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第三話 となりの野球部員

 こんにちは! ワセリン太郎です!

 怪物――!?


 あまりにも突然の内容。むっちゃむっちゃと噛んでいた米粒が気管へ入り、私は急激に咳き込んだ……のと同時に、不運にもクシャミが出そうなタイミングが重なる。


「ぶうぇっくしょい! ごっふぇっぶふぇ!?」


 隣で浮かない表情のまま弁当を食べていたクソ森が、驚いた様な顔でこちらを覗き込んできた。


「マコトお前さ……何でクシャミまでアホなん?」


「は? アホじゃないし! どっからどう見ても可愛いだけやぞ!!」


「いやいやアホだよ。あと米粒飛ばすな、きったねえ」


「おどりゃクソ森!! さっき心の中で気遣ってやった私の優しさを返せ!!」


「……は?」


「謝罪と賠償を要求する! はよ!!」


「お前、どこでそんな難しい言葉を覚えてきたんだよ」


 ふふふ。森のヤツ、私が難しい言葉を使いこなすのを見てショックを受けてるな? 何かいつもバカにされてる様な気がして腹が立つし、ここらで少し実力の差というやつを見せてやろう。


「あんね、テレビで見た! マコトいつもね、晩ご飯の時に七時のニュースとか見て、世界の情勢とかめっちゃ気にしてるし!」


「あのさ……おまえ世界がどうこうの前に、自分の成績の方を気にした方がいいと思うぞ」


「重ねて抗議する! 遺憾の意!!」


 よし、もうこのクソ森の心配をしてやるのは止めよう! 無視だ! ヤツを相手にするのはまさに時間の無駄だったのだ。


 それより……死ぬほど咳き込んだ私を見て驚いていた女子達が、先程していた“怪物”の話に戻った様だ。少し気は引けるけど、再び聞き耳を立てる事にしよう。


「怪物って今時ねぇ。嘘にしてもホラ、もうちょっとこう……」


 うんわかる! マコトもね、こないだ“アレ”と遭遇するまではそう思ってた! いやまあ、もしかしたらあれも夢だったのかも知れないけど、今はそれはどうでも良い事だ。


 最初に話を始めた女子が、再び口を開いた。


「いやいや、そうなんだけど。でも杉本さん、変な嘘吐いたりする子じゃないでしょ?」


「うんまあ……それはわかる」


「でしょ? そんな事言ったら可哀想だよ」


 杉本さん、友人からの圧倒的信頼。何だ、この敗北感は。てか前置きなげぇええ! 早よ続き喋って! はよ!!


 興味が先走り、鼻の穴がヒクヒクと膨らむのを感じる。


 杉本さんを庇った彼女は、一瞬チラリと私の顔を見てギョッとする様な素振りを見せたが……何故だかこちらを見たまま一度咳払いをし、再び友人達と会話の続きに戻った。良し良し、盗み聞きはバレてないバレてない。


「えっと……それでさ、その行方不明になる少し前、同じクラスの子に『変な怪物を何度か見た。じっとこっちを見てた』とか言ってたんだって」


「ええ、その怪物ってどんなの?」


 ああ、ソコ聞きたい。でもこれ……多分アレでしょ? 実はマコト知ってんだよね、あの背が高くて赤黒い一つ目のヤツ。そう、両手が鎌になってるヤバイ奴。


 わかってる、大体この流れだと……ここで同級生達の口から“例の怪物”の話が出てきて、それを聞いたマコトが『ああ君達、そのことか』ってなる、漫画とかで良くあるパターン! 


 ちょっと待って! やっべ、何か私、物語の主人公っぽくね!?


 ふふん、もうわかってるもんね-。この頭脳明晰なマコトちゃんの予想の前では、その程度の……


「うん、何か両脚が無くて、宙に浮いてるんだって。あと、身体は黒いボロ布みたいなのを羽織ってて……顔が動物の骨だったとか」


……エッ。


 あれ!? 何か思ってたのと違う! マコトの知ってる“アイツ”の話じゃないの!? 何だろう、このすげー残念な感じ。てか他にもまだ、あんな怪しい怪物が存在するというのだろうか。


 『ええぇぇ……』となっていた私の表情を見てか、隣から森が小声で話し掛けて来た。


「嘘だと思うだろ? でも杉本、本当にその“化け物”を見たって言ってたんだ。何だか知らないけど、アイツすごく怯えてた……」


 なんだ、こやつも盗み聞きしてたのか? まあ黙っていても聞こえて来るので、不可抗力という事なのだろうけど、しかし女子の会話を盗み聞きするなど言語道断。即刻、裁判にかけられ痴漢認定されるべきである。でもまあ内容が内容だし、気にならないといえば……それは嘘だ。


「そのボロ布お化けの事、ちょっと詳しく聞きたいかも」


「えっ? マコトお前、この話そんな簡単に信じるの? 皆、誰も信用してくれないんだけど」


 確かに、通常なら信じたりしなかったと思う。でも、ねぇ。


「うん、信じる」


 そう真顔で答えた私の顔を、暫くジッと見つめていた森は……


「おいチビっ子。お前……テレビの怪奇現象特番とか見て、与太話を完全に信じ切っちゃうタイプだろ?」


「はぁ──!? このクソ森! 折角マコトがピュアな感じで信用してあげたのに! お金返せ! ! あと、お支払いは出来れば現金でお願いします!!!」


「おいちびっ子。お前、先月、弁当忘れて俺から昼飯代借りたの忘れてないか……? アレまだ返して貰ってないんだけど」


「ぐぬぬ……」


 そうして特に有益な情報は得られないまま……というか、その行方不明の杉本さんが見た“それ”と、マコトの見た“あれ”がどうやら別の怪物であるという事だけはわかったんだけど、あ、でも彼女や私が“怪物を見たって”いう話は証拠がある訳じゃないし、そう考えたくはないけど、もしかしたら“頭を打って見た夢”だったのかも知れない。せめて見た目の証言が一致してればなぁ。


 とにかく、そうして昼休みの時間は過ぎて行ったのだった。


 それから二日後……


 私達よりふたつ年上の……サッカー部のキャプテンが消えたという話が学校を駆け巡った。






「あ、おはようクソ森……」


「おいチビっ子。そのさらっと自然に名前へ“クソ”をつけるのをやめろ」


「じゃあうんこ森。それより……聞いた?」


 しばらく机へと視線を落とし、かなり複雑な表情のまま、ゆっくりとこちらを振り向くウンコ……じゃなかった坊主頭。彼の場合、まあそういう反応にもなるだろう。


「サッカー部の先輩の事だろ? 俺も今朝、部活の朝練で聞いたよ。あと、うんこ言うな」


 ちなみにコイツは万年補欠の野球部だ。登校時、いつも早朝のグラウンドで『ウエ~イ!!』みたいな叫び声を上げているのをよく見掛ける。当然、それは奴だけでなく同じ野球部全員の話なのだけれど。


 大体マコト、ああいうチームプレイの連中が大の苦手だ。


 休み時間等、いつも芋荒いみたいに集団で徒党を組み、やたらと大声を上げてまわりを威圧する。かといって、腕っ節が強いと噂されるような男子の前では非常に大人しい。あと、仲間が居ないと急に影が薄くて目立たなくなったり。


 なので私は基本、奴等の事を“量産された喋る野球ボール”と認識しているのだ。あと全員坊主頭やし、きっと奴等の前世はボールやぞ、ボール。


 なーにがチームプレイで社会性を学ぶだ、お猿さんの群れかよアホくさ。まあ、何故だか森の奴が連中に混ざっている所はあまり見ないし、それは今はどうでもいい事なのだけれど。


 それより、もう少しだけクソ森の話を聞いてみようか。


「言いにくいんだけどさ、これってもしかして……」


 一呼吸置き、私の目を見て答える森。


「あれだろ、杉本の件と同じって言いたいんだろ?」


「わっかんないけどさ。何の証拠もないし……」


 当然、杉本さんは未だ帰って来ていない。


 それから暫く沈黙が続き、ホームルームが始まった。




 昼休み。当然、ザワつく周囲は“先輩と杉本さんの話”で持ちきりである。



 お弁当の唐揚げをもっちゃもっちゃと頬張る私へ、突然クソ森が話し掛けてきた。


「おいチビっ子」


「どぅいっごでぃうぅだ!!(ちびっ子言うな!)」


 チビチビ言われて頭にきた私は、咀嚼中の唐揚げがクソ森の視界に入る様、“んばぁー”と全力で口を広げて見せる。


 なに、品がない? 心配はいらない、普段は絶対にそんな下品な事はしないし、どうせ見ているのは“ウンコ森”だけなのだ。


「おま、きったねえ! 食いながら口開けんな!!」


 もっきゅもっきゅとかみ砕き、それをゴクリと飲み込んだ。


「そんで何の用よ、クソ森」


「いやさ、お前にちょっと聞きたい事あるんだけど……」


「なに?」


「あのさマコト。もしかしてお前……杉本とか先輩の件について何か知ってんじゃね?」


 突然の事に、心臓の鼓動が跳ね上がった。


「な、な、な、なんのこと──!?」


 こちらを見るクソ森が大袈裟に溜息を吐く。


「ああ……やっぱお前、何か知ってんだな?」


「し、し、し、し、知らないでおじゃる──!!」


「はぁ、お前さ……私、アホですって顔に書いてあるぞ?」


「な、な、何でわかったの──!?」


 クイクイと手招きした森は、周囲に聞かれない様にと小さな声で話し始めた。


「いやさ、ちょっと他の教室の奴等を見てみ?」


 言われるがままに辺りを見回してみる。森は言葉を続けた。 


「みんな“その話”で盛り上がってはいるけど……どこか“他人事”だろ? 何つーか、興味本位で面白がって騒いでるだけっつーか。別に全員が全員、消えた人間の事を心配してないって事ではないとは思うんだけど」


 ああそれ、言いたいことはわかる気がする。


「うんまあ……で、何でマコトがそうだって思ったん??」


「俺さ、昔っから杉本ん()とは、家族ぐるみで付き合いがあったんだよ。で、そういう立場から今回の件を見ると、何つーか、俺も心情的に“被害者側”なんだよな。いやまだ諦めてる訳じゃないし、これが“事件”だと決まったわけじゃないんだけど」


 ああ、そっかぁ……


「ふむふむ……」


「でさ、いざそういう事が起きた時、皆が色々と噂したり話をしたりしてるのを見ると……何がどうだって言葉に出来ないんだけど、とにかく何かが違うんだよ。さっきも言った通り、別に心配してないとか言うつもりは無いんだけど、何か蚊帳の外から“あーだこーだ”と言われてる気がしてさ」


「まあ、わかる……」


「でだ。なぜかそん中でマコト、お前だけが妙に“浮いて”見えたんだよ。俺も最初は勘違いだと思った。大体お前、授業中とか珍回答して浮きまくってるし、多分それの延長みたいなもんだと考えていたんだ」


……死んでおーらい、クソ森。


「それで? あと、速やかに死んでしまえ」


「うん。それで暫くじっくりと観察してたんだけど……俺には二つだけ、お前についてわかった事がある」


 ストーカーかよ、警察呼ぶぞ。


「まず一つ、やはりマコトはアホだという事。これはもはや、俺の中で揺るがない真実へと昇華された」


……重ねて亡くなれ、うんこ森。はりあっぷ!!


「マコトもう、この話聞かなくていいよね? あと、森が死んだら、私が家族葬とかいうあんま人来ないやつ手配しとくから安心して逝っていいよ。そしてそのまま地獄に落ちて、鬼達が昼休みに遊ぶバスケットボールにされてしまえ」


「まあ待て落ち着け。てか何でお前が俺の葬式を仕切るんだよ。それでもう一つわかった事、それは……マコト、恐らくお前がこの件に無関係ではないって事だ」


 な、何で知ってるん……??


「ク、クソ森、何でそれがわかったん??」


「ああ、それは簡単だったよ。休み時間中に“その話”が聞こえてくる度、お前急に姿勢を正して耳をピクピクさせるし、その時の表情が完全に“盗み聞き”してる奴のそれだったから」


「……」


「それにもし、お前が他の奴等と同じくただの野次馬だったらさ、普通に『何なに? 何の話?』って騒ぐだろ? でもそうじゃない。あと言っちゃ悪いけどさ、盗み聞きの最中すげーアホみたいな顔してたぞ……」


 不覚。マコト、一生の不覚。てかコイツ、何気に映画とかに出て来る探偵みたいだな。まさかこの坊主頭にこんな特技があったとは……意外だ。ただの喋る野球ボールと思ってたのに。


 だが、そこまで知られてしまっては仕方がない。


「で、クソ森。何が聞きたい?」


「よし、話しが早くて助かる。俺、今日は部活を早退するからさ、放課後に情報交換をしないか?」


「うむ、ハッピーセッ〇で手を打つ」


「カネ取るのかよ──!?」


 こうして私達は放課後にマッ〇で集合し、お互いの持つ情報を交換し始めたのだが……こちらが“剣と怪物のファンタジー”の部分を語り始めた直後、クソ森は怒って帰ってしまった。あれ、何でだ……??


 あの坊主頭め、マコトが一生懸命あの時の話をしてやったのに、『お前、俺をバカにしてんのか?』とか言ってさっさと帰りやがって。


 まあいいや、クソ森の奢りで無料の〇ッピーセットが食べれたし。


 さて、私も家に帰ろうかな? でも結局、アイツからの情報は何一つ聞けなかったなぁ……


 色々と考えながら自転車を漕いで自宅へ戻り、階段を上って自室の扉を開ける。


 机に鞄を置いて上着をハンガーに掛け、ベッドの上へと投げてあったスポーツバッグの中身を取り出そうとした時……ふと、部屋のガラス戸が少しだけ開いている事に気が付いた。


 すきま風が少し、肌寒い。


「あれ? おかあさん、お昼、掃除機してるときに閉め忘れたんかな?」


 揺れるカーテンを挟み込まぬ様、少しだけ手で引っ張りながら戸を閉める。そうして再びベッドの前へと戻ってきた時だった。


 突然の声──


「君が……マコトちゃんかい?」


 ギョッとして振り向くが……当然そこには誰もいない。いや、部屋に知らん人が()ったら困るわ。でも今のは絶対に聞き違えなんかじゃなかった。間違いない、誰かがハッキリと私の名前を呼んだのだ。


「今の何……?」


 ヤバイ。やっぱあの時アタマを強く打ってて、それでとうとう幻聴とかいうヤツが聞こえ始めたのか? でもまさか、こんなにハッキリと聞こえるとは……そら一部の人が『私には神の声が聞こえる!』とか言い出すわ、これは。うん、わかる!


 でもヤバイな。本格的に手遅れになる前に早く病院へ行かないと。


「おいおい、ヤベーぞハレルヤ。マコトちゃんとうとう神様の声が聞こえる様になっちゃったよ。多分これ、お母さんに相談しても……『あらそう良かったわねぇ!』とかで片付けられちゃうんだろうな」


「違う違う! 私はここだよ、ここ。ホラ、机の上さ」


 うん……??


 再び幻聴が聞こえ、やはり気になるので、言われるがままに目を懲らして机の上をくまなく探すと……おい、何だこれ。


 確かに“それ”は、そこに居た。


 えっと、体長は……五センチ程だろうか? 灰色の毛皮に包まれ、長い尻尾。そして短い手足と特徴的に長い前歯。


 マコトこれ、テレビとかで見たことあるぞ? 当然、それが“喋る”なんてのを聞いた事は、生まれてこの方一度もないけれど。


「えっと……私、やっぱ頭打っておかしくなったんかな??」


 そう呟きながら目をこする。


「うーん、そう思いたくなるのもわからなくもないけどね。しかし残念ながら、今現在、目の前に存在する“私”と会話をしているという現象は、君にとってまぎれもない事実さ」


 幻覚が喋った。もうわけがわからん。


「で、君は一体何なん……?」


「はじめまして。私かい? 私は……そうだねぇ、“アル”とでも呼んでもらおうかな。そう、アル。それが私の名前さ」


 いや、私が聞きたいのは名前とかじゃなくて。


「そっかぁ。ちなみに“アル”は……何なん?」


「何ってそりゃあ……可愛らしい“ハツカネズミ”だよ」


 “ハツカネズミ”。


 よく知らんけど、ネズミはバイ菌がいっぱいだったはず。確かメッチャ汚い。動物に詳しくはないけれど、マコトにだってそのぐらいの事は解る。何か知らんけどドブネズミとかみたいな? まあとにかくヤバイって何か本で読んだか、テレビかネットで見た事があった。


「そっかあ、じゃあ仕方ないね……」


 私はそこまで言うと、ベッドの上の要らない雑誌を手に取り、ギチギチと丸く固めて……


「ちょっとマコトちゃん!? 君は一体何を考えているんだい──!?」


「可哀想だとは思うよ。でもね……ネズミはきちゃない(・・・・・)の」


 それをゆっくりと頭上へ振り上げる。


「待った待った! そんな事より君、“例の怪物”の話を聞きたくはないのかい──!?」


 怪物──!?


 えっ……このネズミ、あの怪物の事を知ってるの!?


「……聞く」


「うん、それが賢明な判断だよ。ああ驚いた、まさか初対面でいきなりミンチにしようとするなんて……」


 こうして私は不本意ながら、突然部屋に現れた奇妙な来客と膝をつき合わせて話をする事となるのであった。

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