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クリフォード亭の霊事件~元公爵令嬢と生意気ネクロマンサー短編~  作者: そら・そらら


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9.クリフォードという男

 心地よい無言だった。


 ああ、なるほど。これがカフェの使い方か。私もレオンを真似して、背もたれに体重をかけながら体の力を抜く。

 涼しげな風と日の光が気持ちいい。こうやって、お茶を楽しみながら何もせず、のんびりと時間を過ごすのか。


 実に贅沢な時間だ。そして心地よかった。


「いいわね。これ」

「だろ?」

「のんびりするの、気持ちいいのね……」


 そういえば私、いつもより早く起きたのだった。昨日の疲れがまだ消えてないし。


 朝ごはんはまだだったから、お茶請けとして出されたスコーンは一瞬にしてお腹の中に入ってしまった。お嬢様なのに、はしたない? いいの。今の私は公爵令嬢じゃないのだから。

 ああ。いい気分だ。なんだかフワフワする――――。




 目覚めた時には昼過ぎだった。さすがに夕方でないけど。


 どうやら私は、椅子にもたれかかったまま寝てしまったようだ。初めて訪れたお店で、ずっと席を占拠して眠ってしまってたということ。しかも外で寝顔を晒して。

 さすがにそれは、はしたない。


 向かいの席に、レオンはいなかった。


「え? え?」


 周りを見渡す。彼の姿はない。彼のティーカップや皿も下げられていた。


 どういう状況?


 私、レオンがいないとどうすればいいのか、判断がつけられないんだけど。


「お目覚めになられましたか?」

「え?」


 不意に、見知らぬ男性から声をかけられた。

 十代後半の、つまり私と同じくらいの歳の、なかなか見栄えのいい男性だ。背も高く、物腰も柔らかい。


「お茶のお代わりはいかがですか?」

「え、あ。お願いします」


 なるほど。ここの従業員だったか。


「あの。すいません。気づいたらぐっすり寝てしまってて……」

「お気になさらないでください。当店の居心地を気に入って頂けて、嬉しいです」


 お気遣いは嬉しいけど、私が気にしてるんです。


「とても気持ち良さそうに寝ていたのですね。弟さんが、しばらくあなたの寝顔を幸せそうに見つめていましたよ」


 あいつそんなことしてたのか。酷い寝顔だなとか思いながらニヤニヤしてたとかじゃないだろうな。



 いや、それよりも。


「あの。レオン……弟はどこに?」

「人と会う約束があると言って、席を外しました。また戻ってくるそうですよ。それから、お客様が目を覚ましたらこれをお出しするようにと」


 追加のスコーンがテーブルの上に出された。

 寝てたとはいえ、昼食を食べてない。


 ぐぅと、お腹が鳴った。店員さんが、ふふっと小さく笑った。


「すいません、はしたないですよね……」

「お気になさらず。ごゆっくり」


 彼は一礼して、厨房へ戻っていった。


「あ……あの人……」


 そこには、見覚えのあるもうひとりの男性の姿。


 昨日、ヘラジカ亭に来ていた客だ。それからクリフォードにも。

 息子さんが立派に働けるようになったから仕事に余裕ができてきて、料理のメニューの充実を計画しているというカフェのマスター。


 そっか。ここが、あの人のお店だったのか。ということはさっきの男性が息子さん。

 なるほど、近くのお店として、クリフォードから視察に行ったということか。


 息子さん、なかなか格好いい人だな。これなら仕事を任せていいと父親が思うのもよくわかる。


「ああいう男が好みか?」

「うひゃあっ!?」


 他にやることもなく、さっきの店員を眺めていれば、突然レオンが戻ってきた。


「そ、そんなわけないでしょ! 別に悪い男性とは思わないけど! でも……」

「でも?」

「恋はしばらくいいかなって」

「そっか」


 私とレオンが出会うきっかけというか、出会う前に起こった婚約破棄騒動とその顛末はレオンもよく知っている。


 私と結婚する予定だった男は度し難いほどの愚者で、破棄自体は良かったのだけどね。そんなに好きではなかったと自覚できた実家と縁が切れたことも良かったと思っている。

あと、カフェのあの男性が悪人とは認識してない。


 それはそうとして、恋愛はしばらく避けたいと考えてる私を、レオンは尊重してくれて、それ以上は何も言わなかった。


 ゆえにしばらく、また無言の時間が続いた。また眠ってしまうわけではないけど。私、もう十分寝たから。


「さっきまでどこにいたのよ」

「教会。クリフォードって名前の死者について調べてた」

「調べたのはレオンじゃなくて、神父様でしょ?」

「まあなー」


 自分が呼びかけないと、情報を持ってる神父たちに接触できない。レオンはそれをよくわかっていたから、私の嫌味を簡潔に受け流した。


「結論から言えば、それらしい人間は見つけた。あんまり珍しい名前じゃないから、候補はいくつか見つかったけど、ひとつに絞り込めた。去年のこの季節、享年四十七。一人娘で喪主を務めた女の名前が、ナディア」

「それは……間違いなさそうね」


 探った相手が教会だから、喪主という死にまつわる繋がりを見出したのは仕方ない。レオンにとっては最良の手がかりだ。


「クリフォードさんの、生前のお仕事はなんなの?」

「料理とは関係ないな。建設現場で働いていた。職人ってほどじゃないけど、肉体労働者だ」

「奥さんは?」


 娘がいるなら妻がいるはず。けど、葬儀の喪主は妻が務めることが多い。


「十五年ほど前に亡くなっている。病気だ。同じ教会に記録があった。以来、クリフォードさんは男手ひとつでナディアさんを育て上げた」

「大変だったでしょうね」

「だな。大変すぎて体を壊したんだと思う。娘が独立する直前に亡くなった」

「お気の毒に……けど、娘さんはちゃんとひとりでやれてるのね。だったら良かった」


 幼く、ひとりで生きる術がない状態で死ぬよりはずっといい。

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