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3.仕事の始まり

 既にほぼ満席状態。けど空いている席も若干あり、ふたりなら座れそうだ。


「いらっしゃいませー。空いてるお席へどうぞー」


 少し間延びした声で出迎えてくれたのは、若い女性だ。二十代半ばといったところか。


 軽くウエーブのかかったロングの茶髪。穏やかというか、おっとりしてそうな雰囲気の彼女は、店の奥からわずかに顔を出してからすぐに奥に戻った。そこが厨房なのだろう。

 彼女がクリフォードではないらしいけど、どうやらひとりで切り盛りしているらしい。開店したばかりで予想より多い客足に、ひとりひとりの丁寧な接客をする余裕がないらしい。


 とりあえず空いているテーブル席にふたりで向かおうとして。


「ふぎゃっ!?」


 店内で盛大に転んでしまった。


 幸いにも、周りの客やテーブルの上の料理に被害が出ることはない。私ひとりが、狭い店内で床以外の何にもぶつからないように頭から転んだ。

 そうなるよう、配慮してくれたのだろう。


 そうとも。これは私が躓いたとかではない。レオンの仕事の始まりの合図だ。


 転ばせたのは、私に取り憑いている大量の霊。何らかの未練があってこの世に留まっている。

 そのうちの一体が、この場所を未練と関係があると、こんな形で私に知らせた。


 どうやら私は霊を引き寄せやすい体質らしい。そのせいでよく転ぶ。厄介な体質だけど、そのおかげで亡き親友の無念を晴らせたこともあるから、悪いことばかりではない。

 そしてレオンは、霊の姿を見ることができる。さらに必要なら、死体にその霊を乗り移らせて復活させてまで未練を晴らそうとするネクロマンサーだ。


 私たちはコンビで、霊の未練を晴らして冥界に改めて送り届ける仕事をしていた。


「お姉ちゃん、大丈夫?」


 戸惑いと、弟を演じなければという使命感が混ざった声でレオンが気遣い手を伸ばした。


「ええ。大丈夫よ」

「お怪我はありませんかー?」


 声と音で、店主の女性がさすがに放置はできないと思ったのだろう。店の奥から再び声を出した。


「平気です。お姉ちゃん、よく転ぶので。慣れてるので気にしないでください。お騒がせしました」


 なんでレオンが勝手に返事するのよ。しかも慣れてるってなに? 確かにいつものことだけど!

 いやそれより、私が転んだ原因だ。


「このお店に入った途端に、霊が私に取り憑いたのは見えた?」


 テーブルに向かい合って座り、メニューに目を通しながらレオンに尋ねた。


「俺はステーキが食べたい」

「いや、そうじゃなくてね」

「お姉ちゃんはなににする?」

「お姉ちゃん言うな。慣れないから。……彩り野菜炒め定食」

「炒めてるのに彩りってなんなんだよ」

「炒めた後も、茶色くなるばかりじゃなくて色の鮮やかな感じが残る野菜を使ってるんでしょ?」

「へー。そんなのもあるんだ。うちには無いよな、そんなの」

「料理の見た目とか気にしない酔っ払いがメイン層だからね。てかあんた。野菜も食べなさい」

「えー。じゃあサラダも頼む。お姉ちゃんも肉食べないと、大きくならないよ?」

「うっさいわね。野菜炒めにも肉は入ってるでしょ普通。てか、私はもう大きくならないの」


 十八歳。身長が伸びる時期が過ぎているのはわかっている。

 ただ一箇所、自分の胸元に視線を落として、この悲しいまでの平坦な胸を少しだけ嘆いた。


「まさかレオン、私の胸を見て大きくなれって」

「言ってない」

「……そう」


 きっぱり言い切られたから、引き下がることにした。

 店主の女性に注文を告げてから、話を戻すことにした。


「それより、さっきのはどうなのよ」

「新しく霊が憑いた瞬間は見えなかった」

「そうなの?」

「お姉ちゃんの周り、霊がいすぎなんだよ。それに紛れて一体だけ新しく増えてもわからない」


 私の周りには、二百をゆうにこえる数の霊がうごめいているという。これは前に聞いた数字で、たぶん今はさらに増えているはず。あちこち移動して、そこの霊が新たに憑いていたはずだ。


 私も特殊な方法で霊を見せてもらったことがあるけど、大量の霊に光が遮られて真っ暗闇に放り込まれたかと思った。


 個々の霊は、よく見ないと個性がわからないような、黒い靄として見える。レオンにも区別はつかない。

 そんな霊がレオンには常に見えていて、霊の方も気を遣ってできるだけ彼の視界に入らないようにしているらしい。


 それでも限界はあるし、新しい霊はレオンが気づかないうちに私に憑いているという。迷惑な話だ。


 つまり、霊が元々何に憑いていたのかわからない。

 普通に考えれば、さっきの店主だろうか。


「わからない。ここの土地自体に憑いてたのかもしれないし、客の誰かかも」

「あー。それもありえるわね……あと、あなたはその話し方が一番合ってるわよ」

「そうか」


 霊がどうとか誰かに憑いてるとか。まともじゃない話しをするから、周囲の迷惑を考えてるみたいな雰囲気で、小声で話す。

 他の客も、それぞれの会話とか目の前の料理に夢中で私たちの会話なんて全然聞いてないみたいだけど。


 そんなわけで、レオンの話し方はいつも通り。


 この生意気な言動に、私はすっかり慣れてしまった。

 とにかく、さっき私が転んだ原因がなににあるか、わからないまま。


 転んだ位置は覚えているけれど、その周囲には複数の席がある。全部に客が座っていて、料理を食べるか待つかしていた。ちょうどカウンター席が並んでる箇所だったし、仮に客の誰かだとしても本当にわからない。

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