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第十話 望まぬ再会

 こんにちは! ワセリン太郎です!

 それから暫く経ち、森やミクと別れた私は……少し薄暗くなってきた住宅街を、自宅に向けてスッタカタと急いでいた。あー、マックのシャカシャカポテトおいしかったなー。今食ったばかりだけど晩ごはんは何だろなー? 楽しみだなー。


「あっ、そういやアル君を待たせてたんだった……ま、いっか! あのクソ野郎(ネズミ)、今日学校でマコトにとんでもねぇ事してくれやがったし! 部屋でバルサン炊かれないだけありがたく思えっての! もし次にやったら立派な薫製(くんせい)にして、その辺のニャンコのおやつに食わせてやっからな、覚えてろ!!」


 その時だった。


 突然、スポーツバッグのジッパーがジジジ……と自動で開く。


「何ぞ──!?」


 そしてそこからモリッと現れる、灰色の毛が生えたリトルうんこ。


「マコトちゃん、呼んだかい? 全く、独り言の大きな子だ。それよりヒドイじゃないか、私をバルサンで燻そうとするなんて」


 雑菌ネズミの登場に、私の背筋が急速に凍り付いた。


「うぎゃあああ!? 汚ったなぁぁぁぁああ──!!」


 私はその時、一瞬で悟った。


 そうだ。こやつ、朝から今の今まで……私のスポーツバッグの中で、そう、体操服やお弁当の入ったバッグの中で、どうやって持ち物検査の時に逃れたのかは知らないけれど、とにかく放課後まで上手に隠れ、ぬくぬくと快適に過ごしていやがったのだ。


「ちょっとマコトちゃん、声が大きいよ。あとリアクションも過剰。やめなよ、ここは住宅街だよ?」


「うわあぁぁああ!? ネズミ弁当食ってしまったぁぁぁ!!」


「君は本当に失礼な娘だね、弁当を開けて、ちょっと唐揚げをカジっただけじゃないか。それより……」


「やっぱ食ってたのかよおぉぉぉぉ!?」


「うんうん。唐揚が冷めてても美味しかったよ、お母さんは味付けが上手だね。それよりマコトちゃん、君は騒ぎ過ぎ。今の状況を側から見たら、一人で大騒ぎする完全にアタマのおかしな子だよ?」


 頭を掻きむしる私のブレザーのポケットへ飛び移り、それから急に、前脚で“シッ……”として見せるネズミのアル。


「いや騒ぐでしょ!? 女子高生のバッグの中にうんこ(・・・)モルモット入ってたら、そら騒ぐっしょ……てかブレザーもやられたぁぁぁぁあああ!!」


 今すぐ洗濯してぇぇぇえ!!


「しっ……静かに」


 アルの真剣な表情を見て、ふと“何だろう?”と興味を引かれた。


 頭を掻きむしりながら彼女へ問う。


「アル君、何なん……? どしたん?」


「マコトちゃん、残念なお知らせ。お客さんだ。いいかい? まずは冷静になるんだよ」


 何の事だ? お客さんって……誰だ? 


 そう思った矢先、ふと背中がヒンヤリとしている事に気付く。


 それは……汗。そう、冷や汗というヤツだ。


 実はアルがバッグから現れる少し前……とにかくその辺りから奇妙な胸騒ぎを覚えてはいた。これはあまり気持ちの良いものではないので、いつもの様に努めて無視していたんだけど。


 それが一体何なのかはわからないし、人へどう伝えて良いのかもわからない。とにかく“この先、何か良くないモノが私を待っている”という……そう、野生の勘みたいなもの。


 実はマコト、昔からこの感覚に襲われることが度々あった。そしてこの症状が身体に現れると、決まって直後に“奇妙なもの”を()てしまう。


 例えばそれは、道端の縁石に座り込む“真っ黒な人影”であったり、群衆の中からジッとこちらを見つめる白目の無い老婆。他には川の中にカッパみたいなのを見る事もあれば、橋の下にスウッと消えて行く人々の列を目撃した事も。


 でもあれってホント何なんだろうな? 何か気持ち悪いけどみんなに言っても信じて貰えんし、そうしょっちゅう視えるモノでもなく害もないので、普段は完全に無視してあんま気にしない様にしてるんだけど。


 実はあの襲われた日も……河川敷の堤防に侵入した辺りでそれに気付いてはいたのだ。しかも今までに感じた事がない程に強く。具体的に言うと、後頭部の髪を一束掴み、頭皮ごとゆっくりと頭頂部へ向けて引っ張る様な感じ??


 とにかく。


 アルはその事を言っているのだろうか? でもそれが解るというのならば、もしかして彼女も私と似たような体質なのだろうか? ネズミなのに??


 そう考えていると、ポケットの中の彼女は私を見上げてこう言ったのだ。


「もう一度言うよ。マコトちゃん、“お客さん”が来る。しかも“二体”。いいかい? 事態は最悪だけど、とにかく落ち着いて冷静に対処するんだ。でないと……死ぬよ」


 “死ぬ”と聞いて悟った。


 間違いない、奴だ。


「二体? もしかして……あの鎌の怪物?」


 あんなヤツらがまだ他にもいるのか? 不気味になって、薄暗い通学路を振り返る。


 辺りは電柱の街灯へと冷めた光が灯り始め、どこからかジジジ……と、漏電する様な音が微かに鳴り響く。


 私は助けを求める様に周囲を見回すが、ダメだ、人っ子一人居やしない。田舎町ゆえに、普段であれば何も気にならない事なのだけど、正直、今はこの静けさが不気味でならない。


 再びアルが小声で囁いた。


「そうさ。今ここで『何でそれがわかるの?』って聞かない所だけは評価しようか。奴ら、君の気配に惹かれて現れたみたい。まず一体はさっきから距離を取って尾行して来てる。それともう一体は……いけない、もしかすると回り込まれたかも」


 不思議とそれが“嘘”だとは思わない。


「ちょちょちょ、どうすんの!? あ、そうだ、アル君の知り合い! あの鎧のお姉さん達を呼んで! はよ!!」


「待って、今やってる! でもこれは間に合うかどうか……」


 一瞬、『このネズミ、どうやってあの人達に連絡取るの?』 などと不思議に思ったが、今はそれどころではない。


 首筋へピリピリと電気の様なものが走り、気配がかなり強まった。てかこれ、やはりいつも感じるものとは緊張感が桁違いだ。何というかこう純粋な悪意というか、マコトに対する明確な殺意というか、どう表現すれば良いのかワカランけれど、とにかくそういうものがビシビシとこちらへ向けられているのは確かだ。


「ねえアル君、これどうすれば……」


「マコトちゃん、とにかく急いで“ベルト”を装着して!」


「べ、ベルトってなに!?」


「何って“変身ベルト”に決まってるでしょ! 早く!!」


 えっ、アレ!? この緊急時に一体何を言ってるのだ? ふざけてる場合じゃ……


 だがパニクった私は、言われるままに……震える指で、ベルトをバッグから急ぎ取り出した。


「だ、出した!!」


「出した! じゃないの! 早くスイッチ入れて腰に巻いて!!」


 何のこっちゃ!?


 ブレザーの上着をバッ! とやり、シャツの上にベルトをグルリと巻き付ける。


「ま、巻いた!」


「よし。まずは逃げ切るよ? 準備も無しに奴等と戦うのは、正直、賢い手だとは思えない。なのでソレを使うのは……現状、最終手段だ。マコトちゃん、とりあえず荷物をその辺の民家に隠して身軽になろうか」


 確かにあんな怪物と戦うなんてゴメンだ、冗談じゃない!! 私は近くの民家の庭へ、担いでいたカバンとバッグを躊躇なく投げ込む。ここは毎朝通学時に挨拶をする超高齢のおばあちゃん()の裏庭だし、荷物自体は後でどうにでもなるだろう。


 その直後、奴は暗闇からノソリと現れた。


 赤黒い長身。そして顔の真ん中にある、大きく血走った紫色の瞳が……ギロリとこちらへ向けられる。


「キシャァァァァ……」


 囁く様な、耳障りで不気味な声。


 それから奴は……まるで両手の鎌を研ぐような仕草を見せ、鋭い歯を覗かせニタリと“笑った”のだった。


 ゾッとする笑み。相変わらずキモイ野郎だ。コイツに慈悲や優しさを期待するのは無駄。相手は人間じゃないけれど、その表情を見れば一目でそれが理解できる。そうだ、この怪物は他人の人生や生命をどうとも思わない、根っこから腐ったとんでもない糞野郎だ。


「さあマコトちゃん逃げるよ! もう一体から背後を挟まれない様に、今来た道を全力で戻るんだ!」


 アルの大声を聞いた瞬間、怪物が私達へ襲い掛かる──!!


 私は弾かれた様に走り出し、軽く左右にフェイントをかけながら怪物の隣をすり抜け……


 刹那、奴は右手の鎌で、横薙ぎの一閃──!


――来た!!


 多分この怪物、私が“地面に伏せて鎌の一撃を躱す”と予想していたのだろう。


 タン、タン、タンッ――!!


 だが、走りながら民家のブロック塀へと飛び移った私は……映画の忍者よろしく、そのまま真横になって三歩、民家の壁を勢い良く駆け抜けたのだ。


 すれ違う際の一瞬、時の流れが遅く感じられた。怪物の唖然とした様な表情が目に入り、『ざまあみれ!』という気持ちになる。このアホめ、人間を甘く見るな──!!



 走る私のポッケでアルが騒ぐ。


「ちょっ、マコトちゃん――!? 君、何なの!? 壁走りなんて、まるで忍者か何かみたいじゃないか!!」


「ふふふ、実はマコト、中学まで体操競技()していたのだよ! 例えばこれは先生から居残りを言い渡され、それから逃げ切る際にこの壁走りを多用して……」


 体操をしていたのは事実だけれど、当然そこで忍者の真似事を練習する筈はない。


 これは中学三年生の頃、皆が必死に受験勉強をしていた時期に『俺は将来“忍者”になって就職したい。いつか再び、世界が忍者を必要とする時が来る筈だ』と熱く語り、最後まで進路希望の欄に『忍者』と書き続けたクラスメイトから教わったものだ。


 結局彼が壁を走るには至らなかったが、その際の特訓のお陰で……二日後、マコトは五歩まで壁を駆けられる様に。


 そして彼は『マコトが走れるなら、俺にもいつか壁走りが習得できる筈だ!』と、キラキラした瞳で高校受験日の当日まで壁と向き合っていた様子だった。


 ホント、夢に向かって頑張るっていいよね! 彼の事はそれ以来見ていないが元気だろうか? でももし十年後とかに同窓会で会えたら……きっと立派な“忍者のお仕事”に就いているのだろう。


 てか忍者って普段生活してたらあんま見ないし、『免許皆伝』がどうとかと言ってたから国家資格か何かなのだろうし、その“免許”を持ってハローワークとかに行ったらいくらでも就職出来そうだよね。一生、生活に困らなさそう! そうだ、マコトも大学行って忍者になろうかな!




「わかった、マコトちゃん、それは後で聞くよ! 来た! 奴ら、追って来てる!!」


 アルの声で急に現実へと引き戻される。いかんいかん、考え事なんてしながら走っている場合じゃなかった!


 しかししつこい奴だ、抜かれた時点でさっさと諦めればいいのに。ストーカー気質か? まるでクソ森だ。だがここから再び、マコトの第二の特技が炸裂する事となる。


 そう、短距離連続ダッシュと、それを支える驚異的なスタミナだ。


 ちなみにマコト、チビだチビだと言われるだけあって確かに身長は低いのだが、実は体育教師もドン引きする程に短距離走が速い。それに加えて陸上部の長距離走者も首を傾げる程の持続力。その結果、当然だけれど長距離走も抜群に速くなる。


 体育の時に皆から不気味がられるのだが、こればかりは生まれつきなので自分でも良くわからない。でもそれは場合によって、本気で怖がられる事もあった。そう、『まるで人間じゃないみたい』と。


 なので実はマコト、普段から学校なんかの人目につく場所では、あまり本気を出さない様にしているのだ。だけど今はそんなん知ったこっちゃない。大体、あんなワケのワカラン怪物なんかに気を使う必要などこれっぽっちも無いワケで。


「っしゃ! アル君、しっかり掴まってて!」


――ダンッ!!


 前傾の形を取り、スピードを上げると……耳を撫でる風切り音が徐々に増し、それが足裏の強い振動と共に心地よく流れ、一気に遥か後方へと置き去りにされてゆく。


 驚き、再び歓声をあげるアル。


「ちょっと君、走るのも随分と速くないかい!? いやいや、これは大したものだよ!!」


 うん、よく女子のタイムじゃないって言われる! そもそも学校では、駆けっこでマコトに追いつける男子など陸上部も含めて居やしない。


 でもアレってよく考えたら不思議だよなぁ。


 女子は皆口を揃えて『男子は力が強いからね』とか言うけれど、マコトは生まれてこの方、そんなの一度も感じた事がない。


 もしかすると皆、女の子っぽく見せようとカマトトぶっているのだろうか? だいたい男の子っていうのは身体が大きいだけで、“力が弱い”ものだと思うんだけどなぁ……うーん。やっぱマコトが何処かおかしいのだろうか? それはまあ、今はどうでもいいや。


「すごいでしょ? 具体的に言うと百メートル、十秒ジャスト! てかアル君、まだ怪物は追ってきてる?」


 中学生の頃の話だし、今本気で走ると記録がどうなるのかは知らない。まあ、あの頃より体力は増進してるっぽいし、前より遅くなっているという事は流石にないだろう。


 アルは走る私の身体をよじ登り、肩まで駆け上がって髪を掴むと……


「速い速い! 君さ、口をガムテープで塞いで失言を防げば、間違いなくオリンピックに出られるんじゃないかい? いいね、敵が随分と離れた! よし、このまま一気に逃げ切ろう!」


「よっしゃ振り切る!」


「マコトちゃん。もし人間という存在が知性を一切持たない生物だったとしたら、きっと君はその頂点に君臨する個体になっていただろうね!」


 おお。何か知らんけど、マコト今メッチャ褒められてる!!


「ぶわっはっは! 見たかマコトさんの実力を! 馬鹿め、悔しければ追い付いてみろ。このクソ怪物共!!」


 更に加速した。


「これは凄いね! どうやら神様は、君から大きく知性(IQ)を奪った事の埋め合わせを一切怠らなかった様だ!」


 耳元でアルが何か喚いているが、風切音でよく聞こえない。


「えっ? アル君、いま何か言った?」


「君は最高の女の子だって言ったのさ――!!」


「よっしゃもっと褒めて!!」



 こうして私達は小径を全力で駆け抜け、何とか追いすがろうとする奴等を……軽くブッちぎったのである。



 だが、ここで調子に乗ったのかいけなかったのだろうか? とにかくその数分後……再びマコトの“特技”が炸裂する事となった。


 そう、“方向音痴”という何の役にも立たない特技を持って、私とアルは再び窮地に立たされてしまったのである。


……何でだ??

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