第四話 君、ヒーローにならないか?
こんにちは! ワセリン太郎です!
その怪しげな来客は……テーブルの上へ敷いたチラシの上にペタリと座り込み、黒くつぶらな瞳でジッとこちらを見つめてくる。
だめだめ! 可愛らしい見た目に騙されるな私、こう見えてもネズミというヤツはバイ菌がいっぱいなのだ。めっちゃ汚いんやぞ!
「それでえっと……君、“アル”って言ったっけ? その、君は本当に、マコトとサラリーマンのオジサンを襲った怪物の事を知ってるの? あ、あとチラシの上から出ないでね、きちゃないから」
私の質問を聞き、ウンウンと頷くハツカネズミ。お話が終わったら、そのままチラシに包んで捨ーてよっ。
「マコトちゃん……やはり君はその時の事をハッキリと“覚えている”んだね? あとね、私はその辺にいる雑菌だらけの野ネズミじゃなくて、れっきとした研究室の産まれだから綺麗なものさ。しかし、面と向かって本当に失礼な娘だよ」
うん、そりゃ忘れたくても無理だ。アレはほとんど、トラウマレベルの事件だったし。
「そりゃそうでしょ、あんな酷い目に遭って覚えてない人なんて絶対いないよ! マコト、何でか知らないけど学校とかで皆にアホアホ言われるけどね、流石にあれは忘れない……あっ、あとね、みんな『自分だけは汚くない、大丈夫』って言うと思う!」
そう言った私をじっと見据える、小さな漆黒の瞳。
「変な所だけ疑り深い娘だねぇ。しかしまあ、その一緒に襲われた筈のサラリーマンのオジサンは、何故だかその事を一切忘れてしまっていた。いや、忘れたというより、現実として怪物に斬られた事自体が“無かった事”にされていた……違うかい?」
「うわ。何このネズミ、めっちゃ物知り……」
「いやいやマコトちゃん、そこは“物知り”で片付けるんじゃなくて、もう少し相手を疑って警戒していこうよ。通常ならそこは“何でそれを知ってるの?”って驚くところでしょう? まあアホで話が早いのは非常に助かるけれど。それじゃあ本題に移ろうか」
本題って……何か“宿題”みたいな響きで嫌な言葉だなぁ。で、それより本題って何だ?? あと、こいつ今、さらっとアホって言わなかった??
その物知りなネズミは言葉を続けた。
「まずはマコトちゃん。本来なら君もそのリーマンのオジサンと同じく、事件の事を“すべて忘れていた筈”……というより“忘れていなくてはならなかった”のだよ。そう、本来であればね」
何言ってんだ? このネズミ。てか記憶飛んでる方がどう考えてもおかしいでしょ。普通じゃない。
それはそうとして、このハツカネズミというのは、案外おべんとうの唐揚げとサイズが似ているかも知れない……などとと思うのは私だけだろうか? あっ、もしかして冷凍食品の唐揚げのお肉って、実はネズミだったりとかしないよね!? 何か都市伝説とかでそんな話ありそう! あとね、マコトは都市伝説の本とか読むのがムッチャ好き!!
おっと、いかんいかん……
「いや、何でマコトはあの怪物やオジサンの事を忘れていなくちゃダメなの?」
「さっきも言った通り、“本来であれば”ね。でも現実はそうではなかった。ちなみにその際の“現場”に、誰か他の人物は居たかい? 覚えている範囲でいいから教えてよ」
それは……うん、居た。
そう、変わった服を着た外国人のお姉さん達が。
「うん。えっとね……蒼い髪で大っきな“盾”みたいなのを持った人と、金髪メガネのお姉さん! ちょっと変わった服装してたけど、二人ともめっちゃ綺麗だったなー。あとね、蒼い髪の人はこないだショッピングモールでたまたま会ったんだ。で、色々聞こうと思って声を掛けたけど、“知らない”って言われちゃった」
「そっか。ほぼ完璧に記憶してる……と言っても良いね、これは」
ほるぁ! 誰だ、いつも私の事を何でもすぐに忘れるアホとか言う奴! 記憶力完璧じゃん!? ほっるるぁぁああ──!!
自然とガッツポーズが出る。
「でしょ!? マコトねぇ、学校で“妖怪物忘れ”とか言われたりするんだけど、絶対そんな事ないし!」
「あはは、そういう意味じゃあないんだけどね。いや、しかしこれは……相当に濃く遺伝が出ていると見て間違いないな」
「何が?」
「いや何でもない、気にしなくていいよ。それよりマコトちゃん、君は……変身ヒーローに興味はないかい? いや、きっと好きだよね?」
……変身ヒーロー? ちょっと何言ってんだこのネズミ。アタマおかしいんじゃないだろうか。
「何それダサい」
「あっれぇ?? 私のリサーチでは、変身ヒーローは“地球の少年少女にバカウケ”となっていたんだけど……もしかして資料が少し古かったのかな? まあいい、ちなみに今は何が流行っているんだい?」
「マコト、あんまテレビとか見ないから良くわかんないけど……ユーチューバーとか?」
「いや、ユーチューバーは広告単価も下がったし、いい加減そろそろ飽和状態でしょ。あんま変な夢は見ない方がいいよ」
突然、厳し目の正論。
ふと、中学の進路相談の時、進路指導の先生に『ユーチューバーに俺はなる!!』とか大見得を切り、その後しこたま殴られた同級生がいた事を思い出す。
私もあの時、うっかり彼に釣られて同じ事を言わなくて良かった……と今では思う。てか“ほーわじょーたい”って何だ? 良くわからんけど……とにかく、ユーチューバーはダメらしい。
「んじゃアイドルとか??」
「アイドルでは敵と戦えないでしょ」
何で? アイドルもダメなん??
「そしたらよく知らんけど、変身する魔法少女とか? いや……ちょっと待って! “敵と戦う”って一体何の話!?」
目を瞑り、腕……? いや前足を組んで何度も頷くハツカネズミ。てかあれ、どうやって後ろ脚で立ち上がってるんだ??
「ああ、なるほど“魔法少女”か。いいね、何かバカっぽくて凄くいい。じゃあ“それ”でいこうか……うん、実は私はね、最初から君に『魔法少女にならないか?』って勧誘しに来たんだよ。今思い出したんだ、本当さ! それとね、敵って言ったらアレしかないでしょ? そう、君がこないだ襲われたあの怪物だよ」
はぁ……何言ってんだこいつ?
「いやちょっと、アル君が何言ってんのかわかんないんですけど……」
だが次の瞬間、ネズミは真顔になってこう言ったのだ。ちょっと待て、ネズミの表情が理解出来るようになってきたマコトって、何か本格的にヤバくない!?
「マコトちゃん。最近君、同級生が“消えた”でしょ? いわゆる行方不明ってやつ」
「えっ……?」
何でネズミがその事を……?
驚いた私を気にも留めず、アルはゆっくりと言葉を続けた。
「まだ私も完全に把握出来ているワケではないのだけどね、実はあの怪物達に襲われる……というより、この場合は“襲われやすい”と言ったほうが適切かな。とにかく“そういった人々”には“ある共通点”が存在するんだ」
「何それ。私と二組の杉本さん、あとサッカー部の先輩とかサラリーマンのオジサンにも何か共通点があったって事??」
眼を開け、ゆっくり頷くハツカネズミ。
「そういう事。あと、これはあまり言いたくないんだけれど、あのサラリーマンのオジサン、正確に言うと彼だけはそのメンバーの中で……一人だけ仲間はずれになるのかな」
共通点かぁ。何だろう? あっ、もしかしておこづかいが少ないとか!? うーん、でも何か違う様な気がする。
「あ、わかった! 実はみんな八月生まれだ! そんでオジサンだけ四月生まれ! もしくはオジサンだけ来月のリストラ対象!!」
「君、何ワケのわからない事を言ってるの? あと何なの、そのリストラ対象とかいうサラリーマンが聞いたら憂鬱な気分になりそうな生々しい設定は。違うよ。要はね、彼は巻き込まれたんだよ」
えっ……? それってもしかして、オジサンが殺されかけたのはマコトのせいってこと?
息を呑んだ私の表情を見て、少し気の毒そうな“表情”を見せるネズミのアル。
「マコトちゃん、変な所だけは勘が良いんだね。詳しく説明しないと解らないかと思っていたけれど……でもそれは当然君のせいではないし、たまたま待ち伏せ場所に居合わせてしまった、彼の運が無かったと言う他にはないんだ。まあ気の毒ではあるけどね」
どゆこと??
「ねえアル。それってあの怪物は私を“待ち伏せて”いたって事?」
「うん……状況的に見て、そうだと断言しても良いだろうね」
なんでぞ──!?
「いやいやいや! マコトはあんな怪物知り合いにいないし、学校じゃ陰キャやし、人様から恨まれる様な事もないから! それが待ち伏せとか、どう考えてもおかしくね??」
何度か頷き、『言いたい事はわかるよ』といった様子のアル。
「その際、現場に居た二人……実は私の知人なんだけど、とにかく彼女達が“怪物を処理”した後に周囲を調査してみたところ、近場で確認された“襲われる可能性のある人間”は君だけだったみたいなんだ」
知り合いだったの? あの綺麗なお姉さん達が……このきちゃない変なネズミと?
それより私って普通の人と何か違うの?
そりゃあ、目の前に居る怪しいネズミの言葉を全部信じるワケじゃないけれど、でももし自分のせいであのオジサンを巻き込んでしまったというのが本当であれば……ちょっとそれは、ごめんなさいでは済まない話だ。
何やら、自分の存在自体が迷惑な様で悲しい……急にそんな気持ちに襲われた。
「ねえ、襲われない人とマコト、何が違うの?」
そうこぼした私の目を見て、テーブルに座るハツカネズミは優しくこう言った。
「ごめん、それはまだ言えない。でも最初に断っておくよ、その事自体は決して君を悲しい気持ちにさせるものではないんだ」
あ、チラシに座るのはいいけどウンコとかはしないでね? 動物って突然、何の前触れも無くウンコし始めるイメージが。
「でも……」
「それは本来、君達の祖先が長い年月を掛けて……いやゴメン、何でもない。とにかく君は……君が望むなら、“その因子”を持っているが故、先日巻き込んでしまったオジサンの様な人々を助ける事だって出来るんだ」
ふと、こないだ私を助けてくれた二人組のお姉さん達を思い出す。
アルの言うことが正しいなら、あの人達も……マコトと同じ様な境遇の人なのかな? でも正直、あんな風に格好良く人助けを出来るなら、それもそれでアリなのかも知れない。キリッとして戦う女子高生とか、御ゲロを吐くほど格好いいに決まってる!!
少しミーハー根性が出てきた私は、腕を組んで雰囲気を出しながらこう呟いた。
「そっかぁ。まあマコトもあんなお姉さん達と一緒に戦うならやぶさめではないかも知れない」
「やぶさかね。マコトちゃん、君の英語の点数は知っているけどね、せめて日本語ぐらいは正しく覚えようよ。ちなみに彼女達の立場は……君とまた少し違うんだ。あの怪物達が出現した場合、それを“狩る”という部分においては全く同じであるのだけれど」
狩るとは“戦う”ってことか。あーでも、こないだ見たあの怪物の不気味な顔を思い出すと……
「でもよく考えたら、あんな不気味な怪物と戦うとか……うん、ない! 絶対無理! ごめん、やっぱ悪いけど他当たって!!」
「えっ!? いやいや、魔法少女になって怪物と戦うとか、普通に生きてたら一生体験出来ないし、すごく格好いいよ!? ねえマコトちゃん、どうせ君の人生なんて、この先大したイベントも起こらず地味に浪費されていくんだし、ここはチャンスと思って少し冷静に考え直して……」
「なにおう!?」
「少し本当の事を言い過ぎてしまったよ。ごめん、悪気はなかったんだけ……」
アルがそう言い掛けた時だった。一階からインターホンの音が響き、何やらお母さんが来客を相手する声が聞こえて来たのは。