第十五話 死体処理の少女
こんにちは! ワセリン太郎です!
「……ちゃん! マ……ちゃん!」
ペチペチ頬を叩かれる感触と“声”に気付き、慌てて我に返る。
「マコトちゃん!?」
ああ、アル君の呼ぶ声だ。どうやらマコト、暫くの間ボーッと無言で突っ立っていたらしい。
「んあ……? どしたんアル君」
私の肩に乗り、私の頬をバシバシとしていたネズミのアルが、呆れた様に溜息を吐いた。
「どうした? じゃないよ、まったく。周囲を見てみなよ、これはまた君、随分と派手に暴れたものだねぇ」
えっ……?
目の前には大量の血だまりと怪物の残骸。当然私の制服も、怪物の緑色の血液でグチャグチャだ。
「うわぁぁぁぁ!? 何これクッソ気持ち悪い! きもっ! ど、ど、ど、どうしようアル君!」
ようやく、手足に“生物を粉砕した感触”が残っている事に気付く。うびゃぁぁぁあ!?
「あはは。まるで巨大な深海魚が、ダンプと正面衝突でもしたみたいな現場だね。それより少し落ち着きなよ。そんなに心配しなくても、私の知り合いが今、この現場を“処理”する為にこちらへ向かっているから」
し、死体処理班──!? マジか! そんなの居るんか! あと『あはは』じゃねーよ、このサイコネズミ!!
「て、てかさ、この怪物達って何で倒したのに“消えない”の? 怪物だよ!? そんなん、どう考えてもおかしいでしょ!?」
普通こういう怪物とかって、やられたらスウッと消えたりするもんじゃないの? 何かよくわからんけど!
慌てふためく私を見て、呆れた様子のドブネズミ。彼女は再び溜息を吐くと、目の前の惨状を眺めながらこう呟いた。
「あのねぇマコトちゃん。ビデオゲームじゃないんだし、“倒した敵”が自動的に消えるはずないでしょうが。“バラせば肉片が残る”というのが当たり前の現実。それが消える? 漫画の見過ぎだよ、まったく」
「でも怪物やし……」
「もしかして君、敵を倒したらアイテムや素材が落ちてきたり、レベルが上がってステータスが強化され、自分だけが無敵で最強なチートスキルを手に入れて云々……とか思ってたりするのかい? ほんとお子様だねぇ」
「そんな事言われても……」
でも人間、現実逃避したい時だってある!!
「色々起こりすぎて混乱してるのは理解もするし、気の毒には思うけどさ。でもね、まずはこの血の海が“我々のもの”でなくて本当に良かった。と、思わないといけないよ。先程も言ったけどね、流行りのマンガやアニメじゃないんだ。真剣に生命の遣り取りをすれば当然、いずれかがこうなる事は避けられない」
「うん……」
そう言って私の肩から飛び降りた彼女は、延々と回り続ける“変身ベルト”へ取り付き、再び換気扇ユニットの裏へ前脚を突っ込むと……ゴソゴソとスイッチを探し、“カチリ”とスイッチをオフにした。
でも確かにそうだ。もし一歩間違えていたら、この地面や壁に撒き散らされた鮮血は……私達のものだったのかも知れない。
間もなく、回転していたベルトの扇風機がゆっくりと停止する。
「これで……よし」
「電源切ったの?」
アルは再び肩によじ登り、私の耳元で大きく伸びをするとこう言ったのだ。
「そりゃあ君、“マナ”の噴霧を止めて変身を解除しないと。戦いも終わったんだし、流石にそのままの格好じゃ家に帰れないでしょ? 君のお母さん達が見たらビックリしちゃうよ」
ああ、そういえば。
言われて思い出し、己の額にニョキリと生えた角を触ってみる。
ふむふむ。
うわぁ、何だこれ!? ちゃんと中に骨の感触が、が、が。マジか。しかもね、何が怖いって一番怖いのは……私自身がその異物に対して全く、これっぽっちも違和感を感じていない事だ。要は当たり前みたいに“身体の一部”として認識してしまっている訳で。
「アル君、これ本当に……元に戻るん??」
落ち着いて考えたらやばいよね、これ。必死に上目で見上げると、どういう理屈なのか知らんけど、角の先っちょに薄らと蒼白い炎が灯ってる……これではまるで、色合い的にガスコンロだ。
もしこのまま学校に行ったら、“換気扇”という渾名に加えて“ガスコンロ”も追加され、もしかしたらセットで“システムキッチン”と呼ばれ、卒業までさらに激しくイジられる事になるかも知れない。そうなるとその内トイレやバスも追加され、いずれは“建て売り住宅ちゃん”に進化するのも時間の問題。ど、ど、ど、どうしよう!?
「マコトちゃん、また変な想像してるでしょ? 君はベルトの力で一時的にヒーロー……じゃなかった、“魔法少女”へ変身していただけなんだ。だからベルトの回転を止めて暫く経つと、じきに元の姿へ戻れるから心配はいらないよ」
ホントかなぁ? 生えた角もだけど、この真っ白な髪の毛だって、完全に元に戻るとは到底思えないんだけど。
そう考えながら、ショートな髪の毛をイジる。うわ、何やこれ、怪物の血でベッタリやぞ!?
「マコトちゃん。もしかして“人ではなくなってしまった”……とか考えてる?」
「うんまあ……割と本気で」
「心配ないよ、君はただの冴えない女子高生さ」
そう言って笑うハツカネズミ。
「そっかぁ」
「そうさ」
あれ、ちょっと安心したかも。
「あ、そうだアル君」
「ん? どうしたんだい」
少し……いや、正直かなり不満に思っている事がある。ここだけは約束と違うし、しっかりと問い詰めておこうか。
「あんね、アル君はマコトが“魔法少女”になれるって言ってたじゃん?」
「そうだよ。だからマコトちゃんは“魔法少女”に変身して、敵をやっつけたでしょ?」
うーん。でもね、これなーんか違う気がするんだよなぁ。
「えっと。魔法少女ってさ、何かこう可愛い格好とかに変身してさ、そんでキラキラのステッキとか使って、もっとこうオシャレに戦うものじゃないのかな……と」
「うわ、馬鹿っぽい……」
「え? アル君、今なにか言った?」
「あ、いやいや! なかなか良い質問だと思ってね!」
そもそも魔女っ娘というのは女の子達の夢の結晶であり、フリフリの服に変身して、可愛らしい武器を使ってポップな感じに戦うはずなのだ。多分。それがコスチュームでなく、本体の方がバキバキに変形して角が生えてどうする? あとね、何か知らんけど、角からバチバチの雷撃式ガスコンロやぞ。
それに敵に関しても一言だけ言わせて貰いたい。何なのあのエグい見た目は。あんなんもし、ちっちゃい子とか見たらどうすんの。泣くよ? 正直、マコトも泣きそうやもん。全く可愛くないし。あとやたら流血とか、身体のパーツがズバァッと激しく吹き飛ぶとか……そういうの、ほんっと要らない。
大体お前ら、魔法少女の敵なんだし、もっとこう……気を遣って綺麗に後腐れなくやられてよね。ちょっと見ろよこの現場。血糊を撒き散らすとか手足がもぎ取れるとか、もう絵的に完全アウトだから。
もしこれがテレビ番組で視聴者がいたら……きっと誰一人として幸せにならない。間違いなく、イカ咥えてビール飲みながら見てるオッサン向けの深夜枠や。ちなみにやたらとモザイク濃い目。
「マコト色々と考えたんだけどね。“これ”どーしてもおかしいと思う」
「いやいや大丈夫大丈夫! マコトちゃんは十分に可愛く変身して戦っていたよ! すごくキラキラしてた、これは本当さ!」
アル君にそう言われた私は、足元の血だまりに転がる残骸へと視線を落とす。
「あんねアル君。これってキラキラじゃなくて、“バラバラ”だよ……」
マコトの攻撃で見事に爆散し、痙攣する怪物の遺体……というか、少し前までは“怪物だった”であろう、大量の肉片。すんげぇ散らかり方だ。大型スーパーの肉売り場の裏方ですら、ここまでになる事はそうそうないと思う。
うえぇ、何かピクピクしてるんだけど……きんも。
それに制服だって蒼い返り血でビシャビシャだ。毎回、戦う度にこんなになるなんて冗談じゃない。大体ね、マコトがやっといて何だけどさぁ……これじゃ完全にスプラッタ映画じゃん。
「あんねアル君。魔法少女が全身に返り血を浴びて、“パンチとキックで怪物大爆殺!!”みたいなのってどうなん? 大体さ、変身とかいって服とかもそのままだし。これってマコトの思ってた“魔法少女”と全然ちがう……」
「しょ、初回はみんなそんなものだよ! ほら、マコトちゃんももう少し慣れたらさ、もうっとこう、テレビアニメみたいに可愛く戦えるから! 誰だってホラ、最初はみんな返り血まみれになるものさ!」
初変身時、頭から大量に血の雨をブッ被るヒロインっておるの? 他にも言い出せば不満だらけだ。
「それとね、魔法少女って最後に敵をやっつける時、何かこう、キラキラした名前の必殺技みたいなのを出してから可愛く勝つと思うんだけど。でもね、マコトにはそういうのは何にも無くて、関節ねじ曲げて折ったり打撃で粉砕したり、頭を踏み割ったり……」
「いやいや! マコトちゃんもホラ、最後の敵を“必殺技”で可憐にやっつけてたじゃないか! あれは何だろう? あの最後に放った、浴びせる様に脛を斜めに叩きつける“すごく可愛いキック”の名前は……」
「……袈裟蹴り」
「な、なるほどね。け、袈裟懸けに斬り付ける様な動作の蹴り技……うん、袈裟蹴りとか滅茶苦茶カワイイ必殺技ネームじゃないか! ホラあれだろう? 袈裟と言ったら、あのお坊さんが着用しているやつ! いやぁ、それに最近は若者に仏教とか読経とかが流行っちゃったりしてるんじゃないの? これはもう、小学生のみんなが知ったら間違いなく憧れてキュンキュンしちゃうね! うん、本当さ!」
ホントかなぁ? 何かスッゴイ怪しいなぁ。またマコト、騙されてるんじゃ……? しかし正直、褒められて悪い気はしない。でもなぁ。
私がそう訝しんでいると、薄暗い路地の先からこちらの様子を伺う小柄な人影があるのに気付いた。
「あっ、人がおる……」
さっきアル君が言ってた知り合い? あっ! もし違ってたら、相当ヤバイ現場を見られちゃったのかも知れない!
でも見た事のない外国人だし、通行人がこんな細い路地に入ってくるかな? あと、歳は私と同じ位で高校生だろうか? おい、誰だ今『お前は小学生にしか見えないだろ』とか言ったヤツ。マジで覚えてろよ、後で絶対にお前ん家行くかんな。そんで、おやつ全部食い散らかす!!
とにかく。その彼女は……多分、側から見て凄まじい事になっているであろう私の姿を見ても、不思議とあまり驚いた様子がない。もしかしてこういう現場に慣れている?? という事はやはり関係者なのかも。
うん。柱の影でオドオドしてはいるけれど、この反応はどちらかというと……人見知りのソレではないだろうか?
とりあえず、声を掛けてみよう。
「ねえ君、そこで何しよるん?」
彼女は少し驚いた様子を見せたが、予想よりもしっかりとした口調で私の呼び掛けに応じたのだ。
「あ、あの、すみません。主任はどちらに……」
「シュニン?」
「ええ、こちらの現場を“処理”するように言われて来たんです。あっ、申し遅れました、私、所属はアルヴィ……」
突然、彼女の挨拶をアル君の声が遮った。
「そうそうマコトちゃん! 彼女は私の知り合いでね、名前はエルルーンっていうんだ。呼びにくいだろうから“エルル”でいいよ」
“えるるん?”
「あんね、私マコト! えるるんは外国の人なん?」
「あ、あなたがマコトさんですね? えっと外国……まあそうですね、そんなところです」
「ロシア?」
「いえあの、どちらかというと北欧の方というか……何故にロシア?」
何となく口をついて出た。
「何で死体処理しとるん?」
「えっ!? あの、これは何というか、お仕事というか……」
再び、アルが割って入る。
「違うんだ。エルルは“趣味”で現場の“処理”をしてくれているんだよ」
おうふ。
「まじか、ヤベー奴じゃん……」
「ち、違います!!」
そうこうしている内に、いつの間にか額の角が消え去っている事に気が付いた。当然それに伴い、身体に宿っていた“暴力的な力”も綺麗さっぱり消え失せている。
「あっ、元に戻った!」
「うんうん、良かったね。エルル、悪いけどマコトちゃんの身体、綺麗に清掃してあげてくれるかい?」
アルからそう言われた彼女は……“ハッ”と思い出した様に、肩から下げていたトートバックに手を突っ込んだのだった。