われるとみている。一方で、このような高速の旅客機を使えれば1機で多数のフライトを熟せるわけであるので、必要な数は減るはずだ。多分、現在の4万機の旅客機は半分も要らないだろう。
そして、ハイパーライナーはグラビィプレーンと相似の形状でシリーズ化され、GE-SLS150、GE-SL320、GE-SL500として、定員も同じとなっている。これは耐圧と丈夫さを求めて鋼製になるため、特殊鋼で護衛艦や潜水艦を作ってきた四菱重工の得意とする分野である。
現在、改造でなく、船体から作る重力エンジン駆動の大型万能艦の設計が、四菱重工を幹事会社として行われている。万能艦というのは、地球上、宇宙もあらゆる所に行くことができるということから名付けられた。流石に宇宙戦艦はまずいだろうと言う訳だ。
しかし、後に公開されたこの艦は、若者を中心に宇宙戦艦と呼ぶのが普通になった。この設計の経験は、同じ宇宙空間を飛ぶハイパーライナーの設計に大いに役立っており、このこともハイパーライナーの開発と建造の上で強みになっている。
ハイパーライナーの設計も進んでおり、大型万能艦と同じ程度のタイミングで完了する予定で、建造も同程度の時期に始まるだろう。しかし、建造期間は、軍用の艦と違い、民間機であるハイパーライナーが半分以下であると想定されている。多分、2031年の暮れには初飛行が可能であると考えられている。
貨物機であるスカイキャリーもまた重要であるが、これは造船部門にいる成瀬の同期の梶田が担当している。風洞試験の結果決まった形状で、GE-C10、GE-C20、 GE-30とシリーズ化され、GE-C10については設計も終了して建造が始まっている。
旅客機を手掛けている成瀬からすれは、考え方・やり方は随分乱暴ではあるが、早く安く作ることが必要な造船屋としては普通であるらしい。そして、進行が早いことは確かだ。なお、スカイキャリーのシリーズはそれぞれ、貨物室の容量が1万㎥、2万㎥、3万㎥であることを示す。
形状は角が丸まった四角柱であり、両端は丸みを帯びた四角錐であるので、最も単純な構造と言えよう。これも量産を重視した結果であるが、GE-C10、GE-C20、 GE-30それぞれのシリーズで、大きさは15m角で長さ70m、18m角で長さ90m、22m角で長さ100mである。
これは、最大55万トンまである油を運ぶタンカーにしてみれば、非常に『小型』であるが、5年後には石油の輸送量はピーク時の1/5程度になると予想しているので、この点は割り切っている。速度は標準高度2万mで巡航速度が800m/時であるが、最大速度は精々10%増しとして考えている。
スカイキャリーの特徴は、長さ100m~150m×幅50mの場所があれば離着陸できることで、荷受け場所にこの程度の広さがあれば、港などからの小運搬が不要である点だ。さらに、スカイキャリーにはマイティが標準装備されているので、着陸地から200m程度の範囲であればマイティで運搬できる。
つまり、スカイキャリーは輸送機として自己完結しており、自分で積んで運び、自分で下ろすことが出来る優れものである。これは物品の運搬に当たっては極めて大きな長所であり、スカイキャリーが急速に普及すると考えられる理由である。
また、繰り返しになるが、スカイキャリーは地球上どこでも距離が最短になる大圏航路を飛ぶことができ、先述の面積があって固い地盤であれば、どこでも離着陸ができる。従って、街中あるいは近郊に巨大な船体が離着陸することがある訳で、安全のためのルール作りが重要になる。
なお、旅客機は当面、既存の飛行場を使うことになるが、広大な飛行場の滑走路は実質的に不要になって、エプロン等一部のみが使われることになる。また、騒音のためもあって、飛行場は比較的市街中心から遠い場所に建設されているが、これも徐々に中心街に移って来ると見られている。




