五節・襲撃
「人は死ぬと大地になる。大地から果実になり、動物たちに食べられ、やがて人に食べられて、その身に宿る。そうしていつか赤子の細胞となり、転生を果たした時、魂はもう一度目覚める」
墓標の前、エスカリヴィオは一息に、唱えるように言った。カデンファもまた、カルテトーラの葬いのために慰めの言葉をかける。
「ありがとうよ」と言うエメリエッサは仄かに憔悴して見えた。
エスカリヴィオには掛けるべき言葉は見つからない。こうした場合、自分であればそっとしておいて欲しいと思う。だからエスカリヴィオは、これ以上話しかけるようなことはしなかった。こうした悲しみは、時間によってのみ癒える。
大狼を狩ったことで、村人たちからは感謝された。彼らはカルテトーラが大狼に変貌したことは知らない。狩られたことも、同様だった。赤ずきんが大狼になると知れ渡れば、一体どうなるだろう。狩人に対する不信感は、やがて大狼という理不尽への怒りに変貌し、その矛先が向けられるに違いない。
そうなれば、きっと狩人は村から追い出されるだろう。けれどそれで大狼が消えてなくなることはない。追放は自らの首を絞めるようなものだ。合理的とは言えない。そうした理由もあって、エスカリヴィオは黙っておくことにした。
ミレイリオとの約束もある。だが、必要とあらば知らせるつもりでもあった。大事なのは権威ではなく、治安の維持にある。
今回の場合、約束を破ることはなさそうだ。それに、娘を失ったエメリエッサを追い出すような真似は、できるだけしたくない。村人にとっても、唯一の守護者である。真実を打ち明けるのは得策ではないだろう。
ただし──カデンファは別だ。彼女は相棒である。その上、エスカリヴィオのように、今後知ることとなるかもしれない。知ったことで起こる不利益よりも、万が一の可能性を鑑みて、教えた方が最善であろうと思われた。それに、どれだけ頼りになるかは、既に知っている。
エスカリヴィオは村から少し離れた位置で、カデンファを呼び出した。彼女は純粋無垢そうな雰囲気をまとわりつかせながら、
「どうしたの?」と小首を傾げる。
エスカリヴィオは端的に事実を伝えた。カデンファは事の深刻さを次第に理解してきたようで、真剣な面持ちになっていく。
「それってつまりさ、私たちも大狼になる……ってことだよね?」
「その可能性があるわ。でも、条件がわからない。だから絶対とも言い切れない」
人間が大狼になる原因、仕組みは不明だ。また、条件についても、不明瞭な部分が多い。
例えばエスカリヴィオの前で変貌を遂げたのは、いずれも高齢者であった。ならば、ある一定の年齢を越えると、大狼になるのかと言えば、そうとも言い切れない。というのは、母であるエメリエッサよりも先に、娘のカルテトーラが変わってしまったからだ。
「年齢順ということはなさそうだね」カデンファは木にもたれ掛かりながら、目を瞑る。「なら、普通に過ごしていれば、大狼になるってことはないのかな?」
「わからない。もう一つ気掛かりなのは、赤ずきんは皆、変異種になったということ」
事例はまだ二つしかないが、祖母であるハスバリーテも、カルテトーラも妙な特徴を持っていた。共通点は今のところ、どちらもドムトローラの加護を受けた狩人であることしか見当たらない。
もし仮に赤ずきんが大狼の変異種になるというのなら、
「何ら奇妙な力を持たない──普通の大狼は、どこから現れるのかしらね」
エスカリヴィオはカデンファに向かって訊いた。カデンファは腕を組み、髪をふんわりと揺らしながら、頭を動かす。しばらくして、
「まだ何も結論付けない方が良さそうだねえ」と、のんびりした口調で結論した。
賢明な判断だ、とエスカリヴィオは思う。
この事は内密にしてくれと念押しすると、二人はこの話題を打ち切った。村の方へ戻り、大狼が破壊した残骸をかき集め、綺麗にするための作業に従事する。
仕事が終わったのは、朝のこと。
用意された寝床でしっかり睡眠を摂ると、エスカリヴィオはあらゆる苦悩から解放された気がした。これで水浴びができれば、身綺麗になり、最高である。が、そんな贅沢は言えそうにない。まずは村の復興が先だろう。
エスカリヴィオはそう考えていたのだが、
「人手なら足りてる。ここからは自分たちだけで充分だ」エメリエッサはそう言って制止した。
彼女は少しばかりやつれていたが、何か没頭できるような仕事を求めていたのかもしれない。無理に反発することもないので、
「そう」あっさりと、エスカリヴィオは身を引いた。
「なあ、エスカリヴィオ、カデンファ。今回のことでとても助かったと思ってる。助力に来てくれたのがあんたたちで本当に良かったよ」エメリエッサは苦笑して、「また来ておくれ」
カデンファはにっこりと、エスカリヴィオは憮然として、頷き合う。
二人が出立の準備を整えていると、ミレイリオが一人、血染めされた新品の衣服を持って現れた。次の仕事を命じるべく参上したらしい。
「次はここを下って南西にある神殿に向かってください」
「神殿? それって、赤教の本拠地ですよね」カデンファの問いに、ミレイリオは受講する。
「その通りです。その神殿にドムトローラは祀られております。今回は、そこに青教の狩人が目撃されたのです」
カデンファの顔が曇った。
「青教というのは?」
聞いたことのない団体である。エスカリヴィオはミレイリオに説明を促した。
「はい。青教……と言っても、彼らに教義はありません。言うなれば、〈反赤教集団〉となりましょうか。彼らの目的は赤ずきん──いえ、赤教の壊滅にあるようです」
「治安の悪化を目論む狂気の集団、だよ」
狂気。カデンファの表現に、エスカリヴィオは些か呆気に取られた。
「じゃあ、私たちは彼ら教徒を退治すれば良いのね?」
「お願い致しますミレイリオは深々と頭を下げると、「ああ、そうでした……。今回このことをご依頼するのは、何もお二人が近かったからではございません。稲妻の変異種ですか、大狼が見つかったからでございます、エスカリヴィオ様。もしかしたら、会えるかもしれませんね」
それではご武運をお祈りします、と教会の奥へと引っ込んでしまう。エスカリヴィオは鼻息を漏らした。
上手く利用されている気がする。
「まさか人を狩りに行くことになるとはね」
「そうだね」カデンファの表情には緊張の色が浮かんでいた。が、それをさっと消して、「……早速行こっか、エスカリヴィオちゃん」
と、取り繕うように笑顔になる。エスカリヴィオは特に、深追いしようとは思わなかった。そこへ、不意に羽音がこだまする。何気なく見つめた先には、腕を持ち上げる一人の少女。頭上には白い羽が一枚、舞い降りている。
少女と視線が合ったかと思えば、彼女は慌てたように目を見開いて、どこかへと走り去った。エスカリヴィオは首を傾げる。きっと、人見知りなのだろう、と解釈した。
エスカリヴィオとカデンファの二人は山を下り、森を歩く。一見すると景色は変わらず、延々と同じ空間が連続して見える。が、随所に細かな変化が見られた。動植物の種類、活動するその痕跡、そして大狼のものと思われる傷痕。
穏やかなこの森も、水面下では荒れ果てようとしているらしい。均衡が崩れていくような錯覚が、エスカリヴィオの脳裏に渦巻いた。
考え過ぎだろう。難しく考えては、現実を捻じ曲げて認識する怖れがある。まだ仮定の域を出ていない。しかし、確実に稲妻の大狼に近づいている予感はあった。
神殿までは距離がある。
一日かけて歩いた後、日暮れ時に見かけた教会の世話になった。夕食を頂き、寝床も用意してもらう。空は暗く、雲に隠れて月も見えない。
「今日はお寒いと思います」とミレイリオが言い、「湯たんぽ代わりになりましょうか?」
余計なお世話だ、とエスカリヴィオは思った。
カデンファは寝床にて、ミレイリオを抱きしめながら、横たわっている。時折、頭を撫でていた。エスカリヴィオは閉口する。特に言うことはない。壁にもたれて座り、軽く目を瞑る。
「エスカリヴィオちゃん、起きてる?」とカデンファが囁くように訊いた。
「ええ」エスカリヴィオは薄く目を開ける。
「あのさ、ちょっと眠れないんだよね」カデンファは横になったまま、こちらに顔を向けた。「ねえ、こんなことを聞いても、わからないかもしれないけど──」
と、口を噤む。エスカリヴィオとカデンファの視線が交差した。エスカリヴィオは、何が言いたいの、と言う意味を込めて首を傾げるジェスチャ。
カデンファが口を開けた。一拍置いてから、
「私たちもいつか大狼になる……のかな」
エスカリヴィオは彼女から視線を外し、毛布に潜り込むミレイリオを見ようとした。様子は窺えない。眠っているのだろうか。特に口を挟むこともしない。
「わからない」エスカリヴィオは端的に答えた。
カデンファはくすっと笑う。
「素直だよね。誠実だと思う」しかし表情が曇り、「もし、大狼になるんだとしたら、だよ。私、貴方に申し訳ないことしちゃったよね。貴方も、その──大狼に」
「構わないわ」エスカリヴィオは僅かに顎を上げた。「むしろ、感謝しているわ。貴方は私に機会を与えてくれた。あそこで死ぬところだった私に、祖母を弔う猶予をくれた」
いつ死んでも満足できるように、エスカリヴィオは生きてきたつもりである。望んだことは全て、程度こそあれど、叶えてきた。だから運命に納得している。
だがどうだろう──祖母が大狼になってしまった。彼女は理性を無くしている。不本意で人を殺め、傷つけてしまうのだ。それに、争い続けていかなくては生きていけない。それはあまりにも哀れではないか。
これは天命なのではないだろうか、と考える。
祖母を人として弔ってあげるための……。
これは、特別に許された時間なのだ。
ならば死ぬまで自分を貫いてみせる。
そのために生きてきたのだから。
目を天井に向けてみる。当たり前だが、そこに星空はない。目を瞑り、そこに星の河が広がっている、そんな想像をしてみた。この行いに特に意味はない。
無いのだが、何故だろう。エスカリヴィオの心は安らかになった。かつて、祖母が教えてくれたおまじないである。
「心が揺れた時は星空を思い浮かべなさい。どんなに暗い場所でも、貴方が輝きさえすれば、道は見えてくる」
エスカリヴィオは僅かばかり口角を持ち上げた。
「貴方には感謝している」ともう一度。
「……ありがとう」
そうして、夜を目蓋で塞ぐ。
目覚めると、二人はすぐに出発した。後になって、ミレイリオが眠っていたとしても、他のミレイリオに伝わっているかもしれない可能性を思いつく。耳に目蓋はないのだ。だから、寝ていても聞こえるに違いない。
けれど、だからどうしたのか。差し当たって気にすることでもない。そう判断して、エスカリヴィオはこのことを頭の片隅に片付けた。
目指すべき神殿へは、更に一日をかけて、ようやく到達。二人は頷き合った。見たところ、神殿は無事のように思われる。争いの形跡もなければ、ミレイリオの話でも、稲妻の大狼はおろか、青教の狩人と思しき姿すら見ていないと言う。
「でも、この周辺では目撃されているんだよね。なら、警戒しておいて悪いことはないよね」
とはカデンファの考えだった。エスカリヴィオとて、異論はない。二人は、神殿の周りを巡回して、警備することになった。
昼となり、空の頂きに太陽が昇った頃。エスカリヴィオは森の異変に気がついた。違和感の正体を探っていると、段々と輪郭が見えてくる。即ち、雪が変に移動され、枝や葉は不自然に折れ曲がっているのだ。
カデンファに止まるよう呼びかける。
「なになに? どうしたの?」
エスカリヴィオはまだ、観察している途中だった。こうした異変が何を意味するのか、また、原因が何か、理由を求めている。ふと、木に蔓が巻き付けられているのを見つけた。それは他の木にも括り付けられている。もう一端は木の上へと連動しており、木の葉に覆われて丸太が隠されていた。
これは野生動物を仕留めるためのものではない。
「人間を掛けるための罠がある」
そう、指で指し示して教えた。カデンファが息を呑み、そっと頷く。二人はそれぞれの得物を構え、警戒する。いつの間に罠を張ったのか。音もなく、気配もなく、姿を見られずに。
相手は何者か?
「きっと青教だよ」カデンファが言う。
狩人──その可能性が高い。エスカリヴィオも同意する。
他にも罠があるのではないか、と目線を変えた時──風切り音がした。と、同時にエスカリヴィオの足元に矢が突き刺さる。
鏃がぬらぬらと妖しく光っていた。目を凝らせば、粘性のあるもので塗られている。連想されるのは毒だった。
一気に危機感が跳ね上がる。
「毒矢だ」の一言で、カデンファも意識を共有した。
「どこから撃たれたのかな」
「恐らく南の方角」エスカリヴィオは振り返り、「木の上からだ」弓を持ち上げる。
瞬間、目の前から矢が飛び出した。頬を貫こうとしたので、顔を横に動かす。お返しにと、同じ軌道を描くよう計算し、弓を引いた。
擬態しているのか、相手の居場所はわからない。罠を用意した周到さも鑑みれば、優秀な狩人であると言えた。赤ずきんを相手取ることを考えれば、恐らく教徒は単独ではないだろう。
ならば、攻撃を仕掛けたのは、意識を一手に引き受けるための陽動かもしれない。
もう一度、今度は体を捻って背後を見た。カデンファの後ろ、木の影から、黒い長髪の狩人が姿を現している。手にはクロスボウを構え、狙撃しようとしていた。
エスカリヴィオはすかさず矢を放つ。
カデンファのびっくりした顔。
その先の狩人もまた、驚いたという表情を浮かべたが、すぐに気を取り直したらしい。クロスボウでこれを弾き、影に身を隠す。エスカリヴィオも同じように、木の裏に隠れた。裏から軽い音が木に当たる。
「二人居る」と、報告。
エスカリヴィオは矢筒より、新たな矢をつがえると、空中に向けて放った。それは神殿に居る、ミレイリオたちに向けたものである。これで伝わるだろうか。そこまでは知らない。
カデンファも木の裏に体を収めた。これで、挟み撃ちにされるリスクはない。だが、きっと、長期戦になるだろう。相手は罠を張ることで、こちらの行動を制限しようとしている。その上、どこに居るのかもわからず、こちらから仕掛けようにも、罠があるせいで上手く動けない。
相手は時々、奇襲してくるだけで良いのだ。こちらの体力が消耗するのを待ち、また奇襲する。これを繰り返し、やがて疲れたところを刺せば良い。だからミレイリオたちの援護が必要だった。彼らが来てくれたら、戦況は大きく変わる。
「手加減する必要はないよね? エスカリヴィオちゃん」
カデンファは斧を片手に、軽々と振り回した。訝しんでそれを見ていると、彼女は怒っているとも困っているともつかない微妙な顔で、何かを唱える。
ここからでは何を言ったのか聞こえない。
カデンファは木の裏から飛び出すと、先ほどエスカリヴィオの撃ち込んだ矢を手掛かりに、長髪の狩人の元へと向かった。
そのまま、足元の罠を踏んだらしい。カデンファの足に紐が絡みつき、逆さに吊り上げた。エスカリヴィオは足先に伸びる紐を狙い定める。息を止め、矢で射った。鏃が紐を引き千切り、カデンファが地面に落下。
「ありがとう」と言うカデンファの様子はどこかおかしい。起き上がるなり、猪突猛進するように駆け出した。
「自殺行為だわ」
仕方なく、エスカリヴィオは援護に回る。カデンファの背中を狙って、もう一人の狩人が、矢を放った。エスカリヴィオはこれを鋸で弾く。
相手は遠距離からの攻撃ばかりだ。これは、こちらとの戦力差を測ってのことだろう。赤ずきんは一般の人と比べて、動体視力や握力と、どれをとっても並外れていた。相手はそのことを織り込み済みで仕掛けてきたのである。
だが──気掛かりなことがあった。
エスカリヴィオは思い出す。先ほど、背を向けていたカデンファに対し、長髪の狩人はクロスボウを構えていた。近づいて確実にナイフで仕留めた方が無難だったにも関わらず、である。
エスカリヴィオに見つかるかもしれないから、そうした危険を犯さなかったわけではない。ならば、最初から姿を見せないように気を配っただろう。それとも、気配でカデンファに悟られると思ったか。
或いは、と考える。
彼らは赤ずきんの血を恐れているのではないか。もっと言うならば、返り血を浴びることで、感染してしまうのを恐れている。
特に、飲み込んでしまえば、回路を施さぬ限り、内側から血が吹き出すとも言っていた。
エスカリヴィオはこの仮定を念頭に据える。狙撃手の位置を探るため、出鱈目に矢を撃った。それから、こちらの姿を見せ、どの地点から撃たれたものか、観察する。相手は撃つたびに場所を移し、一定の距離を保っていた。
だからこちらからも罠を仕掛けることにする。まず矢を指先に突き刺し、鏃を血で濡らした。それらを複数本つがえて上空へ向けて放つと、急いで走り出す。それは相手がそこに居て欲しくない、という場所へ目掛けて放射した。もし相手が真に優秀な狩人ならば、彼の真上にそれは落ちるだろう。
雪を踏む音を耳にした。
エスカリヴィオは口元を綻ばせる。
木の上からその者が降りたのだ──血の矢を警戒して。エスカリヴィオはそれから、深紅の衣服を脱ぐと、両袖に鏃に取り付ける。これを木々の隙間から放った。この雪降る山中において、それはまるで赤ずきんが滑るように走って見えたことだろう。
衣服は道半ばにして矢で射られた。木に磔にされて動かない。しかし相手の位置は割れた。
吹雪き始めている。
脚に力を込め、思い切り狩人の元へ駆け寄ろうとして、エスカリヴィオは思い留まった。眼前になって、ようやく見えるほどの細い糸が張られている。咄嗟に止まらなければ、首が絶たれていたかもしれない。
エスカリヴィオはそれを潜り抜ける。と、雪に視界を阻まれ──相手はどこへ行ったのか、姿を眩ましていた。そう遠くないはずである。息遣いは聞こえてこない。どこだろう。居るとすれば──雪の中だ。
至近距離からクロスボウが差し向けられる。
相手が引き金に指をかけた。
矢が発射されるタイミングで、エスカリヴィオは身を捩る。
狩人はクロスボウに小箱のようなものを取り付けた。矢を装填し直したのだろう。
興味を覚えたが、すぐに意識を切り替える。エスカリヴィオの胴体に矢が向いたので、クロスボウを掴むと空に向けた。矢が明後日の方向へと飛ばされる。
エスカリヴィオはすかさず、相手の懐に入り込み、後ろ手に取り押さえた。男は青白い衣服に身を包み、マスクから目だけ出して、顔を隠している。
彼の足が動いた。
爪先には蔓の切れ端。
エスカリヴィオは飛んでくる矢を手で掴み、
「これで終わり?」そう訊ねる。
男はエスカリヴィオを睨みつけながら、
「赤ずきんは力任せの馬鹿ばかりと思っていた」
「そう」エスカリヴィオは素っ気なく頷いた。
「侮ったな。……お前みたいな奴になら、殺されても文句はない」
「人を殺すつもりはない」狩人を縛り上げながら、エスカリヴィオは鼻を鳴らす。「そんなつもりで狩人になったわけじゃない」
「知らないのか? 赤ずきんは大狼になる。お前たちは人を狩っているんだ」
「知ってるわ」
「なら何故だ」その声に凄みが加わった。
「教える義理なんてない」
遠くで甲高い悲鳴が響き渡る。カデンファの方でも、戦闘は終わったようだ。狩人を見下ろすと、彼は諦めたように嘆息する。
「でももし知りたければ──」エスカリヴィオは考えた末に言った。「代わりに青教の本拠地がどこにあるのか教えて」