第一話 ファ○チキの少女
皆様はじめまして&こんにちは!! わたくし、ワセリン太郎と申します!!
普段は私、【ビニール傘と金属バット】https://ncode.syosetu.com/n2931dd/ という、基本設定こそ異世界ものではあるのですが、非常にお下劣でどうしようもない、なろうの流行から大きく外れた特殊な小説を世間の隅っこでコソコソと書かせて頂いております。(本編の方を読んで下さっている“いつもの皆様方”には本当に感謝の気持ちしかございません。ありがとうございます!!)
実は前々から『数十万字程度で完結する作品を描いてみたい!』との想いがありまして、少しずつ今作の設定を煮詰めていたところ……ふと気付けば世間はコロナ騒ぎ一色。で、あれば、折角なので自粛ついでに思い切ってチャレンジしてみよう! となった次第にございます。
いつもは気が向いた時にダラダラと書き殴っているのですが、今回は予め数十万字(だいたい前後編で文庫本1~2冊相当??)で完結という、限られたボリュームの中で結末を見る初めての挑戦です。未熟で至らない点も多いかと存じますが、もし最後までお付き合い頂けたら幸いです。
まだ色々と制限がありストレスの多いこの時期、皆様におかれましても何かとイライラされる事が多いかと思います。そんな中、もし僕の書いた下らない駄文で“クスッ”となって頂き、少しの間だけ肩の力を抜いて貰えたのなら……趣味の物書きとして、これ以上に嬉しく幸せな事はございません。
それでは、パワー系チビっ子変身ヒーロー……じゃなかった。魔法少女マコトちゃんの物語、始まります!!
強い夕日が目に刺さり、スタンドを立てたままの自転車へ跨がった私は……我慢出来ず、思わずぎゅっと目を細めた。
「ねえ、本当に来るかな……?」
そう問われた“小さな相棒”は、『さあねぇ……』とポケットの中で首を傾げて見せる。
スマホの画面を覗き込むと、そこには“十八時五十九分”を示す文字。
もうすぐ日が落ち、じきに夜が来る。
私は通学用スポーツバッグのジッパーを少しだけ開くと……そっと手を差し込み、“例のアレ”へと手を添えた。
これは準備だ。もしその“待ち人”が現れた場合、本当に……本当に不本意ながら“コレ”を使わざるを得ない。
ああ。正直、現れないでくれたらどれ程に良いだろう。だけど、きっとそう都合良くは行かない。
「嫌だなぁ……」
そう言葉を漏らした私へ、ポケットの中で寝転ぶ相棒が溜息を吐きながらこう尋ねた。
「マコトちゃん、戦うことが嫌かい?」
うんまあ、それもある。
「そりゃ当然、戦うのは嫌だよ? でもね、それ以前に……“コレ”が死ぬほど嫌。こんなん外で装着するとか恥ずかしすぎて、一体何の拷問だよってカンジ」
呆れた様子の相棒。
「君さ、もういい加減に諦めなよ。大体“ソレ”の何が気に食わないんだい? はっきり言って“ソレ”、デザインも含めて何もかもが最高じゃないか」
「どこが……」
私はそう呟きながらヘルメットを被り、有事に備える。
「ああ、君には“そのデザイン”が内包する崇高な精神が全く理解出来ないんだね。本当に残念な娘だよ」
「あのね。こないだ学校の所持品検査の時、“コレ”をバッグに入れてて……いや入れられてて、そんで先生に見つかったマコトが……一体どうなったと思う?」
「知ってるよ、クラスで渾名が“換気扇ちゃん”になったんでしょ? あ、因みに君の自転車、陰でみんなにサイクロン号って呼ばれてるからね」
「ああもう! わかっててそれ言う!? あんの隣の席の“クソ森”、マコトに変な渾名つけやがって。あのハゲ、いつか絶対! 頭をブッ叩いて仕返ししてやりたい……」
「暴力は良くないよマコトちゃん。それと森君、あの頭はハゲじゃなくて坊主頭だからね。しかし彼、よく“変身ベルト”なんて物を知ってたよねぇ。あれって五十年近く前のデザインなんだけど」
「いやそれね、最初にベルトベルト言って騒ぎ出したのは担任の先生なんだ。マコトにふざけた渾名をつけたのはクソ森だけど」
「なるほど、先生が知ってた訳だ、納得。しかし時代を超えて受け入れられるあのデザイン、やっぱり最高だねぇ」
「いやいや誰も受け入れてないし。あんなん見て喜ぶのは年配の先生達だけだって。マコトは誤魔化そうと思って『弟のです!』って言ったんだけど、担任の先生、空気読まずに『お前、弟いないだろ』とかみんなの前でバラしちゃうし。マジないわ」
「マコトちゃん、嘘は良くないよ」
「あんね、女子高生のバッグの中から“変な換気扇みたいのが付いたベルト”が出てきてね、それを“変身ベルト”とか言われてみ? それ見てた人達はどう思う? マコトね、危うく社会的に死にかけたんだよ? いや、もうみんな知ってるし、もしかしたら既にお亡くなりになってるのかも……」
そうボヤいた私は、その元凶である“憎っくき変身ベルト”へ手を掛け、不本意ながらいつでも取り出せる様にとしっかり身構えた。ああコレ、ほんとに使いたくないなぁ。
本来、ごくごく普通の女子高生であったはずの私。それが何故、こんなワケのわからない張り込みみたいなマネをするハメになったのかを思い返すと……
話は、ひと月ほど前にまで時間を遡る事となるのだ。
少し思い返してみようか。私の人生をガラリと変えてしまった……“あの奇妙な事件”の事を。
そう、あれはだいたい一ヶ月程前の事だ。
下校時に友達の家へ寄って遊んでいた私は……少しだけ薄暗くなった河川敷の堤防の道を『今日の晩ご飯は、なんだろなー?』と、鼻歌交じりにシャカシャカと自転車をこいで家路を急いでいた。
「“う〜”はうーんこーの“う”ー♪ “ん〜”はうんこの“ん”ー♪ “こ〜”はうーんこーのー……」
ふらふらと立ち漕ぎし、ユラユラとブレーキに手を掛け蛇行しながら、自動車進入禁止の柵をすり抜ける。
さて、家に帰ってご飯を食べたらお風呂に入り、それからメンドイけど明日が提出期限の課題を終わらせなきゃ。
てか今日の数学の授業、いや、“今日の”じゃなくて“今日も”なんだけど、終始先生が何を言ってるのかよくわからなかったんだよなー。ホント先生方、プロなんだからしっかりしてよね!
まあ何を言ってるのか良くわかんないのは、数学だけに限ったことじゃないからあまり気にしてないんだけど。
などと思いつつ、路上に落ちていた革靴を、チャリンコの車輪で踏まない様にスルリと躱す。
あれ……革靴って、道端に落ちてるモンだっけ??
ピリリ、後頭部に電気が走る様な感触を覚える。
それから少し行くと、今度は茶色い鞄。
誰だか知らないけど、サラリーマンのオッサンが落っことしたのだろうか? いやでも流石に靴や鞄を落として気付かないとか……あるのかな? もしかして酔っ払いか? でもまあ、私も色々と失くしたり忘れ物とかしまくるし、もしかするとメッチャ急いでたらそんな事もあるのかも!
また暫く進むと……背広の一部と思しきパーツが。いま思えば、私の思考はこの辺りから徐々に麻痺していたのかも知れない。
そして、自分の顔から完全に血の気が引き、真っ青になっているとハッキリ自覚したのは確か……血糊にまみれ、路上に倒れ伏す男性の姿を追い越してしまった辺りだったと思う。
実はさっきから血痕らしきものが点々……と言うには随分と派手に、路上へ飛び散っていたのだ。
私にはそれが見えていなかったのか、それとも気付いていなかったのか? いや、当然それはどちらも違う。多分正しくは、どうすれば良いのかわからず混乱し、必死に知らぬ振りをしてやり過ごそうとしていただけなのだと思う。
どうも人間というものは、極度のパニックに陥ると、無意識に普段と同じ行動を取ろうと必死になるのだとか。以前、中学の頃の担任の先生からそういう話を聞いた事があるような、無い様な。
とにかく。
後で思い返すと……その時の私がそれに近い状況に立たされていたのは、疑い様のない事実だった。
通り過ぎる微かなうめき声。それをを聞いて急に我へ返り、自然と自転車のブレーキを握る指に力が入る。
急停車し、自転車を降りた私は、震える足でその人の元へと歩み寄った。いかん、脚だけじゃなくて全身のガクガクが止まらない。
「ちょっ、おじちゃん、おじちゃん大丈夫──!? い、今、救急車呼ぶからね!!」
ど、ど、ど、どうしよう──!?
しかし、その人の……今思い出してもゾッとする。とにかくその……片腕と片脚を失って痛みに耐えるオジサンの返答は、私の予想とは随分かけ離れたものだったのだ。
「逃げろ……殺されるぞ……バ、怪物が……」
逃げろ??
「……えっ?」
殺される? 私が? いやでも血が……てか死にかけてるのは、私じゃなくてオジサンじゃん??
思考が追い付かずに立ち尽くす。いかんいかん、早く助けないと。それにはまず救急車を呼ばないといけない。えっと、こういう時は110番だっけ……? あれ、119番だっけ? ど、どうすればいいんだっけ……?
そ、そうだ! じゃーぱ◯ット、じゃ◯ネット! 電話ください、いーまーすぐーにー……ぜ、ぜろいちにーぜろ……うあぁぁぁぁ、それ何か違うやつや!? ど、ど、ど、ど、どうしよう!?
そうしてスマホを握ったまま狼狽えていると、突然、河川敷の方から奇妙な“人物”がノソリと現れたのだ。
それは、ゆっくりとこちらを見据える。
「キシャァァァァ……」
「……エッ?」
“ソレ”は……随分と変わった姿をしていた。
見上げる程に背が高く、浅黒く赤い肌。そしてその特徴的な両肘から先は、まるで血の滴る鋭い“鎌”の様。それから私を見据える巨大な瞳は……何故だか顔の中央に一つしか存在しない。
とにかく。人の様なシルエットをしているが、人でないのは明らかだ。
「え、なにこれ……」
特撮か? いや、それにしちゃあ趣味が悪すぎる。
……何かが違う。
急速に後頭部から体温が失われていくのを感じた。血の気が引くとはこういうことを指すのだろうか?
身体が固まり動けなくなった私を見て、嬉しそうに鋭い歯を剥き出す大きな口元。
「な、何をしてる……早く……逃げなさい……」
「で、でもオジサン……」
私に『逃げろ』と呻くオジサンは、血だまりの中。
その出血は止まらず、彼に残された時間がそう長いものではないと、まだあまり世間を知らない女子高生の私にも充分理解できる程度には凄惨な現場であり……ああ、あれはもしや心臓の鼓動なのだろうか? その切り落とされた断面からは紅いものがリズミカルに押し出される。
「オ、オジサン……」
両膝が左右にガチガチと揺れ、急激な吐き気と共に鳩尾が上がってくる感触を覚えた。
嬉しそうにゆっくりと迫り来る、不気味な紅い一つ目の怪物。本来ならその場から駆け出す筈の私の脚は……恐怖という感情のせいか、全くもって動けない。動かない。
「何してる!? いいから逃げろ──!!」
彼の命を絞った叫びを受けるが、私の身体は強張りその場へ居着いてしまった。
「む、むり……」
そうして“ヤツ”は、強張った私の前へ立ち、見ているだけで震えが来る様な“笑顔”を此方へ向けると……ゆっくりと右手の鎌を振り上げる。
ああ、悟った。多分これ私……死んだな。
突然、子供の頃からの記憶が走馬燈のように流れ、それから急に達観したような気持ちに包まれた。すると今まで強張っていて動かなかった身体から、フワッと自然に力が抜ける。そう、多分だけれどこの時、私は生きる事を“諦めた”のだ。
オジサンごめん、折角私のことを逃がそうとしてくれたのに。あと、助けられなくてごめん。
ふとそんな思いが沸き上がり、いざ死ぬ時って“案外こんなもんなのか?”などという、どうにも現実味の無い考えが頭の中を過ぎった。
ああ、やだなぁ。
せめて死ぬ前にファミ〇キを胃もたれするほど食べたかった。あともちろん、普通の物に加えてピリ辛味のヤツも半分ずつ。ちなみに私はプレミアム的な高級品より、普通のやつが好みの安上がりな女だ。
あっ、でもそれじゃあ真っ二つにされた私の中から、その大量のファ〇チキがコンニチワするのか? いやいや女子高生の最期として、それはそれでビジュアル的に考え物で……うーん、しかし待てよ? 死んだ後の事をどうこう心配するより、どちらかというと大量のファ〇チキを食べて得る満足感の方が勝るというか……
その時だ。鋭い“声”が、“ヤツ”と“私”の間へ割って入ったのは。
「君、下がりなさい──!!」
それは私を“死”から覆い隠してしまう、力強くて大きい、“銀色の何か”。
その“何か”が振りかざされ、命へ迫り来る“死神の刃”を勢いよく弾き飛ばす。
まるで現実味の無いスローモーション映像でも見せられているかの様であり、傍観する私といえば、ただただ呼吸を忘れてあんぐりと口を開けている事しか出来なかった。
──ガキインッッ!!
急に耳を叩く、激しい金属音。
それにより、時の止まった私の世界へ呼吸と色彩が戻る。
私は“その人”に肩を抱かれて体重を預けたまま、ふらふらと後退った。
先ず目に飛び込んで来たのは、金属製の胸当ての様なもの。甲冑……?
「怪我人が……重篤な状態か。おのれ怪物、よくもやってくれましたね!」
見上げるとそこには、綺麗に切り揃えられた蒼い髪を揺らす、凜々しく美しい女性の横顔が。
その人は目の前の怪物をキリリと睨みつけ、先程怪物の攻撃を防いだ盾の様な物の裏から……金属の擦れる音を響かせつつ、細長い中世風の剣を抜き放った。
な、な、な、なにこれ……?
それから蒼髪の彼女は、こちらに向かって『もう心配はいりません』とだけ言うと、私の背後に向かって何かサインの様なものを送る。
もしかすると他にも誰かいるのだろうか? 気になって首だけでそちらを見ようとしていると、急に後ろから両肩を引かれた。
振り返るとそこには、赤いメガネを掛けた金髪の女性。優しそうな人だけど、こちらも厳しい表情だ。
彼女も先の女性と同様、青くて丈の長い中世風の洋服の上に金属製の鎧のようなものを着込んでおり、一見すると映画か何かの撮影中にしか見えない。あっ、背中に弓を背負ってる! この人達は一体……
だめだ、頭がフラフラしてぜんぜん思考が追い付かない。てか何だこの状況、本当に現実か? あっ、これもしかしてドッキリか!? ドッキリでした! みたいなやつ!?
「……ア……リス、すみませんがその男性の治療を最優先で。まだ上級魔……を使えば十分に助かります」
えっ? 何て? 混乱していてよく聞き取れなかったんだけど、今“助かる”って言わなかった? あの瀕死のオジサンが? 助かるの??
私の肩を抱く金髪の女性が綺麗な水色のガラスの小瓶を取り出し、それを地面へ叩きつけながらそれに答える。
「わかったわ。貴女はとりあえずさっさとその“一つ目”を片付けちゃって! それと君、ゴメンね? でも心配しないで。起きたらもう、怖い事は何も覚えてないから……」
そう言った彼女は、私の両目へ掌をスッと被せ、何か小さく呪文の様なものを呟いた。
「えっ……?」
グラリ──
突然、抵抗出来ない程の強い眠気に襲われ、意識が急速に遠のいてゆく。
「あぇっ? あえぇぇ? ファ、ファミ○キが……全部出てくる……かも……知れ……んど……」
「ファ◯チキ……? この娘、一体何を言ってるのかしら??」
そうして意識を失い、それからの事は一切、何も覚えていない。