嘘をついて作品をバカにしてきたなろうアンチを、嘘を暴いてざまぁしてやった話。
※このエッセイに登場する人物は、まるでフィクションです。
※間違えました、ちょっとだけ事実を元にしていますが、このエッセイに登場する人物は、フィクションです。
実際には、こんな人は流石にいません。
突然ですが、あなたの目から見て、とても魅力溢れる異性Aが
「今は恋人を作る気はない」
と言った場合、あなたはどう捉えるだろうか。
ある人は「ああ、牽制されたな」と思うかも知れない。
ある人は「自分のことは異性として、あまり魅力的に見えない」と、遠まわしに伝えてきたのかな? と感じるかも知れない。
前向きな人なら
「よし! じゃあ時間が経てば、俺も付き合えるチャンスがあるかも知れないぞ!」
と思うかも知れない。
では逆に、とても異性にモテそうもない人物Bが
「今は恋人を作る気ないんだ」
と言った場合。
「へー。今は恋人作る気ないんだね」
と、表面上は私も対応するだろう。
多くの人はそうすると思う。
いちいちトラブルになるのがわかってて
「いや、そんな事宣言しなくて大丈夫、君には作ろうとしても恋人なんて、きっとできないよ」
と指摘する人は、少なくとも現実ではあまりいない。
で。
実は、このA、B、どちらも本音で
「現状、恋人を作る気がない」
のかも知れない。
二人とも、心から本音で言っているのかも知れない。
だが、所詮は人の心なんてわからない。
ただ、仮に両者に「客観性」、つまり「自分が人からどう見られるのか」ということを感じ取れる能力があった場合、Bのこの発言は「不要」だ。
Aの場合は、必要なケースがある。
恋人なんて本当に今は欲しくないのに、異性に言い寄られることにウンザリ、といった煩わしさから解放される可能性があるからだ。
同様の発言をBがした場合、本来不要な発言なわけだから、周囲の大多数は恐らく
「あらら、強がっちゃって」
と、内心では思うだろう。
仮に本心だとしても、周囲はますます
「もういいから、君の強がりは」
と、態度を硬化させるだろう。
これは、発言は言う人によって、周囲の捉え方は大きく変わる、という事である。
もっと言ってしまえば
「自分にそう言い聞かせている」
という場合がある。
つまり自分には、異性を惹きつける能力はない。
それを薄々感じてはいるが、そこから目をそらし、その現実を見なくてすむように言い聞かせる作業。
「別にモテないから彼女ができないわけじゃなく、俺が作る気がないだけ」
という嘘を、自分自身に信じ込ませる作業。
その作業に、周りはウンザリしていることにも気が付かず、巻き込んでいるという事だ。
まあ、何にせよ客観性がない、という事に答えは収束する。
つまり、適切な発言をするのに必要な能力として
「自己の客観性を想像する」
簡単に言えば
「自分は人にどう見られているのか」
それを察する力が必要だ。
しかし、この客観性というのは、想像力の産物でしかないので、結局正解などない。
つまり、こんな客観性なんてない人物であればあるほど、他人を疑わない「純粋な人」という規定ができるかも知れない。
「まさか、俺の発言を信用せず、腹の中で笑う、そんな悪辣な人物がこの世に存在するはずがないだろう」
という信頼、とも取れる。
では、本題。
ここから私が皆さんにお話するのは
「自分が言ったことを、周囲は無条件に信用してくれる」
と信じる、とても心が清らかな人物B氏と。
どうしても人の発言をうたがってしまう、性格の悪い私。
そんな両者が交流した話である。
彼(性別はわからないので、便宜上の呼び方です)との出会いは、とある動画のコメント欄だ。
その動画は
「小説家になろうのハイファンランキングの上位13作品が、同じジャンルで占められている」
という事を解説している動画だ。
同じジャンル、というのは「追放」だ。
その動画の投稿者氏は、私が書籍化した作品「農閑期の英雄」を、レビューとして取り上げて頂いた事がある。
実はそのレビュー動画だが、その投稿者氏がレビュー動画を、さる事情から一部整理する、となった時に
「消しましょうか?」
と相談を受けた。
私は
「いや、消さなくて大丈夫ですよ」
と返した。
何故ならそれは彼が私の作品を読んだ上で感じた事だろうし、作品というのは個々のフィルターを透して判断するわけだから、それをいちいち否定してもしょうがない。
それに、少なくとも私の乏しい知識では、彼の動画に著作権違反に当たる行為は見られなかったし、彼が正当な方法で私の作品をレビューする、というのは別に咎めるような行為ではない、と思ったからだ。
それ以来縁があり、彼とはTwitterでも相互フォローとなり、彼の動画に私のYouTubeアカウントでコメントしたりしている。
今回もそんな流れで、上記の動画にコメントした。
「農閑期の英雄」は、その投稿者氏が上げていたレビューシリーズで、書籍化した作品では「唯一の生き残り」のため、それを思い出させるようなコメントだ。
ちなみにその動画では、私の作品
「俺は何度でも追放する以下略」
が登場し、投稿者氏も
「この作品は、純粋な追放とは言えないけど」
と、言外に
「他の追放物とは、ちょっと違うんですけどね」
という事を示唆していた(ここちょっとだけ重要)。
で、コメントしたら、嬉しい反応があった。
「読んだけど、面白かった」
「ランキングの異端を切り開いてくれ」
「他と違って、追放の理由がちゃんとしてる」
といった、作品を読んでくれた人から、コメントで感想を頂いたのだ。
そんな中、動画が投稿されてからしばらくして、私宛てにこんなコメントが来た。
「想像以上の糞で笑えました。あとは個性が欲しいですね!」
と。
そのコメントを見た瞬間、読んでないのはすぐに察したし、何なら
「この動画すら見てないのかな?」
と思った。
この動画で。
動画投稿者氏が。
「他とはちょっと違うんですけどね」
と、紹介している作品に
「個性がない」
と、コメントする。
つまり、彼は私の作品を否定しつつ、この動画の投稿者氏を「お前は見る目がない」と、遠まわしに馬鹿にしてる、という事になる。
いや、これは⋯⋯とんでもない奴が現れたな、と思った。
もう、彼は登場からぶっちぎっていた。
言葉は大変よろしくないが、私にはそのコメントが
「とんでもない○○○○、参上!」
に見えた。
だから、とってもワクワクした。
私の悪癖である。
とは言え、荒らしというのは基本的には厄介な存在である。
厄介さの理由は色々あるが、その一番は
「相手のパーソナリティがわからない」
ということだ。
今回の場合、私のパーソナリティはある程度調べれば出てくる。
もし、言葉の応酬になれば、相手はそこを突いてくる。
もちろん、このコメントをした彼もそんな事はわかっていて、パーソナリティの痕跡などないだろう。
そう思って彼のチャンネルを開くと。
詰まっていた。
ギッシリだ。
彼のアカウントにある紹介文によると。
彼がそのアカウントを登録したのは、2018年。
チャンネル登録者数は「3人」。
海外の動画を転載している。
子供とネコが好き。
リクエストがあれば、動画のコメント欄に書いて欲しい、海外の動画から探してきます。
最後に
「チャンネル登録よろしくお願いします!!!」
と、「!」を3つつけて、元気に挨拶していた(ここ地味に重要)。
そうか、3つも「!」を付けるか、と思った。
では、どんな動画を投稿しているのかな?
と、私は楽しくなり、彼の動画を調べにいった。
動画数は四。
一番最初に投稿した動画は再生回数は6000となかなかの物だった。
私も動画を幾つか投稿した事があるが、1000という数字はなかなか超えられない。
まあ、彼の場合は転載動画なわけだが、それにしたって、再生される動画を見極める目があった、という事だろう。
他は二桁だった。
見る目は失われたという事だろう。
そして、私はその動画で驚くべき物を発見した。
なんと、コメント欄が「off」だったのだ。
動画のコメント欄というのは、デフォルトではもちろん「on」だ。
つまり彼はわざわざコメントをoffにした。
「コメント欄にリクエストをお願いします」
つまり、あなたの要望があれば、どっかから動画パクって来ますよ、という宣言までしたにもかかわらず!
コメント欄はoffだったのだ!
ここから、私はある程度彼のパーソナリティを想像していった。
動画のコメント欄がoffになった、それには当然理由がある。
彼にとって嫌なコメントを貰った、ということだ。
つまり、私がこの時点で想像した、彼のパーソナリティは⋯⋯。
1 様々なレビュー動画などの影響で、なろう作家を叩くという行為には正当性がある、という考えの持ち主。
2 動画投稿で「コメントをお願いします」と言うくらいだから、基本的には「褒められたい」という願望(まあ、これは誰だってそうだろうが)が強い。
3 だが、批判を受け入れるのは無理。
恐らく、彼は動画投稿を通じて、人に褒められたかったのだろう。
しかし彼には、人を喜ばせる能力がない。
そして人というのは、自分が言われると傷つく言葉を人に言う、という習性がある。
つまり
「個性がない」
というのが、彼のコンプレックスなのだ。
もしかしたら、その動画のコメント欄に来たのはそんなコメントだったのかも知れない。
そして、彼が今回私にわざわざ絡んで来た動機。
彼は「小説家になろう」がいじられている動画を見るのが好きなので、今回も見に来た。
そしたら、なろう作家がいた。
そして、何故か褒められている。
それは、本当は自分が欲しかった言葉。
「面白かった」
自分が手に入れる事を、諦めた言葉を。
個性がない自分だと、手に入いらない賞賛を。
馬鹿にされなければいけないハズの、なろう作家が手にしている。
つまりこれは、彼が今まで受けた屈辱や、普段感じているコンプレックスを、全然関係ない私にぶつけてきた、歪んだ復讐劇と、それがあっさりと返り討ちにあう話、でもある。
彼は、私の前に、弱点丸出しで来た。
「ここを攻撃されたら、とっても効きます!」
と、弱点を点滅させながら現れたのだ。
そして恐らく、挑発すればボロを出すだろう、と思った。
最初に挑発、次に謝罪、その後は相手を勝者として祭り上げ、気分を良くしてから
「ちなみに参考までに、ここ直した方が良いよってとこ、あります?」
と、細かく質問し、作品を読んだというのは嘘、その決定的な証拠を掴む、というプランを立てた。
紛うことなき暇人である。
ちなみに彼の戦略も、ある程度予想していた。
彼は
「これだからなろう作家はよー」
と言いたいのである。
その為に挑発してきたのだろう。
だか、残念ながら、私は
「これだからなろう作家は」
と思われる事なんて、なんとも思わない奴なのだ。
彼みたいなのを相手にして、周囲に呆れられる。
そんなの、へっちゃらなのだ。
まあ、皆さんはおわかりだと思う。
そうじゃなきゃ、こんなエッセイを楽しそうに書いてないからだ。
嘘つきを、ざまぁする。
これ以上になろう作家らしい行動はないだろう。
何よりも私は
「作品を読んでもないのに『駄作』」
と評す事を、許容してはいけないと思っている。
それは、私の作品を「面白い」と言ってくれた読者にも失礼な行為だ。
私の読者に「お前ら、見る目ないねー」と暴言を吐きかける行為だ。
頑張って書いた作品。
そして、面白いと思ってくれた、実際にそんな感想を私にくれた読者。
その二つは、守らなければならない。
読んだ上での感想だったり
「レビュー動画みたけど、面白くなさそう」
これはあり。
全然あり。
それは、レビュー動画に対しての感想だからだ。
レビュー動画を見て、取り上げている作品をあまり面白くなさそうだと感じた。
普通の話だ。
「レビュー動画みたけど、あなたの作品は駄作なんでしょ?」
これは、基本なし。
ただ
「まあ、そういう人はいるね。でもまあ、読んだ人の中には『面白い』って言う人もいるから、君も読んで見れば?」
という余地はある。
「読んだ(嘘)、駄作」
これは、完全になし。
というわけで、ガッツリ挑発した。
本当はこんな文章送りたくなかった。
だけど、作品と読者の名誉を守るために、仕方なく送信した。
「自分で動画を作るわけでもなく、海外動画を転載という、無個性の塊のような行為をしたにもかかわらず、登録者が3人というご自身の経験を活かした貴重なアドバイスとお見受けします!
とても参考になりました!
本当に、本当にありがとうございます!
今後も参考にしたいので、是非コメントを消すような真似はせず、そのままでお願いします!」
と。
ここで重要なのは、この最後の文。
「コメントを消すような真似はせず」
だ。
この一文を入れる事により
「コメントを消したり、編集したらお前は負けだよ?」
という、縛りを相手に与えた。
私はどっちでも良いが(スクショしているので)、相手は勝手にそう思う。
プライドの高い相手ほど、相手の発言に自分を縛る。
これが私だったら、相手の発言の意図を読んで
「わかったわかった、もう消したよ! 君の心からは消えないかも知れないけどさ! ごめんごめんそんなカッカするなよ、別に言ってる事自体は、何も間違って無いんだからさ!」
みたいな戦略で行く。
駆け引きとは、相手の意図を外す事だからだ。
お前の手は読んでいる、そう暗に伝える為にも、そうする。
なぜなら「あ、この発言は取り消した方が良いな」と思ったら、さっさとコメントなんて消してしまえば良いからだ。
そこで「あれ? 消しちゃうの?」と挑発されたところで、「うん、ちょっと言い間違えてたからさ。でも、そうは捉えて貰えないだろうし、ここからは平行線になっちゃうね、ここまでにしとくね!」と話を変え、ささっと撤退して、あとは無視すれば良いからだ。
巧者は相手を言葉で縛り、愚者は相手の言葉に縛られている自分に、いつまでも気がつかない。
過去の仕事柄、そんな人間を何人も見てきた。
つまり、彼が
「ちょっとなろう作家からかったろ!」
と、安易に手を出して来た私は、普段はマトモなフリをしているが、なろう作家でもなかなかいないレベルに性格のねじ曲がった、クズだったのである。
さて、相手はどう来るのか。
楽しい時間はこれからだ。
彼からの返信は
「わざわざ読んで正直に感想書いたら~」
と言った内容だった。
これを見て、完全に
「読んでないな」
と確信した。
ここで
「わざわざ読んで」
なんてコメントは不自然だからだ。
そんなのは、当然の前提だからだ。
「俺はちゃんと読んだぞ」
ということを、強調したいという願望が透けて見える。
本人は意図して無いだろうが、人の言葉というのはそういうのが滲み出るのだ。
このまま行けば、不用意な発言が引き出せるな、と感じた。
その後、私をかばう人が現れ、彼とのやり取りを始めた。
その間は、黙って見ていた。
庇ってくれた人も
「コイツはどうしょうもないな」
と匙を投げ、私は彼に礼を言った。
すると、そのB氏はあっさりと、読んだのが嘘とわかる、決定的な事実をペラペラとコメントした。
「新しく書籍化した作品は、特筆なくつまらないから、だれもユーチューブで紹介してないし。それで必死なんだろう」
とコメントしてきたのだ。
⋯⋯あっさりだ。
というのも。
この動画で紹介され、彼が読んだと主張する作品。
作品を開いて。
一行目に。
「書籍化すっ飛ばしてコミカライズする事になりました!」
と書いてあるのだ。
新しく書籍化した作品?
ありませんけど⋯⋯。
そして、存在しない作品を取り上げる?
誰が?
とまあ、決定的な証拠が出たので、ここで考えた。
どこまでコイツをやりこめるか、だ。
彼ら荒らしは、非常に不思議な思考回路を持つ。
例えば、突然人に殴りかかったとしよう。
そして、あえなく反撃されたとする。
普通なら
「まあ、殴りかかった俺が悪い」
ちょっと歪んだ人物なら
「ちゃんと勝てそうな奴選べば良かった」
といったところだろう。
違うのである。
「クソ、アイツ、黙って殴られとけば良いものを、殴り返しやがって! 俺に恥をかかせたな、もう許さねえ!」
なのである。
まあ、逆恨みとしか言いようがないのだが、そうは考えない。
なので、彼に逆恨みされた場合のデメリットを考えた。
正直、特になかった。
いや、正確に言えば、無くはない。
例えば、私の作品に低評価入れてきたり、アマゾンのレビューを下げて来たり。
でも、小説家になろうの場合、低評価でも総合ポイントは増えるので、彼がその事実を知らなければ、むしろご褒美だ。
アマゾンは、幸いにも? すでに農閑期の評価はめちゃくちゃ低いので、今更下がったところで別に、という感じだ(でも、あの作品が好きな人は、アマゾンにも評価投げてね! Kindle unlimitedなら、ただでダウンロードできるよ♪)。
つまり、逆恨みされた所で
「へっへ、これで奴にダメージ与えられたぜ」
と相手が信じながら、人としてのランクを下げつつ、歪んだ復讐心を、小さく満たす。
まあ、彼にできるのはその程度だろう、と思った。
なので、ガッツリ煽った。
まあこれも、作品の名誉と⋯⋯まあ、いいか。
まあ、長いので飛ばしても大丈夫。
以下、該当するコメント。
『読んだって嘘がバレちゃったね!
一行目に「書籍化すっ飛ばしてコミカライズ」って書いてあるんだ。
読んだ上で最低限義務教育を受けているなら、君のそのコメントはありえないってわかるよね?
誰もレビューしてない?
うん、普通に考えたら、始まってもないコミカライズのレビューをする人はいないと思うんだ。
あ、君がやったら?
世界初のエアレビュー。
登録者増えるかもよ、4人に!
作品を読んだって嘘までついて、なろう作家に絡むのは楽しかったかな?
君の人生の愉快な一時を過ごせる助けになったなら、嬉しいよ。
あと、人は自分が言われると傷つく言葉を相手に言うらしいよ。
「個性がない」
そんなことない!
大丈夫、君には個性がある。
頑張っても、登録者3人。
チャンネル登録お願いします!!!
って、「!」を頑張って3つも付けたのに、同じ数の3人。
俺はそれだって素晴らしい個性だと思うよ。
でも嘘は良くないな、うん。
嘘ってのは頭を使うから、君にはちょっと向いてなさそうだね。
大丈夫。
嘘なんて上手につけなくても、人生はやっていけるからさ。
まあ、このあとは頑張って効いてないアピールするのがオススメだよ。
だってプライドの高い君の姿をみんなに見せてあげて欲しいから。
いいオチをつけてくれてありがとう、楽しかったよ。
もうコメントの返信もしないけど、君の事は一生忘れない。
「嘘までついてなろう作家に絡んだのに、その嘘があっさりバレる」
そんな素晴らしい人材、これまでの人生で出会ったことないし、これからもたぶん出会えないと思う。
この素晴らしい出逢い、輝かしい思い出と共に、俺はこれからも頑張っていくよ。
君も頑張ってね。
じゃあ、バイバイ。」
この言葉にも、幾つか縛りを入れた。
「読んだ上で最低限義務教育を受けているなら、君のそのコメントはありえないってわかるよね?」
この言葉で
「ちょっと言い間違えた」
という言い訳ができなくしている。
だって、「義務教育を受けているならありえない」とまで言い切られているから、そこに「いや、ありえるだろ!」とは言えないのだ。
相手はね。
俺なら平気で言いますが。
「まあ、このあとは頑張って効いてないアピールするのがオススメだよ。
だってプライドの高い君の姿をみんなに見せてあげて欲しいから」
この言葉のせいで、相手は「長文必死だな」とか、「ムキになってる!」といったコメントが封じられる。
私にそれらをオススメされたからこそ、もうできないのである。
ハッキリいって、こんなもんは
「そうコメントしたら、君が大発見みたいに食い付くと思ったよw 残念! でも読んだのは本当、間違いなくクソだから安心してね! バイバーイ!」
とでも返して、もう撤退すれば良いのだ。
だって、登録者3人のアカウントなんて、失う物はないのだから。
そして、彼から驚きの返信が来た。
「増やす気もない登録者の事をグチグチと~」
いやいや。
それはない。
もう返信しないとは書いたけど、その一行だけで返信したくなる気持ちにさえなった。
偶然とはいえ、恐ろしい策をかまして来た。
だって。
「チャンネル登録お願いします!!!」
って書いてあるのに。
「登録者なんて、増やす気ない」
即オチ2コマもビックリの矛盾だ。
そう、ここで、冒頭の話になる。
彼は、誰よりも。
純粋だったのだ。
通常であれば、冒頭の話である「客観性」が、最低限、ある程度備わっていれば、
「いやいや、チャンネル登録お願いします!!! って書いてあるじゃん!」
というツッコミが入る事なんてすぐに察する。
ただ、このB氏の場合、そこを突っ込まれると、恐らくこんな返答が来るのだろう。
「礼儀として書いただけ」
とか。
「今はもう増やす気ない」
とか。
そして、周りはこう思う。
「いや、増やそうとしたけど増えなかったと、増やす気ないは、違うよ? それはね、『諦めた』っていうんだよ?」
と。
登録者3人という事実は、そう見られる。
つまり冒頭で述べた
「俺、彼女作る気ないし」
だ。
言っている本人だけが、自分の言葉を周囲はそのまま受け取ってくれると思っている。
人の善意に縋っている。
ハッキリいって、やりすぎた、と思った。
この場面で、それを言ってくるレベルの人間を、煽り過ぎてしまったな、と思った。
もう、彼のスマホは、彼の知らないアップデートがされている。
そう、彼の「コメントを送信」というメッセージは、彼には読めないかも知れないが「負け惜しみを送信」に変わっているのに。
そして、彼には感じ取れない「負け惜しみ乙」の返信が来ているのに。
彼だけが、それに気が付かない。
まるで、その姿は「負け惜しみbot」。
コメント欄に、負け惜しみを呟き続けるだけの存在。
私はそんな人間を生み出してしまったのか、という罪悪感を感じた。
で、コメントを返信した。
で、友達になろうぜ!
みたいな感じで接していたのだが。
「俺の事Twitterで呟いただろ」
みたいな恨み言を言ってきた。
私からすれば
「いや、変なのに突然絡まれたら、そりゃ多少は愚痴るよ」
という話だが、まあそこはスルーしつつ。
「まあ今回のは、なろう作家バカにするみたいな風潮に乗ったんでしょ? 嘘ついてゴメンで仲直りしようぜ!」
といった内容を送った。
というのも。
彼は負け惜しみbotと化している間、やたらと私の子供の事を言っていた。
なので私は
このB氏は、親の愛情をあまり受けられなかった子供or離婚などで子供にあまり会えない独り者。
このあたりかな?
と想像していた。
子供は死別とかなら同情するが、普通に離婚の場合、まあこんなんだったら捨てられるわな、とも思った。
ただ、親の愛情があまり感じられていない子供なら、ここで謝罪がくるかもな、とも思った。
私の和解の提案には、なんかよくわからない自分語りが返ってきたので、まあ、真面目に返信ありがとうね、じゃあこれで話は終わり。
という宣言をした。
この、終わり宣言は、私としては最後の優しさのつもりだった。
⋯⋯私は、彼を過小評価していた。
彼はなんと
「全く、せっかく読んでやったのによー、まあ俺も言い過ぎたけどよー」
みたいな事を言い始めたのである。
いやいや。
無理、無理。
それは、無理。
ここはね、提案を受けて、嘘を認めて、謝罪する、が一番。
もう終わり、と宣言して貰ったんだから、もう黙るのが二番。
なんと彼は、ここから。
巻き返せると思っているのである!
なので、最後に、優しく事実を教えてあげた。
「もう知らん、って言ったけどさ。
あまりにも伝わってないから、ちゃんと伝えとく。
本当、救えない馬鹿だな君は。
自分が今、人からどう見られてるか考える能力もない。
君がどれだけ取り繕って言い訳しても、今このコメントのやり取りを見ている人の君の評価は
「嘘ついてなろう作家に絡んだけど、返り討ちにあったクズ」
ここから動いてないよ。
俺にグチグチ言い訳してもしょうがないの。
しかも
「和解の手を差し伸べられたのに、それを蹴った上にまだグチグチ言ってるバカ」
これが今も追加され続けてるだけ。
俺は君が
「嘘ついてゴメンナサイ」
それさえ言えば、コメントのやり取りも消して、Twitterも消すつもりだったんだよ。
それでも仮に、君を叩くような人が現れたら、守ろうと思ってたの。
そんな俺の提案した和解を君が蹴った。
これは俺が感じてるんじゃなくて、たぶん世間はそう見るよ。
俺も言い過ぎたよ、とか今更善人ぶっても、もう無理なの。
俺は、君を救って評価を回復させてあげようとしたの。
君はそれを蹴ったの。
もう、俺とやり取りしても仕方ないの、君の評価は確定しちゃったの。
取り返しがつかないの。
ここから逆転しようとしても、もう無理なの。
和解を提案したとき言ったでしょ?
敵視続けたけりゃしろって。
今更俺も言い過ぎだ、とかいらないの。
知らんって宣言までしたけど、見ててあまりにも哀れだからこれだけ伝えに来た。
本当に救えない。
一番良いのは、もう黙ることなんだけど、君には無理でしょ?
だからもう一度言っとく。
もう、知らん」
そう、もう知らん。
彼は今後、私の発言をさまざまな場所でチェックし、自分が何を言われているのか気になって、しょうがなくなるだろう。
つまり、私から目を離せない。
そして私の言動に反応し、負け惜しみを呟き、負け惜しみ乙の返信を勝手に受け取る。
恐らく、このエッセイも読むだろう。
というか、読ませる。
なぜなら、Twitterで
「今回の事をエッセイに書きました、まあ、本当に読むべき人は読まないでしょうけど⋯⋯そんな勇気ないだろうし」
と呟くつもりだからだ。
そして、彼はその言葉に反発心を覚え、読む。
もっと言えば、どこかで自分を悪く言われることに、耐えられない性格だからだ。
そして、ここまで読んだときに、ずっと私の手の上で全力ダンス、ナイスステップだった事に気が付くだろう。
そして、また、負け惜しみを呟き、ひとり私が現れるのを、あのコメント欄で待つ。
もう彼は既に、負け惜しみボタン依存症。
でも、それは安易に、嘘をついて人を騙そうとした、彼の選んだ道。
愚かな行為が、自分で自分にかけた呪い。
なので今後、彼が、不当になろう作家をバカにするようなコメントを見かけたら、誰かがここのリンクを貼ったりするかも知れない。
そういうことも含め、彼自身が、自分で撒いた種。
その呪いを解く義務は、私にはない。
彼は今後しばらく、私からの返信を待ち続ける。
そんなものは来ないのに。
そして、ある日突然復活する。
なぜか。
ああいう人間は、誰よりも自分をごまかし、自分に嘘を付くのが得意だから。
現実を受け入れない能力には、常識人では太刀打ちできないのだ。
なんか、上手いこと纏めようと思ったのだが。
面倒になってしまった。
だから、まあ、シンプルに言えば。
ざまぁ。
そういうこと。
みんなも、嘘ついて人を馬鹿にしようとするなんて、いけないよ。
あと、凸蔵をやりこめる、真のなろうアンチは俺だ!
みたいなのも勘弁してね。
では。