3-1 涼の学生生活
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涼は嘉陽学園大学理学部物理学科2年生である。大学は、普通3年生または4年生から指導教官の研究室に入って卒業論文の作成に取り組む。嘉陽学園大学の物理学科の場合では3年生からであるが、涼は2年の新学期から入っている。
これは、指導教官である物理学科の真柄真治教授の意向である。
教授は、既存の物理学の範疇では理解できない『触媒回路』を理論的に解明したいと目論んでいる。これは、すでに軍事・産業利用が始まっており、実用できることはすでに証明されている。
普通、様々な発明品は、それが出来ることが理論的に示唆されて、その方向で開発が試みられて実用化される。原子力の利用法である発電や核爆弾はその典型的なものである。しかし、触媒回路の作用と応用は、それまで類する理論はかけらもなく、突然完成した形で現れた。
それも従来の物理学ではありえない現象を見せているのだ。従来の物理学は、その法則に従う現象を正確に裏付けているのだから、それはそれで正しい。だから、触媒回路の物理学はその外にある現象を表すものであるということだ。
真柄はそれを突き留め、新たな物理学の地平を開きたいと考えている。そのためには、触媒回路をこの世界に紹介して使いこなしている人物、日向涼を是非取り込みたい。そして、その涼が自分の勤める嘉陽学園の高等部に転校してきた。これは運命だ!というノリだった。
だから、涼を早めに研究室に入れる事くらいはなんてことはない。真柄は涼と接触後すぐに以下の研究テーマを上げた。最終目標は①であるが、涼も答えは持っていないので、②と③から取りかかった。
「①触媒回路の機能が成り立つ理論的背景」
「②触媒回路による物性的な影響の解析」
「③触媒回路により影響を受ける物質の挙動の解析」
幸い、同時進行で次のような多くのプロジェクトが進んでいる。
1)核無効化はもはや実用化が終了した。
2)電子抽出型発電システムも実用化して、世界中で発電所を絶賛建設中である。
3)電子バッテリーも実用化は済んで励起工場と共に量産中である。
4)重力操作装置も実用化は済んで様々なバリエーションで応用が広がっている。
5)電力から熱への幾つかの変換システムが実用化され、実機の運転が始まっている。
これらの実用において、触媒回路が使われその回路の作成には全て涼が関わっている。ちなみに、紹介者の涼も、触媒回路が使える理論的な背景は知らないという。彼が言うには、様々な理論があって、それぞれにもっともらしいが、どれも正解とは認められていないらしい。
触媒回路はある日(200年先)、アルキットと言うインド人が紹介したものであり、彼も理論的な背景については口を開くことはなかったと言う。これは、使えるのだからOKということで使われてきたというから、涼の世界も大したことはない。
そういう状況であるため、このテーマが達成できれば十分画期的なことではある。ただ、それだけ難しいものであるとも言える。
燃える真柄であったが、まず『触媒回路により影響を受ける物質の挙動の解析』と『触媒回路による物性的な影響の解析』は順調に進んだ。まず、回路に関しては理解している涼の存在と、涼を介して実用化に取り組む企業等の協力が得られたことが大きい。
真柄は、5月の物理学会の定期発表会にこの2件を院生の論文として発表した。学会では注目を集め、労作としても評価は高かった。しかし、すでに実用化に取りくんでいる日本では、「ふーん、よくまとめたな」という程度で、さほど学会としては注目しなかった。
しかし、真柄が発表した英文の論文は、この技術は製品で知るのみである海外では、未知の世界であったので大きな注目を集めた。とは言え、所詮現象を追いかけただけの研究であり、学問的な業績とは言えないという評価が全体的な結果であった。
だが、真柄にとってそれは承知の上での発表であり、触媒回路というものを学会に知らしめ、違う物理現象があることを広報する点では成功だったと思っている。それに、論文にまとめた調査と研究は究極の目的である理論確立のために絶対に必要なプロセスなのだ。
涼はこの論文には共著者として常に名が載っている。彼は当然真柄の研究については、資料を提供し、かつ回路を詳細に説明して、実際に描いてみせるなど共同研究者に相応しい活動をしてきた。
彼は、その他にも、触媒回路の製作はすでに手は離れているが、新規のものには主体的に関わっている。更に、数々のR情報の実用化において生じた問題に関しては相談に乗っている状態なので、大変に忙しい。
だが、彩香が最近ではR情報では涼の知識を上回る部分も出てきて、多くの案件において代わって対処してくれている。その点では助かっているが、それでも大学の授業は多くをパスしている。
涼は、現在真柄教授や博士課程と修士課程の院生達と共に行う研究が面白くなってきている。彼も前世において触媒回路は使ってはきたが、『そういうもの』ということで、理論的背景については関心を払ってこなかった。
それが、世界的に見ても最優秀な物理学者である真柄と、彼に触発された若者たちが熱心に議論する仲間になるのは、大いに刺激になることだ。それ以上に、真柄に主導されてまとめられた触媒回路によって生じた現象については、回路を理解しているだけに、彼なりにまだ改善できるのではと思いだした。
「要は、この触媒回路というのは、触媒回路に電気を通すことで、現状では検知できない場が生じて、物質にある現象を起こすのを命令している訳だ。その命令も回路に含まれている」
博士課程の山名が言い、修士課程の鎌田美弥が応じる。
「それは、今更よ。すでに皆が合意していることじゃないですか」
「だから、回路は2つに分けられるはずだよね。その場を作る事を命じる回路と、目的とする現象を起こすように命じる回路にね」
さらに山名が言い、鎌田美弥がまた応じるが、この2人は研究室でよくこの種の議論をして、皆の頭を整理するのに貢献している。
「でも、それに何の意味があるのよ。それが可能としても回路が単純になって小さくなり、2つに別れるだけ。ひょっとしたら場の回路ひとつで、目的を命じる回路複数という組み合わせはあるかも。でもさほど意味があるとは思えないのだけど」
そこにピンときた、涼が口を挟む。
「うん?なるほど、場の回路と目的の命令の回路を分けるか。これは意味があるかも。山名さんの言うように、場の回路は間違いなく目的の命令の実行を可能にさせるためのものです。つまり、本来は起きない現象を起こすことができるようにする訳です。
しかし、現在のように2つの回路を一緒にしているため、複合的な目的の命令は出来ないのじゃないかな。例えば原子変換などはその一つと言われています。だから、2つに分けることでそれが可能になるかも知れない。でも、これは小手先の改良で真柄先生の目的には意味がないですね」
真鍋が「いやいや」と手を振って言う。
「いや、回路を理解することはその理論確立には大事なことだ。増して、涼君も知らなかった改善の可能性が出てきたのは大きいことだし、そもそも院生の論文には十分な成果だ」
そこで、修士課程の山口加奈子が勢い込んで言う。
「いや、物質の原子変換って、とんでもないことですよ。すでに、エネルギーの問題は解決したと言っていいでしょう。次に必ず問題になるのは資源の不足ですよ。食料もそうですが、それもリンやカリウムのような資源がらみです。だから、これは電子抽出型発電並みの凄く大きな話です!皆さん、解ってるんですか?!」
「「「「う、うん。そうだね」」」」
研究室の会議机を囲んでいた、真柄教授以下8人は、山口の勢いに押されてどもって答えた。
結論から言えば、回路の分割は成功した。その最初の応用例は原子変換であったが、原子番号の大きなものは難しいこと、また原子番号が隣あっているものしか出来ないことが分かった。だから、触媒回路による錬金(金への変換)はできない。
それでも、現在最も不足している肥料成分、リンとカリウムについては可能なので、食料生産に大いに貢献することが分かった。ちなみに、3大肥料成分は窒素、リン、カリウムであるが、窒素は石油または空気中から合成できるので、困らない。
リンとカリウムは地殻中に多い成分であるが、商業的に取り出す程の濃度の鉱石が少ないために不足している。とりわけリンは、鉱石としてはすでに枯渇に近づいている。
また、原子番号15のリンの場合は隣に原子番号14のシリカがある。シリカは砂の成分で無限に近い資源量がある。原子番号19のカリウムは原子番号20のこれまた豊富なカルシウムがある。
この実用化は、錬金などよりずっと人類の生存にとって大きなものであると言われ、その発案者である山名慎吾はその研究と実用化で博士号を取り、さらに富も得た上で山口加奈子と結婚して研究者として幸せな人生を送った。でも、彼は常々こうこぼしていたらしい。「俺って、物理学者?」
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涼は、今日の土曜日は成瀬美恵とデートである。彼女は嘉陽学園大学の経済学科の1年生であり、大学からの外部生で特待生であるから優秀であることは確かだ。
明るい色のブラウスとスカートで、足元は低いヒールであって、肩までの髪は清楚な感じだ。足元はを身長は160㎝位で、すらりとして均整が取れているが、ややぼっちゃりであるから胸は豊かで腰も張り出している。また、色白で顔立ちが整っていて、大きな目が優し気な美人だ。
最初に会ったのは、学食棟のカフェテリアであった。嘉陽学園にあっては、随分庶民的な服装の彼女から声をかけてきた。涼は学内では多分1,2を争う有名人ではある。涼については政府が珍しく強硬にマスコミに対して箝口令を布いており、マスメディアに名と映像を出さないように要請している。
それを甘くみて無視したイエロー紙は、全てのスポンサー契約を打ち切られたので、それにビビッて公然と彼の名と姿がマスコミに載ることはない。しかし、学内ではどうしても口から口への噂は防げない。
だが、いわば上流階級の子弟が通う学校だけに、涼はどうも胡散臭い人間とみられているようで話かけるものは少ない。
「日向涼さんですか?」
カフェテリアで座ってスマホを見ていた涼は顔を上げて、話しかけてきた彼女が笑顔であることを見てとった。それで、安心し、にこりとして返事をする。
「ええ、日向です。あなたは?」
「私は、経済学科1年生の成瀬美恵と申します。私、日向さんが色んなことに係わっていることをお聞きしまして。少しお話出来ればと思って、声をかけさせて頂きました」
これが、若い魅力的な女性でなければ、『なんで、そんなことを知っているんだ?俺は忙しいんだ』と断るところだ。だが、通常もてないモブの自分に、勇気を奮って声をかけて来た好みに美人に、そんなことを言うほど涼は鬼ではない。
「ええ、いいですよ、と言いたい所ですが、もう研究室に行けなくちゃならないのです。それで、今日であれば、夕方の16時であれば空くのですが?」
「え、ええ。午後4時でしたら私も講義が終わるので大丈夫です」
「では、16時にここに来ます」
そう応じた涼は、立ち上がり一礼して研究室に向かうが心の中はルンルンであった。
彼とて、女性とデートの経験もあり、彼女等と一緒に飲んだことも性経験もある。性経験はまあ、研究仲間とその種の店にいったのだが。まさか、付き合いのある企業の女性社員とはねえ。それらしいそぶりをされたことはあったけど、後のことを考えるとそれは出来ないよね。
まあ、彼を見かけて素敵だと思ったというのはあり得ない。何らかの益を期待してでのことだろうと思いながら、ひょっとしたらそうでもないかも、と期待してしまう涼であった。
しかし、やるべきことはやらないといけない。涼は名を風間と知らされている相手に電話して、経済学科1年生の成瀬美恵の調査を頼んだ。むろん、話をしたいという申し出があったことを告げてである。
その結果は、秘話機能のある携帯へのデータの形で、15時頃着信した。結果は最悪ではないが、あまりうれしくないものであったが、普通に会ってみることにした。
「やあ、成瀬さん。待たせたかな?」
16時5分前に待ち合わせの場所に着いた時、彼女は立って待っており、涼に気が付いてにっこりして手を振った。近づいての彼の言葉に美恵は応じる。
「いえ、私も少し前に来ました。ええと、場所は?」
「ああ、そこの部屋に入ろう。何か頼もうよ」
涼はそう言ってカフェテリアの仕切られた部屋に入って、向かい合って座る。涼はコーヒー、彼女はココアを頼んで話しかける。
「この学校で女性が経済学科というのは割にすくないよね」
「ええ、20%くらいですね。私は父が会社を経営しているものですから、関心があって。でも父の会社なんて吹けば飛ぶようなものですから、余り意味はなかったように思います」
「いや、学んで無駄になることはないはず。というより生かすも無駄にするのも本人次第だと思う。
ええとね。僕には護衛がついていて、まあ色んな情報もすぐに手に入るんだ。護衛がついているのは知っていた?」
「え、ええ。学校で聞きました。それから、日向さんのことは父から聞きました。父の会社は山田製作所のリチウム電池の下請けをしていたのです。それが、電子バッテリーが出てきて……」
「うーん。電子バッテリー以外は消えていくよね。だから特待生か。頑張ったね」
「ええ、大学はどうしても行きたかったし、授業料なしは有難いと思って頑張りました」
恵美はにこりと笑うが、可愛い。
「それで、父は大丈夫だとは言っているのですが、設備投資をしたばかりで、それと辞めてもらう人の退職金とか苦しいみたいで、なんとかと思って」
「成瀬製作所だったよね。資本金5千万円、従業員35人、昨年の年収が32億だったかな」
「え、ええ……」
恵美は何も言えず俯く。ぽたりと涙が、彼女のスカートに滲む。
「うん!大丈夫だよ。僕はね。湯治電池改めWBに顔が効くし、あるいは励起会社のDRUC社で何とかなるはずだよ。繋ぎの金はなんとかするよ」
いいのかなと思いながら、涼は言ってしまった。だって可愛い女の子にはいい格好をしたいじゃない。金については、涼が50億円程度は自己判断で動かせるし、DRUC社は手が回らないと言っていたしね。
その後は、彼女の父親の会社について目途が付いてから、デートに誘った次第だ。とは言え護衛の着く涼であるので、自宅のある防衛省の施設の構内においてあるスカイカーに乗って、2時間ほどの空中飛行としゃれこんだ。涼はあらゆるコネを使って取得した、スカイカーの特別免許を持っているのだ。




