1-12 電子バッテリーの開発
誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
楽しんで頂ければ幸いです。
電子を、媒体にいわば貯蔵して取り出す電子貯蔵型バッテリーは、単純に『電子バッテリー』と名付けられた。㈱湯治電池では、水谷澄江第3研究室長をチーフとする開発チームが立ち上げから2ヵ月の今、悪戦苦闘と呼ぶべき努力の後、開発が大詰めを迎えていた。
なお、開発プロジェクトそのものはEB開発、チームはEBチームと呼ばれている。Electron Batteryの略で何のひねりもない名前だ。開発の当初の時点では、役員会メンバーを含む上層部は、電子貯蔵型バッテリーの実現性に懐疑的であったが、水谷の上司でもある香川開発担当常務の説得で開発を認めたものだ。
これは、香川の率いる研究部門が、これまで様々な開発・改良を行ってきた結果競争力を保ち、なんとか業績を落とさずにきているという功績を認めているからである。更には、それもすでに限界がきており、ここで画期的な何かが無いと会社の将来はないという危機感があったからである。
しかし、2週間ほど前に社内のEBプロジェクトを取り巻く雰囲気は一気に変わった。それは、電子抽出型発電システムの実証が終わり、一気に大々的な建設が始まるというニュースが飛び込んできた。そして、それを機に、話を持ち掛けていた自動車メーカーなどのユーザーから一斉に問い合わせが集中してきたのだ。
無論、それ以前にも『実現すれば』という留保付きではあるが、前向きの話はあった。だが、電子抽出型発電システムの例から、同じ情報ソースの湯治電池の開発は成功するだろうという話になったのだ。そうなると、超バッテリーとも言える電子バッテリーを使う使わないかは、売れる売れないかに等しい。
今日は、いよいよ社内での電子バッテリーの励起試験である。開発に当たって、詳しい資料があっても、苦労した点は大きく2つある。1つは、バッテリー内部の媒体の成形である。成分ははっきりしているので、その合成は難しくなかったが、溶融して成形するにあたっての温度条件や撹拌条件が明らかにされておらず、1ケ月以上様々な条件で実験を繰り返した。
ただ、必要な成形の条件は明確にされていたので、最終的にはこれでいいという条件は見出した。現在では大量生産の生産設備の設計はほぼ完成しており、資材調達先のリストアップが始まっている。
苦労した2つ目は、成形したバッテリーに、電子をいわば貯蔵する励起システムの開発である。必要な触媒回路は、涼の監修のもとにマキノ工機内にある触媒回路工場で製作しており、これは任せるしかない。あとは、その触媒回路の働きの元で、一種の電磁波をバッテリーの成形体に照射して、中性子を電子化する「励起」装置の開発である。
この照射装置の開発は、図面と資料はあるものの、協力したアサヒ電子工業と、一日12時間体制で2ヵ月以上を要し、その後も試験照射を繰り返して、漸く昨日これで良いという結果がでたのだ、
そこで、バッテリーの試作品を今日励起するという社内テストを行うことになり、役員会議室で、宮村社長を始め、役員そろい踏みで、試験中の様子を映したディスプレイを見つめている。開発リーダーの水谷は、起動スイッチボックスを握って香川を含む開発チームの10人と、照射室の隣の試験屋で準備をしている。
励起時は人体に有害な電磁波が発生するので、遮蔽なしの近接したところに人はいてはいけないことになっている。実際の工場では励起部は、しっかり遮蔽することになっているが、この励起装置は照射室そのもので隔離して遮蔽している。
励起装置は、10本のバッテリーが並んだケースに、同時にN波と呼ばれる電磁波を5秒照射することで励起を行う。つまり今回は10本のバッテリーを励起することになる。
「では、励起装置のスイッチを入れます」
水谷が香川や試験室の皆を見て言い、皆が頷くのを確認して手元のスイッチを睨んで言う。
「やはりカウントダウンかな。では、10,9,8,7,6,5,4,3,2,1、オン」
水谷がスイッチを押しこむと共に、照射室の「作動中」の赤ランプが同時に点灯するが、反応はそれだけだ。
「では、バッテリーを取り出します。沢木君と川田君、持ってきて」
2人の若手が照射室に入って、それぞれ3㎏のバッテリーを5基づつケースに入れて試験室に入り、重そうに実験台の上に置いて、その横の試験機にそのうち2基をセットする。
水谷は役員に向けて解説を続ける。
「ええ、これは励起された150㎾hのEB-2タイプのバッテリーです。これは基本的にはEV車のバッテリーとして作られていますので、出力は基本的に400Vで最大75㎾つまり100PSになります。最大出力で運転した場合には2時間保つということですね。バッテリーをセットしたこの試験機は、75㎾の電力を引き出します。
75㎾の出力ということは、150Aの電流が流れます。だから、大電力が流れますので、電池本体に比べ出力端子が大きいですね。これでも、最小にするために端子に銀を使っています。現状のEV車のバッテリーの容量は普通70㎾h以下ですから、これは大体2倍ですね。
しかも、重量が2.5㎏で大きさはレンガより一回り大きい程度、わが社の車載バッテリーより容積で1/3程度と小さいですが、コストは2倍近くかかります。しかし、現在の市販のEV車用バッテリーに比べ、大幅にコストは低くなります。当社の65㎾hのバッテリーに比べたら、製造費は1/25以下です。
では、この試験機では75㎾引き出せますから、この2基のバッテリーをすでに取り付けた試験機のスイッチを入れます。ではオン、と。ほらご覧ください。電圧は402Vですね。また電流は152Aですから、60KVA強で75㎾の出力ということです。これで、2時間放電できれば容量は150㎾hということになります。なにかご質問があれば?」
営業本部長である寺井常務からの質問があった。
「容量は2時間後に確認できるとして、現状ですでに励起とバッテリーそのものが機能することは確認でき、出力も確認できたわけだ。であれば10基のバッテリーの正常な機能が確認できれば、EBバッテリーはもう市場に売ってもよいと思う。
現在少なくとも、我が国の全ての自動車メーカー、さらに大容量のバッテリーのユーザーから引き合いが来ている。業績に陰りが見えている今、出来るだけ早く売りたいと思っているのだが、いつ頃量産ができて売れるようになるのだろうか?」
「はい、まずご存じのようにバッテリーのみ作っても、励起工場が一定の数と密度で揃わないとEBバッテリーは使えません。励起工場については、経産省から補助金・融資制度を含む全面的なバックアップを約束して頂いていますので、最低必要な全国で200ヵ所、各県に最低2~3ヵ所程度は2年で揃うでしょう。
その程度揃えば、ガソリンスタンドをバッテリー交換所に変える必要はありますが、EBバッテリーを積んだ車を全国で売ってもユーザーは不自由な思いをすることはないと思います。バッテリーの量産の見込みについては、生産本部から協力を頂いていますが、その結果では最大で1年後で100万基程度の生産が可能という結果です。
ただ、この種の新しい装置としては、少なくとも1年程度の実働をして、その結果から細かい不具合などを洗いだして本当の意味での量産にかかるべきだと思います。まあ、この場合はR情報においてこのEBバッテリーが正常に使われているということですから、通常とは少々違いますが」
そこに宮村社長の発言があった。
「うーん。100万基の場合で1基20万円として2千億円か、現在の当社の売り上げが820億だからこれだけで、2.5倍近くなるな。ただね、こっちの都合だけでなく、ユーザーの都合も考える必要がある。新しい電子抽出型発電の場合は、既存の発電所の発電設備のみを入れ替えるらしい。
自動車の場合は心臓部のバッテリーが従来品と余りに違っているので、多分車体そのものを作り替えることになるから、そのためのラインを作り替える必要がある。だからユーザー側も準備に1年程度は必要だと思う。その間で、出来る限り広範に運転実績を積んで、不具合があるなら潰して欲しい。100万基のリコールなんてことになると、致命傷になるからね」
坂田取締役総務部長がそこで口を挟む。
「ええ、そうですね。わが社としては早期に売り上げを上げたいとは思いますが、リスクを考えた場合にはほどほどのレベルということ、さらに出来るだけ実績を積んで問題を洗い出すということですね。
ただ、石油事情から国が極めて前のめりになっていまして、なかなか程々というのは許してくれそうもない状況です」
「うん、石油事情から、出来るだけ早くというのは理解できるし、我々も十分その悪影響を受けているのだから、協力をするのはやぶさかではない。この点では、リスクを冒している点は理解してもらって、費用が発生した場合の応分の分担をお願いすることも必要だろう。その点は、坂田さんは交渉をお願いします。
しかし、先ほども言ったが、自動車メーカーなどのユーザーさんの生産予定に、励起工場の建設の予定を的確につかんだうえで生産計画を立ててください。間違いなく、このEBバッテリーは歴史を変えるレベルのもので、わが社にとっては千載一遇のチャンスです。
まだ、最後の結果は出ていませんが、これまで香川常務、水谷君を始めスタッフの皆ご苦労様でした。しかし、まだ製品化が終わっている訳ではありませんので、その点はよろしくお願いします。さらに、自動車は最大のユーザーになるだろうが、これだけの既存のものに比べ優れているEBバッテリーは、新たな用途があると思う。その探索と売り込みに企画部と営業本部は全力を挙げて欲しい」
最後に社長が締めくくった。
10基のバッテリーについて、試験が行われ、全て75㎾以上の放電時間は2.2時間から2.4時間の間に収まった。このように計画した150㎾の容量を満たした結果をうけて、生産技術部はバッテリー本体のラインの構築のための資材調達に着手した。また、励起工場についても、励起装置の資材調達に入った。
励起工場についてはバッテリーの受け入れと搬出設備が必要であるが、これには自動倉庫としての機能が必要である。このため、自動倉庫の大手である㈱ダイハツ精機に話を持ち込んで、すでに基本設計を終わらせている。しかし、励起装置については湯治電池で内作する予定で、これも製造ラインの構築に入っている。
さらに、経産省にバッテリーの機能試験の成功を報告してその結果を提出し、大いに歓迎された。結果として小牧経産大臣も加わって、様々なタイプのバッテリーと励起装置の視察会が行われ、さらには、省内で試験するための試験機とバッテリーを求められた。その試験が成功したのは言うまでもない。
小牧経産大臣は、自分の省の所轄内で最も悩んでいたエネルギーに関して、2つもの歴史に残るほどの技術が実用化されて大喜びである。その喜びは閣議の席での話に如実に表れている。
「いやあ。『つき』というのは大事だと思いますが、今回の2つの金星はまさに『つき』以外のなにものでもないですな。おかげでビールは美味いし、夜もぐっすり眠れます」
にこにこして言った後、話を続ける。
「ところで私もはっきりは聞いていないのですが、あの発電機とバッテリーに関しては詳細な設計資料を渡した人物がいるそうですね。出来ればお会いしてお礼を言いたいのですが、いかがでしょう?」
それに対して、山根官房長官は岸辺首相の顔を見て頷くのを確認して口を開く。
「この点は皆さんにも秘密にしてきましたが、その人物のセキュリティ状況が改善されたこともあり、もうよろしいでしょう。ただ、これはまだ国家レベルでは秘密ですので、外では漏らさないようにしてください。その点は間違えないように。これは同盟国アメリカの要人に対してもですよ」
閣僚が、真面目な顔になって頷くのを確認して、山根長官は続ける。
「名前は控えますが、ある少年と云える年齢の人物がどうも未来からの人物の精神を宿しているようなのです。皆さんも聞いたことがあるはずですが、手始めにマキノ工機の発売したマジカル・カッターの技術を提供しました。それは、全く我々の知らなかった技術体系に基づくもので、従来の理論では理解できないものです。
さらに彼は、未来からのデータを受け取ったデータベースを持っているようなのです。そのデータに基づいて開発されたのは、一応皆に結果だけを報告した核無効化装置、それと小牧さんがさきほど話題に出した、発電システムと超バッテリーです。さらに加えて、防衛省が必死に実用化しようとしている、重力エンジンです。
なにしろ、詳細な設計データがあり、それを説明できる人がいるのですから、概念だけの情報だと10年以上はかかる開発というか実用化が、2~4ヶ月で実証機が出来ています。たしかに『つき』もありますかが、幸運だったと言えるでしょうね。
またどうも、その若者から色々聞きだし結果からすれば、今後の歴史の流れの中では我が国はひどいことになるそうです。核ミサイルが2発落とされて合計で100万人を超える被害が出たり、その直後に大地震が起きたりして、その後100年以上立ち直れないようになったと言います。
その歴史を変えるために、その未来から来たという人物は時を渡ったと言います。確かに、わが国で進んでいる様々な技術の実用化が進めば、その悲惨だという未来を変えることができるでしょう。正直に言いますが、私はその話を最初に聞いたときには『何を馬鹿なことを』と思っていました。岸辺総理もそうでしょう?」
「ああ、普通そんな小説みたいな話を信じられるか?しかし、本当に我々が欲しているものである核無効化装置なんてとんでもない物、それが実現するとなると信じるしかない。その上に、夢のような発電とバッテリー。これは、未来人、我々の子孫が悲惨な目に遭おうといる我々に与えてくれたもの。
そう思うしかないよ。後は与えられたものを、我々がどう生かすかだ」
「総理の言われる通りです。幸いにして我々に現在最も必要とされているものが与えられました。だから、我々日本政府は、これを十全に生かして国民が幸せと思える未来をつくるために、最大の努力を払う必要があります。しかし、現在の世界は極めて緊迫しています。
それはロシア、中国、北朝鮮だけではありません。場合によってアメリカが最大の障害になることも考えておく必要があります。産業界は与えられたものの実現に全力を挙げて、経済状況も改善してくれるでしょう。しかし、安全保障を含めて国としてのかじ取りは我々の責任です。その点を十分に踏まえて、閣僚の皆さんは今後努力をお願いします」
官房長官の話に続けて、岸辺総理が締めくくる。
「官房長官の言う通りです。しかし、これらの技術のおかげで、核の問題、エネルギーの問題と出口の見えない問題が、すでに解決しようとしている。この状況をうまく利用すれば、今後日本国民が平和に幸せに暮らすことができるような状況を作れると私は信じている。
そのためには皆さんのこれまで以上の努力が必要です。どうか、皆さんの力を貸してください」
閣僚の皆は、起立して頭を下げる首相と官房長官を見て、厳粛な顔をして各々立ち上がり、口々に今後の努力を誓った。




