窮屈な場所
瞼を開けたにもかかわらず暗闇が目の前にあることにまず疑問を抱いた。
今は夜か。このぼんやりとした感じ、俺は眠っていたのか。
ではここはベッドの上。
・・・・・・違う。
この妙な閉塞感、天井が近いのだ。
しかし、手を伸ばして確認しようにも体が一切動かない。
縛られているのか?
いや、そんな感覚はしない。
ただ以前も・・・・・・そうだ、金縛りにあったときと同じ感覚だ。
意識はあるが指一本動かせない。
恐怖、しかし頭によぎったのは幽霊なんかではなく
生きたまま棺桶に入れられた男の話。
まさか俺も? 死んだと思われて?
毒蛇か何かに噛まれて動けないのか?
そう思ったときだった。
体がガタンと揺れたのだ。
ここは・・・・・・車のトランクの中だ。
徐々にはっきりしてきた頭でそう考えたとき、映像がフラッシュバックした。
硬いアスファルト。
迫る二つの光。
そうだ俺は車に撥ねられた・・・・・・のか?
どうも記憶がハッキリしない。事故の後遺症か?
夕食前にちょっとウォーキングを、と外を歩いていたのは覚えている。
日課だ。自然豊かな郊外の家。その周辺の道路。
人通りがほとんどない事も含め、気に入っていた。
轢かれたのだとしたら、この車の運転手は今、病院に向かってくれているのだろうか。
しかし、痛みはないな。
あまりに痛すぎて感覚が麻痺しているのだろうか。
いや待て。病院に向かっているとしたら後部座席にでも寝かせてくれるはず。
車のトランクに入れて運ぶなんてまるで・・・・・・そう、死体。
薄情な運転手がシートが血で汚れるのを嫌がった可能性はあるが
それは希望的観測だ。
俺は死んだと思われている。
そしてこの運転手は手ごろなところに・・・・・・そう、海か山に俺を捨てに行くのだろう。
だが俺は生きている。
しかし、それは運転手にとって幸運なことか?
そいつは今、ハンドルを握りながら何を考えている?
後悔か? それとも覚悟を決めているのか?
そいつはトランクを開けて生きている俺を見た瞬間、何を思う?
『良かった! 生きてた! ああ神様ありがとう! すぐに病院に連れて行こう!
これで俺は殺人者にならなくてすむ!』か?
それとも『まだ生きていたのか。でもこの分だときっと病院まで持たない。
それに俺は警察に捕まる。だが事故が発覚しなければ警察も犯人を捕まえようがない』か?
できることは・・・・・・ない。
体が回復し、更にこのトランクが開くその時までは。
声もまだ出せないし、仮に叫んだところで無駄だろう。
車のエンジンや走行音に掻き消される。
ましてや下手な事をして運転手に気づかれたら困る。
人を轢いたんだ。奴は今、相当神経が過敏になっているはずだ。
それで、体が動けるようになり、このトランクが開いたらどうする?
飛び掛り、殴り倒す? 相手が一人とは限らないぞ。
必死に命乞いするか?
涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら這い出て靴を舐めてやるか?
ははっ、そんなの御免だと思える気概が残っていることが救いだな。
では馬鹿のフリはどうだ?
『ああ、倒れている私を助けてくれたのは君だね! ありがとう!
私は金持ちなんだ! 礼はたっぷり弾むよ!
それに去年結婚した若くて美しい妻も好きなだけ抱いてくれ!
ちょっと頭が悪くてヤンキー気質な女だがきっと燃え上がるはずさ!
何せ得意なことがセックスとスムージー作りしかないからな!』
・・・・・・馬鹿馬鹿しくて乾いた笑いが出そうだ。
こんな手に引っかかるほど相手が馬鹿だといいのだけれど。
ああ、それとも男らしく、クールに振舞うか。
『なあに、気にするな。ちょっとの間、不運とドライブしただけの事さ。
今日のことはお互い忘れよう。ただしもう少し一緒にドライブしよう。
派手に転んじまったようだからな。今夜は病院を宿にするよ。
だからタクシーか電話ボックスのところまで頼むよ。
おっと、はははは。今度は助手席に乗せてくれよな』
・・・・・・これだな。あくまでこっちが優位だと知らしめてやるんだ。
そして警察も訴える気もないと馬鹿でもわかるよう伝えてやる。
まあ、実際どうするかはわからないがな。
・・・・・・それにしても長いな。
海か山。まあ、遠いと言えば遠いが・・・・・・。
このまま止まらないとか? はっ、有り得ない。
しかし、だ。これまで考えることを忌避していたが
体の痛みが一切感じずに、また一切動かせないのは・・・・・・すでに俺はもう・・・・・・。
いやいや、まさかそんなことが。
・・・・・・だが魂はいつ天に昇る?
供養されるまで体の中に留まっているのではないか?
いいや、呼吸はしている・・・・・・はずだ。
確かめてくれる相手はいないが。一人、そう一人だ。
・・・・・・本当に俺は今一人なのか?
この僅かな呼吸の音は本当に自分のものか?
この狭い闇の中、何かいやしないか?
金縛り、霊。
それとも死神が俺の傍に・・・・・・。
い、今、風が・・・・・・。
気のせい・・・・・・。
今のは声か!?
・・・・・・ここから出してくれ! 早く! ああ、早く!
頼む! ここは嫌だ! 狭い! ここだけは嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ――
「・・・・・・バッチリ?」
「当然。ちょうど倒れる瞬間に拾ったよ」
「オッケー、開けるぞ・・・・・・」
「せーのっ、サプラーイズ!」
「フゥゥゥゥゥ!」
「プルルルルルラァ!」
「あなた、お誕生日おめでとう!」
「おめでとぅー!」
「あははははは!」
「って、旦那さんまだ眠ってるじゃーん」
「あれ? スムージーに混ぜた薬、多すぎたかな?」
「いや、起きてるよ。ほら目が・・・・・・」
「怒らせちゃった?」
「ああ、トランクはまずかった? でもそのほうが誘拐犯っぽくてドッキリが・・・・・・あれ?」
「これ、死んで・・・・・・」