1-16 加速するR情報の実用化、重力エンジン
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重力エンジンの開発は難航している。開発に先立って、R情報の解析は当然行っているが、その結果から、このシステムは重力を操るものであることがわかっている。向きを逸らすなど働く方向を変えることができるが、重力の強さは変えられない。
だから、1G以上の加速は出来ないので、最大で8~9Gの加速を行うジェット戦闘機に比べると動きが鈍いように思える。けれど、ジェットエンジンの水平飛行の最大加速度は基本的に1G程度であるが、速度が上がると空気取り入れが増えてエンジンの出力が上がる。
さらに降下時には重力を味方につけるので尚更であり、その結果上述のような加速が可能になる。速度については、大気中においてはジェット機の場合空気による摩擦抵抗と熱のためマッハ3、つまり秒速1.3㎞程度が限界である。
重力エンジン機も、大気中の摩擦抵抗と熱による最高速度は同じであるが、ジェットエンジンのように大気を取り込む必要がないので、亜宇宙まで簡単に上がれる。だから、高空では重力エンジンを駆動する電力のある限り、どこまでも加速して高速が出せる。
しかし、戦闘機に積んで格闘戦をやると、重力エンジン機は加速で負けて危なくなる場面がでてくる。とは言っても、重力を自由に操れる重力エンジン機の小回りは遥かに効く。慣性はあるにしても、加速の方向を瞬時に変えたり逆にすることができるので、到底ジェットエンジン機はついてこれない。
しかも、重力を操れるということは、操縦席では加速度変化はなくすことができる。つまり、パイロットは常時一定方向1Gのコンディションで操縦できる訳だ。さらには、相手が来られない高高度で機動できるということは、極めて大きなアドバンテージである。
情報通信技術の発達した近年において、戦闘機同士の戦闘などはほとんど起きていない。ただ、ウクライナ戦争での少数の例では機関砲を使った格闘戦などは起きていない。全てはミサイル攻撃でけりがついているところを見ると、近距離における格闘戦などを考える必要はないだろう。
ベトナム戦争時に、米軍はミサイルがあれば機関砲は不要ということで廃止したら、ソ連製の機関砲付きの敵に相当数が撃墜され、その後機関砲が必須になった経緯がある。しかし、現在のミサイルはその頃と精度が別物であり、命中率は非常に高い。
重力エンジン機が、ジェット機に比べ不利になる事態は、ジェット戦闘機が降下中にアフターバーナーを焚くことて加速に勝って、追いつき銃撃するという事態である。しかし、その場合、重力エンジン機は加速方向を変え、くるりと反転して躱すことができる。
ちなみに、重力エンジン機では、重力の操作に関しては、極めて多くのファクターを同時に操る必要があるので、それを人間が行うことは無理である。結局、人は大まかな戦術レベルの指示を行って、実の操作はAIが行うことになる。
つまり、重力エンジンの実用化にはAIとの高度な連携が必要であり、そのためR情報のAIの実用化に手古摺っているのだ。つまり重力エンジンとは、重力を操作できる装置を、AIによって自在に操れるものであるということだ。また、このAIは、現状の技術レベルで実用化するには相当な努力が必要である。
実のところ、そのうちの重力操作装置は、2028年の秋には実証機が出来ていた。
「これは人類史の残る画期的な実験だぞ!」
重力エンジン開発リーダーの防衛省中央研究所の和田和則主任研究員は叫ぶ。とは言え、場所は10m四方の研究所の倉庫の中であり、立ち合いは全員で10人足らずだ。和田は、立ち会う人が少ないという不満もあるのだろう。
「ええ、そうですね。でもまだこれが成功しても、重力エンジンの開発としては半分以下です。だけど産業用には、なかなか画期的に有用なのではないでしょうか?ねえ、黒木さん?」
涼が、横に立っている経産省の外郭団体の産業技術研究所の黒木良太主幹に話を逸らすように言う。
目の前には、50×100×50㎝ほどのステンレスの外板を張った箱に足のついた武骨な装置があり、それには電源ケーブルと操作ケーブル繋がっており、操作ケーブルが繋がった操縦箱は和田が持っている。
「え、ええ、そうですよ。重力を操作できるとなれば、クレーンは要らなくなります。物流に大変な変化が起きますよ。それで、このプロジェクトには私共も加えてくれるのでしょうね?」
すこし、血走った目で40歳がらみの中背の黒木が言う。今日の実験に立ち会うことになった涼は、産業用に使うことも考える必要があると思い出して、小牧経産大臣に連絡したのだ。
「明日重力を操作できる装置の実証試験をするのですか。え、重力を操作する?」
「ええ、段ボール箱程度の装置で、重量物を簡単に持ち上げられますし、ある程度移動もできます」
「え!それは大変なものじゃないですか!生産現場と、物流が変ります。それは是非、我が省から人を出します。ええと、その場所は防衛省の中央研究所ですか?」
そういうことで、過去に涼がカミングアウトした時の発表会の出席者でもあり、高いセキュリティ資格をもつ黒木が送られてきたのだ。涼は黒木の問いに答える。
「うーん。防衛省の開発とは大分方向が違うので、この際はお宅の研究所が仕切ってやってくださいよ。お宅の装置は小さい方が良いという点は一緒でも、動きの範囲は限定して、ゆっくりした動きでいいでしょう?それに、多種多様なオプションが必要ですよね?」
「そうですね。確かに一緒にやるのは無理ですね。ええ、産業用は、私共で仕切らせてもらいます。でも、日向さん、先ほど和田さんが言っておられましたが、重力を操るというのは世紀の発明ですよ」
「ええ、まあ。発明じゃないのですがね。でも確かに科学として重力を生み出す訳ではないとしても、操ると言うのは大変なことではありますね」
そういう話をしている内に、実験の準備が整いテンション高めの和田が言う。
「では、只今より、この装置を浮かすなどの重力の操作を行います。では浮上2m!」
その箱は、ケーブルを引きずりながら、スイっと5秒ほどで垂直に浮上して停止する。
「先ほどの浮上は重力を反転したものですが、1/10Gの強さにしましたので6秒を要したはずです、またその最大のメリットは、簡単に浮上の状態で停止できます。では次に水平に動かします」
和田は解説しながら、その箱を様々に動かして見せる。
「では次にこの装置を、そこにあるコンクリートブロックと結合して一体として動かします」
和田は装置を操作して、倉庫の端においてある1m角のコンクリートブロックの上に載せる
「このように、この装置は載せることで一体として機能します。一体にする物体の大きさと重量には制限があり、装置の出力によって変わってきます。この装置の場合は、その制限は概ね重量で5トン程度、大きさで半径5m程度です。なお、このブロックは1㎥で2.3トンです」
解説の後に操縦機を操作しながら言う。
「では、さっきと同じように操作します。まず、2m上昇させます。……」
和田は先ほどと同じ操作を行って、最後に言う。
「このように、装置本体のみの動きと、2.3トンの荷重を載せた状態と同じ動きをすることはお解りだと思います。このことで、方向を可変とする重力操作が可能であることは解りました。後はこの操作を遥かに速い速度で、確実精密の行うための頭脳と有機的に結び付けるという難題がありますが、これは現在取り組んでいるところです」
涼や黒木を立ち会ったもの達は拍手をする。通産省の黒木は顔が紅潮している。先ほどのパフォーマンスは、まさに黒木が目指す産業へのこの装置の適応した結果そのものである。彼は、頭の中でこれからの、自分の省と研究所での合意形成と手続き、防衛省との折衝と手続き、さらに研究チームの立ち上げと民間メーカーへの協力要請などを考えていた。
しかし、これほどの大ネタで、内部や協力を仰ぐ民間に開発に反対するものがいる訳はないという確信があった。ただ、防衛機密を謳う防衛省が少々厄介だと思うが、突然の大臣の電話からすれば、政府も概ね前向きの一枚岩であろうことから、早期に了解は得られるだろう。
開発チームのチーフは自分でやるつもりだ。先ほど来、ここのチーフの和田の表情や振る舞いをみていると、本当に喜々と打ち込んでいるのが伝わってくる。それを羨ましくも思い、見習って自分も同じ立場になりたいと思うのだった。
重力エンジン開発の和田リーダーは、浮き浮きして取り組んだ重力操作装置の実証試験を終えて、一山は超えた思いだ。しかし、それもAI開発班の部屋に入ったところまでで、浮かれた気持ちが消えてまた重苦しい思いになった。
AI開発班は、現在32人の大人数になっており、内28人がメーカーからの出向者である。研究所の山名がAI開発チーフになっているが、人数が多く意見も一枚岩とはいかないので毎日が議論と、場合によっては怒鳴り合いの連続である。この分野は自信がない和田へのストレスは大きい。
これは、R情報に設計情報はあるが、前提となる技術の基盤が違うことによる。R情報によれば、より容量が大きく速度が速いコンピュータは、有機化学の発達により、脳と同じような働きをする有機人工脳が開発されて決定版になった。
この大きさは人間の脳レベルであり、その1000億の細胞数としても同程度あるが、冗長性がなく遥かに高い最大効率で機能する、このめに、スーパーコンピュータ並みの演算速度に加え、人間に近い判断力を備える。なお、現在次世代のコンピュータとして有望視されている量子コンピュータは、後に性能に限界が見出され、廃れた技術になった。
大型の重力エンジンのAIはこの有機人工脳となっているが、これは、大型艦の操作全体を担っており、航空機の重力エンジンのみの操作程度には、明らかなオーバースペックである。そして、こうした小型機のAIは現在のコンピュータの発展型で適用可能であるが、論理回路が大幅に洗練されている。
しかし、チップなどの個々の素子やパーツが異なっているために、現状で調達できるものに適応させる必要があり、場合によっては新たに作る必要がある。こうした先進技術を開示しているR情報は、ハードのコンピュータメーカー、またソフトウェア会社にとっては宝の山である。
そのため、山名チーフの呼びかけに、民間の最優秀の技術者が続々と加わっている。和田の懸念にも係わらず、彼らは重力エンジンのAIを2029年春には完成した。だが、その傍ら既存のコンピュータの改善を行い、既存のものを大きく凌駕する性能の新たなOSを開発して、その市場を席捲してしまった。
このように、これらのメーカーやソフトウェア会社は、最優秀と認める多くの人材をつぎ込んだが、その何倍もの利益を得ることができた。しかも、派遣した技術者の人件費は防衛省から支払われている。さらに、その後も研究を続け、コンピュータの決定版である有機人工脳が完成したのは5年後である。
後に日本が、世界のコンピュータ及びそのソフトウェア市場を席巻するようになったのは、かの『重力エンジン開発プロジェクト』のお陰であると言われる。実際に新OSアウェイクの開発の前後に、機能を一新したコンピュータの発売、様々ソフトウェアなど従来と一線を画すものを続々と世に出している。
同時に、このプロジェクトから派生した重力操作起重機ともいえる小型のマイティ機は、電子バッテリーを使ったトラックに装備され、荷物の積み込み、荷下ろしを運転手一人で楽々こなせるようになった。また重力操作装置は、あらゆる荷揚げ、荷下ろしに使われるようになり、重力エンジンは交通手段の変革を促した。
それは、まず多くの自動車が飛行車へ転換し、船舶と飛行機との区別をなくした。つまり、重力エンジンは自動車レベルの大きさに収まり、数万トンの重量と大きさの機体を浮かせることできる。そして、大気中でずんぐりした形状でも、時速500㎞程度の速度は容易に出せる。
そもそも船舶が大型化する大きな理由は、航行速度が遅いからである。それが、10倍以上の速度で移動すれば、無理に数10万トンもの機体(船体)に大型化する必要はない。また重力エンジン機は滑走距離を必要としない。だから、狭い飛行場かつ、砂利舗装でも運用できる。
地球の現在の物流は、船舶輸送に支えられている。陸上や航空と比べて船舶輸送のコストは段違いに低い。だから、世界の内陸の地域は物流面で孤立するので、資源があっても生かしにくく、寂れた地域が多い。経産省の試算では重力エンジン機の輸送コストは、海を行く船舶より遥かに安い。
これは、圧倒的にコストの低い電子抽出型発電機を積んで、重力エンジンで駆動する貨物機は、同じ積載量で比べると、1回当たりの航行の費用は船舶とは、機体のコストは高いが燃料費の差が効いて大差はない。一方で、船舶1回の航行の間に、重力エンジン機は10回程度の航行が可能である。
これは、重力エンジン機は、基本的に重力操作による荷揚げ荷下ろしをするので、荷役も早いことから、出発地、到着地での待ち時間が短いので航行早さの差がそのまま反映されるためである。つまり、荷物当たりのコストは10倍の差がある。
つまり、世界中どの地域でも圧倒的に安い輸送費での物流が可能になる。この点は、主に飛行機による旅行を行う人の場合には当てはまらない。だが、それは、世界の各地域の地政学的立場と価値を、ドラスチックに変えていくことになる。




