第九話 マーキング
こんにちは! ワセリン太郎です!
「でさ。そのお前達が見たっていう怪物、何度聞いても同じヤツとは思えないんだよなぁ。てかマジでこんな怪物ホントに居るの? 正直、にわかに信じ難いんだが……」
そう呟くクソ森は、私達に聞いた怪物の詳細を細かくノートに書き込み、その特徴を元に大まかなスケッチを描いてゆく。あー、似てる似てる! 何だこやつ、なかなかに絵が上手いではないか。
ミクも興奮し、テーブルの上へと身を乗り出す。
「本当に居るよ! あ、そうそうこんな感じ! あたしと杉っちが見たやつ、こんな見た目だった! てかクソ森っち、ハゲなのに絵が上手じゃん!」
「ミク、お前までクソを付けるな、この学年最下位女王。あとこれは坊主頭だ、ハゲじゃない。そしてお前はハゲた人達に謝れ。しかし怪物が実在する……か。でもアホ過ぎて作り話が出来ない”って意味では、お前ら二人の証言が一致する事ほど、信憑性の高いものは無いんだよなぁ」
そう、ミクは成績が学年最下位のトーストクイーンとか何とか呼ばれている。あれ、カーストやったっけ? まあどちらでもいい。ちなみに私は“下から二番目”と言われていたのだが、本日をもって無事、“換気扇さん”と相成った。それもこれも全て、あのアルが持ってきた珍妙なベルトのお陰だ。死んでしまえ、クソドブネズミ。
「うむ、私達の証言は信憑性が高い……か。まあ相手がハゲであろうと褒められて悪い気はせぬ。あ、でもそれね、マコトも多分、別の怪物だと思うよ? だいたい私が河川敷で見たヤツ、めっちゃ背が高くてデカかったもん」
私の言葉にミクも同意。
「だよね。あたしと杉っちの見たヤツ、顔が動物の骨みたいで、何か黒いボロ布みたいの着てたし。あとアイツ、足が無くて空に浮いてた。だから絶対別のヤツだと思う。それにマコトちゃんが見たヤツと違って、ジーっとこっち見てるだけで何もして来なかったもん」
確かに。
あの河川敷の怪物は、お互いに詳しく観察する間もなく、初対面でいきなりブッ殺全開フルスロットル! って感じだったもんなぁ。でもミク達が見たヤツはその場で浮いてたって……空を飛んでたって事だよね? その怪物には羽根でも生えているのだろうか?
ふと、何かを思いついた様子のクソ森。彼はポケットからスマホを取り出し、その画面を見ながら再びミクへと質問した。
「なあミク。お前と杉本は、その怪物を……全部で何回、目撃したんだ?」
そう問われ、ストローを咥えたまま天井を仰ぐ学年最下位女王。
「えっとね、二人で一緒に見たのは、えっと……二回かな。うん、二回。あと杉っちはあたしと一緒に見る前に、一人で一回見たって言ってたよ?」
あごを摩り、何かを考える様子の森。
「ちなみに、ミクが一人の時に怪物を見た事はあるか??」
「うんにゃ、ないよ?」
「そうか、了解っと。つまりミクの知る限り、接触は全部で三回ね。他にも、杉本が単独で見ていた可能性も捨てきれないけど、今現在それを確認する手段は俺達には無い。あとその……杉本が一人で怪物を見た場所ってわかるか?」
「えっとねぇ、ミク、場所は詳しくは知らないけど、確か杉っちの家の近くだって」
「マジか。ってことはウチの近所?? 信じらんねーな。まあいいや、とりあえず、まずはここの住宅街っと……それで次は?」
「えっとね、その次は……」
ミクに聞き取りをしながら、スマホの地図へと幾つかマーカーを打っていくハゲ。コイツ一体何してんだろ?
横から頭を突っ込んで覗き込む私を、クソ森は迷惑そうに押し退ける。
「何だよマコト」
「森、何しよん?」
「地図にマーキングしてんだよ」
犬とかがするアレか??
「なんで、おしっこするん?」
「アホか。出現した場所にマーカーを打っていけば、その怪物の行動した範囲……つっても、杉本が最初にソイツを見てから行方不明になるまでの期間だけに限定されるけど、とりあえずは大まかに判明するだろ? もしかするとそれが怪物を探す手掛かりになるかも知れない」
「……なんで?」
「いやだから……」
何言ってるのかイマイチわからん。だがヤツはお構いなしに話を進める。全く空気の読めない男だ。私は面倒になったのでアホと取り合うのを止め、期間限定のシャカシャカポテトを食べている事にした。うん、おいしい。やっぱ放課後はジャンクに限るよねー。
「もういいや。マコト、お前もう大人しく何か食べてて。そんでミク、怪物を見た時間帯は?」
ふふん、言われるまでもない。
「うーん、わかんない」
「夕方か? 明るかったか? それとも暗かったか? 頼むから何とか思い出せ」
そう言われたミクは、ストローを咥えたまましばらく天井を仰ぎ……
「あっ! 良く考えたら全部夜かも。アレを見たのはカラオケした後に帰る時だったし、何かね、街灯の下で暗いとこからボーッとこっち見てんの! だから間違いなく街灯がついてたはず!」
何たる事、何たる事か! この陽キャ共、暗くなるまで街中で遊んでいるというのか!? 何と破廉恥な、きっと親から小遣いを沢山貰っているに違いない! この外道、ロクでなしの人でなしめ! しかも子供だけでカラオケだと!? 保護者の同伴なくあの様な場所に出入りするとは……ふ、不良じゃ! ふしだらな不良がおる!!
「了解、全て日が落ちてから……っと。で、マコト。次お前な? 何時頃に見掛けた?」
「マコトが怪物を見た時間帯?」
「そそ、場所は河川敷公園の堤防だったよな?」
「うむ、私が見たのは夕方だなぁ。商店街の友達の家でマンガを読んで、それから自転車で帰る時に河川敷の堤防を通って……うん、まだ明るかった」
頷くミク。
「うんうん。マコトちゃん、カラオケとかゲーセンとか行かなそうだもんね! 帰るのは多分、まだ明るい内だとおもう!」
「……」
察してんじゃねーぞ、◯ねやアバズレ!! カラオケなんて、カラオケなんて……お父さんとかお爺ちゃんと一緒に行った事あるわ! まだちょっと心の準備出来てなくて、友達とは行った事無いけど……ちょっと遊び慣れてるからって、このマコトさんを甘く見んなや!? 貴様らの様な陽キャは、毎日放課後に集まって浜辺でバーベキューでもやってろ!!
と、心の中ではイキり倒し、マ〇クのテーブルの上によじ登らんとする勢いだが……しかしマコトはどちらかというと、“クールでミステリアスな知的美女”のイメージでプッシュしてゆく予定なので、ここはひとつ大人の余裕を持って多目に見てやろうと思う。
以前、お爺ちゃんにカラオケへ連れて行って貰った際、『マコトは何を歌うのかの〜?』と問われ、『うん、マコトね、◯っとこ◯ム太郎を歌う!』と答えた所、耳が遠いのが災いしてか……『えっ? チ◯ポコ、ハメ太郎?? 今、そういうのがあるの??』などという、ネットでたまに見かける昭和のテレビ番組のオモシロ画像みたいなやりとりが……いや、今はそれはどうでもいい。
私の微妙な表情に気付いたのか、ハゲ森がそそくさと話題を変えた。
「なるほどわかった。てかさ、そのマコトが見たっていう外国人の美人お姉さん二人組? お前を助けてくれた人達な。その人等ってつまり……怪物を探して“狩っている”って事だよな?」
「わっかんないけど……多分」
「もしそうならさ、その人達に会えれば何か手掛かりになるんじゃないか?」
目を丸くするミク。
「うっわ、森っちスケベ。美人のおねーさん達って聞いたからでしょ」
「このアホが……とにかくな、俺達が今持ってる確定情報は“過去に怪物が現れた場所”だけなんだよ。だからその人達を探して別の情報も入手しないと、他には何の手掛かりも無いんだ。ここまでは解る? 大体、空飛ぶ怪人とか、一つ目の巨人とか、荒唐無稽すぎて聞き込みじゃあ探し様がない。そんなもの、真顔で聞いたらみんなに笑われてお終いだよ」
その時、ふと思い出したのだ。そう、アイツだ。今朝、教室で私を笑い者にしたあのクソネズミの事を。本来であればマコトに死ぬ程の大恥をかかせた罪で、“バルサン薫製地獄”が奴を待つ予定ではあるのだけれど……まあこの際仕方がない。
「あっ! あんね、もしかしたらアル君なら何か知ってるかも……」
「「アル君?」」
“それ誰だ?”といった様子の二人。ふふ、これは良いことを思い出したぞ。流石、頭脳明晰なマコトちゃん! あのネズミなら、きっと何か有力な情報を握っているに違いない。大体、マコトを襲った怪物の事にも妙に詳しかったし。とにかく三人でアルを取り囲み、知っている事を洗いざらい吐かせてしまえば早いかも!
「うん。あんね、ちょっと大きいうんこ位の大きさで、日本語を喋るネズミの知り合いがいるんだけど……」
「「……」」
あれ、何だ? クソ森はともかく、ミクまで微妙な表情でこちらをジッと見てくる。私……何か変な事言ったっけ??
暫くの沈黙の後……気の毒そうに口を開く、粗悪なピンポン玉。
「マコト、お前……いや、いいわ。何でもない、ゴメンな」
ミクも頷きながら、優しく手を握りしめてきた。
「マコトちゃん、きっと大丈夫だからね。がんばろ? あたしも応援するし」
「……は?」
何だ? どうした??
急に二人が“気の毒な人”を見る様な目をし始め、とりあえずその日の話し合いは……何故だかそこでブツリと中断されてしまったのだった。
……何でだ??