第十三話 トホツオヤ
こんにちは! ワセリン太郎です! 大変長らくお待たせしました。マコトちゃん、ようやく初変身です!
「うひゃあ、何じゃこれ??」
私の目の前には……満開の桜、桜、桜。
それに加えて、周囲も全く見た事のない原始的な風景。ついさっきまで住宅街の路地に居たはずなのに……
驚いて上着のポケットを確認するが、先程まで喚いていたネズミの姿はどこにも無い。
(これやっぱマコト死んだんじゃね?? アル君も居ないし)
だとすれば、ここは天国に違いない。もちろんマコトは日頃から良い子だったし、あのネズミがこの場に居ないという事は……きっと変身ベルトで“私に恥をかかせた罪”をもって、地獄に落ちたに違いない。さあクソネズミめ、悔い改めよ! 天誅!!
そう考えつつ、再び周囲を見回してみた。
ここは少し、高台みたいだ。しかも見渡す限りの大草原。いや、あれ田んぼか? 何か夏休みに行く、ド田舎のおばあちゃん家を思わせる光景だ。いやまあ、私の住む神丘市もやたらと田んぼ多くて大概な田舎なんだけど。
「うわ、これ、多分本格的に死んだわ。てか何処だここ、何かめっちゃ米生えとる。でも死んだら先ずは何すればいいんだろ? あ、でも死んだんだから、別に何もしなくてもいいんかな? いやちょっと待てよ、“何もしないでいい”って、もしかするとマコトの理想の生活なのでは……」
私がそう呟いた時。突然、背後から“女性の声”が掛かったのだ。
「なんと急き勝ちな子か、お前は。しかもその様に前向きな心境で三途の川を渡ろうとするとは……」
「ふぁつ!?」
ギョッとしてそちらを振り向くと、そこには……あれ、さっきこんなのあったっけ? いや、多分無かったと思う。知らんけど。
とにかく、そこには大きな朱い鳥居と……あれ、奥に見えるのは多分、神社だよね??
「うわ、胡散臭……」
今度は頭の中に、直接声が響いた。
「まったくこの子は……いいから早くこっちにおいで」
ああ、これやっぱ死んだんかなぁ?
これで呼ばれるがままに歩いていくと、死んだおじいちゃんとか、おばあちゃんが現れて『こっちに来ちゃだめ』とか言ってマコトを追い返し、そのまま元居た世界に……みたいな。
あれっ? でもウチはまだ、じいちゃんもばあちゃんも元気に生きてるし、この場合は一体誰が? まあいいや、とりあえず。
「マコトは騙されませぬぞ!!」
ふふふ。こういう胡散臭い輩には、こちらから先制攻撃をしてやるのだ。
「……何がじゃ?」
困惑した様子の“声”。
「そうやって、マコトの事をあの世に連れて行くつもりでおじゃるな!!」
ふふふ、こうやって先にネタバレされると困るじゃろう? ほるぁぁ! 困ったじゃろ!! 見て、怪しい声の出鼻を挫いてやったった! マコトちゃん、くっそ頭いい!!
そうして私が両手を腰に当て、ドヤ顔で神社の方を見ていると……暫く黙っていた“声”が、心底面倒くさそうにこう呟いた。
「お前は本当に面倒臭い子じゃのう。もういい……お菓子をあげるからさっさとおいで!」
「──はい!!」
このまま風景を眺めていても自分の置かれた状況がわからないし、先程駆け回ったせいでお腹も空いた。
仕方ない。こんな場合は出されたお菓子を食うだけ食い、何だかヤバそうなら残りをポケットにねじ込んでスタコラ逃げ出せば良いのだ。さあ、あの世のお菓子とやらが如何ほどのものか、このマコトさまが見極めてくれる──!!
鳥居をくぐり、ゆっくりと警戒しながら神社のお社へ近付くと……
バタン! と勢いよく入口の扉が開いた。
「うぁ、びびったぁ!!」
自動ドアか!
これって……“入れ”って事だよね?
恐る恐る中を覗き込むと、お社の奥には……
立派な神棚の前に正座し、こちらを眺める人物が一人。
「あっ……マロがおる!!」
マロや! マロやぞ! むっちゃマロや! 何かスゲー長くて麻呂っぽい帽子被ってる!!
呆れた様子で溜息を吐く麻呂女。
「誰が麻呂じゃ……」
彼女は下唇を横一文字に突っ張り、凄まじく面倒そうな表情だ。
「いやでも、完全にその帽子とか“麻呂”やし……」
帽子だけじゃなくて服装とかも時代劇っぽい。そう、あれはきっと平安時代なカンジ! 後は顔を真っ白に塗って、変な丸い眉毛を描き足せば……うん、間違いなくマロや。何かよくわからんけど、あれは絶対に文通とかしまくってるに決まってる。
「これは烏帽子という」
平安時代の人とかマロがああいう格好をしているのをテレビで見た事あるし、大体この手の服を着ている人は『〇〇でおじゃる』などと奇妙なしゃべり方をしながら蹴鞠をするに違いないのだ。あと、もれなく変な眉毛。
「でも何でマロは“変な眉毛”描いてないの? 歯も黒く塗装してないし……あっ、忘れてた! で、おじゃる!!」
「はぁ、まったく。そんな事はどうでも良い。これ真琴、良いからそこへお座り」
そうやって、扇子で座布団を指して見せる麻呂っ娘。てかこの人、なーんか何処かで見たことある気がするんだよなぁ。顔つきとか背格好が誰かに似てる。えっと……誰だっけ? ダメだ、それを考えると頭が少しボーッとして全然思い出せない。
でもこの麻呂、何で私の名前を知ってんだ?
うーん、それより何か会話が続きそうにないぞ。そもそも私、平安系の女子と何を話して良いのかワカランのだけど。これがジェネレーション何とかというやつなんかな??
でもさっきお菓子くれるとか言ってたし、仕方ないからもう少しだけ頑張ってみるか! とりあえずこういう場合は“共通の話題”みたいなのが大事だよね? えっと……
「あんね、先週の蹴鞠の試合見た? あれホント凄かったよねー」
良くわからんけど、大体は麻呂イコール蹴鞠で合ってると思う。マコトはルールとか知らんけど、とにかくこういう場合は蹴鞠の話題を振っておけば間違い無いはず。知らんけど。てか正直、あんま球技に詳しくないんだよなぁ、でも平安時代の人達は蹴鞠、蹴鞠って……何でみんなあんなにJリーグが大好きなんやろ??
「真琴、お主……一体、何を言うておる?」
あれ、滑った? もしかして蹴鞠に興味なし? うぁ、なによ面倒くさい、もう蹴鞠の話題にしとけよ蹴鞠に。
あっ、この娘もしかしてインドア系の文通派なのかも! という事は、和歌とか百人一首とか人生ゲームみたいなのにしか興味ない? いわゆる紫式部系ってやつ? 確かアレだよね、何か『光るゲェジ』とかいう平安系陽キャのギャグ漫画か何か。あれ、原人やったっけ? まあどっちでもいいわ。 とにかくマコトね、教科書で見たからそれは知ってる!
でも紫式“部”っていうぐらいだし、何か最近あんま見ない文化系の部活だよね。どうしよう、それもルールとか良くわからん……そもそもマコトは文通とかした事ないし、どんな話をすればいいのかサッパリだ。とりあえずここは適当に『いとワロスwww』とか言っておけば何となくイケるか??
よし、やるか。
「く、くそわろ!!」
「……は?」
外したか――!?
何か先週、昭和の古文とかでそんなん習わなかったっけ?? いや違う、明治やったっけ?? あれ、明治って江戸時代の前やから最近?? でも待てよ、鎌倉幕府は……ほととぎす?? ダメだ、まったくわからん! きっとその辺の難しいところは大学とかで教わるのだろう。
とまあ、このまま入口に突っ立っていてもアレなので……言われるままにお社へ上がり、座布団に座り込んだ。
「おじゃましまーす……あれ、マコトのお菓子は?」
……ない。見当たらない。
「この状況でよくもまあ。前々から阿呆じゃとは思うておったが……ほんに神経を疑うわ、嘆かわしい。大体、菓子なぞ食うておる場合か」
「よくも騙したなあぁぁぁぁぁあ!?」
「こやつ……」
でも何だろう? この人、まるで以前から“私の事を知っている”様な言い方をする。
マコトには麻呂の知り合いなんて居ないぞ? でも何故だか他人という気が全くしない不思議。とにかく、そう言って項垂れる彼女の姿を見ていると……ふとある事に気付いてしまった。
「ちょ!? 麻呂、その角……」
良く見ると彼女の額には……二本の大きな“角”が生えているのだ。
「これが気になるか? しかし、その事は今はどうでも良い。それよりじゃ、お主をここへ“呼びつけた”のには理由がある」
「いやいやいや! どーでも良くないでしょ!? 角! 角が生えてるとか!!」
それではまるで──“鬼”──ではないか。
だが、彼女は私を無視して言葉を続けた。
「良いか? 真琴。お主は己の置かれた状況が理解出来ぬであろうが……」
「うん、まったくワカラン。あ、でもマコトね、もしかしたら死んだかも!」
「じゃろうな。まさに清々しい程の阿呆。じゃが安心せい、お主は未だ死んではおらん」
「え、マコト生きてるの??」
「そうじゃ、生きておる。しかしそれについて詳しく説明しておる暇も無い」
「無いんか」
目を瞑ったまま、マロは頷く。
「此方へお主をつなぎ止めておくにも限界があるでの。皆が昔の様に自然を畏れ、敬い、世の中に“神や妖への信仰”が満ち溢れておれば、妾ももっと大きな力を行使出来ようが……やはりこうなっては、我等の様な者には生き辛い世の中よな」
何のこっちゃ?
ああ、もしかして宗教の勧誘だろうか? そういやあの人等、ウチにもたまにチラシ持って来るぞ? 主に日曜日の昼過ぎとかに。あれね、サンタがどうとか何か難しい事ばっかり言うので、話を聞いていても良くわからんのだけれど。そして何故だか決まって最後に『お嬢ちゃん、難しいお話をしてごめんなさいね』と気の毒そうな顔をして帰ってゆくのだ。あれは何でだろ??
再び口を開く麻呂助。
「よいか真琴。現在、怪物共に襲われたお主の生命は風前の灯火であり、簡単に言うと“死の間際で時が止まった様な状態”じゃ。そしてこのまま、妾の言う事を聞かずに元の世へ戻れば……どうなるかわかるか?」
あっ、あの怪物達と戦ってた事、知ってるんだ。それより時間が止まってる? マジか。あと、リアルに妾とか言う子初めて見たわ。しかし不思議と嘘だとは思わない。でもそうなると……
「まあ……多分、戻った瞬間に首チョンパ?」
ちょっと混乱してきたけど『元の世へ戻れる』って事は……やはりマコト、まだ生きてるって事だけは間違いないらしい。しかし今のまま戻ると、たちどころに三枚おろしか。
どっしりと正座したまま、私の言葉に頷く鬼マロ。
「うむ、そこだけは理解しておる様じゃのう。兎に角! 此度の事は、お主に“血”が色濃く表れてしまったが故に起きた騒動じゃ。そして本来であれば妾が力を貸す事も叶わぬ筈であった」
何のこっちゃ? 私は首を傾げるが、麻呂っ娘は気にせず話を続ける。
「じゃが真琴、お主は頭は緩いが本当に運の強い子じゃ。いや、相当に頭が緩いのは大きな問題じゃが……全く、あの学び舎での成績はどうにかならぬのか? しかし今はそれは良い。それより、あの“ネズミの奴め”には感謝せねばならぬな」
まあ、褒められている様なので悪い気はしない。
「ネズミって……アル君のこと??」
彼女は再び頷くと、私の腰に巻かれた“変身ベルト”を指差した。
「妾はお主をこちらへ呼び寄せ、僅かながら時を稼いだ。そして見よ、その奇っ怪な腰巻きを。我らの力の源を生み出す等、まるで神代における“神器”さながらじゃ。あのネズミの奴めが、如何にしてその様な物を造るに至ったのかは知れぬが……お陰でようやく、“神通の力”を呼び覚ますに足る量の“信仰”を吐き出しおったわ」
「ごめん、マロが何言ってるか全然ワカラン」
「で、あろうな。簡単に言うとじゃな、死に瀕したお主の時を止め、その腰巻きから吐き出される“煙”を充分に吸わせる為にこちらへ呼びつけたのじゃ」
「……何でぞ??」
「……もうよいわ」
そういえば。この奇妙な場所に来てからも“変身ベルト”は絶賛稼働中であり、休む事なく薄ら緑の煙を吐き続けている。
これを私に吸わせる為? くんくん……うあ、くっさ。
「ねえマロ、この緑の煙って……沢山吸ったらどうなるの? 何かアル君も、この煙がどうこうとか良くわからん事言ってたんだけど。あと、何かめっちゃお父さんの頭みたいな臭いがするんですけど」
彼女は扇子を広げ、少し長い八重歯を隠す様に口元を覆った。
「その煙はの、“遙か昔に失われた力”を呼び起こす為のもの。ネズミの奴めは“もっと少量で良い”と思うておった様じゃがな、まるで見当違いじゃ。それは人の身に“神”を降ろす様なものであり、お主の血の底に眠る神通の力に目覚める為には……あんなものでは足りぬ足りぬ」
突然、彼女の姿が二重にブレて見え始めた。
「あ、あれ? マロが二人に……」
私の言葉を聞き、『なに!?』と随分と慌てた様子で立ち上がる鬼っ子。あれ? 小柄だとは思ってたけど……背丈は私とほぼ同じ位だろうか?
「いかん、思うておったより早い。時間がない。よいか真琴、もう時期にお主は元居た現実に引き戻され、その直後に怪物共から切り刻まれる事となる。それを防ぐ為、これより力を引き出す為の“印”を取り決めねばならぬ」
……力を引き出す? あの怪物達に対抗できるって事?
「とりあえず、このままだと私が“金太郎飴”にされる……って事だけはわかった」
「今はそれで良い。基本的に形は何でも良いのじゃが、余りに単純なものにすると……誤って普段の暮らしの中、意図せず“印を結んでしまう”恐れもある。もしそうなっては事じゃ。それにこの娘は阿呆じゃし、あまり難しいものでも覚え切れぬ。これはどうしたものか」
何か良くわからんけど、すげー馬鹿にされてる気がする。
「その“印鑑”って何なん?」
「“印”じゃ阿呆。今は詳しく説明しておる暇はない」
そうして麻呂は、顎に手を当てて考える素振りを見せるが、その姿がどんどん大きくブレて見え始めた。
「ちょっ、マロ! 何か世界がメッチャぶれて見え始めたんですけど!!」
「いかん! そうじゃ、あれじゃ! あのお主が『変・身!』等と唱えて見せた、奇っ怪な動き! あれを“印”とし、妾との契りとしよう!」
「あの“変身”ってやつ? え~アレめっちゃダサいんですけど……」
「死にたいか! 文句を垂れとらんで早ようせい!!」
鬼麻呂の剣幕に押され、私は慌てて“例のポーズ”を取る。
それを見た彼女は、腰に差していた短い刀を少しだけ抜くと、人差し指と中指の二本を軽く押し当て、それからスッと……ひえっ!? 指の腹を少しだけ斬りおった……良くわかんないけど、何か血判みたいな事でもするのだろうか??
えっと、とにかく“例のポーズ”だ。まず私は左拳を腰溜めに引き、同時に右手を交差して斜めに突き上げる。
すると麻呂は先端に血を滲ませた指を私の額へグッと押しつけ、それから何やらブツブツとお経のようなものを唱えつつ、空中でササッと何かを描く素振りを見せ始めた。
「あんね、顔に血、つけないで欲しいんだけど……」
「やかましい阿呆。四の五の言わず、言われた通りに黙っておし!」
突然、目の前へ紅い紋様の様な物が浮かび上がった。
「ちょっ──!? マロ、何ぞこれ!!」
「気にするな、ただの梵字じゃ! 続きに集中せい、時間がないでの!」
いやいや、いきなり目の前にこんなん出てきて驚くなとか言われても……でもそんな私にも一つだけ、ハッキリとわかっている事がある。
そう、“視界のブレ”がどんどん大きくなってきているのだ。それは目に映るものの輪郭が二倍になったり消えそうになったりと大忙し。ついでに身体が、何処か遠くの世界へ引き抜かれそうになる様な不思議な感覚も。何だかヤバいぞコレ。
先程のマロの言葉が正しければ、もう残された時間はない。その理屈は一切わからないけれど、きっと彼女の言うことは正しいのだろうと、頭でなく本能で理解する事ができた。
「急げ、真琴!」
私は頷き、右手を大きく円を描くようにゆっくり回し、それを腰へ引きつけながら、再び左手を交差させる様に勢い良くサッと突き上げ……
もう殆ど周囲が白み、何もかもが見えなくなる中、誰かの優しく温かい手が、私の背中を強く……まるで生きる事そのものを肯定するかの様に強く、そう、力強く押した。
「真琴や、また会うこともあろう。それまで……死ぬでないぞ!」
声のする方を横目でチラリと見ると……ああ、そうだったのか。その時になってようやく理解した。彼女の姿は誰かに似ていたのではない。そう、彼女はまるで“私そのもの”だったのだ。
そういや名前……聞いとけば良かったな。
『うん』と笑顔で頷き、それから“印”を切りながらありったけの声で叫んだ。
「──変・身──!!!」
視界がハジけ、投げ出された身体が霧の世界を一気に突き抜ける! その最中、額に“二本の熱”が宿り、これまで感じた事の無い“凶暴な力”が全身に宿るのを感じた。
思い出せ。
目の前に襲い来る“敵”は……三体。
歯を食いしばって目を見開き、全身へと緊張を漲らせる。突然大きく伸びた犬歯が下唇を押さえ込み、己の身体に何らかの“変化”が起きた事を密かに伝えて来る。そうだ、これはきっと彼女の……
マロの神社に呼ばれる直前の光景を思い出し、漲る力を両脚に込めた。
――来る――
そして霧のトンネルがほどけ、眼前には鎌を振りかぶる奴等の姿が──!!
怖れず、目を見開け──!!
私は地を蹴り、バックステップで躱し……
──ボッ──!!
予想を超えた思わぬ脚力に視界が大きくブレた。凄まじい勢いで背中がコンクリート壁に叩きつけられ、両肺の空気が一気に押し戻される。
「ぐふっ!? あうっ……」
ポケットから、酷く驚いた様なアルの声がした。
「ちょっ!? マコトちゃん大丈夫? えっ!? 君、その姿は一体……」
私の姿……? 何だ? まあ今はそれどころではない。
先程の攻撃で私を仕留めた筈だったのだろう。目の前の怪物達は、驚いた様に大きな目を見開き、空を切った己の鎌を不思議そうな顔で見つめている。
自分でも正直、さっきの三体同時攻撃を躱せたのは驚きだ。通常であれば、間合い的に回避はまず不可能。だが、躱した。
しかし奴等だって、いつまでもボーッとしていてはくれない。気を取り直してジワリ、再びこちらへの距離を詰めて来る。
次の攻撃が来るぞ。そして今度は……背後に逃げ場はない。
だけど、私にはある“確信”があった。そう、先程背後へ跳んだ時に、とある奇妙な感触を掴んだのだ。
迫り来る奴等を見据えつつ、屈めた両脚に力を込める。
――パチパチッ――
気のせいか、額の上に細い雷が走った様に思えた。
大丈夫、きっとやれる。
「ヒエッ!? マコトちゃん、君はまるで……そうか、そうだったのか!」
再びアルが何か騒いでいるが、とりあえず今は気にしない。
「きた! いくよアル君!!」
私達を目掛け、飛びかかる怪物──!!
──ボッ──
直後、凄まじい空気の抵抗を受け、その後……フワリ、身体が重力から解き放たれた。
耳に纏わり付く風切り音と乾いた熱い湿気。それらを心地よく感じながら、夕暮れの街並みをぐるりと見渡す。路地はすっかり暗くなっていたけれど、生まれて初めて上空から見下ろす私達の街は……まるで夕日に浮かぶ、黄金の原。
こんなに綺麗だったんだ……
緩やかに上昇も収まり、まるで時が止まった様にも感じるが、風にはためく制服の音が“そうではないよ”と伝えて来る。そうしていると、遠く山のてっぺんに差し掛かり、今日の仕事を終えて沈みかけていた夕日が……少し背伸びが過ぎる女の子の為にひょっこりと顔を上げ、もう一度暖かな光を届けてくれた。
全身へ陽を浴びて更なる体温が宿り、ゆっくりと目を細める。
「まぶしいな……」
遠くに学校が見えた。すごく高いけど、不思議と恐怖は感じない。
それから徐々に落下し始める身体を重力に任せ、眼下で慌てる“怪物達”を睨む。ああ、アイツら全然こっちに気付いてないや。
私が急に視界から消えたので驚いているのだろうか? 連中、あんなに背が高いはずなのに、ここから見るとまるでミニチュアだ。あと、ポケットでアル君が何か喚いているが……何騒いでんだ? ダメ、よく聞こえない。
「えー? アル君、なぁにー?」
「#$$&”ぁあ&%$#──!?」
何言ってんだ……コイツ?
「えー? きーこーえーなーいーよー!」
「&”ぁあ&%#$$&”ぁ――!!」
何故だかふと、笑いがこみ上げて来る。
落下しながら、己の四肢を確かめた。そうしていると、不思議と“力”の使い方が少しだけ理解できるのだ。
「これは麻呂の……おかげかな」
私はダラリと全身の力を抜き、頭の重さに任せて上下逆さまになると、両脚を体育座りの要領で抱えて……
──バチバチッ!!
空中に出現させた雷撃の磁場を蹴りつけ、地表へ向けて突撃を開始する。砲弾の様に迫る風切り音に気付いたのか、ようやく上空を見上げる一つ目の怪物達。
しかし……遅い。
回転して体制を整え、勢いよく脚を頭上へ振り上げる。
「っしゃああああっ──!!」
──ずどん!
次の瞬間、私の振り下ろした踵落としが敵の一体の頭部を捕らえ、その身体を木っ端微塵に粉砕したのだった。