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2.師と弟子

 バックヤードの副局長室――その書斎机の前で、パトリシア・ハーヴェイは涼しげなまなざしにわずかな呆れの色を滲ませて立っていた。


「……副局長。ここがどこだか、わかっていますね?」

「当然さ。副局長だからね」


 バックヤード副局長ヒラリー・ルー・キャンピアンは気のない答えを返す。

 少年そのものといった容貌をした彼の注意は、目の前のクリスマスツリーに向けられていた。

 部屋の主人の趣味を反映し、警察とは思えないほど華美な装飾を施された副局長室。そこは今クリスマスを目前に迎え、さらに煌びやかに飾り立てられていた。

 天井から吊るされた無数の星や雪の結晶。さらにヒラリーの趣味であるアクアリウムにまで、金のモールやらオーナメントやらが飾られている。

 そんな惨状を前に、パトリシアはため息をつく。


「エッジワースに文句を言われても知りませんよ」

「言われても気にしなきゃ大丈夫。それにエドワードからも許可は得ているからね。――あれ、星の飾りがないなぁ。どこにいったんだろう」

「……局長も何をお考えなのかしら」

「クリスマスを楽しみたいってだけさ。常人も異端者も、そこは同じだろう」


 エドワード――エドワード・バジル・アックストン。

 今この場にはいないその男はバックヤードの局長であり、そして常人だ。

 本来、長い時を生きた大魔法使いであるヒラリーが局長にふさわしいと言われていた。しかし異端者を局長職につけるわけにはいかないという古くからの因習により、バックヤード局長には常に常人が選ばれることになっている。

 もっとも現局長のエドワードはヒラリーの古くからの友人であり、実質ヒラリーに実務を任せているような状態ではあるが。


「エドワードもあと何回クリスマスを迎えられるやら。あいつと、あいつの下手くそな歌がなけりゃクリスマスも退屈になっちゃうよ」

「クリスマスに、ずいぶん寂しいことを考えるのですね」

「まぁね。長いこと生きてるからさ」


 雪の結晶をかたどったオーナメントを取り、ヒラリーはふっとため息をつく。唇は微笑をたたえていたものの、その瞳はどこか寂しげだった。


「……不老になんてなるもんじゃないよ。ラングレーくらいじゃないかな、僕の友人で不老になって後悔していないのは」

「…………先生、」


 パトリシアは呼びかけ、ついで「しまった」と言わんばかりに口を押さえた。

 しかしその一言に、ヒラリーの顔はぱっと明るくなった。


「ふふ、いいね。何年振りだろう、トリッシュ? 僕のこと先生って呼ぶの」

「からかわないでください。あくまで私達は上司と部下。今のは、ちょっと……」

「僕はいつだって君の先生のつもりだぜ。バックヤードに入ったからって、そこは変わらないよ。まだまだ教えたりないのにぃ」

「副局長……!」


 珍しく声を荒げるパトリシアに、ヒラリーはけらけら笑った。

 手の中で弄んでいた雪の結晶をツリーにつけ、満足げにうなずく。


「別に寂しいばっかりじゃないさ。今の僕の望みの一つはね、トリッシュ。僕と知り合った人が、良い奴も嫌な奴も、みんなが皺くちゃになってベッドで死ぬことさ。クリスマスに歌う幸せな爺さん婆さんになって欲しいんだよ。その点では、エドワードは優秀だ」

「平穏な死、ですか」

「そうさ。だからさ、君もそうなれよ。綺麗な婆さんになって死ぬんだ。若いまま死んだらさ、僕は永遠に文句を言うから」

「クリスマスにする話ではありませんね」

「ははっ、なんだかんだ中身は爺さんだからね。思うこともあるさ」


 ヒラリーはまた笑って、オーナメントを詰めた箱の中から最後の一つをとる。

 眠る猫をモチーフとしたそれを見て、ヒラリーはふと遠くを見るような目をした。


「……ラングレーの奴は、どうなのかな」


 その時、けたたましいノックの音が響いた。


「副局長! 失礼いたします!」


 返事も待たずに慌ただしく入ってきたのはダンカンだ。彼は大股で部屋に入り、何かを言いかけ、しかしすぐに仰天した顔で辺りを見回した。


「何です、この惨状は!」

「決まってるだろ、クリスマスだよ。で? どうしたんだ、ダンカン?」

「……ご報告したいことが」


 文句を言いたげにクリスマス飾りをちらちらと見ながら、ダンカンは報告する。

 その内容にパトリシアは眉を寄せ、ヒラリーはため息をついた。


「……悪人と異形にクリスマスは関係ないね」

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