第十八話 事件ですか?事故ですか?
こんにちは! ワセリン太郎です!
これは……?
手渡された新聞の切り抜きへ目を落とすと、隣に来たミクが額をくっつけ、一緒になって私の手元を覗き込んできた。
それから二人、ほぼ同時に声を発する。
「「動物園……?」」
動物園ってあれか? 神丘市役所近くのお城山の上にある、あの狭くて小汚い動物園。
最近こそはないけど、小さい頃よくおじいちゃんとバスに乗って遊びに行ってた記憶がある。
ちなみに入園料は、確か大人が五百円。いや、市民は割引きで四百円だっけ? 当然、都会にあるような立派な施設ではなく、未舗装の園内に動物のウ◯コの匂いが充満していたり、古いアナログなサビかけの遊具、いつの時代のものかわからんゴーカート、そして全くやる気のないアクビばかりの動物達。とにかくパッとせずに何だかよくわからない……それでいて、何故だか楽しい思い出がいっぱいの不思議な場所だ。
突然、ミクが耳元で大きな声を上げる。
「あっ、あたしこれ知ってる! この前ニュースになってたやつだよね?」
うあビックリしたぁ!?
しかしこやつ、ニュースなんて見るのか? いつの間にか彼女の肩によじ登ったアル君が、その前脚で切り抜きを指差しながら内容を補足し始めた。うわ、ネズミ汚ったな。あの子、平気なんかな?
「ミクちゃんえらいえらい、よく覚えてたね。そう、これは数週間前に神丘市の動物園で起きた“ある事件”の記事なんだ。現状では犯人の手掛かりも掴めないまま、事実上の迷宮入りになりつつある一件なのだけれど」
何かよくわからんけど、褒められて二ヘラと笑う学年最下位女王 。
でも言われてみると、なんか私も夕飯の時にテレビで見た様な気がする。えっと、動物園の熊がどうこうとか、うろ覚えだけど確かそんな話だったような……?
私が懸命に思い出そうとしていると、その様子を見ていた森が空気を読まずに口を開いた。
「“事件”? 事故じゃなくて? 動物園の熊が一頭、逃げ出して行方不明になった……ってアレだよな?」
「ああもう! マコト今、一生懸命に思い出そうとしてたのに!!」
「いや、知るかよ」
“にしし”と笑うミク。
「そんで、そのクマさんって見つかったんだっけ?」
「いや。まだ見つかってなくて、付近住民に警戒を呼び掛けてた筈だと思うけど……でも随分と乱暴な話だよな。熊が一頭逃げ出したんだから、もうちょい派手に警戒しても良さそうな気も。いやいや、よくよく考えたらかなり怖いわ。市とか警察は一体何考えてるんだ?」
そう言った森の言葉に頷くアルは、こう付け加えた。
「そうだね、森君の言うとおりさ。でも、そうならなかったのには理由があるんだ」
「どういう事?」
「まだこれは未確認の情報なんだけどね、実は破壊されて熊が消えた檻の中に、多量の血痕が残されていたらしいんだよ」
目を見開くウンコ森。
「えっ、熊舎の檻を破壊? って事はもしかして……」
「まあ、そういう事になるんじゃないかな? 情報通りに檻の破壊が行われていた場合、それはきっと人や獣の手で行える事じゃあない。あと残された血痕。獣医の目から見ても、そのおびただしい血の量では……恐らく生きてはいまい、って話らしい。まあその辺は実際にこの目で確認しないとね。とにかく、まずは動物園が閉鎖されたままの状況をどうにか……」
「ああ、なるほどそういう事か。だとしたら、結果的に“本気で熊を捜索”とはならないだろうな」
「何のこっちゃ??」
「既に死んでいる熊を、気合入れて捜索してどうなる……? ってハナシだよ」
首を傾げる私とミクを無視し、話はどんどん進んでゆく。あー、凄い既視感。何か学校の授業中とかこんな感じだわー。めっちゃ手遊びしたくなる。
「つまり、俺達もそれを一緒に“調査”すればいいんだな?」
「森君、君は理解が早くて助かるよ」
「「うん……??」」
よくわからん。隣を見ると、ミクもやはり私と同じ様子だ。
クソ森はスマホを取り出すと、視線をそれに落としながらミクへと問う。
「少し繋がってきたぞ。あのさミク、確か、お前と杉本が見た怪物って“動物の骨”みたいな顔してたって言ってたよな?」
「うん。あの怪物、顔が骨だったよ?」
「そうか。じゃあその怪物、もしかして……こんな顔してなかったか?」
森はそう言って何かを検索し、私達の方へとスマホの画面を向けてきた。
突然、それを見たミクが大声を上げる。
「あーっ! これこれ! こんな顔してた! この鼻の所に丸くて大きな穴がポッカリ開いてたの覚えてるし!」
耳痛っ!? いきなり耳元でデカイ声出さんで!!
「やっぱりか……」
でも、何がやっぱりなのだろう? しかしミクは随分と興奮して見える。怪物の“顔”がどうしたというのだ?
「森っち、何でアイツの顔がわかったの??」
溜息を吐くクソ森。
「そりゃあお前、これが“熊の頭蓋骨”だからだよ。スマホで画像検索してみたら鼻の穴がポッカリと丸くて特徴的だったから、もしかしたらミクが覚えてるんじゃないかと思ってさ。あと、相手がいくら動物園で飼育されてて半分野生を無くした熊だとしても、それを瀕死に追い込める様な存在なんて……地球上をくまなく探してもそうそう居ない筈だろ? つまり、犯人はかなり限定的に絞られてくる」
「そっかー。ミクは森っちが言ってる事は全然わからなかったけど、熊さんは強いもんねぇ」
ミクの返答を聞いてから、アル君の方へ向き直るクソ森。
「あと、詳しい襲撃時間なんかは調べないとわからないけど、動物園ってのは安全面から閉園後はバックヤードの寝ぐらに動物を戻すだろうし、そうなると夜間の檻は空の筈だ。それを外部の檻側から襲うってのは、いくら怪物でも難しいんじゃないだろうか? でも逆に日中は、飼育員や係員の人達が園内にいるはずだし……」
「うん、それは確かにそうだね」
何かえらく白熱してるなぁ。
でもいかん、話が長くて眠くなってきた。それでも嫌がらせの如く、ブツブツと念仏を唱え続けるクソ坊主。もう野球部を辞めてお坊さんになれ。うん、それがいい。
「休園日でないなら、係員だけじゃなくて来園者の目もあったでしょうし、襲撃があったのは開園時間中……って事はなさそうですね」
えるるんまで小難しい事を言い出したぞ。こちらも飽きたのか、スマホで何か調べていたミクが……『マコトちゃんが変身したのってさ、もしかしてこのアプリ??』等と聞きながら、私に画面を見せてくる。
腕を組み、天井を見上げるクソ森。
「やっぱ現場を見ないと何もわからないよなぁ」
「そうだね、これ以上は調査しないと何とも」
とにかく。こうして私達は次の休日の午前中、動物園へ足を運ぶ事となったのであった。
その日の夜、風呂から上がった私は……自室のテーブルの上に置かれた白い紙袋をジッと眺めていた。
それはカラオケボックスからの帰りに、えるるんから手渡された物であり……随分と大きい。中身は一体何だろう? 段ボール箱とか紙袋とか色々入ってるけど。
「ねぇ、アル君。これ、何が入ってるの?」
開けたいような、開けたくないような。
そう私が問うと、くしゃくしゃに丸めたチラシが詰め込まれた密林商会の段ボール箱の中で、ネズミがゴソゴソと音を立てた。どうやら彼女は寝床を作っている真っ最中らしい。
「ああ、それかい? それは私達から、戦う変身ヒーロ……じゃなかった、町の平和を守る魔法少女へのプレゼントさ」
そう。このネズミ行く所が無く、残念ながら暫くの間、私の部屋が彼女の住処となってしまったのである。ホントやだなぁ……
「これ、何かいっぱい入ってるけど」
「いいから開けてみなよ」
「えー」
どうせまた中身は妙な物に決まってるし……
ふと、例の変身ベルト事件が頭をよぎる。それから私はため息を吐き、一切期待せずに袋の中身を取り出した。
「何だろ? 段ボール箱が幾つかと、あとこれは……触った感じ、洋服か何か?」
そう呟き、どうも布製品が入っていそうな梱包を二つ、紙袋から引っ張り出す。開ける前に一応、アル君の方を見るが……彼女は後ろ脚で立ち上がり、寝床の段ボールの壁へと顎を乗っけて、楽しげに私の手元を覗き込んでいた。
「開けてみればわかるよ」
そう言われて袋を破ると、中から出てきたのは……
「えっと、ジャージが二着と……何これ?」
濃紺に白いストライプが入った、ちょっとお洒落なレトロジャージは良いとして……この赤い布は何だ?
そう言って布を広げる私へ、『それはマフラーだよ』と答えるハツカネズミ。
これがマフラー? それにしちゃあ、少し大き過ぎやしないだろうか。
「いやいやアル君。こんなゴワゴワした大きい布、マフラーじゃないでしょ」
そもそもマフラーには少し、季節が違うと思う。
「いやいや、それは変身ヒー……じゃなかった、魔法少女として戦う際に口元を隠す、非常に重要なアイテムなんだよ」
魔法少女って、顔隠して戦うモンだっけ??
「ホントかなぁ……あっ、ちょっとかわいいスニーカーが入ってる!!」
このスニーカーは……いや、アリだ。珍しい、このネズミが何かマトモっぽいものをプレゼントしてくれるなんて。
「ちなみにそのスニーカーとかジャージには、昨日エルルが見せた“お掃除魔法”の上位版であるすごいヤツが掛けてあってね。ベルトから発生する“マナ”に繊維が触れると、ほつれ、破れの自己修復、また血糊、全身のクリーニングが定期的に行われるという、まさに万能感全開の……」
「ちょっと待って。何で“全身血まみれ”になるのが前提になってるん!? おかしいよね? マコトは魔法少女なのに、パンチキックで敵の身体に風穴開けて、返り血を浴びまくるのが普通とか絶対変だよね!?」
「まあまあ、いいからいいから……」
「よくないです!!」
「でも君、そんな事言ったってさ。またあの怪物達とやりあった後に、毎回“お掃除魔法”を掛けて貰えるとは限らないんだよ? もしも、その現場にエルルが居なかったらどうするのさ。得体の知れない怪物の血液を頭から思い切り被って、そのまま通学路歩いて帰るつもり?」
ぐぬぬ……確かに。
もし昨日えるるんが居なかったら、マコトは全身返り血まみれの、破れたズタボロの制服で帰宅するハメになっていた。
多分、それを家族に見つかっていたら間違いなく騒ぎになっていたとも思う。そりゃあそうだ。娘が頭から緑色の鮮血を被って帰宅してみろ、家族は『これは一体何事か?』と学校にも連絡をするだろうし、下手をすればそのまま警察沙汰である。
あと制服だって、襲われる度にボロボロになって買い換えるとか……いやいや、流石にそれはありえん。ウチにはそんなお金はないぞ。
「うーん。あっ、手袋も入っとる。なにこれ、防寒用??」
「元々はバイク用だよ。そしてそれは繊維に“特殊な金属”が編み込まれた特別な手袋なんだ。内側には手甲も仕込まれているし、きっと君の拳を“あの鎌”から守ってくれる。それよりマコトちゃん、箱の方も開けてみなよ?」
そう促され、言われるままに大ききな箱を取り出して開けてみた。
「アル君、これ……何なん?」
いや、何やこれ。
「それ、すごくいいでしょ?」
「いやぁ、ちょっと……これは」
“何なん?”とは言ってみたものの、それはまあ、見れば一目瞭然では……ある。てかさ、これって何に使うの? 本当に必要なの?
「さあ準備は万端。これでいつ何時、怪物共が攻めて来たとしても全く問題なしだね!」
「えーっ……」
てかこれマジでダサくない??
箱から取り出した“ソレ”を手にして困惑する私。彼女は一切気に留めず、後ろ足で立ち上がり胸を張った。
「さあマコトちゃん! これで正真正銘の“魔法少女”の誕生だね!」
いやこれ、ぜってー何かが違うと思うんですけど。