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13.過労による疲れ

「ナディアさん!? ナディアさん! ねえレオン!」

「どういうことだ? ナディアさん自体に未練はない」

「レオン! ねえナディアさんが!」

「とにかく店の中に運ぼう」

「死んだりしないわよね!?」

「死なない。体から霊が出る気配はない。今のところ、命に関わる状態じゃない」


 そうだ。霊が見えるレオンなら、死の瞬間もわかるはず。差し迫った最悪の事態は起こらないらしいと一安心した。


「両側から腕を持って肩を支えるぞ」

「え、ええ」


 ふたりでなんとかナディアさんを店内に運んだ。


 ここは、一階が店舗になってて二階が彼女の居住スペースになってるらしい。か弱い乙女と子供で、彼女を二階に上げるのはちょっと厳しいから、店舗スペースに寝かせることにした。


 床の上に直接はまずいから、椅子をいくつか並べて簡易的なベッドにする。


「人手がいるな。ルイ、ヘラジカ亭に戻って人を呼んでくれ。ニナとユーファを」

「なんで女の子ばっかりなのよ。男手を用意しなさい」

「四人がかりなら運べるだろ。ひとりが背負って何人かで支えるとかで」

「できるかもしれないけど」

「あんまり大勢で押しかけて、店の中で騒ぎにしたくない。適切な人間だけ来てほしい」

「あー。それはあるわね。お店のこれからの評判とか」


 だったら、なおさら男手を用意するべきではとも思ったけれど、レオンなりに考えがあるんだろう。

 レオンの霊に関する事情を知ってる人だけで固めたいとか。


「じゃあ行ってくるわ。道に迷っても怒らないでね」

「何回か行き来してるし、道なら覚えただろ」

「自慢じゃないけど私、自分の意思でひとりで街を歩いたことなんかほとんどないのよ。この王都では初めてみたいなものね」

「これだからお嬢様は。ルイは、俺に行けって思ってるんだろ?」

「ええ。まあ」

「俺は表の食材を中に運び入れる仕事をする。涼しい季節とはいえ、直射日光に晒すよりは冷暗所に置いた方が腐りにくいし。あと、誰かに盗まれることもなくはない」

「あー。よし! ヘラジカ亭へ行ってきます!」


 どっちの仕事が楽かを考えれば、明らかだった。


「けど、屋内に野菜とか押し込んだところで、今日は使えないでしょ?」

「明日買わなきゃいいだけだ」

「明日は食材、使われるのね」

「別に明日じゃなくてもいい。ナディアさんは見たところ、過労で倒れただけ。好きなだけ休ませればいいし、適切に保存すれば日持ちする食材はある」

「日持ちしないものは?」

「見たところ、いくつかある。だから店に行くついでにサマンサさんに相談してくれ。日持ちしなさそうなやつがあれば、うちで買い取るって。その裁量はニナに任せる」


 うちなら、日持ちしない材料でも今日の夜には消費できる。

 行って戻ってくるだけの単純な仕事だけど、必要なんだな。


「すぐ戻ってくるわ! 行ってきます!」


 私はダッシュでヘラジカ亭へと向かう。レオンにうまく乗せられたという気はしなくはないけど、まあいいだろう。



 ニナもユーファも了承して、すぐに来てくれた。みんな、ちゃんと朝起きてくれて偉い。あとサマンサにも話しはつけておいた。

 そして戻った時には、外の食材は残らず運び込まれていた。レオンは意外に仕事が早い。


「あー。これは働きすぎの疲労だねー。しばらく寝てたら戻るよ」


 こんな人間を前にも見たことがあるのだろうか。ニナはナディアさんの様子を見て、すぐに判断した。


 ヘラジカ亭の労働環境は、そんなに過酷ではないのだけど。昔はあったのかもしれないな。無理して働いてしまったことが。


 とにかく、何も言わないユーファも含めて四人がかりでナディアさんを二階の私室に運んだ。

 そこも、同居している家族の姿は見当たらなかった。


「今日はこの店、営業できないね。休業しますって表示を書くよ。ユーファ、それまで外の客をなんとかしてて」

「うん」


 ユーファは短く返事をしてから、階段を降りていった。


 窓から外を見れば、開店前なのに行列ができ始めていた。評判のおいしい店がどんなものか食べてみたいという客なんだろう。

 流行りの店がどんなものか見てみたい。流行に乗り遅れたくない。あとは評論家気取りの素人たちも。


 彼らのことを悪く言うつもりはないけど、今日はおとなしく帰ってもらわないと。


「今日は、お休み」


 店から出てきたユーファが、先頭の客の目をじっと見つめながら言う。


 感情を読み取りにくい口調と表情。なのに目は、全く逸らされることなく自分を見ている。

 戸惑うだろうな。


「ええっと。私はね、このお店の料理を食べるために、街の端からやってきたんだよ」


 先頭に立っていた女が、小さな少女が相手だと思ってなんとか押し返せないかと食い下がった。


 見たところ、身なりのいいご婦人といったところだ。後ろに侍女らしき者の姿も見える。

 たぶん、流行に敏いタイプの富裕層の婦人なんだろう。旦那の稼ぎをかさに来て威張るタイプ。とはいえ、飛び抜けた金持ちってわけでもないのだろうな。自らの足で、一般層の店まで来てるのだし。


 これが本当の貴人なら、世間体もあるし立場にふさわしい振る舞いもある。あっさり帰ることになるだろう。

 けど中途半端なプライドから、この場で引き下がるわけにはいかないらしい女は。


「でもね、私はこう見えても」

「あなたが誰かは、知らない。でも駄目。今日は開けない。帰って」


 醜く食い下がろうとして、全く譲歩の余地がないというか、感情を感じさせないユーファの忠告に怯むことになった。


 彼女にはどんな言葉も効かない。たぶん、権力も役に立たない。それを察したご婦人は、すごすごと帰ることになった。その後に続く行列客も同じ。


 客商売であることを考えれば、丁寧な対応とは言えないかもしれない。けどこの場はやり過ごすことができた。

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