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第45話 沼の主

「な、なんだ?」


急に動かなくなった“ランスロット”に、サングラスの男は不思議がる。


何かの罠なのかと思ったが、そこで気づく。


“ランスロット”の胸に赤黒い宝石が生まれ、瞳が赤く染まるのを。


「■■■■■■■■■!!!」


獣のごとき叫び。


空気を鳴らす大音量にサングラスの男は汗を垂らしながらもむりやり不敵に笑った。


「はん!暴走か!だが理性のない状況でこの攻撃を避けられるかな!?」


切り刻むべく“バアル”の糸が“ランスロット”へと迫る。


しかし、“ランスロット”はその攻撃を避けはしなかった。


「■■■■■■■■■!!!」


“ランスロット”を中心として炎の壁が形成され、切り刻もうと迫った糸を焼き切った。


「なに!?」


それだけでは終わらない。


炎の壁は周囲に広がり、“バアル”を吹き飛ばした。


「なんだとぉ!?」


驚きの声とともに“バアル”は炎の中へと消えた。


難敵を退場させはしたが、今は喜んでいる場合ではない。


——もし、なんだけどさ。また“ランスロット”が暴走したら、迷わず僕ごとコアを打ち抜いてほしい


「……クッ!」


ルイーゼの脳裏に裕斗の言葉が蘇る。


「やるしか……ないのか」


ルイーゼは弓を引きこうとした。


「……くっ」


しかし、引けなかった。


当然だ。今まで過ごしていた仲間を討てと言われても、そう簡単に討てるものではない。


それがあだとなった。急接近した“ランスロット”は“トリスタン”の首根っこを掴まむ。


「しま……」


“ランスロット”の刀が“トリスタン”に向けられる。


「ルイーゼ!」


ヴァネッサが敵機をなぎ倒しながらこちらへ来ようとするが、もう遅い。


殺される。


無意味と分かっていても、ルイーゼは反射的に目を閉じた。


しかし、来るはずの突きはいつまでたっても来なかった。


「………?」


恐る恐る目を開けると、“ランスロット!は苦しそうに体を震わせていた。


「■■…■……」


“ランスロット”は“トリスタン”を離し、よろよろと後ずさる。


「■■■■■■■■■――――!!!」


次の瞬間、“ランスロット”自身を燃やさんばかりの炎が周囲を取り囲んだ。


「あつ……!」


あまりの熱気にルイーゼは後退する。


「な……何なのよこれ!」


ヴァネッサも訳が分からない様子だった。


「分からない。……いや、もしかすると」


ルイーゼはバカげた希望的観測を口にする。


「抗っているのか?ユウトが……」


もちろん証拠はどこにもない。だが、彼が今戦っているならば、自分のやるべきことは一つだ。


「自分ごと打てだと?……ふん。そんなの、お断りだ!」


ルイーゼは炎に燃える“ランスロット”に抱き着いた。


「ヅゥ……」


当然“トリスタン”も炎に焼かれ、中にいたルイーゼもあぶられる。


「ば…あんた何してんの!」


『止めろ!今すぐ離れるんだ!』


ヴァネッサとエルザが声をかけるが、彼女はそれを無視した。


「ユウト!聞こえてるんだろう!?お前は強い男だ!帰ってこい!こんなところで……終わるなァァァ!」


***


「……あれ?」


ここはどこだ。


沼の中、体を動かしにくい。


――憎い


その時、どこからともなく現れた黒い手が、裕斗の手をつかんだ。


「ッ!?」


驚きながらその手を振りほどこうとするが、さらに何十本もの手が伸びて彼の体に絡みつき、動きが完全にできなくなった。


——憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ

憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ


「ぐ…うう…」


なにがなんだか知らないが、とてもまずい。


裕斗は必死に力を込め、拘束から抜け出そうとする。


しかし、腕の力は万力のように強く、抜け出せなかった。


——ま、ずい…いしき…が……


裕斗が意識を手放す、まさにその時だった。


『……ト!…ウト!ユウト!」


どこからか少女の声が聞こえた。


「ルイー…ゼ…?」


声の主が彼女だと分かった瞬間、ハッ、と裕斗の意識がはっきりとした。


「そう、だ……。僕は、こんなところで…終われない。こんな……ものォォォ!!!」


腕を力の限り引きちぎる。


本来の裕斗の腕力では到底不可能だが、ここが現実世界ではない精神世界のような場所だったから、できたのかもしれない。


引きちぎられた腕は霧のように消え、頭に響いていた憎しみの声も消えた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


難を逃れたが、喜んでいる場合ではない。何とかしてみんなのところへ戻らなければ。


と、そこで気づく。


「下に……誰かいる?」


確証があるわけではない。だが、気配というのだろうか。それに近しいものを感じたのだ。


「……行ってみよう」


裕斗は下へに向け、泳ぐ要領で潜っていった。


沼の底に着いた。底だと分かったのは足の着く場所だったからだ。


そして、そこにはうずくまるようにして座る少女の姿があった。


ただの少女ではない。背中に竜のような翼や手足に鱗が生えている。


「…………?」


なぜだろう。初めて見たはずなのに、どこかで見たような……そんな感じがする。


「君は……」


裕斗が声をかけると、少女はうずめていた顔をゆっくりと上げた。


「消えろ」


少女の後ろにいた黒い影が裕斗を踏む。


影が形作られ、ドラゴンのような形をとる。


「が……」


「気安く話しかけるな、人間」


顔をあげた少女の、蛇のように縦長い瞳孔が裕斗を睨んだ。


「ソウダ、ニンゲンハミナテキ。クッテヤル」


少女の言葉に賛同するようにドラゴンは言う。


「ぼ……僕はそんなんじゃない……。君に危害を加えたり……しない……」


「うそよ!」


張りつめた少女の叫び。気づけば少女の眦には涙がたまっていた。


「そんなの噓!あの人間だって……ルドルフだってそうだった!ともに手を取り合おうなんて言って、それなのに騙して……私たちを怪物にして殺した!」


「ルドルフ…怪物……?」


と、そこで裕斗は気づいた。


「本当に……その人は、裏切ったの……?」


「そうに決まってるじゃない!」


「いや……僕には、あの人が……そんなことをする人のようには……見えなかった……」


「あなたに何が分かるの!?知った風な口で言わないで!」


「分かるさ。《《クラウディア》》」


「………え?」


裕斗の言葉に、少女……クラウディアはキョトンとした。


「な……なんで、私の名前……」


「分かるさ。夢の中で、君を見たから」


そうだ。思い出した。


目を覚ました時には忘れていた奇妙な夢。あれはただの夢ではなく、彼女の記憶だったのだ。


だから、裕斗は知っている。彼女たちの苦悩を。彼女たちの顛末を。そして、ルドルフの清廉性を。


だからこそ


「彼は、裏切ってなんか、いない……。なにかきっと、事情が…あったんだよ……」


「で、でも……真実は分からないじゃない」


「それは……君がその目で……確かめるんだ」


「私の……目で?」


「ああ。ここがどこか……知らないけど、あの世じゃあ、ないんでしょ?なら、確かめようよ。僕と、一緒に……」


「…………」


クラウディアはどうすればいいのかといった様子で沈黙する。


しかしその時、裕斗を踏んでいたドラゴンの足に力がこもった。


「ぐああああああ!!!」


ミシミシミシミシミシミシミシミシ!


「何ヤッテルクラウディア。早クコイツヲ沈メテ、憎イニンゲン供ヲ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ……」


ポン、とクラウディアの手がドラゴンの腕に置かれた。


「……るさい」


「ン?」


「うるさぁい!」


パァン!


ドラゴンの腕が吹っ飛ばされた。


「……え?」


必然、腕に拘束されていた裕斗は自由になる。


「ナ……ナナナ……ナニヲスルクラウディアアアアアアア!!!」


ドラゴン残りの腕を振り上げる。


しかし彼女は、その腕を難なく掴んだ。


「ナ……」


「お前は……私の中から生まれた獣。……ならば私に、従いなさい!」


クラウディアの叫びとともに彼女の周囲が光り輝く。


「ナ!?アアアアアアッッ!!!」


ドラゴンはその光にかき消され、沼のような深い空間がひび割れ、砕け散っていく。


「うわ!わわわわわ!」


当然、裕斗の足場としていた地面もひび割れなくなっていき、ついには彼の体は落下した。


「手を!」


同じく足場を崩され落下しながらも、クラウディアは裕斗に向け手を伸ばした。


「…………!」


裕斗は一心不乱に手を伸ばし、彼女の手を掴んだ。


その瞬間、裕斗の意識は暗く深い沼の底から引き釣り出された。

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