2-6 電子抽出型発電システムの建設狂騒曲
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日本政府は、全力で電子抽出型発電所を建設している。経産省は、2029年度中に100基つまり0.5億㎾、2030年に150基つまり0.75億㎾、2031年に150機0.75億㎾の設置を終わらせる予定を立てた。
この中核をなすのは、㈱マキノ工機により製造される55万㎾発電ユニットである。これは公称5万㎾、実5.5万㎾hの発電体を10体で、1基のユニットを組み上げるものである。発電機本体は径30㎝×長さ100㎝の電子抽出を行う銅のシリンダーである。
ただ、発電中は純銅の融点近くの1000℃に保つ必要があるので、その加温と周囲への断熱がなかなか大変である。電子の抽出自体は『触媒回路』と電力を供給して行われるが、その電力供給は発電量の10%足らずである。
この場合単体とすると、銅のシリンダーを覆う断熱ゾーンの周囲の断熱材や加温装置で非常に大きくなる。だから、10本のシリンダーを一体にして、触媒回路と電力供給を一元化し断熱も一体として行うことでコンパクトにして、コストも下げている。
そのため、シリンダーが内臓されている発電ユニット本体の大きさは、幅が4m×長さ15m×高さ3mであり、その端の方は熱交換器を含む熱源ユニットになっている。
その長手方向に並行して、2m四角の稼働ユニット盤、さらに幅2m×長さ6m×高さ2mの電力ユニット盤と称する2つの箱が設置される。稼働ユニット盤には触媒回路と電源供装置、電力ユニット盤には発電電力の取り出しの端子及び制御・監視設備が内臓されている。
互いのユニットは、ケーブル類を収めた大きな密閉ダクトで結ばれている。また電力ユニット盤からは、55万㎾を送り出す太い電線、更に外部電源を取り込むそれよりは細い電線が伸びる。すでに受変電、送電設備がある発電所や変電所であれば、この発電システムの大きさは幅15m長さ20mに収まる。
マキノ工機で製作するのは発電ユニットと稼働ユニット盤であり、四菱重工で電力ユニットを作成し、それ以降の変電・受送電の設備を担当して全体をアセンブルする。
この中でコストと必要工数として大きいのは発電ユニットであり、㈱マキノ工機がこれを作らないことには話にならない。実証機を作った埼玉工場では、予定されている量の製造は出来ないので、埼玉工場の近傍にあった、廃工場跡を買収して新工場を建設した。日本には競争に敗れたこの種の廃工場が数多い。
㈱マキノ工機は、日本の命運がかかっているとの経産省・総務省・国交省の後押しもあって、諸規制をぶっ飛ばして土地の買収を済ませ、建設許可を取り、3交代24時間操業の突貫工事を行った。その結果、2029年6月には工場を稼働に持って行った。年間150基の55万㎾発電ユニットを作る第一工場である。
この工場は、幅30m長さ150mの巨大工場であり、ここで発電ユニットと稼働ユニット盤を製造する。第一工場完成後、同じ規模の第2工場に着手しているが、これは海外需要向けで、会社としては投資を回収できるか不安があったので、国と交渉の上で減価償却上の損失を補填する契約を結んでいる。
政府の短期建設への強い圧力と、諸官庁の規制面の最優遇、政府からの資金融資の圧力などの条件もあったが、マキノ工機や四菱重工は製造に必死に頑張った。しかし、それ以上に頑張ったのは電力会社である。彼らは既存の発電所に、作られたユニットをねじ込み、稼働させなくてはならないのだ。
余裕のある経営から、半ばお役所であると言われた電力会社であるが、近年には規制緩和とか、電力解放とか、自然エネルギーの導入とか、人気取りの政治からのちょっかいに体力を削られてきた。そこにきて、石油の枯渇傾向による燃料費の留まるところを知らない上昇である。
電力費は簡単には上げられない。政治的な思惑が絡むのだ。だから、近年において電力会社はずっと赤字であるが、それも長く先述の様々な要因によって体力を削られての状況の中のことだ。そこに、電子抽出型発電システムが開発されて、そのとんでもない機能やコストが知られるようになった。
その結果、全電力会社は社内に早期建設の大号令を発し、スタッフをかき集めて必死に配備計画を策定した。電力網の改変は大変だから、出来るだけ既存の配電システムに乗るようにしなければならない。既存の施設の現状の運用状態を含めた綿密な調査がまず必要になった。
そのうえで、基本は既存の発電所、または変電所に設置するが、定格55万㎾の能力のこれをどうはめ込むのか。そのコンパクトなユニットのお陰で、大部分のケースで敷地的には問題ないことが分かった。
てこずったのは、55万㎾の能力に合わせて既存の施設に嵌めこむことであり、このため中規模発電所には結局は様々な大小の改造が必要になった。
結局、原則として110万㎾単位で発電機を設置されている原子力発電所が、最も設置が簡単であるということになった。しかし、稼働している原発は発電所の中でもコスト面では優等生である。だから、まず停止してる原発、次に石油炊き、次にガス炊き、次に石炭炊きの発電所の代替にしたい。
各電力会社はこのような検討の上で会社ごとに設置の順番を決めた。さらに各社で談合して、四菱重工の手配で送られる発電機の配置先の順番を決めたが、これには経産省が旗振りをしている。
それらの各事業者の必死の努力により、2029年度中には110基の発電システムが製造され、2030年4月には、そのうち105基が稼働している。
ちなみに、2028年7月の実証実験成功後、マキノ工機埼玉工場では細々とこの発電ユニットが製造された。浜町発電所へ設置したのはその1号機である。その後も2029年2月以降では55万㎾の発電システムが月間2基作られた。
だから、2029年7月に第一工場から出荷が始まるまで、8基がすでに稼働していた。その後、第一工場の稼働により2030年3月まで102基を製造したことになる。
運転結果の中間集計において、このシステムは平均出力55万㎾を達成でき、設置後に95%の運転時間をこなせることが分かった。結果としてそれは、1ユニットで年間45.7億㎾hの発電を行うことができ、日本の年間発電量の推計9,000億㎾hを200基で発電できる。
そして、2030年3月までの配備で、年間を通して運転する基数に換算すれば36基を設置したことになる。これは、2029年度中に1,645億㎾hの発電を行い、全体の18%を占める。
設置の多くは石油焚きの発電機の代替としたので、現状で8兆円と言われる発電用の輸入原油コストの32%ほどを減らしたと計算されている。
つまり、2030年度に150基を生産して設置すれば、合計で260基となるので、すでに我が国の現状の電力消費を超える発電が可能になる。電力料金は、コスト削減により順次料金を下げていく。そして、石油、天然ガス、石炭による発電が電子抽出型発電システムに転換された時点では、料金は1/3以下になるとされている。
その際に、太陽光、風力などの自然エネルギーによる電力については、政府が買取りを約束しているだけに難しい問題がある。元々これらは、高い買取り料金を設定されて、かつ設備費に半分程度の補助金を受けてようやく利益を出しているのだ。つまり、化石燃料の枯渇を睨んでの先行投資と言う面がある。
しかし、これを存続させることは、極めて大きなコストを消費者に負わせることになり、廃止は避けられない。だが、その負のコストを誰が負担するかということだ。すでに、電子抽出型発電システムのことが知れ渡ってきて、この点は認識されているため、すでに国会で議論されている。
こうして、いずれにせよ、電力料金は下がっていくが、料金の大幅な値下げはその消費の拡大を招くことは間違いない。現に、現在経産省を中心に進められている、電力からの熱変換システムへの移行が完了すれば、それだけで、現状の電力消費量を上回ると推定されている。
この場合には、大幅な配電網の強化・拡充が必要である。だが、製鉄等の大型の電力熱変換のためには、基本的に各事業所で独自に発電システムを持つことになるため、その必要はないと見られている。また、電子バッテリーの一般への普及は、配電網に頼らない電力インフラへの転換を促すと主張する識者もいる。
マキノ工機は、大規模な電子抽出型発電機の製造工場を建設することで、多大な投資を行った。しかし、実機の運転によって思惑より早く国内の需要が一巡する見込みになっている。その意味では、第二工場の建設の減価償却に政府保証を取り付けたことは正解であったと会社では判断している。
一方でマキノ工機にとって明るいニュースとしては、当初から見込んではいたが、電力会社以外の需要が膨れ上がりつつある。これは、一つは石油炊きボイラーに代わる熱発生のための専用発電機であり、この高周波ボイラーの開発はすでに完了しており、ボイラーメーカーが製造を始めている。
また、大口としては製鉄所、諸金属の精錬所などの莫大な熱量を使う事業所であるが、精錬への適用はまだ開発が終わっていない。だが、2年後以降にこれは実用になり相当な規模で電力が必要になる。
また、産業用としては様々なボイラーのみならず、様々な石油により熱を用いている工種があり、ある程度の規模のものは、専用発電機を使うと見られている。
加えて、意外な需要として大型の重力エンジン機への適用である。産業用に重力操作機はすでにクレーン代わりに売り出されている。一方で、重力エンジンによる様々な空中機も開発されつつある。
これらの乗用車程度の規模のものの動力は電子バッテリーで十分である。しかし、現在船舶を航空機に転換する開発が進んでいて、これらは数千トンの積載量であればバッテリーでは厳しく、個々に発電機を積む必要がある。
この辺は国交省が音頭を取ってすでに試作機が製造されているが、防衛省も負けずと重力エンジン駆動の護衛艦の設計に入っているらしい。これらの需要は、電力向けと違って、出力も形状も様々になるため、一品ごとの製品となって付加価値が高くなるので、経営上は有利である。
とは言え、このシステムについては、当分の間は競争者なしの言い値での取引であるため、当分は十分な利益が見込める。また、今後海外への工場建設はあっても大国以外は輸入になるはずだ。であれば国内が一巡しても、海外の需要が見込める。そのようにそろばんをはじくマキノ工機であった。
さて、日本国内が、次世代発電システムに移行しようとする状態をみて、海外の国々が黙ってみている訳はない。いずれも早急に自国も建設したいので、ユニットを輸入したいと要求する者、または技術を寄こせと強硬に申しいれてくる者がいる。
これらに対しては、政府は石油の価格上昇と量のひっ迫のため、国内を優先せざるを得ないので待って欲しいとの回答をしている。しかし、国内の状況が緩和したら要求に応じざるを得ないと言う点は認識している。
一方で、政府はこのシステムが単純で、かつコンパクトでコストも低いことから、現地生産のメリットは少ないと見ていた。だから、基本は輸出で良いはずだし、経済原理に照らしてその方が互いにメリットがあるはずだという論理で工場建設の要求は躱している。
と言うことで、第二工場が完成し、第一工場も生産に余裕がでる2030年暮れ位から大量に輸出すると、早くから約束している。しかし、世界の電力需要は日本の15倍あるとされる。
従って全部で現状の需要で計算して2,000機が必要であるが、2030年末からの日本の供給可能な能力を250基とすれば、8年を要することになる。しかし、電力の大消費地であるアメリカと中国は大いに不満をこぼしたし、ヨーロッパもせめて域内に1ヵ所、インドも製造工場の建設を訴えた。
確かに、いずれも現在の石油の価格の継続的な上昇にあえいでおり、1日でも早くというのは無理からぬところである。韓国も激しく建設を訴えるというより要求したが、彼らの思惑は、技術を自分のものにして輸出したいことが見え見えなので、外務省があっさり断っている。
結局、工場は現地政府に買わせる契約で、アメリカ、中国、ヨーロッパ、インドに、電子抽出型発電機の工場を建設することになったが、結局建設に2年程を要し、余り建設の意味がなかったと言われている。そのうち中国の場合には建物は3ヵ月で建てたらしい。
しかし、機器の設置に手間取っている内に、建物の沈下傾きなどが生じたためにその補正に時間を要し、結局2年になったらしい。しかし、いずれの場合も、このタイプの発電機は既存のものに比べての大幅なコストの低さから、結果として建設に満足している。
これらの工場については、中身の機器はマキノ工機であり、据え付けの指導もマキノ側である。電力ユニットは一般的設備であるため、現地側の製作となっている。ここで基礎や動力配線などに不具合があると、現地側の責任で手直しが必要である。この意味での手直しが多く、そのための補正に時間を要した。
また、日本政府はこの発電ユニットを用いた大規模なODA援助を始めている。従来から、発電設備の要請は多かったのだが、必要な投資額が大きすぎてなかなか応じられなかったのである。その点で言えば、この発電ユニットを既存発電所に設置するなら従来の1/5以下の経費で済む。
しかも、このユニットはトレーラで積めるように分割できるので設置が極めて早い。現地側に基礎を設置させて設置後の電路工事を現地側に施工させれば、日本側の手間は極めて僅かである。ウクライナの電力復旧にも優先的にこのユニットが送られている。
しかし、これは日本が海外に盛んにこのシステムを輸出し始めてからのことであるから、輸出量の1/3を費やすこの事業は、ユニットを買う国からは評判が悪かった。「金を払う側が無料の側より何で遅いんだ?」という訳である。
しかし、これらの無償援助先は極めて電力事情が悪い場合で、停電の頻発のために市民生活がなかばマヒしている状況がある。一方で自分で買える方は、基本的なインフラとしての電力供給はされていて、ただコストが高いことの解消である。その旨を説明して説得している。
このような援助は現地に非常に感謝された。なにしろ電力事情が良くなっただけでなく、料金も大幅に下がったからである。この点は、日本政府は援助の際に会計の専門家を入れて、コストを計算し下げうる料金を提言している。差額を役人や政治家がポケットに入れることはよくあることだからね。
さらに、それが日本の援助成果であることを、きちんとPRするように監視した。これも政治家が自らの手柄であることを強調する余り、援助側の貢献を目立たないように仕組むことがあるからである。
この電力への日本の援助は長く語り継がれ、やがて貧困から抜け出し、発言力を増した人々が日本への好意から、その発言と行動を支持するようになり、後の地球連合設立に大いに役立った。




