閑話
私が仮にここで暮らしたら、嫁には行けない。それが分かった。
女性は刺繍や詩、ダンスの教養がないと嫁ぐことが難しいとされているらしく、私も同じように学んでみた。詩は聞いたり読んだりして意味を察することは何となくできたが、自分で詩を詠むのは難しい。刺繍は、まず糸を針に通せなかった。フリージアに用意してもらってから練習として丸の形に刺繍してみたが丸にはならず。花の刺繍にも挑戦したが、花どころか何の形か分からない何かに仕上がった。
唯一、ダンスは褒められた。ダンスの練習の時に体幹やしなやかさは、メイスで戦う時に必要になるものだと思った。フリージアにそれを告げたところ、そういう戦闘的な発想はやめてほしいと言われてしまったが、ダンスはステップを踏んだりターンしたりはできたので楽しく続けられた。
まあ、どれもこれも結局経験を重ねれば大丈夫! そう思ってフリージアやカンパニュラ、父と母の前で気合いを入れたが、刺繍だけは誰も頷いてくれなかった。私もそう思う。
それでも女として魅力がないと言われた同然の結果に複雑な思いを抱いていると、母が自信満々に言い放つ。
「大丈夫よイリス。王都では魔法の才能があれば問題ないわ。わたくしもこういったことは得意ではないけれど、魔法が得意なおかげでラビガータ子爵夫人として過ごせているのだから」
「お母様……私、魔法も頑張ります」
カンパニュラ曰く母の刺繍の才能は、私ほどひどくないらしい。……得意なことを伸ばすことは大切なことだ、うん。
「――そういうわけで、私には刺繍の才能がないようです」
もはや恒例行事となったシュベールト様とのお茶会にて私の作品・花を見せたら、シュベールト様の動きが停まった。どうやら「花」にはシュベールト様の動きを停める効果があるらしい。
「…………刺繍の才能が全てではない」
「刺繍の才能がないことは否定なさらないんですね」
「…………」
シュベールト様はわずかに困った顔になった。困った顔を見るのは初めてだ。
「ダンスは得意なんだ、そちらを伸ばしていけばいい」
刺繍は諦めろと言うことですね分かります。
その後も結局、刺繍が上達することはなかった。数年頑張ってみても1mmも上達した気配をみせないなんて、逆にすごい気がする。もうそういう才能かもしれない。前衛的な刺繍をする才能。
やりたいことに挑戦した結果、この世界では嫁に行けないことが分かった。
より一層帰らなくてはいけないという思いを胸に刻み、明日からは魔法とメイスとダンスの練習を頑張ろうと思う。