2-11 シベリア共和国独立
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ロシアは、結局核兵器を無効化されて西側の軍門に下った。核なきロシア軍は60万の兵を抱えてはいたが、陸軍は大部分の新型の戦車、大口径砲、ヘリコプターなどを失い、ミサイルも大部分を消耗していた。
空軍は、戦闘機・攻撃機302機が残っていたが、稼働状態にあるのは半分以下であった。黒海海軍は殆ど全滅状態であり、外洋海軍も650隻が稼働状態にあるとされるが、実際は半分も稼働できない。これは要するに金詰まりの結果である。
その大きな理由は、石油や天然ガスの代金として欧米にあった銀行口座から、ウクライナ侵略の代価として日本円で87兆円を没収されたのだ。その結果、国家予算は火の車で軍への予算も滞ったという訳である。
当然、兵の士気は最悪であり、2030年4月12日に起きた核無効の日の翌日には、ウクライナは軍議行動を起こした。彼らは、圧倒的な速度で侵攻して、プチャーキンから奪われた東部諸州とクリミヤ半島を奪還したが、ロシア側は反撃できず逃げるのみであった。
さらには、フィンランドも行動を起こした。5月初旬、フィンランドは「奪われた土地を取り返す」として、過去奪われたSalla、Kareliaとバルト島を取り返した。流石にこの時はロシア軍というより民兵が反撃したが、兵力に勝るフィンランドには抵抗できず、3日で占領は終わった。
さらに、それらに呼応するように、ロシアからの分離独立の動きが起きた。それは、ロシア極東連邦管区の中心都市であるハバロフスク市においてのことである。アビライ・サリミカヤ極東連邦管区長が、同志である極東軍司令官サリカイ中将に命じて、まずモスクワに忠実な幹部連など反対派を拘束した。2030年10月のことであった。
サリミカヤは、55歳で容貌は東洋系に近く、650万人ほどの極東連邦管区の6割を占める原住の人々との混血である。その意味ではサリカイ中将も同じ混血であるが、彼はロシア人に近い容貌である。
彼等や同じ立場の者達は、純粋のロシア人からは露骨ではないが明確に差別を受けており、よほど優秀でないと幹部になるのは難しい。その意味で、サリミカヤは極東の最高権力者になったのであるから、極めて優秀であったということになる。
彼は、旧ソ連の共産主義の伝統を強く受け継いでいるロシアの社会及び政治体制の申し子として生きてきた。だが、ロシアという国がどんどん相対的に地位を落とし、今後回復の余地がないことを自覚していた。
そして、人口1億5千万を超えるロシアの内の、極東地区の立場の小ささも良く自覚している。率直に言って、極東地区の役割はロシアの資源供給基地であって、資源を効率よく採取して中央に送るのみで、それ以上ではない。
だから、極東に住む住民は資源を採取して送り出すのみのために存在するわけで、予算の配分も結局そのためのみであって、将来のために産業を興すなどのことを行う余地がない。しかし、彼は同時に寒冷ではあっても広大な極東地区のキャバシティも信じている。
だから、彼は主として日本と接触して商社などを招き投資を促してきたが、それなりの成果が出はじめた所だった。そこに、ロシアによるウクライナ侵略が始まった。サリミカヤはその報を聞いた時思わず叫んで持っていた書類を床に叩きつけたものだ。
「なんという、なんという馬鹿なことを!」
祖国であるがロシアレベルの国力で、それなりの面積と人口を持つウクライナを侵略して、占領して統治するためには実質核で脅すほかはない。そして、それは西側の全面的な経済封鎖に遭う可能性が高い。そう思い悩んで経過を見まもると、予想通りの動きである。
そもそも、民主主義が根付いていない国であるロシアにおいても、極東の独立を叫ぶ人々はいたのだ。元々ロシア人はウラル山脈の西にしか住んでおらず、極東に住んでいたのはモンゴル系のアジア人であった。その意味でウズベキスタンやカザフスタンと似た立ち位置であるが、違っていたのは極めて希薄な人口密度である。
この地域にもテレビ・新聞はあり、中年以下の人々はインターネットを使うから、彼らは情報を世界から取り入れている。そうなると、被差別の人種として、自分の立ち位置を不満に思うようになるのは当然であり、元々の住民である自分たちの土地、極東の独立という運動は自然に出てきた。
ただ、簡単に警察が政府の意向で市民を拘束し、マスコミが政府に統制されているロシアにおいて、それは当然ながら地下に潜ることになる。地元民とのハーフであるアビライ・サリミカヤ極東連邦管区長にも、そうした独立勢力からの接触はあった。
だが、ロシア政府の中での“出世”に懸命であった彼は関心を示さなかった。そもそも、極東が独立を宣言したところで、配備されている戦力を自分のものとしても、中央の戦力と戦えば鎧袖一触であって実現性はない。
それに、ロシアであれば、その武力を使って独立を叫ぶ市民を弾圧することに躊躇いがないだろう。多分、必要と思えば都市に核ミサイルを撃ち込むくらいのことはするはずだ。
しかし極東連邦管区長という“あがり”の立場になった彼は、その経済・社会のあり方を深く知るにつれて、改めて極東がロシアから収奪される地域であることを実感した。それでも、ロシアが今後豊かになる可能性のある国であれば、極東も少なからずおこぼれに与る。しかし、ウクライナ侵攻でそれすら難しい。
それでも、サリミカヤに取れる手は限られている。ために、彼には耐えるしか手はなかった。実の所、彼は事前から極東連邦管区の分離独立を考えており、そのための同志は集めていた。しかし、極東はロシア鉄道があるにしても如何にも交通の便が悪い。さらに、寒冷であるため生活に多大なコストがかかるのだ。
その彼の元に、ウクライナ侵攻前に、木材の買い付けをしていた日本の商社の社員である亀谷がやって来た。亀谷とはそれなりに親しくなって、一緒にウオッカを煽って、気勢を上げる仲だった。彼には、その分離独立の夢を愚痴交じりに話したことがあった。
亀谷は狭山良蔵という男を連れてきており、くさくさしていたサリミカヤは、その2人とホテルで飲むことになった。狭山のロシア語は達者で、鬱々としている彼に巧みに取り入った。やがていい加減に酔ったところで、狭山が言い始めた。
「サリミカヤさん。どうですか、極東連邦管区を独立させませんか?あと、数ヶ月で、大変なことが起きてロシアは軍事力を殆ど失うはずです。その際には、わが日本が極東連邦管区の後ろ盾になります。聞いているでしょう?今日本で建設が進んでいる、多くの全く新しい画期的な施設の数々を」
「ああ、亀谷から情報が入っている。全く新しい電子抽出型発電システムとか、電子バッテリーや重力エンジン機とかの話だな」
「そうです。それらの結果、殆ど無限の電力が燃料なしに得られます。また、その電力を効率よく熱に変える設備が開発されています。だから、寒冷なこの地方の生活はうんと楽になりますよ。農業にだってそのシステム使えます。また、重力エンジンで超大型の貨物機が作れるのですよ。
時速500㎞で飛ぶ数万トンの貨物機が計画されていて、すでに建造に入っています。この機ですと、東京からこのハバロフスクまで1500㎞弱、北海道だったら800㎞ですから、それぞれ3時間、1.6時間です。陸の真ん中で貴方が不便だと思っているここは、全く不便ではなくなるのです。
そして、我々はこのシベリアの地が資源の面で、もっと豊かであることを知っています。これは、日本のランドサットと言う資源探査の衛星によって、見いだされたものを、アメリカが金を使って、現地で調査して整理したものです。これをご覧ください」
狭山はそう言って一枚の地図を渡した。それは極東連邦管区の地図に様々なマークを印したもので、マークには石油、石炭、鉄鉱石、マンガン、ニッケル、クロム、ウラニウム、チタン、銅、金、銀、プラチナ等の英語の記述があって数字が入っている。
サリミカヤは目を凝らした。ハバロフスクの直近に銅のマークが入っており、大きな数字が書かれている。
「うん、このような銅山は知らないな。数字は埋蔵量かな?」
彼は地図を指さして狭山に聞く。
「ええ、これは我々も有力と見ています。銅は近年値があがっていますからね。これは、現在世界一と言われるチリのチクイカマタ程度の埋蔵量はあると推定されています」
「おお、我々は全く知らなかった」
「この地図の鉱山の30%は知られていないものです。だからシベリアはもっと豊かなのです」
「うーむ。なるほど。しかし、狭山。君は日本政府のものか?」
サリミカヤは、ぎろりと50年配のへらへらしている日本人を睨み、問い詰めるが、狭山はその表情のままで答える。
「いえ、正式にはそうではありません。しかし、その意向を受けて動いています。サリミカヤ極東連邦管区長、貴方はロシアではこの広大で資源に満ちた土地を生かしきれないと思いませんか?」
「うーむ。私も確かにそう思ってきた。しかし、現実にロシアが領有している」
「ですから、数ヶ月待ってください。その時、事態は全く変わります。その際には私も事態が判りますから、その時にまた訪問します」
狭山がサリミカヤを再度訪問したのは、ロシアが核兵器を失ったと、サリミカヤが知った翌日の2030年4月14日であった。
「どうです。状況は変わったでしょう?」
サリミカヤの執務室のソファに座った狭山が言う。そのどや顔が気に入らないが、これは絶好のチャンスであり、そのためには彼の繋がりを生かしたい。
「うむ、変わった。しかし、現状ではすぐには動けない。一応の根回しはしているが、まだ不足だ。今後の動きについては金が要る」
「ふむ、どの位ですか?」
「うーん、1千万ドルは欲しい。どうだ?」
「そのくらいは用意できますよ。それで、それを渡した場合にはいつ頃動けますか?」
「半年だ、中央の介入がない場合だが。怪しまれなければ……」
「いやロシア中央は、年内はシベリアどころではないはずです。現にすでにウクライナで火を吹いています。フィンランドも動く可能性がありますし、東欧に中国も怪しいですね。ただ、中国は自分の中で火を噴いていますから、動けないかな。
それで、本件について日本政府の要求は、北方領土つまり日本近海の4島の返還です。どうせ、貴方の地区としては赤字の島々でしょう?」
「ああ、その位はどう言うことはない。元々日本との争いの元であったからね。そもそもあんな島々に何でこだわったのか私にも分らん。あっさり返して経済協力させた方がよっぽど得だ。ロシア人の領土欲というものは全く度し難い。それで、樺太の南とその間の島は要らんのか?」
「いや、はっきり言って欲しくない。それと日本が欲ばりと思われるのはまずい。北方領土は象徴的な意味があるので、絶対に必要だけれどね」
「ああ、それはいいよ。問題ない。友好の象徴になるということだな」
「それと、君らが独立したら、日本のみでなく、アメリカ、イギリス、フランスにドイツも開発に加わる。つまり、ロシアではシベリアの広大で豊かな大地を生かしきれない。それを、諸国で人類にとって豊穣の地にしようと言う訳だ」
「ほお?それはなかなか。要するに日本は欲張りと言われたくない訳だ」
「いや、まあそんな面があるが、さっき言ったことは結構本音のところだ。さっき挙げた諸国にはすでに話を通して、内諾を貰っている」
「ほお?早いな。まあ、我々は投資が集まってそれで豊かになれれば良いのだから、さっき言ったような豊かな沢山の国が入って来るなら賛成だ。それに、その顔触れをみれば今の時代占領しようなんて思って、ドンパチをやることはないだろうからな」
「うん、国際的に開けた開発をするよ。現地の人々に最大限配慮しながらね」
2030年10月10日、軍を握ったサリミカヤは、準備して待機していたテレビ放送で直ちに独立宣言を発した。
「極東ロシアの諸君、私はサビライ・サリミカヤ極東連邦管区長である。皆もすでに知っての通り、ロシアは全ての核兵器を失った。その結果、世界の覇権を争ったロシアは、唯一残った強国の証である軍事力においても弱国に成り下がった。
私は知っての通り、この地区の現住の人々の血を半分引いている。彼らは国家という意識をもたず、ばらばらに生活していたために、容易にロシア人に征服され、結果として大部分が混血している。私もその一人であり、いわゆるロシア極東地区の多くはそのような混血の者である。
私もそうであるが、純粋な原住の人々や混血の我々は多かれ少なかれ差別されてきた。そして、それはこの極東地区そのものが差別を受けていることになる。わが極東地区の人々の平均収入は、モスクワ周辺やヨーロッパ地区に比べ20%ほど低い。
ここ極東は、資源は持ち去られてロシアの経済を支えているが、十分な投資が得られず、貧しいままに置き去られている。そしてロシアは、唯一の強国の支えてあった軍事力は実質的に失い、今後、その軍事圧力の元に傲慢に振る舞ってきたツケを払わなくてはならない。
つまり、もっと貧しくなるのだ。従って、ロシアの一部として差別され、利用されてきた我々は分離独立して、独自の歩みをするべきではないかと私は考えた。この場合には、日本が独立の手助けと独立後に開発の援助をすることを確約している。
それにアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ等も開発の一員として続く予定である。
わが極東連邦管区の700万㎢の面積は膨大であり、その森林、鉱物などの資源が豊かである一方、人口はわずか650万人である。今までは適切な開発資金が投じられなかったがために、不当に貧しい状態で置かれていたのだ。
日本は我らの地区の資源と広大な国土は非常に魅力的で、多くの投資の対象があると云う。しかし、不実なロシアの一部ではいつ裏切られるか判らず、投資は躊躇っていたと云うのだ。したがって、私は彼等の手助けの元、さらに私を支持してくれる多くの同志の協力の元に、この極東連邦管区の独立を宣言する。そして、その名前を『シベリア共和国』としたい。
どうか、新たなシベリア共和国の国民たる諸君、この独立を支持してほしい。そして共に努力して豊かな暮らしを手に入れようではないか!」
すでに、独立の話を知っていた人々はもろ手路を挙げてこの宣言を歓迎した。だが、秘密裏に準備を進めていたために、多くは初めて聞いた者達であった。しかし、元々中央に対して反感を持っていた人が多く、冷静に考えてサリミカヤの云う独立が最善と思うようになった。
翌日までには、サリミカヤの挙げた5か国はシベリア共和国の独立を承認した。




