1-3 歴史を変える技術の開示
楽しんで頂ければ幸いです。
ここは、涼の発表会というか説明会を開くマキノ工機の中会議室である。それまでに、涼は焦りぎみのヒロと協議を重ねてきた。時期的に、確かに本格的に準備にかからないと間に合わない時点にきている。
今日は2028年5月14日であり、大統領プチャーキン謎の死もあって、ウクライナ侵略を切り上げた結果、ロシア国内がグダグダになってしまった。その混乱からロシアは、世界に向かって核恫喝を行い、結果として実際に核戦争を仕掛け、欧州と日本、イスラエルに向けて核ミサイルを発射するのが、2031年3月10日である。
それに対して欧州は迎撃に成功するが、イスラエルと日本は失敗するのだ。そのため、日本では78万人の死者とともに仙台が廃墟になってしまい、悪いことにその翌日、M8.3の東海地震、1か月後にM8.1の南海地震が起き、静岡、高知を中心に死者1万8千人、倒壊家屋8万戸を数えた。
欧州は報復を控えたが、テルアビブに核攻撃されて80万人の死者を出したイスラエルは、モスクワに1メガトンの報復攻撃をして50万人を殺したが、さらに再報復の5発のミサイルを食らって百万を超える死者を出した。
この中で、日本がグダグダになり、自衛隊の戦力が東に集中した。さらに、在日米軍の負担金でもめた、沖縄の米軍が引き上げているのを見た中国が、沖縄の自衛隊基地をミサイル攻撃して、揚陸船団を送り出し、1週間で沖縄を占領してしまった。
これは、ロシアと共に世界の孤児になり、経済の凋落に国内の暴動を抑えきれなくなった中国の楊政権の決断であった。それをきっかけに、イスラム教徒を中心とする武装集団の公然たるテロの頻発もあって、世界は核が飛び交う戦争や隣国への侵略が次々に起きる戦乱の巷になってしまった。
その時点で、戦力的には圧倒的な強者であるアメリカも、国内の余りの貧富の差の固定化によって、暴動が頻発する中で州軍にも暴動に参加する者が多くなり、国内の対応が精一杯であった。さらには、内向きになってきた国内世論に乗って、基本的に外には不干渉を貫くようになってきた。
そこにおいて、ロシア、北朝鮮、韓国、中国と問題国に囲まれた日本はその騒動の中で、更にもう1回の核に見舞われ、再度80万の被害を出すに至り、国防に関する国民の意識が全く変わってしまった。このため激減した予算の中で重武装を目指し、予算の50%近くが軍事費となる有様であった。
また、そうした混乱は石油資源がいよいよ枯渇の様相を見せ始めたこと、一方で地球温暖化による気象変動も更に進んだことも激化を後押ししている。地球温暖化は、その後50年程ピークを保ち石油の枯渇による二酸化炭素排出の減少もあって徐々に収まっていった。
石油に代わる大規模なエネルギー源は見つからず、太陽光、風力、潮力など自然由来の電力はエネルギー密度の低さのために、資源を多消費する割に規模が全く石油等化石エネルギーの代替にはならなかった。結局、石油・石炭のエネルギー先細りの中で、人類は生活レベルを下げる以外の解決策はなかった。
日本は、このような状況の中で、その後長く経済のみならず文化の停滞にさらされた。それが、漸く世界にそれなりの立場を取り戻すには、原子力をようやく使いこなすようになった200年ほど後の科学のニュー・ルネサンスを待つ必要があった。
しかし、その長く辛い経験は、人口が3千万になった日本人が世界に対して強い敵意を持つようになっており、世界から毛嫌いされる存在になっていた。
『うん、結局ヒロの知る歴史からより良い未来を作るためには、ロシアのみならず世界の核兵器の問題を片づけること、更にエネルギーの問題は解決することだよね』
『うん、涼の言う通りだ。ただ時間がないよね。だから、余りなりふり構っていられない、当面できたマキノ工機との縁を生かして全力でやるしかないだろうね』
『わかった。まだ設計に必要なデータは入手出来ていないけど、ヒロは当然核への解決策、エネルギーの解決策は詳細に理解している訳だから、取りあえずはそこから説明して実用化の準備を促そう』
会議室で待っている間の、涼とヒロの脳内ディスカッションである。
「それでは、皆さん揃ったようですから、この会を始めさせて頂きます」
山際の上司の仁科課長が、司会役として皮きりの言葉を述べ続ける。
「今回の話をして頂く日向涼君の発表にはレジメ等は用意していません。というのは、お聞きになればお解りになると思いますが、極めて重大かつセンシティブな内容であり、極力長く秘密を保って開発を行っていきたいということからです。
従って説明の中ではプロジェクターを使いますが、データや紙ベースではお渡ししないことにしました。大変ご不便をおかけしますが、どうぞご理解を願いたいと思います」
この会には、マキノ工機からは門田社長に、川田常務、古田開発本部長、山際課長代理に山際の部下である、涼のお相手である新開真紀、村井成人に磯部容子、田原瑞希が出席している。涼のお相手は20歳代前半の美人が多いが、会社も色気づいた高校生の涼を考えての人選である。
涼もその中にいるヒロもこれを判ってはいるが、実際に嬉しいので文句はつけない。
メンバーは社員の他に、大学人として、会社として付き合いの深い、東西大学の機械工学部の松田ひろ子助教授、メカトロニクス学科の吉川誠一教授、経産省の外郭団体の産業技術研究所の黒木良太主幹、防衛省中央研究所の岸川誠司主任研究員の他、民間他社からも5人が出席している。
社員以外の人は、仮に涼の話がはずれであっても、問題にせずに丸め込めるメンバーということでの人選である。マキノ工機のもの達は従来の技術の常識外の、マジカル・カッターの実例を見ているので、涼のことを基本的に信じているが、下手なメンバーだと怒りだす恐れがある。
司会の指示で山際が、涼とマキノ工機の関係、そしてマジカル・カッターの商品化及びマジカル・カッターの実際の動作状況のビデオの紹介があった。そして、マジカル・カッターの派生技術として、マジカル・ペイストの開発の状況と動作状況のビデオの紹介も行っている。
実際にマジカル・ペイストは、マジカル・カッターで切断した面相互という条件付きであるが、分子接合によって、母材の95%の強度で結合するものであり、溶接より遥かに強固、簡易かつ精密に接合できるものである。これも、マジカル・カッターと一緒に大きな需要が見込めるもので、半年以内の発売を目指して準備が進んでいる。
これらすべての技術の提供が涼からであることを強調して、仁科が涼に発表の開始を求める。
「只今紹介に与りました日向涼です。私はご覧の通りまだ高校生でありまして、先ほど紹介のありました技術を発明・開発するなどのことは到底不可能です。ではなぜ、マキノ工機さんに設計資料を提供できたかというと、単に知っていたからです」
マキノ工機の者にも打ち明けていなかった事情のカミングアウトに、会場から期せずして「「「「おお!」」」」という叫びがあがった。
「そして、この技術の提供によって、マキノ工機さんの信頼を得ることが出来たと思いますし、そのことによって、この会を開くことができました。実のところ、マキノ工機さんに提供した技術は、利便性は大いに高めるでしょうが、それほど人類にとって重要なものではありません。単に覚えやすかったから提供できました」
言葉を切って出席者を見渡す涼を、会場の皆は息を飲んで見つめる。もはや彼の若さは聴衆にとっては、意識に登らない。
「まもなく、より我が日本にとっても、また人類にとっても非常に重要な技術を皆さんに提供できます。一つは核分裂の連鎖反応を起こすような物質を不活性化できる技術です。これは……」
その時、「ええ!そ、それは本当に!」と叫んでガタンと音をさせて立ち上がった人がいた。防衛省から出席している岸川である。
「ああ、岸川様。お気持ちは解かりますが、ご意見・ご質問は後でまとめてお願いします」
司会者が苦笑いをして言い、涼に続きを促す。
「日向さん、続けてください」
「はい。皆さんご存じのように、ロシアのウクライナ侵攻は結局ロシアの核の脅迫で、プチャーキン大統領の謎の死もあって、中途半端な状態で休戦になりました。その中で、核が使われることはありませんでした。
ですが、ウクライナに世界からの復興援助が集中するのに比して、ロシアへの経済・技術封鎖は続いていますので、経済的には継続的に落ち込んでおり、ロシア国内は暴動の頻発で強硬派のボルドフ氏が権力を掌握しつつあります。
彼は、かねてからためらわない核使用を公言していますので、核戦争という意味では極めて危ない状態になると見られています。さらには、中国も世界からの経済封鎖でどうにもならなくなってきていて、暴発の可能性が極めて高いことから、ロシアの暴発に乗る可能性があると、……。そうですよね、岸川さん?」
「そ、そうです。その通りです。ですから……」
「ですから、核兵器を無効化できる技術、これは我が国もそうですが人類にとって今直ちに求められているものです。これは、我々が『触媒回路』と呼ぶものの機能の働きを借りて、ある種の電磁波のパルスを爆発的に発するものです。
この働きにより、核分裂物質の原子構造に選択的に干渉することで概ね半径10~100㎞の範囲の核分裂物質の活性を殆ど無効化します。
この作用の効果範囲は、出力によって変化します。最小のパルス発生装置は直径30㎝長さ1m程度に収まりますので、ミサイルに搭載可能です。また、迎撃するのであれば航空機に搭載するか、または地上ステーションによってそのパルスを発生させることも考えられます」
涼は一旦言葉を切って、集中している聴衆を見渡して続ける。
「都合の良い夢のような技術だと思われるかもしれませんが、先ほど紹介のあったマジカル・カッターなどと同様にすでにある技術です。全力を挙げれば2~3ヵ月でプロトタイプは出来るはずです」
流石にこの言葉に、出席者は互いに向き合い一斉に私語が始まり、発言を求めていくつもの手が上がった。数十秒は黙って見ていた司会者が、おもむろに大きめの声で言う。
「皆さんお静かに。まだ話は終わっていません。さらに、重要な話がありますので、全体のお話が終わってご発言下さい。では日向涼さん続けてください」
「はい、続けさせて頂きます。先ほどの核兵器の無効化の技術については、原理とメカニズムについて、これをご覧ください」
涼は手元のパソコンを操作して、プロジェクターの説明文を読み上げながら、図を説明していく。
その後、涼は別の話題に入った、
「では、次は金属から電子を抽出するタイプの発電システムについて説明します。この模式図をご覧ください。これは具体的には触媒回路の機能下で、銅シリンダーから電子を引き出す形で電力を取り出すものです。エネルギーは銅の質量が電子に転化する形で取り出しますが、電子の引き出しによって銅シリンダーの質量が1%程度減少したらシリンダーの交換の必要があります。
標準的には直径30㎝長さ1mで630㎏のシリンダーで5万㎾の出力が得られますが、実際には20%増しの電力を発生させて、シリンダーの加熱と励起に用いています。質量の現象から考えたシリンダーの交換は25年に1回ですが、実際には実働5年に1回程度になります。
基本的には100万㎾の発電所は、この図にあるように、10%の予備を入れて5万㎾のユニットが22基連なることになりますが、発電機本体としては40m×30mの範囲に収まります。だから変電設備の方がはるかに大きくなります。
とは言えシリンダーは銅の融点に近い千℃に加熱する必要がありますので、断熱には相当念を入れる必要があります。それでも、既存の火力、原子力に比べ如何にコンパクトかつ単純であるかお解りだと思います。さらには、本体には基本的に可動部がないために、摩耗・振動などの問題が起きないので、寿命が長く、メンテナンスの容易さはご理解いただけると思います。
また、なによりのメリットは、燃料が必要ないことで、発電コストは減価償却・人件費諸々をいれても現況の1/5以下になるはずです。さらには、僅かに重量が減った銅シリンダーは溶解して再生できますので、発電に係わる資源の問題はほぼないことになります。今回の発表はこの2点です。ご清聴ありがとうございました」
涼は顔を挙げて、聴衆を見渡すが彼等は顔を紅潮させながら、夢中になってじっくり聞き入っており、涼の言葉にはっと我に返った形である。
「皆さま、ご清聴ありがとうございます。ご質問・ご意見をお受けします」
司会の言葉に、マキノ工機の社員以外から一斉に手があがる。社員は、当面外からの人々の質問が収まるまで発言は遠慮するように言われている。しかし、全体としての発表の内容は司会以外には知らされておらず、マキノ工機の社長を始め社員も内容の重さと、余りのぶっ飛んだ革新性に顔が紅潮している。
「はい、では東西大学の吉川先生、どうぞ」
40歳代後半の長身で精悍な顔のメカトリニクス学科の吉川教授は、立ち上がり言う。
「ええ。ここでは日向君の言う『すでにある技術』という点の真否は置いておきます。
マキノ工機さんの売り出そうとしているマジカル・カッターやマジカル・ペイストもそうだけど、先ほど発表のあった核の無効化、さらに発電ともに、貴方達の言う『触媒回路』の働きによって、通常の物理現象を回避して効果を表しているようですね。
『触媒回路』に係わる特許の明細書と、君が書いたという論文は読みました。そう言った事象が事実存在するならば、筋は通っているし、なるほどと思う。しかし、実際に働くところを見たマジカル・カッターが無ければ、私だって頭から否定する理論です。ですので、それを前提とする、核の無効化、新しい発電は全く知られていない、技術体系というかいわば魔術的な技術だと思う。
これは質問にはならないけれど、だから私としてはこの核無効化、発電もその格別の効果も加えて是非早急に装置化して実証してほしい。そうすれば、世間もその『触媒回路』というものが実際に働くことを認め、その理論化の公論化と応用が広がるでしょう。そうすれば、人類はまた1段高いステージに登れるのだと思います」
涼の中のヒロは『その通り、未来の人類はこれらの技術の実用化によるゆとりを取り戻し、まさに一段ステージを登れたのですよ』そう言いたかったが、実際には「ご指導有難うございます」と言った。
その後、様々な質問・意見が出たが、話は概ねは何時詳細な設計データがでて、プロトタイプが作れられるかということに集中していた。その点は、2~3週間以内には設計資料が入手でき、それから全力でプロトタイプの製作と試験の実施を行うことが約束された。