2-9 宇宙戦艦が出来ちゃった!
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2030年7月、涼は神戸に来ていた。現在神戸の川村重工の造船所で『おやしお』型潜水艦の改造工事が行われており、その視察のためである。自衛隊の潜水艦は、神戸の川村重工と四菱重工の造船所で交互に作られている。途切れなく建造することで、技術の継承を行っている訳だ。
造船所には、長さ82m×高さ8m余×幅8.9m(艦橋が切断されているので高さ改修前よりは低い)の巨大な『おやしお』がドックに入っている。その艦体は、艦橋が切り落とされ、横腹に大きく孔が開けられて無残な姿である。艦橋の穴と横腹の穴には作業台が設置され、吊り上げ用のマイティによって機材の搬入・搬出を行っている。
『おやしお』は2028年暮れに退役したが、その後電子抽出型発電システムと、重力エンジンを積んだ艦として使う予定で設計されて、2029年秋に改造が始まり、2030年9月に完成の予定である。
その改装の旗振り役は、海上幕僚監部の山中戦略部長という40代の切れ者らしい風貌の2佐の地位にある将校である。彼は、2028年に暮れに涼と親しい中央研究所の嵯峨野と一緒に、涼を尋ねて日向家の応接室(防衛省構内の近くのビルの一室を借りている)に訪問してきた。互いの紹介の後に山中が口を開く。
「私は海上幕僚監部に籍をおいて、現状では、今後の海上自衛隊の戦力体系の企画構想が主な仕事になります。そこにおいて、航空自衛隊で重力エンジンなるものを導入するという話を聞きました。さらに、色々聞くとそれは重力を自由に操れるとか。
更にそのエンジンの動力は電力であり、電力に関して電子抽出型発電システムというものがすでに実証されているとか。さらには、重力エンジンで駆動できる船体というか機体は、相当に大きなものも可能であると聞いています。例えばそれは自衛隊の艦船でも可能ということですか?」
「ええ、可能ですね。近い将来には数万トンの機体による貨物機を考えていますから」
「うーん、やはりそうですか。速度は相当出ますよね?」
「ええ、空気抵抗を考えて、現在の翼のない飛行機よりずんぐりした形で……」
涼が言かけたそこに、山中が潜水艦のパンフレットを出して言う。
「例えばこんな形ではどうでしょう?」
「うん、そうですね。これは空力的にいいですねえ。まあ、時速500㎞程度は楽に出るんじゃないかな。それにこれって潜水艦だから、宇宙でも大丈夫ですよね?」
「ええ!宇宙?うーんと、潜水艦は基本的に外圧に耐えるようになっていて、外圧ゼロで内圧が荷重というケースは計算していません。だけど、外圧は500mの水深に耐えるのだから大丈夫でしょう。念のためちょっと待って下さい。専門家に聞いてみます」
山中はスマホを取り出して外線に掛ける。
「ああ、西野さん、山中です。ちょっと変なことを聞くけど、今いい?」
『ええ、いいですよ。どうぞ』
「じゃあ。お宅の船で外部が真空状態の場合に、内圧に耐えられるかな?」
『え、えーと。……大丈夫ですよ。あれだけ外圧に耐えられるということは、力学的に凄い構造になっていますから、1気圧程度の内圧は問題ありません、そう言えば、計算したことがありましたが、結果が余裕がありすぎ、あほらしくなりました。いずれにせよ大丈夫です』
「ああ、そう、絶対大丈夫だと。なるほど。ありがとう」
山中は聞いた言葉を反芻して考えながら言う。
「大丈夫だそうです。なるほど、重力エンジンで潜水艦が宇宙だって行けるんだ。ほーお。
それに、重力エンジンはどんどん加速できるって聞いていますが、だったら宇宙では凄いスピードで飛べますよね?例えば、地球の反対側でも行けるとかは可能ですか?」
「可能ですよ。航空自衛隊の機体で、地球周回程度は実際にすでに訓練でやっています」
「なるほど。しかし、でも今の自衛隊の水上艦船は、形状的に空に浮かべても空気抵抗が大きすぎて、速度は時速100㎞程度が限界でしょうね。そうなると、全ての艦船が潜水艦のような形になるのか。
1艦当たりのコストはかかるなあ。でも、時速500㎞レベルで移動できるということは、担当領域が大幅に増えるから必要な艦の数は減るな」
流石に戦略家である山中2佐は、連鎖的にメリット・デメリットをちゃんと発想できる。
「とは言え、その重力エンジンが普及したら、艦船は無用の長物だな」
そう言う山中に、研究者兼企画官の嵯峨野が返す。
「数万トンの荷を積んで、時速500㎞で飛ぶ重力エンジン機が出たら、貨物船はそうなると思いますよ。でも、護衛艦は、移動できる武器のプラットホームとしての役割が本来なのではないですか?例えば特定のエリアの沿岸部を守るとか、特に空母はそうした使い方ができますよ」
「ああそうだ。そうですね。動く砲台的な考え方もありますね。それにコストにもよるけど、エンジン部を重力エンジンに変えて、形状も工夫して100ノット位で移動できれば、将来も十分戦力になるな。
いや有難うございます。大変参考になりました。いずれにせよ、潜水艦の重力エンジン駆動はやってみたいと思います。ちょうど『おやしお』が退役するので、その改造がいいと思っています」
山中はそう言って、その日は喜んで帰って行ったが、後に潜水艦への重力エンジンの適用に関して、度々知恵を借りるということで涼を訪れている。涼は、重力エンジンの適用法として、防衛省の中央研究所と共同で、大型軍用機と民間向けの大型貨物機の開発を行っていたが、まだ完成に至らなかった。
山中のあと押し(うるさいとも言える)もあって、プライオリティを上げて研究を早めた結果、適用総重量3,000トンの潜水艦への重力エンジン機は早々に完成した。
その頃には、中央研究所で行っていたR情報による大型電磁砲も完成に近づいており、そのスペックもほぼ確定したため、『おやしお』の主力兵器はミサイルと150㎜電磁砲となった。
その開発を続けながら涼は思った。
『昔の技術開発は、ほとんどが軍事から始まって商業利用に行くと言われていたらしい。でも、平和が続いて近年は逆だったらしいが、また昔に戻って来たなあ。特に僕の場合にはねえ、やれやれだ』
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川村重工の造船所内において、『おやしお』の改造工事の全体を見渡せる仮設デッキに、今日は春日防衛大臣、永井海上幕僚長に御付きの数名に涼と、山中2佐も来ている。むろん造船所の所長と改造の責任者も、顧客のトップの訪問とあって立ち会っている。
涼は大臣とは何度も顔を合わせており、割に親しい仲であるが、永井海上幕僚長は始めてであるが、どちらも涼に対して愛想は良い。造船所の皆は涼のことは知らないので、怪訝な顔をしているが、大臣や海上幕僚長が下出にでて、かつ親し気にしているので口を挟めない。
造船所の改造の責任者田宮が、改造の内容と現状の工程を説明した。その後、この改造の仕掛け人である山中2佐が現場を見ながら改造の趣旨を説明しているが、それに先立って、造船所の立ち合いを所長と田宮に限定して、秘密保持について念をおした。
自衛隊の、潜水艦の構造や性能は高度な秘密事項であり、それを製造する造船所の所長と責任者の田宮は高いレベルの情報セキュリティのランクを持っている。その彼らに敢えて念を押すということは、山中がいかにこの改造を重要と思っているかが判る。
その説明は、幕僚長はすでに山中から聞いて頭に入れているので、この説明は大臣向けである。
「これは、2年前に退役した『おやしお』を利用した改造工事です。『おやしお』は平成3年竣工の一般形潜水艦で、重量2,750トン長さは82m、幅が9m高さ10.3mですが、今は艦橋が無いので高さは8mほどです。横腹も切り裂いていますが、これはエンジンや電池などを取り外すためです。
このエンジン他の機関を取り外し、代わりに大体3m四角の重力操作設備に加え、55万㎾の電子抽出型発電システムが乗ります。現在全国で盛んに建設している発電機です。重力エンジンというのは、先ほど言った重力操作機に、艦の操作盤に内蔵されるAIが組み合わさってのものです。
結局重力を操るというのは、人間の判断では難しいので、AIが無いとまともに操縦ができないのです。そのように強力な電源と重力エンジンを積んだことで、この艦は大気中において、計算上では時速800㎞で飛べます。
また、重力エンジンの動力は電力ですが、これは先ほどから説明している電子抽出型発電機を積んでいますので、航続距離は殆ど無限です。
また、元が潜水艦ですから気密になるので宇宙空間にも出て行けます。ただ、重力を利用できない空間では重力エンジンは使えませんので、パルス噴射によって移動します。ただ重力エンジンのみで月軌道へ入ることと月への着陸程度は可能です」
「ええ?宇宙でも行けるというのは聞いていたが、月まで行けるというのは初耳だな」
春日大臣が山中の方を向いて言う。
「え?そう言えば言ってなかったかな。幕僚長どうでした?」
「ああ、それは聞いてなかったな」
永井海上幕僚長が応えるが問題視はしていないようだ。
「ああ、言っていなかったのは説明した時点では、そんなことは考えていなかったのです。その後、ああ涼君だよね。計算してそれが可能なことを言い出したのは?」
「ええ、他惑星に行けるかどうかと含めて、計算した中で、ついでに計算しました。だって、これ『宇宙戦艦』っぽいでしょう?ちょっとみっともないけど」
「「「「宇宙戦艦!」」」」
平然と言った涼を見てギョッと大人達であったが、涼は尚も言う。
「気密構造で、水上、水中でも行動出来る。空中では、さっき話があったように時速800㎞で飛べる。さらに月軌道程度までは宇宙船として行動できる。火星程度までは水のパルスジェットを使えば1週間で行けます。加えて武装もする、そうなると、宇宙戦艦というのも控えめです。ちょっとみっともないけどね」
「山中君!君は知っていたのか!?」
それを聞いた春日大臣が山中に向けて叫ぶのに、山中はニヤリと笑って返す。
「潜水艦に重力エンジンを着けて、その動力が殆ど無限の持続時間を持つとくれば、そういう行動範囲になることは自明の理です。まあ、私は惑星まで行けるとは思っていませんでしたが。さらに、R情報による150㎜電磁砲ですよ。これを積めば、無敵とは言えないけれど宇宙戦艦と名のっていいと思います」
それに対して「このー」と睨む大臣に山中は静かに言う。
「そもそも、何が悪いのですか?電力で使える重力エンジンと、コンパクトな電子抽出型発電システムがあれば、潜水艦にこれを積むという発想は当然出ます。現に私にアメリカの友人がそれを指摘しています。近いうちにあちらから申し入れがありますよ」
「ふーむ、山中2佐にはまだ隠し玉があったようだな。その辺りを率直に言ってもらおうか。春日閣下、それを聞いた上で我々も判断と行動を考えなくてはならんでしょう」
永井幕僚長が山中と春日に向かって平静に言い、春日は腕を組んで頷き応じる。
「そうですな、永井幕僚長。では山中2佐、続けて言いたいことを言いなさい」
「はい、では続けさせて頂きます。先ほど日向君から話があったように、この艦が完成したら、航空自衛隊の『そら』などと一緒で、地球の周回が簡単にできます。また、日向君の言うように月軌道は行動範囲で、惑星へも行けるようです。それに、海上を航海することもまた潜水もできます」
「うん?でも潜水艦は水を飲みこんで潜水するだろう?ああ、そうか、重力で重くするんだ」
その質問に自分で答えたのは、永井幕僚長からであったが、山中が返す。
「仰るとおりです。重力を制御して飛ぶしまた潜水する訳です。
また大気中では、先ほど話したように、高度1万mを時速800㎞で飛べます。さらに、飛ぶのに空気は必要ありませんので、宇宙空間で行動できる訳です」
「なるほど!と言うことは、この艦は地上を走れないけど、海上、海中、大気圏内の飛行、宇宙空間の飛行も出来る万能艦じゃないか。色々物議を醸しそうだ。野党の非難は間違いないな」
「でも、春日大臣。これは廃物利用の安上がりの艦で、艦体だけではわが社の受注金額は162億円ですよ。それが宇宙戦艦?!」
造船所長の柳井が悲鳴のように言うが、それに対して山中は造船会社の柳井と田宮に向いて厳かに言う。
「この世界初の『宇宙戦艦』と呼びうる艦船を、あなた方の造船所で建造しているのです。その栄誉は永遠で、長く語り継がれるでしょう。この艦は2ヶ月後には完成しますが、間違いなくアメリカ海軍から同じ仕事がきます。その費用は、思いっ切り吹っ掛けてやりなさい」
「は、はい。そうですね」と顔を明るくする商売人の柳井であった。一方で、技術者の田宮「は、はあ」とまだ納得できないような顔で、「そんなものを作っていたなんて知らなかったし」とぼそぼそ呟いた。
「それで、武装はどう考えているんだ?」
今度は、疲れてきた春日大臣が、やや投げやりに聞く。
「固定武装は7-A-3対艦ミサイル発射機4基、3-B-2対空ミサイル発射機6基、250㎏爆弾投下機2基、バルカンファランクス2基、25㎜電磁砲8基、150㎜電磁砲2基です。さらに、ミサイルは各発射機4発で250㎏爆弾を最大80発積みます」
山中の答えに、春日大臣は頭を抱えた。
「そ、それはいささか過剰ではあるまいか。野党に知れたらどうなるか、頭が痛い」
「大丈夫です。防衛機密と言って最初は拒み、どうしても言われたら、ミサイルとバルカンファランクスだけを答えれば良いのです」
山中がしれっと答え、続ける。
「それでですね、大臣。これは、友好国には公表して、彼らにも出来るだけ同じもの持たせるのです。日本だけこれを持っているのをばれると、絶対世界を刺激し敵対視されますよ」
「ああ、それしかないだろうな。まあ、連中であれば、侵略とか始めないだろう」
春日が投げやりに応じるが、それに対して涼がまた爆弾を投げ込む。
「でも、大臣が言うように、これがそんなにやばいとなると、過剰反応を示す近隣国があるのでは?」
「うーん、チャイナか!確かにあるな。でも核が無力化された今の勝算はどうなの?」
大臣の問いに山中は応じる。
「重力エンジン機が揃えば、勝てます。でも今は数がちょっと微妙です。我々は1ケ月で『ありあけ』を戦力化します。さらに、『そら』は1ヶ月で40機揃いますし、2ヶ月で『しでん』が32機戦力化します。
もっとも32機は友好国の注文で作ったものですが、借りるのですよ。
ですから、単独でもいい勝負と言うより、負けはないでしょうが、被害はそれなりに出ます。
だから、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツにオーストラリアを巻き込むのです。『単独でも勝てるけど、お前らも戦勝国に加えてやるよ』とやりましょう。前提は、重力エンジンと電磁砲位は技術を渡すことです。
それと、R情報によって我が国で実用化しているものについては、彼らの国への適用を極力協力するのです。そのことで、競争力では損ですが、結構深刻な嫉妬を買いつつある現在では、長い目で見れば悪いことではないはずです。
安全保障上で、彼らの好意をそれで買うのですから、国内は説得できるでしょう。アメリカのラッセル大統領には我が国への悪意があるようですが、あの国は民主主義の国ですから、民意には逆らえません。まあでも、これらの国々だけなぜだという不満は他国から出ます。
これはしかし、本質的に共同防衛に巻き込むための方策ですからね。その巻き込んだ友好国が他国も同じ扱いにしたいと言うなら、それはそれで受け入ればよいのです」
「うーむ、面白い意見ではあるな。今晩、東京への帰りにじっくり考えて総理以下と話をするよ」
春日大臣は、腕を組んで考えながら応じた。




