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第三十八話 荒野に咲く花《エリカ》〔六〕

 オスカーは蝋燭(ろうそく)に火を点ける。火は小さいながらも辺りを一層明るく照らしている。少々眩しかったのだろうか、オスカーはその火から目を背けている。


「火に翳す(かざ  )と文字が浮かび上がるってのは昔から良くある手段だな」


 モンセフはオスカーにそう言って、先程机に置いた手紙を渡す。オスカーはそれを受けとると、


「まぁ、見てな」


 と言って火に翳し、


「モルト・リームン」


 と唱えた。すると……


「ほう……こりゃ凄いな」


 火に当てられた文字が薄い青色の光を放ち、崩れ、そして別の文字に変化していく。そして最後には全く別の文章が完成した。


『十人目、王国(マルクト)の加護を持つ者をすぐさま探し出せ。法皇猊下の儀式まで後十年ほどしかない。一刻も早く猊下の御前に連れ出し、正しき神の教えを刷り込み、我々に従順な存在にしてしまわなくてはならない。猊下の予言では一人目と十人目は十年ほど前にほぼ同じ時に産まれている。十人目は今だ(よわい)十の小娘だ。一人目と同じように、右肩より拳二つ分下の辺りに「オシルシ」が現れている筈だ。今を逃せば、猊下直々にお出ましせざるを得なくなる。くれぐれも、猊下のお手を煩わせることの無いように、貴公には先代の叔父上の様に精力的に活動して頂きたい。  ケルーク伯カール四世』


 完成した手紙にはそう記されていた。


「齢十の小娘……ヘレナちゃんにしっかり当てはまるな。だが、何故これが書かれていると分かったんだ?」

「俺の目は魔法なんざじゃ誤魔化せないってことだ」

「流石は団長。両目、左腕、右手、両足を魔王軍に吹き飛ばされた男は違うな。それで? ヘレナちゃんにその『オシルシ』とやらは出たのか?」


 オスカーは少し顔を曇らせて、


「ああ。……去年の春頃だったか、確かに確認した。王国(マルクト)の文字と剣がレモン色とオリーブ色と小豆色と黒の四色に彩られている、謎の刻印がされていた。痛みは無かったらしいがな」


 と言った。


「そうか……それじゃあもう決まりだな。我々はヘレナちゃんを守り抜き、法皇イノケンティウス八世を斃す(たお  )

「いいや、違う」


 モンセフの発言を即座にオスカーは否定した。


「だから、あんたは血の気が多すぎる。まだ奴を打倒するのは早い。今はまだ待つ。奴らが躍起になってヘレナを探しているその間に俺たちは準備を進める。具体的にはヘレナを一流の戦士にする」

「一流の戦士に? 何故?」

「俺たちはあくまでも影の存在だ。表立った行動は出来ないだろ? 俺たちには、望みを表で叶えてくれる存在が必要だ。昔はエルがやってくれたが、今はもう出来ない。俺達には新しい(勇者)が必要だ。灰の獣(グラウ)を仕留めなかったのもその為だ。それに、争いを起こすのには今はいささか平和過ぎる。火種を煽らなくては……」

「……団長もすっかり良い父親になったな……だが、その娘への愛が、気持ちが、新たな勇者として栄光を与えると言うことが、結果的にあの娘を苦しめることになるかも知れないぞ?」


 モンセフの言葉にオスカーは呆気に取られて目を見開くと、突然笑い始めた。そして、


「大丈夫だ、あいつはきっと俺が嫌いになる。俺を殺したいと憎むようになる筈さ」


 そう言ってオスカーはにやりとモンセフに笑いかける。その翡翠の様な瞳は、もはや彼らが出会った頃の輝きを失っている様にモンセフには思えた。









「おとーさん!」

「ヘレナ! 良い子にしてたかー?」

「うん! ねぇ聞いて! さっきおじいちゃんと手合わせしたの! そしたらおじいちゃん、流石おとーさんの娘だって褒めてくれたの!」

「おお! そりゃ良かったな! ヘレナは俺の自慢の娘だからな!」

「うん!」


 地下から戻り、他の団員からヘレナの居場所を聞いたオスカーとグスタフは、連れ立って訓練場に向かった。モンセフは気付くとそこには居なかった。

 ヘレナは訓練場にやって来たオスカーを見るや一目散に駆け寄って、彼女の大好きな父親の胸に飛び込んだ。それを見事に抱き止めたオスカーは、心底幸せそうな顔をしている。


「もう日暮れも近い。そろそろ帰ろうか?」

「うん! おじいちゃん、グスタフおじさん、ぼうけんしゃのおじさん達! 今日はありがとう!」

「良いってことよ! またいつでも顔見せに来てくれ」

「うむ! 気を付けて帰るんじゃぞ」


 グスタフとヤーコブ老がそう言う後ろで、荒野に咲く花(エリカ)の屈強な団員達が、目を潤ませながら口々にヘレナに別れの挨拶をする。


「またいつでも来てくれ!」

「俺達は待ってるぞー!」

「ヘレナちゃんさよなら! ありがとう!」


 そんな人々にオスカーは苦笑し、ヘレナは笑顔で手を振って彼らの城を後にしたのだった。









 ――十年前、旧魔王領(現ノイケーニヒクライヒ王国)南西部、対魔大同盟・勇者軍野営地



「ギル兄! ギル兄!」


 野戦病院に運び込まれる二人の男の内の一人に、この戦場には似つかわしくない少女が、何度もその男の名を呼んで追い縋る。


「兄貴! しっかりしてください! 俺を庇ったばっかりに……」


 運び込まれるもう一人の男も、その男に声をかける。そちらもかなりの負傷をしているが、命に別状はなさそうだ。

 声をかけられた男はと言うと、上から被せられた布が意味をなさない程大量に出血しており、布は赤黒く湿り、染み出した血は地面にポツポツと跡をつける。鼓膜を潰されたのか、それとも反応できない程衰弱しているのか、はたまた既に手遅れなのか、二人からかけられる声に男は全く反応を示さない。


 負傷者と少女が野戦病院にたどり着くと、ギルと呼ばれた男は、もう一人とは別の場所に運び込まれた。


「勇者殿、ウィンセント。ギルは必ず助ける。奴のためにも今は自分の事に集中してくれ。二人とも怪我人なんだからな」


 男に着いていこうとした少女を、そう言って止める者がいた。ハーブや薬草の匂いがする。医者らしい。衣服の右胸に付けている名札から、テオドール・ライヒェと言う名であることが分かる。

 彼の周りには翅の付いた精霊が大量に飛んでいる。二つの瞳が閉じられている事から、彼はどうやら盲目であるらしかった。辺りの状況はこの精霊達を介して把握しているようだ。


「でも……!」

「大丈夫、俺に任せてくれ」


 医者は少女の肩に手を置いてそう言い残すと、側に居た助手に指示を出して、精霊に導かれるように男が運び込まれた場所に小走りで向かった。

 少女ともう一人の男はその後ろ姿をただ見送る事しか出来なかった。




「おいおいおい……派手にやっちまったなぁギルよぅ……」


 テオドールは、運び込まれた男に被せられた布を取ると、静かにそう呟いた。

 男はまだ辛うじて息はしているようであったが、かなり浅い。このままでは不味い事は誰の目にも明らかだった。

 男の目はどちらも潰れ、左腕は肩口から吹き飛び、右も手首から下が原形を留めない程損傷し、右足は太股から、左足は膝のすぐ下から先が無い。耳からも少量出血しており、外からの呼び掛けにピクリとも反応しないことから、鼓膜もどうやら潰れてしまっているようだ。そして横腹からは腸の一部が溢れ落ちそうになっている。


「……い……せ……い……」


 テオドールは、不意に何かの声が聞こえるのに気づいた。それがその男の声であることに気づくまで、そう時間はかからなかった。


「ギル、どうした?」


 テオドールはそう言いつつ、右肩を二度、軽く叩いて男の口に耳を近づける。


「……い……せん……せ……い」

「どうした?」


 テオドールは自分を呼んでいるらしい事に気づき、また肩を二度、軽く叩いた。すると男は口角を少し上げ、


「た……む……なお……て…………れ、や……くそく…………まも……きゃ…………ない」


 ――頼む治してくれ、約束を守らなきゃいけない


 テオドールにはそう聞こえた。


「……任せろ」


 テオドールはそう言って今度は肩を三度叩いた。先程よりも少し強く、しっかりと。

 男はその意図を汲み取り、こちらも先程よりも大きく口角を上げると、そのまますぐに意識を失った。



「……レト、来てくれ」


 男が意識を失ったのを確認したテオドールは、何かに呼び掛けるように言うと、懐からコルクで栓をされた小瓶を取り出した。中には真っ黒な粘性のある『ナニカ』が入っている。

 テオドールはその栓を抜き、地面にそれを落とす。するとそれは形を変え、大きさを変え、遂にはスラリとした高身長の美しい女性の姿になった。


「テオ、待ちくたびれたぞ」


 その女性はそう言って自らの長い黒髪をかき上げる。しかしテオドールにはその姿は見えていないようだ。ただ声だけが、彼の耳に届く。


「レト、頼みがある」

「…………何だ? テオの事だ、どうせまた厄介事だろう?」

「この男……ギルベアドと、契約してくれ。そして体を補ってやってほしい。頼む」


 テオドールはそう言って深く頭を下げる。女性はニヤリと笑うと、


「お前は優しいな。だが、その優しさがかえってこの男を傷つけるやも知れないぞ?」


 と、静かに言い放った。それに対してテオドールは、


「もしそうなったとき、責め苦は甘んじて受け入れよう。俺はただ、こいつに生きてほしい」


 そう言って頭を上げて、レトと呼んだ女性を真っ向から見つめる。


「…………良いだろう。私をこの男にくれてやったこと、後悔するなよ?」


 女性はイタズラっぽくそう笑うと、男に触れる。すると、辺りは一瞬の闇に包まれた。


 闇が晴れて気づくと、そこには五体満足に戻った男の姿があった。しかしテオドールにはその姿を確認することは出来なかった。

 テオドールには、そこにただ男の匂いが残っている様にしか認識出来なかったのだ……。



「光と闇は表裏一体。互いを認識することは出来ない……か」


 テオドールは静かにベッドの横にある丸椅子に腰を下ろしたのだった。

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