第五話 窮鼠、ゴミ箱へ
こんにちは! ワセリン太郎です!
「あれ、誰か来たんかな?」
そういやさっきトラックの停まる音がしたような気もするし、宅配か何かかも? 音からしてウチかなぁ? だとすると、何か食べ物だといいなぁ。具体的に言うと、親戚から送られて来るお菓子。
「さあね……」
それから暫くすると……階段を上るスリッパの音が近付いてくる。アルはお母さんに見つからない様に慌ててテーブルの上を走り、そのまま床のゴミ箱の中へと素早くダイブした。
ああもう! チラシの上から外に出ないでって言ったのに……
「ちょっとマコトちゃん! 君の部屋のゴミ箱の中、脂っぽいお菓子の包み紙ばかりじゃないか──!?」
うえ、お菓子の油まみれのネズミとか最悪! よし。しょうがない、捨てよう。
部屋の外からお母さんの声がした。
「マコトー、何か届いてるわよー? あんたコレ、一体何を買ったの?」
何か買ったっけ??
「えっ? 私なんも買ってないけど……」
大体、通販する様なお金持ってない。もしそんなんあったら即、買い食いするし。うん、絶対お菓子かファミチキ買う。
──ガチャリ。
扉が開き、世界最大の通販会社である密林商会の段ボールを抱えた母が部屋へと入って来る。
「買ってないのに届くわけがないでしょう。まーた物忘れでもしたんじゃないの?」
ヒドイ親だ。でも言われてみると、何かそんな気もしてきたぞ。
「うーん、そうかも?」
「いいからここ、置いとくわよ?」
そう言うと母は段ボールを机の上に置き、部屋の扉を閉めて出て行ってしまった。
「何だろコレ? ってそれより……」
ゴミ箱の中を覗き込むと、そこにはポッカリと開いた天井を見上げるハツカネズミの姿が。よし、ちゃんす。
「さて、マコトちゃん。話の続きを……」
うん、あまり気乗りしないけどさっさとやるか。“お片付け”というのは放置していると大概面倒臭くなるので、そうなる前にパパッと終わらせてしまうに限るのだ。
私は、ゴミ受けの為にゴミ箱の中へ入れていたビニール袋の持ち手をサッと握り、じゃっじゃっ! と軽く縦に揺すった。御菓子の包装紙と共に宙を踊る、灰色のハツカネズミ。
「な、何をするんだい──!?」
「それじゃあアル君、もう会うこともないと思うけど……元気でね」
先程までアルが座っていたチラシを手に取り、それでゴミ袋に蓋をする。
「ちょっとマコトちゃん──!?」
「ほんじゃねー! ばいばーい!」
そうして私は袋の口を真結びし、クルクルと振り回してスキップしながら……一階の台所の外に置いてあるポリバケツへと向かったのである。途中、アルが袋の中で何か喚いていたが、気にしない気にしない。
アルはネズミだし、明日は可燃ゴミの日だし、どうせ朝には袋をカジって脱出してるはず。あとはバケツの蓋が開いたらサヨウナラ……って事で! 多分ネズミが飛び出して来たらお母さんはビックリするだろうけど、別にそれ程大した事じゃないでしょ。あとは彼女が、ウチのお母さんから殺虫スプレーでブッ殺されない事を祈るのみ! 短い付き合いだったけど、元気でね、アル君!
はぁ-、しかし冷静になって考えると冗談じゃない。だいたい何で私が妙な怪物なんかと戦わなきゃならないのだ? ホント、ああいう怪しいのに関わるとロクな事にならないと思う! あ、そんな事より箱の中身は何だろう??
「なんだろなー、札束とか入ってないかなー? もう一生働かなくていいぐらいお金が入ってたらいいのになー。具体的に言うと百万円ぐらい! そうだ、明日からマコト、年金を貰えないかな? まあ学生の内は無理だとしても、せめて大人になって社会に出たら、そのまま働かずに年金で暮らしていきたいよねー」
うんうん、なかなかリアリティのある人生設計って感じ! これは高校一年生にして、かなり現実的に将来を見据えた大人な視点であると言えよう。もし同級生とかに話したら、内心『うわ、何この子めっちゃ大人!』とか思われるんだろうなー。うん、間違いない。
ボソボソと独り言を呟きながら、机の上に置いてある段ボール箱を手に取った。あれ、思ってたより結構ズシリとくる重さだ。
ホント何を買ったんだっけ? でも通販するようなお金とか持ってないんだけどなー。ま、いっか!
そう思いつつ一応、宛名を確認するが……ホラ、もし家族や他の人のだったら嫌だしね。いや、やはりこれは私宛だ。あっ、もしかしてこのズシリとした重さは年金手帳? 知らんけど。よし、とにかく開けてみよう!
「ふんふーん♪ 目指せ、年金生活!!」
部屋の床へと胡座をかき、謎の荷物をペッペケペー! と頭上に掲げてみる。それからミシン目を途中で千切らない様に注意しながら、ピピピ……と段ボールの開け口を開いてゆく。てかコレ、ホント気持ちいいよねー。
それから蓋を開いて中を覗いてみると……思わず大きな独り言が飛び出した。
「だっさ! なんじゃこれ?」
箱の中に入っていたのは……何これ、紅い羽根の扇風機?? いやでも何か違う気が……
その時、部屋の窓からすきま風が吹き込んだ。
「ふう、窓の鍵が閉められていなくて助かったよ」
この短時間で聞き慣れてしまったその声に、私は床に座ったまま呆れた表情で顔を上げる。
「君……どうやってポリバケツから脱出したん?」
まさか全部カジったとかないよね。
その問いには答えず、カーテンにぶら下がって床へと着地するハツカネズミ。それから彼女はカーペットをトットコ走って私の膝によじ登り、目の前の箱へと視線を落とした。
「ああ、さっきの荷物はこれだったのか。うん、なかなか良い配送タイミングだね。実はこれは……私から君へのプレゼントなのさ」
「あんね、アル君。死ぬほど汚いんですけど」
「だからマコトちゃん、私は雑菌とか持ってないから。君はいい加減にそこを理解して……」
「さっきも言ったけどね、みんな“自分はちがう、大丈夫”って言うんだよ」
膝の上で、呆れた様に私を見上げるハツカネズミ。
「わかったわかった。それはともかくマコトちゃん。君さ、先ずはこのイカした“変身ベルト”を装着してみてよ。話はそれからさ」
何? 今、変身ベルトって言った??
「えっ、これベルトなの!?」
“イカレた”の間違いだろう。
「それ以外の何に見えるんだい?」
いや、どう見ても携帯扇風機か何かだと思う。確かにベルトと言われれば、お父さんがしてる腰痛防止の腰バンド? みたいな幅広のバンドが付いていて、腰に巻く様な作りにはなっているけど……それより何だ? この中央の換気扇みたいな風車が内蔵された珍妙な部分は。
「えっとね……とんでもなく、究極にダサい」
心外そうに私を見上げるハツカネズミ。
「……は? ダサくないでしょ。変身ベルトっていったらさ、こういうのが完璧なデザインなわけですよ。まさか君、それがわからないの?」
何かよくわからんけどこのネズミ、ちょっと本気で怒ってないか?
「わかんないけど……」
「いや、わかろうよ。しかもこれ、初代のデザインだよ?」
何だ? 初代って。
本格的に何言ってるかわかんないので、ネズミの言うことは無視してこちらの質問だけさせて貰おう。
「でさ、アルくん。これがその……変身ベルト? っていうのはとりあえず置いといて、コレをマコトにどう使えと??」
呆れたように首を傾げるドブネズミ。
「何って……マコトちゃんがこれを装着して変身し、敵と戦うに決まってるじゃないか」
「……バカじゃねぇの?」
「本当に君は失礼な娘だね」
「いやいやいや! 女子高生がね、こんな妙なのを腰に巻いて戦うとか絶対にありえないですよ。もし誰かに見られたらどうすんの? もしそれがクラスの友達とかだったらさ、間違いなく、確実に社会的に死んでしまうから!」
「ああ、その点については大丈夫だよ。実は学校における君の成績を事前に調べさせて貰ったんだけどね。あれは何というか……もはや致命傷と呼ぶのが相応しく、既に社会的にお亡くなりになってると言っても過言では……」
「いやいや、今は成績の話とかじゃなくて!」
んっ? 私の学校の成績が社会的に死んでる? 何でだ??
まあいい。とにかくこれは……
そう思ってベルトを箱から取り出し、目の前でビローンと広げてみる。
「あんね。魔法少女ならさ、せめてこう……鞄に入る可愛いステッキとか、お洒落アクセサリーとかさ、もうちょっとそういうのとか無かったわけ? ダメでしょ、これはどう考えても見た目がアウト! ルールよく知らんけどスリーアウト! もうね、これに限ってはね、諦める前から試合終了ですよ!」
「うーん、でもね、学校ではアクセサリーとかは校則で禁止されてるでしょ? それにこれからの魔法少女の変身アイテムとしては、やはりベルトが流行してくると……思う……よ? そう、これはトレンドの先取りってやつさ!」
「いやいや、アクセサリーとかもアレだけど、変身ベルトとかもっと禁止だから!」
「マコトちゃん、ちょっと冷静に考えてみてよ。アクセサリーはともかく、流石に“変身ベルト禁止”等というあまりにも局所的な校則が成立するワケないでしょ? つまり、これはルールで縛れない」
「はぁ……」
何か小難しい事を言い出したぞ。更に饒舌になるドブネズミ。
「もしもそんな校則が生徒手帳に書かれた学校があるとしたら……それはもはや底辺の限界突破。きっと来年度から受験生がゼロになって廃校になるだろうし、とてもそんな恥晒しな校則は作れない。だから何の心配も要らないよ、注意されたら『では変身ベルト禁止の校則を作れ』とゴネればいいんだ。良かったね、マコトちゃん!」
「いやいや、何か前提がおかしくない? いつの間にかマコトが“ベルトしたい人”みたいになってるんてすけど。こんなんカッコ悪いし嫌だよ……」
後脚で立ち上がり、両手……いや前脚で呆れた様なポーズを取るクソネズミ。
「君ねぇ、知らないの? 最近のトレンドはアレだよ、“変身ベルトで魔法少女が最強モテコーデ”ってやつ。これはお洒落ファッション雑誌の“月刊GON!”に掲載されていたから間違いないね! マコトちゃんも買い食いばかりしてないでさ、ちょっとは流行に敏感にならないと、いつまでもナウナヤングになれないよ?」
これ嘘だ。ぜってー嘘だ、騙されないぞ。だってさっき言ったもん、『君、変身ヒーローにならないか?』って。大体、こんなお爺ちゃんの腰痛ベルトみたいなのを装着して戦う魔法少女が居てたまるもんか!
「こんなダサいのが流行るわけないし」
「ダサくない。君には一号ベルトに秘められた前衛的な芸術性が理解できないだけさ。これだから、まだアイデンティティの確立されていないお子様というやつは……」
「何言うとるのか全くワカランわ」
それから暫くあーだこーだと言い争い、話が平行線となった私達は……明日もう一度話し合う事となり、この場は一旦解散する事となったのだった。
それから暫く経ち、部屋からアル君が去った後……テーブルを除菌クリーナーでゴシゴシと拭きながら、独り考える。
もし再びあの怪物が現れて襲われたら私は一体どうなるの? きっと無事では済まないだろう。クソ森の話では、同級生の杉本さんは『怪物に何度も会った』と言っていたらしい。それから暫くして行方知れずに。もしかしたら消えたサッカー部の先輩だって、実は彼女と同じ目に遭っていたのかも知れない。
それにもしアルの言う事が本当なら、私が襲われる際に……また周囲の人達を巻き込んでしまうかも知れない。そう、あの日の河川敷で会ったサラリーマンのオジサンの様に、だ。
もしそれが家族や友達とかだったらどうしよう? いやいや、それは見ず知らずの人であっても同じ事だ。
もしかすると、またあのお姉さん達が間一髪で助けに来てくれるかも? いやどうだろう、それが毎回間に合うのであれば、杉本さんやサッカー部の先輩も、今頃普通に学校へ登校していた筈だし。
机の上に放置された密林商会の段ボール箱へ、無意識に視線が移る。
「何かこういうの嫌だなぁ……どうしていいのかわかんないよ」
それから夕飯を食べてお風呂に入った私は……宿題をするのをすっかり忘れ、早めに就寝したのであった。やっべ。