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クリフォード亭の霊事件~元公爵令嬢と生意気ネクロマンサー短編~  作者: そら・そらら


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15/17

15.忙しいという美徳

 その前に遡っても記憶はないということは、本当に彼女は独自の料理を作っていたわけだ。


「料理は誰に学んだの?」

「お父さんだよー」

「クリフォードさん? お店の名前にした」

「そう。忙しいのに、わたしのために毎日ご飯作ってくれたんだー。高いものじゃないけど、手間をかけておしいしものをって」


 謎の少年が故人である父の名前を知っていることを、ナディアさんは疑問に思わなかった。

 店名からなんとなく推測できることだしな。


 レオンの方もナディアさんに対して、砕けた口調になっていた。


「なるほど。ナディアさんはその様子を見て、自分でお店を開こうって思ったの?」

「そうだよー。お父さんみたいに、おいしいものをたくさんの人に食べてほしくてねー」

「そっか。じゃあナディアさんはお父さんから、料理を学んだみたいなものだね」

「そうなるねー。どう工夫すればいいかは、私が自分で考えたのも多いけどねー」


 喋りながら、ナディアさんは丁寧に野菜を切ってる。


 慣れてないのか、それとも出来上がりの見た目にこだわりたい故か。

 たぶん両方だけど、後者が大きいはず。


 彩り野菜炒めだからな。切られた食材の大きさや形は大事だ。


 私も普段、厨房で働いてるからわかる。ヘラジカ亭の料理人は、もっと手際がいい。雑に仕事をしてるわけではないとはいえ、酔客へ出す料理だ。この店とは、そもそもの考え方が違う。

 ナディアさんの丁寧さは美徳。料理が評判になるのも頷ける。


 そして、客入りが多ければ手間のかかった料理は彼女を忙殺することになる。比喩ではない。実際にさっき倒れたし、これが続けば彼女は本当に死にかねない。


「出来上がりー。テーブルで食べるよねー?」

「あ、運ぶの待って。その場で下がって。そう、それくらい。ルイ、来て」

「もうお姉ちゃん呼ばわりじゃないのね」

「俺たちのこと、話したしな」


 そうだった。


 ちょっと残念だな。


 それよりも、レオンの意図は私にも察せられた。ちょっとビクビクしながらも、キッチン台の上に載った野菜炒めの方へ歩み寄った。ある程度まで近づいた瞬間、ぐらりと体が揺れてバランスが崩れて。


「おっと」


 レオンがすがさず駆け寄って私を支えた。小さな体が一緒に倒れかけたけれど、なんとか壁に手をついて耐えた。

 できるじゃないか。普段から支えなさいよ。危なかったけど。あと、事前に転びかけるのわかってた状況だったけど。


 とにかく、これで判明した。


「ナディアさん。あなたには、クリフォードさんの霊が憑いています。そして、この料理を作られることを快く思っていない」


 霊が憑いていたのは、最初からナディアさんだった。けど彼女自身が未練の対象ではない。

 お店自体も、クリフォードさんが懸念しているわけじゃない。娘の開いた店が評判になって、嬉しいのだろう。


 けど、ここまで手の込んだ料理を作られるわけにはいかない。


「お父さんの……霊? ええっと、話が見えないのだけど……」

「見せてあげます」


 レオンはローブの下から小さな瓶を取り出した。中にはピンク色の粉。それをわずかに出して撒こうとして。


「あー、厨房じゃない方がいいかも」

「食べ物にかかるとまずいやつだったの?」

「全然。人の体に入っても無害。細かく拡散されてあたりに散らばるんだ。呼吸で人の体の中にはどうしても入るし、そこは影響ないようにしてる」

「確かに」

「でも、初めての人は不安になるだろうし。食べ物がある箇所は避けてあげたいなって」

「あなたが気遣いできる人なのはわかったけど、私にはそういうの無くていきなり見せたわよね?」

「外だったし。移動の必要ないだろ?」

「そうだけど」

「あのー……」

「ああ、ナディアさんこっちに来てください」


 そして、客席の方に移動して、レオンは小瓶の中身を少し開けてから息を吹きかけて拡散させる。


 その瞬間に私に憑いている霊が視覚化されて、濃く黒い霧のようなものとして部屋に充満した。視界は限りなくゼロだ。


 見慣れているからか、ニナは反応しない。そういうものだとわかっているユーファも同じ。

 ただナディアさんだけが、突然暗闇になった室内を見て驚いていた。


「ええっ!? なになに!? なにが起こってるのー!?」

「気になさらないでください。これが全部、私に取り憑いている霊なんです」

「だから霊って!?」

「ええっと」


 手短に説明した。レオンは霊が見れるし、私は押されて転ぶという形で霊と接触ができる。


 憑いた物を変更できない霊にとって唯一の例外が私である。霊の未練を、転ばせるという形で私に知らせた。この店で何度も転んだのはそれが原因。

 冥界に行けなかった霊はこの世で苦しみ続けることになる。だから、さっさと未練を晴らして冥界に送らせる。それが私たちの、ヘラジカ亭とは別のもうひとつの仕事。


「へ、へえー。これが霊……ね、ねえ! つまりお父さんもここにいるの?」

「クリフォードさん、俺の前に」


 この光景を常に見ていることになるレオンは、霊の方が気を遣って視界に入らないよう普段から努力しているそうだ。


 今回はそれをさらに進めて、霊たちがみんなレオンの後方に集まった。ただひとり、本当に薄い靄としか認識できないクリフォードさんの霊だけが前にいる。

 霊の細かな姿や個性の判別は無理だ。見えていても仕草で意思疎通することもできない。動きで意思を伝えるのも、見えにくいから難しい。


 けど、クリフォードさんは確かにそこにいた。

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