4.おいしい料理
レオンと話してる間にも、客の何人かは帰ってしまった。彼らの顔を覚えてないし、どうしようもない。
「まあいいだろ。霊がこの店にまつわるものなら、そのうちルイをまた転ばせる」
「できれば、また転ばされたくはないのよ」
「ははっ」
笑うな。
「お待たせしましたー。お姉さん、本当に怪我はありませんかー?」
店主が料理を持ってやってきた。野菜炒めとステーキとサラダ。あと付け合せに、小さなパンとスープ。
「ええ、大丈夫です。綺麗……」
店主に生返事しながら、私は運ばれてきた料理を見て感嘆の声を上げた。
彩り野菜炒めと銘打たれていたのは、偽りなしだ。火を通され油でコーティングされてなお、色鮮やかな野菜が皿の上で踊っていた。
盛り付け方に工夫が凝らされているのもあるか。すべての野菜と肉が均等に入り混じり、かつ乱雑さは感じられないようにできている。目で楽しむことも考慮された料理。
これはもはや、料理という名の芸術だ。
「へえ。おいしそう。いただきます」
「食べるのが早い」
「なんだよ」
私がレオンの手を掴んで制止すれば、彼は不満げな顔を見せた。
「目で楽しみなさい」
「そうは言っても」
「そのステーキをよく見なさい。完璧な焼き具合よ。形もしっかり整えられてる。付け合せの野菜も綺麗に並べられていて」
「ありがとうねー。そんなに褒めてもらえるなんて、ナディアちゃん感激だよー」
「ナディア?」
「あ、わたしの名前。良かったら覚えてねー。さ、見るのもいいけど、冷めないうちに食べて食べてー」
やっぱり彼女、クリフォードって名前じゃなかったか。そんな気はしてたけど。ナディアさんか。
彼女から許しを得た瞬間に、レオンはステーキナイフで肉を切り始めた。だから……いや、店主自ら食べてと言われたのだから、それが正しい。私も野菜炒めを一口食べて。
「おいしい……」
自然と口にした。
なんだろうこれ。素朴な味付けなんだけど、フォークが止まらなかった。私も元は貴族の娘として美味しいものは色々食べてきたけど、そのどれとも違った。
まあ確かに、味の区別云々とかを語れるほど舌は繊細ではないけど。でも、こんなに美味しいものを食べたことはないと言えそうだ。
贅を尽くした盛り付けをしたわけじゃない。高い調味料を贅沢に使ったわけじゃない。なのに美味しい。
前を見ればレオンも、ステーキを休むことなく食べている。
なるほど、これは評判になるのがわかる。たぶんもう数日すれば、店の前には長蛇の列ができていることだろう。
「たぶん、食材から厳選しているんだと思う。だから素材の味を活かして、味付けは簡素でも旨い料理になる」
「あんたに、料理のなんたるかがわかるの?」
「ニールが前に、そういうことを言ってた。本気で美味しい料理を作るには、そういう工夫もありだなって」
レオンはニナの兄、ヘラジカ亭の料理長の名前を出した。
あの人も料理に対して真摯な態度を持っている男だ。亡き先代店主である父親から託されたレシピで、客を喜ばせる料理を提供している。
あそこは居酒屋だから、客もそんなに料理の出来栄えに頓着しないのも確かだけど。酒に合う味の濃い料理が好まれるし、事実先代もそういう料理を作っていたという。
それでも酒が進む料理の出来栄えで、王都の中心部で一番の店になったのだから腕前は相当なもの。この、ナディアさんの店とは方向性が違うだけ。
でも料理人として、こういうやり方もあると、前にレオンと話してたんだろうな。
「大変な手間がかかってそうね。使う食材から選ばないといけないなんて」
「そうだなー。案外、楽にやる方法もあるかもしれないけど」
「どうかしらね」
厨房に戻っては客に給仕をするのを繰り返しているナディアさんに目を向けた。のんびりした雰囲気の女性だけど、仕事の手を抜く種類の人には見えない。
食材選びから調理の過程までこだわる人だとしたら、この規模の店でもひとりで回すのは無理がある。
「じゃあ、見えてないだけで他に従業員がいるかだ」
「どこによ」
「朝早く、市場まで行って食材を買いに行く人員だよ」
確かにヘラジカ亭にもそういう人員がいる。
うちと比べればこの店は早い時間に開店するけど、それでも買い出しの店員が他にいるだけでナディアさんはだいぶ楽になるだろう。
「そいつがクリフォードさんなのかもな」
「かもしれないわね。けど、姿が全然見えないわよ」
「予想を超える客入りに、急遽追加の食材を買いに行ってるのかも」
「なるほど」
「もちろん、そんな人がいるって決まったわけじゃないけどな。俺の勝手な想像だ。食材は毎朝、契約してる農家から運ばせてるとかかも」
「あー。公爵家でも、そんな感じだったわ。毎朝、市場から人が来てた」
「公爵家ってのは食堂と同じくらいの食料を消費するのか」
「そんなわけないでしょ。必要な分よ」
家族は多いし、使用人向けの食事も一部用意されるから、普通の家庭よりは多量になるけど。
「その日使うだろうって量の食べ物を市場で買って届けてくれる業者がいるのよ。ちゃんと目利きはしっかりしてて、いいものだけを仕入れてくれる」
「へえー。はい、お姉ちゃん。あーん」
「いや、いきなりなによ」
レオンがステーキの一片をフォークに指すと、私の前に突き出した。弟を装った満面の笑みだ。
お姉ちゃん大好きなかわいい弟を演じているのか。確かに見てくれは良い少年だけど、中身はクソガキだから違和感しかない。




