17.私の枕
お店の評判を考えれば、人をひとり雇う金銭的余裕は十分すぎるくらいにある。ふたりなら、仕事もだいぶ楽になるだろう。
これで解決、かな。
ああそうだ。最後に。
「今度こそ、冥界に行ってもらうぞクリフォードさん」
「こら。大人にはもっと丁寧な言葉遣いをしなさい」
「クリフォードさん。今度こそあなたを冥界に送って差し上げますわ。お覚悟なさい」
「安っぽいお嬢様言葉を使うな。あと似合わない。気持ち悪い」
「ふふっ……ふたりとも、本当の姉弟みたいだねー」
ナディアさんが楽しそうに笑った。
だからこんなのが弟なんて……頼れる子なのは間違いないのだけど。
彼女は自分の部屋で私とレオンと向かい合って座っていた。再度ピンク色の粉を撒いて霊を見せて、ナディアさんに最後のお別れを言うためだ。
よく目をこらせば、座っているナディアさんの隣に薄い靄が存在している。それ以外の霊は、邪魔にならないように部屋の隅に退避してもらっていた。
「ええっと……お父さん、お気遣いありがとうございましたー。でも、お父さんの作るご飯は、わたし大好きです。だから、みんなにも食べてもらいたいです。もう倒れたりしないから、お父さんは安心して行ってください。今までありがとうね……他に、言うべきことはあるかな?」
「まだ若いのにナディアさんを置いて死んだこと、恨んでないって言ってください。喧嘩したこともあると思いますけど、全部気にしていない。感謝しかないと。……そうすることで現世での罪が軽くなり、早く天国に行けるようになります」
「うん。お父さん、本当にありがとうございました。感謝こそすれ、恨むようなことはありません。ずっと、ずっと感謝しています。だから安心して、冥界に行ってください」
死別したはずの父との、突然の再度の別れ。けどナディアさんは戸惑いながらもしっかりと別れの言葉を口にした。
その後、レオンが少しだけ頑張って格式ある感じの祈りの言葉と共にテーブルの上にパラパラと塩を乗せたために、冥界への道が開ける。
薄くしか見えない靄が、すうっと消えていくのが見えた。
ナディアさんは明日にでも店を再開させたいらしく、新しい店員に色々教えることにしたようだ。私たちは邪魔になるから、さっさと退散することにした。
「うちも、今夜もいつも通りお店を開かなきゃいけないからね!」
「ごめんな、ニナ。いつもより早い時間に起こしちゃった。ユーファも」
「……別にいい」
「そうそう。気にしてないって! これからちょっと寝て、いつもよりちょっと遅い時間から仕事をするつもり!」
いいのか。給仕長がそれで。
ま、店主が許してくれるなら、それでも構わないか。レオンと私の仕事に関わることなら、ある程度は寛大な態度をとってくれる。
それに、あのお店には従業員が複数人いる。多少の遅刻は問題ないだろう。
みんな連れ立って家に帰ろう。ナディアさんのお店に負けるわけにもいかないし。
ヘラジカ亭の二階の私の部屋の前まで来ると、疲れが一気に押し寄せてきた。
早起きした上に、結構大変だったからな。私、あんまり何もしてない気はするけど、それでも大変だった。
「次からは、もう少し疲れないやり方がしたいわね」
「なんだよ。疲れてるのか? またベッドまで運んでやろうか?」
「ここまで来たんだから、今更やらなくていいわよ……あ、やっぱり支えてもらおうかしら」
「うわっ!?」
疲れてるけど、歩くのは問題ない。レオンの肩に手を回して、強引に部屋に連れ込んだ。やはり体格差は大事だな。
レオンがあまり抵抗しなかったのもあるけど。
「レオン、ここに座って」
「……なんだよ」
渋々といった様子で、私が指差したベッドの縁にレオンは腰掛けた。そして。
「とりゃっ!」
私はベッドに腰掛けながら、レオンの膝に頭を乗せたのだった。
「いや、なんだよこれ」
「起きるまで、私の枕になりなさい!」
「なんでだよ」
「私がそうしたいからー。ほら、ちょっとは年上の言うこと聞きなさいよね」
「……わかったよ」
意外にもレオンは、暴れたり文句を言うことなく、私の頭に手を乗せて撫でてくれた。
あれ? 素直だな。なんでだろ。おとなしく従ってると見せかけて、ふとした瞬間に首を締めてくるとか?
いや、それはありえないと知ってる。この子なりに、私を気遣っているんだ。
優しいところもあるじゃないか。少し笑みを浮かべながら、私は幸せな眠りに落ちていった。
<おしまい>
読んでいただき、ありがとうございました。
短めで、とても平和なお話を書きたいということで、この分量の短編となりました。
現在、長編を準備中です。そちらも楽しんでいただければと思います。今後ともお付き合い、よろしくお願いします。




