1-1 涼という少年と家族
本当に久しぶりの投稿です。
楽しんで頂ければ幸いです。
「やった!」涼は思わず声に出して小さく叫び、手をぐっと握りしめた。横には、防衛省から派遣されている2人の技官が座っており、同様に拳を握って破顔している。
彼の前の机の上には、5年かけてコツコツ作ってきた、銀色のレンガ位の2つの小さな箱があり、その周りに様々な計器が散らばっている。さらに、ノートパソコンの画面が開いていてデータが画面上を走っている。これは、箱の一つの記憶装置からパソコンにコードで結ばれ、そのデータを読み込み始めたのだ。
涼は、そのいくつかの計測器で『箱』の機能の最後の確認を行って正常であることを確認し、すぐさまパソコンの画面でメモリーの中身が正常であることを確認できたのだ。その2つの箱はある種の受信機と記憶装置であり、結構単純なものである。
日向涼は、17歳の高校2年生である。身長は175㎝で体重は68㎏、いわゆる坊ちゃん刈りの丸顔で、まあモブ顔だ。少しぽっちゃりに見えるが、全体に体の均整は取れている。クラスでは余りしゃベらないこと、オタクと見做されているのもあって、成績は常に5番以内にはあるにもかかわらず、一部のクラス仲間とは仲良くしているが、女子には余り人気は無い。
とは言え、彼自身の中身は決して平凡ではないし、自覚してモブを心がけている面がある。これは、憑りついたものが、そうしたいと思い、意識を移したというか憑りついた相手が、遺伝上からまさにモブ顔であったため、これ幸いと見かけに依存したのだ。
彼の半分には300年後に生きた記憶がある。いわゆる転生者である。『でも未来からの転生者というのは、転生ものが多いラノベの世界でも結構珍しいよね』本人はそう思っている。憑りついた主体の場合は、意図的な転生である。だから、それなりの準備はしてきた。
とは言いながら、前世”ヒロ・ヤマナ”と呼ばれていた『未来人』の意識が、頭はかなり良いが怠けものである『涼』の中で徐々に蘇り始めたのは、10歳を過ぎてのことである。このような転生者の意識の刷り込みに際しては倫理的な制限があり、『涼』オリジナルの意識が従になることはないようにしている。
この点は、ヒロ・ヤマナの意識が明瞭になった点で、『涼』には説明して納得してもらっているので、見知らぬ人物の意識を感じて大いに不安に思っていた『涼』も納得している。というか、実力行使後の説得であるため納得するしかないというのが真相である。
涼の高校生活の紹介をしたい。彼は、村山市の進学校である、県立綾南高等学校の39人クラスの2年3組の一員である。彼の高校は公立の進学校の例にもれず、クラブ活動は低調であり、クラブに入ることも強制ではないので、彼は入っていない。
これは、単純に忙しいためである。これは、彼は頭に焼き付けてきた幾つかの過去の情報の他、必要なので送る準備をしてきた技術情報などを、時を超えて受信するための装置を組み立てる必要があるからである。そのためには、現在において入手できる装置やパーツによって、装置を組み立てるための勉強をする必要がある。
その勉強に結構手間取っている。このため、300年後にはある種の薬品と、条件付けによって人の元々の知能を向上させ、負荷に対する耐性を向上させる措置を取ろうとしている。このことで、未来には統計上で人々の知能は元の状態から10~20%、耐性つまり精神的タフさも同程度向上している。
そのため、ヒロは涼を導いて、記憶してきたその薬品を調合して常用している。元々涼は現代人の標準より知能的には10%程度優秀であるが、残念ながらアクティブな方ではない。つまり、暇を嫌って努力するより、むしろ暇を作ってのんびりしたい方である。
そこで、ヒロとしては余り出しゃばらない範囲で涼の尻を叩く必要がある。この点で、調合したサプリメントAは現代において有害性が認められた成分は含まれておらず、未来においては完全に効果が確認されたものであり、確実な効果が見込まれる。
10%程度の知能の向上はあまり顕著に意識できないが、ストレスの耐久性の向上によっては努力が苦痛でなくなるという効果があるため、涼の怠け癖を緩和する結果が表れている。涼は、基本的に授業中に全て内容を理解して覚えるようにしていて、帰宅後または休みに学校の勉強はしない。
これは、先述したように高度な電子機器の設計・組み立てを行う必要があるため、特定の分野については大学卒業以降のレベルまで学ぶ必要があるので、帰宅後と休みには到底学校の勉強などやっている暇はないのだ。と心の中で言い訳をしながら、休みの時には適当に怠けてはいる。
だから授業中は結構集中しているが、余り興味のない、古文や美術、音楽などの科目については集中を緩めている。結果として、余り意図はしていないが、総合で大体5番以内でトップにならないようになっている。ただ主要教科のみという試験もあり、これはトップにならざるをえない。
「おす、おはようさん!」
涼は教室の引き戸を開き、手を挙げて7割程埋まったクラスのメンバーに声をかけるが、彼に反応するのは半分ほどで、「おう、おはよう」と応じるのは彼がダチと呼ぶ、山田翔と北見順太郎の2人であり、後は数人がそっちを見て口だけ動かす程度だから、人気のほどが判る。
とくに、女子からは人気はないが、『まあ女子高校生にモテてもしょうがない』などと公言するのもモテない一因であろう。教室において、涼は基本的に教師から指名されない限り発言しないが、指名されれば、あまりスラスラと答えないようにしているが正解ではあるように解答する。
授業中の合間の休み時間は、仲の良い山田翔と北見順太郎とだべっているが、彼らも落ちこぼれではなく、成績は上位なので、自分で授業はきちんと聞いている、なので、授業で判らないことを涼に都度聞き、試験が近くなった時は教えを請うているなど、見かけによらず真面目な付き合いである。
さて、涼の家族は、中堅建設会社の社員で現場代理人をしている父隼人と、公認会計士の資格を持って埼玉の自宅で会計士事務所を開いている母綾子、中学3年生の妹の彩香の4人である。父は主として首都圏の現場勤務ではあるが、多忙のためになかなか家には帰れず、週末のみ帰宅の場合が多い。
ちなみに、何をやるにも金が必要である点は、300年後の世界でも変わらないので、ヒロからの指摘もあって涼は財産形成の必要性は認識している。そこで、主として母の綾子と共同で株による投資を12歳のころから繰り返し、すでに50億を超える資産を持っている。
とは言え、その大部分は株券であり、5倍ほどのレバレッジを効かせた投資なので暴落があればゼロになる代物ではある。もっとも、歴史が大きく変らない限りその恐れはないが。
学校では、クラブに入っておらず運動は体育の時間程度であるが、人の一生において身体の健康を保つことは若いころの適切な運動が重要であるとのヒロの託宣により、涼もいやがりながらヒロの指導に従っている。
とはいえ、最初はいやいやで、かつ苦痛だったが、始めたころの10~11歳の若い体はすぐに適応し、1年経てばそれをやらないと、気持ちが悪いと言うステージに入っており、中学・高校となるとやらないと気持ちの悪い当たり前の習慣になっている。
それは、ヒロの時代のラジオ体操のようなものである、柔軟を含めた結構ハードな10分を要する健康体操に加え、歩きとジョッキングを交互に行うインターバル走行である。距離は小学生4㎞、中学生6㎞、高校生8㎞である。高校に上がった時には8㎞を30分でこなしているので、走りはダッシュに近い。
家族、特に母の綾子は10歳を境に、ほぼ1年をかけて少しずつ変っていった涼の変化に気が付いた。とは言え、自分の生んだ涼には違いがないし、別に人に害があるような行動は無いので見守る以外には無かった。
そこに、11歳の涼から求められて両親が揃ったところに、転生者ヒロが宿ったことを打ち明けられひどく動揺した。父隼人は無頓着な性格もあって、涼から「父さんと母さんに相談があります」との言葉から始まる内訳話を聞いて、綾子ほどは動揺しなかった。
これは彼が嘗てはSF、今ではラノベのファンタジー小説をよく読んでいることもあるが、涼という息子にとって内容的に悪いことではないし、仕方がないのではという思いが強かったからである。
「僕の中にはヒロ・ヤマナという、300年程の未来の日本人が宿っています。ただ、あくまでヒロは従属的であくまで主体は父さんと母さんの子供の僕、涼だよ。ヒロが言うには、10年ほど後に日本は核ミサイルで被害を受けてさらに、その直後に大地震が起きるらしい。
その上に、中国の侵略で沖縄の占領とかがあって、日本だけでなく世界も大混乱になるらしい。それをきっかけに、世界では核ミサイルが飛び交い大混乱になって、日本人のみならず世界は大変な目にあうことになって、経済は落ち込み、ずっと暗い時代が続くらしい。
でも、200年程たって核兵器を無効化させ、エネルギーや資源の問題を解決するような色んな技術いっぺんに開発されて実用化され、ようやく経済も上向いて世の中が明るくなったらしい。けれど、それでも世界の人々の互いにいがみ合うのは続いていると言います。
だからヒロは仲間と開発した技術を使って、ヒロの人格と記憶を時を超えて僕に写したと言います。そして、僕を経由して得られる情報から、さっき言った200年後に開発される技術を実用化して、核戦争や侵略を防ぐことで、世界が混乱して悪くなるのを止めようということです。
ただ、ヒロの記憶の容量には限度があるので、今のところ使えるのは現在と近未来の世界の事象を中心にいくつかの技術を加えたものになります。これは、株価とか比較的簡単に実用化できる装置とかで、僕が世の中の信用を得るためとか、お金を稼ぐためのものです。
本当に重要な膨大な容量の情報は、受信機を作って、メモリーに記憶させる形で受け取ります。
今回父さんと母さんにこれを打ち明けたのは、遅くとも僕が高校生になった時点では、その技術の情報を受け取り実用化しないと間に合わないけど、父さんと母さんの協力がないと、実現は到底無理だからです。それに現段階で、この話が世に広まると歴史が変わってより悪くなる可能性もあるので、家族の秘密にしたいのです」
そういう言葉自体が、10歳のものではないと両親は思う。これは涼が普段は猫を被っているのだろう。そしてそのように言う涼の話の内容は常識では到底信じられないが、息子に真剣な目で見つめられて言われると否定は到底できない。夫婦は顔を見合わせて隼人が応じる。
「うーん、話は解ったけど、涼も判るだろうけど、これは到底解りました、という話ではないよね。だけど、父さんも母さんも、涼がそのつもりで行動することに余り無理のない範囲であれば協力する。そして、そうする中で何か問題があれば、また都度話し合おう」
ちなみに、父隼人は高校大学とラグビーをやってきて、それなりに活躍した方であるが、大学は地元の国立大学であるため、チームの成績は大したことはない。父は、がっちりして浅黒い顔でスポーツマンタイプであるものの、モブ面と言う奴で、さらに無頓着・ガサツときているので女性からはもてない。
それでも、近所のおさな馴染の、可愛いと近所の評判であった母の綾子と結婚できたので、まあ成功であろう。綾子も地元の国立大学を卒業して公認会計士事務所に勤めて、資格を取り妊娠・出産を機に自宅を事務所にして開業している。自宅は、綾子が相続した土地に、ローンで建てたものであるので、住所は隼人、綾子の育った故郷である。
涼はまさに外見は隼人に似てモブ顔であり、だから父は妹が生まれた時に『涼は男だからいいけど、自分に似たら可哀そうだ』と心配したらしい。だが成長するに連れて、母に似ていることははっきりしたので安心している。涼の3歳年下の、妹の彩香と涼の関係は、べたべたするようなことはないが、それなりに良好である。
彩香は、涼に余りまとわり着くことはないが、興味津々で涼のことをよく観察している。なにしろ、涼の行動は他の同じような年の子供に比べて大いに変わっている。朝にへんな体操をしてインターバルで走るのもそうだし、早くからパソコンを買ってもらって、いつも難しい内容の検索をしている。また、高価で分厚い難しい本を大量に買って、それを読みこなしている。
彩香は、10歳になった時から、涼の朝の運動に付き合うようになった、また、涼が服用しているサプリメントAを見つけ問いただして、母にも言いつけて、結果として同じく服用するようになった。その顛末は、涼からの無害であり、未来には効果が確立されているとの言葉で、母がまず2ヵ月飲んで害がなく効果が認められたら、ということになったのだ。
母には1ヶ月目から効果があったらしい。彼女は仕事柄長く集中を要する仕事が多く、疲れを自覚することが多かったらしいが、飲み始めてしばらくすると、書類の処理が速くなり、疲れをあまり感じなくなったと言う。だから、彩香には、母が率先して勧めて飲ませるようになった。
このことで、彩香は涼の真似をして、よく運動しよく勉強するようになった。元々地頭が良い彼女は中学に入っても常にトップクラスで、バスケット部に入ってエースを張るようになり、自信もついて活発になってきた。そうなると、お兄ちゃんに構う暇もなくなるわけで、涼はいささか寂しく思うことが多い。
ちなみに、サプリメントAの効果に母が食いついた。
「ねえ、涼、これは効くわよ。これを売り出したら売れるよ」
母の言葉に涼は渋る。
「うーん、サプリメントではあるけど、許可など面倒でしょう?それに、僕が薬品を買って作れたくらいだから簡単に真似できるよ」
「うん、その点は大山製薬に友達がいるから、声をかけてみるわ。それに、涼の目的からしてこれが広まって人々が賢くなることは歓迎でしょう?」
「うん、まあそうだね。知られていない薬品の効果の紹介という訳だ」
その後、日向家のサプリメントAは大山製薬が効果を確認して、サプリメントとして売り出され、年間1兆円の売り上げを誇る世界的なヒットになった。
ところで、涼は両親との話の後、母主導で株の投資を始めることになり、余り株価の変動のない最初の年に1億円ほどの利益を上げている。それもあって、高性能のパソコンを購入し、5種類ほどの専門雑誌の定期購入、大量の専門書の購入を許されているが、高校に入学する頃の書籍費は500万円を超えている。
「うーん、まあそれ以上に稼いではいるけど、書籍費の他に各種機器購入が450万円か。まあ、確かに涼の情報による株の儲けが無ければ、到底賄いきれないわね」
高校入学時の母の言葉である。現在ではインターネットで大抵のことは調べられるが、専門分野の深いところは専門書によるしかないのだ。
これらの大量の書籍を収納するためもあって、日向家の隣の畑を買って事務所兼研究所を建てた。これは、近い将来に備えてのことで、涼が高校入学に合わせた。事務所は、鉄骨2階建ての延べ200㎡のもので、㈱日向クリエイティブという会社の看板を掲げている。まあ税金対策の一つだよね。
その㈱日向クリエイティブの社長は綾子で、涼は未成年でもなれる取締役研究所長であるが、定款にある事業種目は機器開発である。