2-8 重力操作と重力エンジンの軍事利用
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重力操作の技術の産業利用は、重力操作機をクレーン代わりに使われ始めたのが最初であり、これはクレーンや各種起重機を制作している会社で作られ始めた。
最初のものは、機材の上に置いて有線またはリモートの操縦機で操作しながら、持ち上げまた横移動させるものであった。だから、従来の天井のレールを起重機が走行して荷を吊り上げるホイストに相当するものであった。だが、レールが不要であるため、動きの高さと方向に制限がない。
さらに概ね5m四角の荷の大きさの範囲であれば、吊重量にも制限がない。だから、極めて融通が利いて便利ではある。だけど、数十~数百トンの荷が何のガイドもなく空中を移動しているのを、操縦者が見ながらウロウロするのは危なすぎるということで、この自由過ぎる方式は没になった。
多分売りだしたら、死亡事故多発であっただろう。
そもそも重量物の荷の移動に当たっては、クレーンにしても、ホイストにしても出発点と到着点は厳密に決められている。だから、その2点をガイド線で結び、そのガイド線に沿ってでしか移動しないことにした。そして、運用の安全基準として、その周辺への人の立ち入りの制限、経路のクリーン化等が決められた。
それらの措置の上で売り出された、マイティシリーズはよく売れた。だが、重力制御装置の本体の箱と操縦機の組み合わせは変わらなかったが、移動の位置を特定するガイドの方法では無数の派生型が生じた。このために、各々の工場や現場ごとに、そうした操作手順を決め冶具の作成・設置を行う専門チームが、メーカーの斎藤製作所内に結成された。
工場内では、基本的にすでにクレーン設備が設置されて、作業手順が整備されていて、この装置を導入する場合には、大幅な設備と手順の変更が必要になる。そのため、早期の代替は出来ないが、コストは歴然と低いこの方法に、いずれ進んでいくと見られている。
マキノ工機の発電ユニット製造の新工場ではこの方式を採用しているし、その後続々と建設された大型重力エンジン航空機の製造工場は全て、この方式になった。
クレーンを多用する土木や建築の現場では、マイティ機は盛んに使われるようになった。これらの現場では、多量の重量物の運搬と組み立てなどが必要であり、従来から林立するクレーンが使われてきた。しかし、これらクレーンの最大の吊り上げ可能荷重は20~50トン足らずである。
このため、大重量の部材は現地での施工が原則であった。一方で、建設時にプレキャスト化を進めることで、工場生産によって、工程を早めかつコストを下げるかつ製品の質を高めることができる。しかし、1ブロックの重量の制限のために、中途半端に留まっている。
それが、マイティ機の導入で、大幅な大型プレキャストブロックが製造できるようになった。
また、重量物を道路上で運搬する場合には、舗装の痛みを防ぐために重量制限がある。しかしマイティ機を使えばこの点の制限がなくなる。このため、マイティ機は電子抽出型発電機の大きなブロックの輸送や、据え付けに活躍して、国を挙げての早急な設置に貢献した。
また、自衛隊もマイティ機のお得意さんである。不整地や戦闘艦艇の中などでの機材の運搬や据え付けに、融通が利くマイティシリーズの装置を盛んに使っている。彼らは、とりわけ早さを追求しているために、ガイド線を原則として使わず、人は配置しての相互監視によって事故を防いでいる。
これは、戦車ですら簡単に吊り上げ移動できること、軟弱地での荷重の軽減による走破、諸兵器の迅速な移動など、とりわけ歩兵部隊の戦闘になくてはならないものであると位置づけられている。
ところで、重力エンジンの活用であるが、真っ先に活躍したのは『そら』シリーズであり、その記憶はまだ新しい。重力エンジンは、重力操作装置に精密な操作用として高度なAIを組み合わせたものである。
このAIは、過去実用化されているものから数段進化したものであったため、この技術の実用化の段階で多くの派生技術と製品が生じた。
そらシリーズは、友好諸国と位置づけられている諸外国からの脅迫に近い強い要請で、現在量産に入っており、間もなく納品される予定である。
また、『しでん』と名付けられた戦闘機タイプの機体の設計は完了して、すでに5機のプロトタイプの機が完成している。これは、『そら』シリーズと同様、R情報に基づく設計としている。
それは、5.5万㎾の電子抽出型発電システム1基を動力として、長さ6m×幅2.5m×高さ2.5mのやや尖った機首とゆるい傾斜の尾部が円筒形の、極めてシンプルな形状である。横腹にミサイルを装着できる長さ1mで幅1mのパイロンが両腹に突き出している。
蓋のできる径30㎝の窓があり、前部に2ヵ所、側方に2ヵ所、尾部に1ヵ所位置している。しかし視覚による監視は、主として蓋のある2ヵ所のカメラレンズによるものとなっている。
装甲は25㎜厚の鋼板であり、武装は径25㎜の電磁砲が前1基、後ろ1基ある、また、径100㎜のミサイルを5基に内蔵しており、前部の射出口から発射する。むろん、パイロンに最大4発の大き目のミサイルを吊ることもできる。ただ、電磁砲は当面自衛隊機のみの装備となっている。
定員は通常2名であり、48時間の生命維持装置があり、機内で手足を伸ばしトイレに行け、湯も沸かせる。だが、狭いだけに生活環境は『そら』に比べ劣る。機体の総重量は28トンになり、『そら』の半分以下であるため、重力操作では慣性はキャンセルできないので、動きは『そら』に比べて早い。
『しでん』は、完全な気密構造であり、駆動は空気に依存しない。なので、宇宙空間に昇ることができ、成層圏に上がって地球の周回も容易である。ちなみに、電磁砲は彩香によって掘り出されたR情報によるものであり、未来では健全に枯れた技術であるために、重要とは思われていなかったようだ。
防衛省中央研究所でも、アメリカから引きついだレールガンの研究をしているが、その成果は100㎜の砲弾を秒速2.5㎞/秒で射出できるものだった。R情報の電磁砲は大きく進んでいて、最大で径150㎜砲弾を8㎞/秒で射出が出来る。これについて、研究所では自衛隊機の標準装備の実用化をした。
この結果、径25㎜の砲の試験は終了して、当面『しでん』の標準装備にした。『しでん』に載せた電磁砲は、当初は機関砲を搭載する予定であったものを、試験が済んで信頼性が確保できたとして載せたものだ。この砲の射出速度は9㎞/秒となり、超硬度の弾を使って500㎜の甲板を打ち抜くことができる。
これを宇宙空間で撃てば、空気の抵抗を受けることなく減衰せずに飛んでいくので、射程は極めて長くなる。
『しでん』については当面公開することにしたが、これに限らず、日本政府は孤立を避けるために、R情報に係わって実用化された技術については、基本的に同盟国には時を置かず製品を提供することにしている。対象は、アメリカ、イギリス、フランスとオーストラリアである。
『しでん』の資料と実物の公開と試乗は、当面自衛隊で基本的な試験が終わった時点で、これらの国から視察者を呼んで行った。彼らの国は、すでに『そら』型については、宇宙機としての理解で、本格導入を前提として少数ながら発注をかけている。
かれらは購入した機で、宇宙空間での試験飛行をするつもりである。イギリス、フランスとオーストラリアは4機ずつであるが、アメリカは16機である。すでにパイロットは送り込んできており、そら1号、2号で1ケ月程度の間、訓練飛行を行っている。
彼らの『しでん』調査の目的は、主として戦闘機としての利用に適するかどうかを見たいということだ。ただ、『そら』は宇宙機として見ているから、彼らの自国の機にバッティングしないが、戦闘機は自国のものを持っている。それも、最近まで自国では作れなかった日本より優秀であると信じている機だ。
しかし、F4Fの変態的な機動を実際に見たパイロット達は、自国の戦闘機の方が優秀であるとは思えなかった。デモストレーションで見たその改造戦闘機は、既存の2世代古い戦闘機に無理に重力エンジンを載せたものだ。それを最初からそれ用に作られた機体に載せればどうなるか?
少なくとも鋼製の機体は、チタンを多用した機より大幅に安くはなるだろう。それに撃たれ強い。その機体があのような機動を出来たら、小回りと身軽さでは敵わないだろう。勝てるのは、アフターバーナーを焚いた時の加速のみ。なにより、わが方は高度2万m程度が限度で、敵はその制限が一切ない。
自分の国の戦闘機は、大気圏内という制限から速度は精々マッハ2.5である。だが、高高度に昇った敵は無限に近く加速を続けられるので、その2倍でも3倍でも容易に優速になれる。そして、高空からミサイルによって好きなように料理される。
いかん、勝てる要素はない。互いに議論して結論を出して頭を抱える諸国のパイロット達であった。
さて、『しでん1-2』の試乗が始まった。数日間、各パイロットはビデオでの説明、さらにシミュレータによっての機乗訓練を受けている。当日は、機体の横腹の幅600㎜×高さ800㎜の丸みを帯びた気密ハッチを潜り、先に自衛隊の長瀬2尉というパイロット、続いて視察のパイロット、ケン・ロバーツが乗り込む。
中は、正と副のパイロットが並んで座るようになっていて、後部には体をほぐせる程度の空間とトイレと湯も沸かせるミニキッチンがある。基本的な操縦と武器の操作はAIが行うので、実のところ人間は一人で良く、仮にパイロットが気を失っても基地に戻ることができる。
「ほお、広いな、歩けるし、体も動かせる。それにトイレも、ああキッチンもあるのか」
乗って来たロバーツがトイレのドアを開けて言う。通常の戦闘機の操縦席は、座ったままの姿勢で基本的に身動きはとれない。ただ、この場合は透明のコックピットが無く、小さな窓があるのみなので、外はあまり見えないが、操縦席の前には20インチ程度の外を映すスクリーンがある。
正操縦席の前には操縦桿ではなく、ハンドルがあり、足元にペダルもついている。計器は全て一つの表示機としての小さな計器盤に集められている。戦闘機というより、車の運転席のようだ。
操縦桿やパダルがあり、様々なスイッチが並んで、多数の計器がごちゃごちゃ配置されている戦闘機に比べると極めてシンプルである。
「基本はAIが操縦しますからね。このハンドルやペダルは、基本あくまで非常用で、AIに異常があったら地上に帰るためのものです。まあ、手動で変態飛行をする奴もいますが……。操縦してみると解りますが、3次元で機位を把握しつつ、重力を扱って運動するというのは容易ではありません。
一つには、自分の見かけの位置が常に一定である為と言われています。自分がどういうことをしているか、混乱して来るのですよ。単純な動きならよいのですがね。とりわけ、ミサイルにしても銃にしても武器を使う時にはダメですね。だから、AIによってコントロールをせざるを得ないということです。
それもあって、正パイロット席にしか操縦装置がありません。この手動の操縦装置の操縦法は自動車に似せています。訓練が簡単になるようにということで。だけど3次元の動きが必要なので、そのハンドルは縦にも動きます。
こうしてみると、パイロットは要らない感じですよね。でも、まだAIの機能が不足していて、管制機などからの指示を全体として決めることができないのです。だから、パイロットが全体的な動きは決める訳で、そこはAIでは怪しいのです。でも基本的には副パイロットは要らないのです。
だけど、長時間のフライトには2名座乗ということになっていますので、交代要員を乗せる訳です。また、この機は6時間以内の短時間でしたら後ろに4名乗せられます。だから最大定員は6人です」
長瀬が苦笑しながら少し時間をかけて英語で説明し、続けて指示を出す。
「では、その席に座って下さい。シートベルトは、機内は基本1Gで振り回されることはありませんから、簡単なものです。Gスーツもありません。動くと解りますが、Gがかからずに機動が行われるというのは、異様な感覚ですよ。なにせ機がひっくり返っても重力は床を向いていますから」
「では、離陸します。画面を見ていてください」
長瀬の言葉で、少し動いた感触はあったが、画面は地上から遠ざかる動きを映す。正面の小さな窓の外も見るがスクリーンと一致している。ジョット機の轟音はなく、体を押さえ付けるGもないのに、動きは早く静かで異様な感じを受ける。
「どうですか。僕も余りにジェット機と違うので最初は気持ちが悪かったですよ」
ロバーツは長瀬の言葉を聞いて「ああ、その通りですね」と同意せざるを得なかった。しかし、暫くすると、車のツーリングと同じ感覚と思うようにすれば、慣れてきてなんとも思わなくなった。
1万mの高空に昇ってから、操縦席を替わり、ロバーツが思念による操縦(と言うより指示)を行い、さらに手動操縦も経験した。エース級のパイロットとしてのロバーツにとっては、『しでん』は気に入らなかった。しかし、自分が操縦するタイフーンで勝てるかと言えば、勝てないというしかなかった。
ドッグファイトで後ろに付けば、加速を生かして勝てる。だけど、あの変態的な運動ができる機の後ろに付けるわけはない。わが方は出来ない急減速で、逆に後ろを取られるしかない。それより、高高度で加速した2倍とかのスピードで追いつかれてミサイルでやられて終わりだ。
だから、パイロットとしての好き嫌いで判断することなく、国益ということを考えれば、『しでん』を使うということになる。しかし、国ごとに戦闘機を配備する必要はあるだろうか?それこそ、日本に国際軍の戦闘機群を一つ置いておけば、イギリスには1時間余りで駆け付けられる。
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そのように考えるロバーツであった。そして、本国に帰ってから彼は、報告書を提出すると共に口頭で航空総司令官リック・サンザースに報告した。彼の言ったことは以下のような内容であった。
「パイロットとしては、『しでん』は、殆ど何もする必要がなくて気に入らない機です。あの機が主力機になるなら、現在のパイロットに必須とされている体力、卓越した視機能、俊敏性、バランス感覚は要りません。ただ、頭が良くて回転が早ければよいということになります。
つまり、そこらの自動車免許を持っている少し頭のいい奴を連れてくれば、3ヶ月で操縦できるようになります。それに、ちょっと聞きましたが、あの機の値段はタイフーンの1/3以下らしいですね。つまり、お手頃のコストと容易さで戦闘機隊ができるわけです。
そして、その機能たるや……。他の奴が乗っている機の動きを見ましたが、なにか動きがヌルっとした感じでキレがないのです。でも早いし、どんな動きも自在にできます。だから、ドッグファイトはあの機相手には禁物です。最大加速は勝てますが、それを使う場が思い浮かびません。
それと、何と言ってもあの機の最大のアドバンテージは、高高度性能と航続時間で、これらは実質無限です。ご存じのようにあの機の駆動には内臓の電子抽出型発電システムを使い気密ですから、宇宙まで直接上昇して行動できます。また電子抽出型発電というのは、10年位連続で稼働できるらしいですね。
それで、自衛隊の訓練に地球周回というものがあって、私もやりました」
そこでサンザース司令官は口を開く。
「ああ、報告書は読んだが、驚いたよ。確かに例の『そら』はできるから、『しでん』も考えたら当然だが出来る訳だ。地球を周回というの、少し前までは大事だった。まあ続けてくれ」
「1周49分でしたよ。高度50㎞から始めて、加速して減速してですが、最高速度は7㎞/秒でした。でも機内は普通に生活できます。機長の長瀬が、紅茶を入れてくれてごちそうになりました」
「うん。つまり、離陸と着陸を考えても地球上どこでも、多分1時間半程度で行ける訳だ」
「そうです。つまり、あれを買わないという選択肢はないという結論です。残念ですが……」
「うん、よく解った。ケン・ロバーツ少佐、ミッションご苦労だった!」
「イエス・サー!」2人は互いに見事な敬礼をした。




