第六話 詰所〔一〕
オスカー達の馬車は、壁の大穴からすこし離れた町の正門へと向かう。帝国の北西部内陸にある貿易の中継地なだけあってかなり大きな門で、入り口は三つある。その上、見張り台も整備されている。しかし、先程の騒動のせいもあってか、兵の姿は見当たらない。
門の上には黄金で作られた雄獅子の像がたてがみをたなびかせ寝そべり、下にいる二人を静かに見下ろしている。
「すっごくおっきな門だねー!」
門を見たヘレナは目を丸くして、門を見上げる。
「ああ、でもこれよりもっとでっかい門も有るんだぞ!」
「ホントに!?」
「ほんとさ、またいつか一緒に見に行こうな」
そんな会話をしつつ門の前まで来ると、そこには先ほどの憲兵隊長がたっていた。横には部下の者が数名おり、皆激しい戦闘をしたのだろう。衣服や肌には血や土がついている。
「『大烏』オスカー殿! お出迎えに上がりました!」
先ほどはあまりよく顔を見ていなかったが、金髪碧眼の精悍な若い青年だ。チラリとヘレナの方を見るとその隊長に見惚れているかの様に、目を皿のようにしてじっと見詰めたまま動かない。頬も少し赤らめている様だった。
「おとーさん、あの人だれ?」
「この町の憲兵隊の隊長さんだよ。お出迎え感謝します!」
オスカーはすこし近づき、馬車を降りて握手をする。それにつられてヘレナも馬車から降りて握手をする。
「はじめまして! ヘレナです!」
「はじめまして、ここの憲兵隊の隊長をやっているフランツです」
そう言ってフランツはヘレナにはにかむ。それがどこか気に入らないオスカーは咳払いをし、話題を変える。
「それより、町の方は大丈夫なんですか?」
「部下の方が頑張って事後処理や残党捜索してくれているのでご安心ください。今、門を開きますので少々お待ちください」
隊長はそう言って門の事務所の方へと向かった。そしてしばらくすると、大きな音をたてて門が開いた。
「ようこそ、ケンブルクへ! 我々はあなた方を歓迎します! ……とはいえ、こんな状況ですのでひとまずは憲兵隊の詰所までご同行をお願い出来ますか? なんでしたら宿の方もご用意致しますので」
事務所から出てきた隊長はすこし申し訳なさげにそう言った。
「いえいえ、こちらもまだ宿を決めていなかったのでありがたい限りです!」
オスカー一行は先導する隊長と憲兵の後ろについて門をくぐり、町のなかに入ったのだった。
◯
オスカー達はケンブルクの憲兵隊の詰所へと案内された。そこは正門から続く大通りをすこし進んだところから横に少しそれたところにある大きく立派な建物であった。入り口の前にも雌雄一対の獅子の彫刻が座り込み、来訪者達を見据える。
どうやらここは襲撃を受けてはいないようだ。壁には風雨で劣化した跡を除くと殆ど傷が見当たらない。少し違和感を覚えながらも、馬車は詰所の前の広場へとたどり着いた。
「ここが我がケンブルク憲兵隊の詰所です。どうぞ中へ」
そう言って憲兵隊長、フランツは詰所の扉を開ける。
オスカーはヘレナの手をしっかりと繋ぎ、フランツの案内に従って中に入っていった。
詰所へと足を踏み入れたオスカー達を出迎えたのは広々としたエントランスと、大きな黄金のシャンデリア。床には大きな大理石が使われ、その上にはビロードで出来た滑らかで美しい赤のカーペットが敷かれ、壁には甲冑をまとった騎士の絵画が幾つもかけられている。その他にも様々な物が至るところに配置され、中には西の大洋を渡った先にある新大陸の物と思われる奇妙な品まであった。
「すごーい……きれーな所だねおとーさん!」
そう言って目をキラキラと輝かせ、ヘレナはエントランスを見渡す。
「あぁ、流石はこの大陸の東西南北を結ぶ交易の中継地。憲兵の詰所がこんなにも豪華とは思っても見なかった」
そう返事をしたオスカーもまた、ヘレナ同様エントランスを見渡す。
もはや憲兵隊の詰所と言うより巨大な騎士団の宮殿や城の用に思えるほどだ。
「ここにある物は全て商人ギルドや物流ギルド、冒険者ギルドのコンキスタドール部門からケンブルク市に贈られた品を、市が憲兵隊に下賜したものです」
そのように説明するフランツはどこか誇らしそうであったがふと何かを思い出したようにこちらに振り向く。そして、
「早速で申し訳ないのですが、我が憲兵隊の司令官がオスカー殿に少し事情を伺いたいと言っておりまして……あまりお時間は取らせませんのでどうか聴取室に来て頂けませんか?」
と、オスカーに言った。
「その間ヘレナは?」
「別室の方で待機……という形になります」
オスカーは少し考え込み、辺りを見渡しているヘレナの肩を少し叩いて振り向かせると、
「お父さん少し憲兵さんと話をしなくちゃならなくなったんだが、その間一人で別の部屋で待ってられるか?」
「うん! ヘレナは一人で大丈夫! でも、おとーさん一人でさみしくない?」
「うーん、ちょっとさみしいかなぁ。でも、早く合流出来るようにお父さん頑張るぞー!」
オスカーはヘレナの身長にあわせて屈み、拳を打ち合わせる。
「それじゃ、お父さん行ってくる!」
「うん! 行ってらっしゃ~い!」
そうしてフランツにヘレナを任せ、オスカーはフランツの部下に連れられ、聴取室へと向かった。