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ようやく、メイスのサイズを一定の大きさに巨大化できるようになってきた。孫の手サイズ、モップサイズ、物干し竿サイズと色々試した結果、孫の手サイズがお手頃だと分かったが、一回魔法を解く毎にサイズが変わってしまっていた。その為、常に自分が想像したサイズになるよう、微調節をして一発で理想的な孫の手サイズになる魔力の込め方を決める。サイズを大きくすればするほど重くなるので、ブースト魔法との調節も必要だった。
ブースト魔法は、何の能力を上昇させるか決めるところから考えた。筋力アップ・脚力アップと考えていたら、母にそんなに難しく考えなくても大丈夫だと言われたので、もっとシンプルに「物理攻撃力」「物理防御力」「魔法攻撃力」「魔法防御力」「俊敏性」「動体視力」とした。「俊敏性」と「動体視力」は同じかと思ったが、見えなければ動けないので相手の動きを見切る為に「動体視力」は追加することに。本当は体力もいれたかったが、能力とはパラメーターが異なるのか、私の想像力が足りないのか、上昇させることができない。仕方がない。ブースト魔法をかけては巨大化させたメイスを持ち上げて振り回して、を繰り返せばその内体力も鍛えられるはず。
一番怖いのは、反射魔法。魔法のイメージは鏡のおかげですんなりできた。でも、本当に反射できるのか分からないし、自分の目の前にしか反射魔法を発動させらせないのは実践向けではないので、母に手伝ってもらうことになった。で、一番怖かったのはその練習。最初こそ前から小さな火の玉や小さな氷の破片を飛ばしてくるだけだったのだが、日に日に飛ばしてくる物のレベルが上がっていくのだ。最近は炎の魔人、津波、大規模な竜巻、ゴーレムレベルの土人形が襲い掛かってくるようになった。初めて見た時は、本当に本当に本当に殺されるかと思ったものだ。ほんと、生きてて良かった。生きるって素晴らしい!! 更に恐ろしいのが、私が反射したそれらの魔法を相殺してしまう母だ。母以外の他の攻撃魔法を使う人たちは皆こうなのか。恐る恐る聞いてみたところ、父は「リリーは魔法が得意なんだ」で済ませてしまうし、カンパニュラとフリージアは「さすが奥様ですね」と返事になってない。母は「コツを掴めば、攻撃魔法を使う人なら簡単にできてしまうものよ」と笑っていた。いまいち信用ができない。
「お嬢様、旦那様がお呼びです。トリフォイル伯爵家のご子息シュベールト様がいらっしゃっているので、ご挨拶かと思います」
「は、伯爵……?! シュ、シュベールト様ね。ありがとうフリージア」
私が魔法の練習をしているのは、地下である。そもそも屋敷の構造は、1階に広間や応接室、晩餐室、図書室といった人が出入りする部屋。2階に父や母、私の部屋やゲストルーム。地下に使用人たちの部屋、といった感じだ。ラビガータ子爵邸には更に地下2階が存在し、そこで魔法の練習を行うスペースがある。そこなら派手な音がしても多少大丈夫だし、物が置いてないので壊す心配もない。
私は最近ずっとその練習場に入りたびっていて、ほとんど人に会わない。要するに、父に客が来ている最中に呼ばれることが初めてだ。そもそも養子になった時点で色々な人に紹介するものなのでは、と父に聞いたら「直接イリスには会わせてないけど、友人にはイリスのことは知らせたから大丈夫」だそう。大丈夫って何? 私が誰かに挨拶することも、上流階級の貴族の名前を全く知らないことも知っているフリージアは大丈夫じゃないと判断したんだろう。ありがたいことに小さな声で私にお客様の情報を教えてくれた。フリージア大好き。
「イリス、彼はシュベールト卿。イリスとは年齢も近いんだ、仲良くしておくれ」
応接室に向かうと、とんでもないイケメンを紹介された。母のよりも少し白に近い銀髪に、萌黄色の瞳。幼さの抜けてない顔ではあるが、色合いのせいなのか、これでもかというほど整った顔のせいなのか、どこか神聖的な雰囲気を醸し出しているイケメンは「シュベールト・トリフォイルです」と名乗った。この世界の貴族って、皆美しい顔なのかしら……。
私も多少上達した挨拶をして見せると、シュベールト様は口の端をほんのり上げて笑った。すごい、イケメンっていうか美人! 美人ってすごい!! ちょっぴり笑うだけでこんな破壊力あるんだ!
「イリス。シュベールト卿の知り合いに、武器の扱いに長けた女性がいるそうなんだ。ぜひその女性に先生になってもらうのはどうかな?」
「えっ! その方の都合が良ければ、ぜひお願いしたいです!」
カモがネギを背負ってきたー!! ガッツポーズを心の中に留めた私を、誰か褒めて欲しい。
「ははっイリスはそういうことには積極的だね。シュベールト卿、よろしく頼むよ」
「分かりました。日程はどうしましょうか」
「そうだね――」
私の目の前で、先生をいつ呼ぶかの調節が始まる。本当に良かった。このままじゃ、独学でメイスをブン回すところだった。
2人の話合いが終わり、日程が決った。既に父との用事は終わっていたようで、私も父と一緒にシュベールト様を見送る為、玄関ホールまでついて行く。
「ラビガータ子爵、それではまた」
「ああ、また後日。イリス」
「はい! シュベールト様、先生の件本当にありがとうございます。当日が楽しみです」
ここでは頭を下げる文化がないようなので、精一杯の笑顔でシュベールト様に感謝の気持ちを伝える。シュベールト様は挨拶した時と同じように口の端をあげて笑った。でも今のは目も細めていたので、さっきより笑っていると分かった。無表情だと近寄りがたいが、こうして笑うと柔らかい雰囲気になって乙女の心をときめかせてくる。おそらく今は15~16歳くらいなので、あと5年くらい経って幼さが抜けきったら、周囲の女を片っ端から落としていくんじゃなかろうか。どうしよう、めっちゃ想像できる。シュベールト、おそろしい子!
シュベールト様が薄紫色の髪に赤色の瞳の女性と一緒に屋敷に来たのは、数日後だった。女性は「ヒアシンス」という名前で、前の世界で言うと警察みたいな仕事をしているらしい。女性は男性に比べて非力だし彼女自身魔法が使えない為、街で問題を起こした人を取り締まるのに武器を使っているから武器の扱いが得意だということだ。
「私が使いたいのはこれなんですけど、大丈夫ですか?」
「打撃武器ですね……なるほど、基本的なことでしたら私にも教えられると思います」
「良かった! よろしくお願いします、ヒアシンス先生」
練習場にヒアシンス先生を招いてメイスを見せたところ、メイスの重さに顔を引きつらせていたが基本を教えてくれることになった。確かに巨大化後のメイスを簡単に持ち上げることはできない。でも私は怪力じゃないです。魔法のおかげで持てるんですよ、言わないけど。
こうしてメイスの師を得た私は、10日に1度ヒアシンス先生を屋敷に招き、メイスでの戦い方を教わることになった。もちろん謝礼は発生している。
*****
振り回したメイスを避けたヒアシンス先生の木刀が、私の首元に突きつけられる。
「イリス様。その大振りの攻撃では、簡単に見切られてしまいます」
「はい……」
踏み込み方だとか、メイスの使い方だとかを言葉で説明されても分からなかった私。ヒアシンス先生には申し訳ないが、実践から初めてもらうことにした。そこでようやくヒアシンス先生の言っている意味が分かってきたので、どうやら私は動きを理論的に説明されても理解できないらしい。すみません。
「重たい武器は、武器を振った時に隙ができてしまいます。もちろん、その分威力は高いですが」
「うーん、その隙を減らせるようにしたらいいんですね」
どうしたらいいだろうか。ブースト魔法を重ねがけすればいいのかもしれないが、根本的な解決とは違う気がする。いっそのこと、右手にメイス、左手に盾でも持とうかな。うーん、盾か。悪くはない。
「あっ!」
「どうした?」
何故かいるシュベールト様が首を傾げた。ヒアシンス先生が来る日に毎回顔を出しに来るシュベールト様の思考はよく分からないが、今はそんな彼を放置して自分の部屋へと走る。
部屋ではハウスメイドが私の部屋を掃除してくれていた。邪魔してごめんと思いつつ、目的の予備のメイス(原寸)を掴む。それを練習場に行く途中で巨大化させ、地下2階の階段に放り投げていた1本目のメイスを取った。これで2刀流! そうすれば1本は攻撃に使えるし、もう1本は……攻撃に使える! どっちも攻撃だけど、1本目を振ってる最中に2本目でも攻撃できれば、攻撃は最大の防御ってことで、何とかならないだろうか。
「これなら、攻撃した時の隙も減るでしょうか!?」
「イ、イリス様はそのメイスを2本も持てるんですね……」
あっ! これより一層怪力アピールしたことになるんだ! 違いますよ、ブースト魔法のおかげですから! 言わないけど。
ヒアシンス先生の顔が真っ青になった。シュベールト様は無表情だった。
かくしてメイス2刀流で闘うスタイルを身に付けようとしている私だが、気になることがある。
1つ目はずっと気になっていることだけど、ヒアシンス先生との訓練の日に、必ずシュベールト様が来ることだ。ただ、用事があって遅れてきたり途中で帰ったり、ヒアシンス先生がいる時間きっちりいるわけじゃない。
2つ目はヒアシンス先生の視線が、シュベールト様を追っていること。これは始めからじゃなかった、でも気が付いたらそうだった。2人は恋人という感じではないので、ヒアシンス先生がシュベールト様のことを好きになってしまったんだろう。しかしヒアシンス先生はファミリーネームのない、いわゆる平民。シュベールト様はトリフォイル伯爵家の跡継ぎ! 身分の差がある恋愛は乙女のバイブル・ロマンス小説でも人気だ。2人がどんな会話をしているのか聞きたいー! どんなやりとりを経てヒアシンス先生がシュベールト様に恋心を抱いたのか知りたいーっ!
と、ここまでだったらかわいかった。ええ本当に。でも今は非っ常にめんどくさいことになっている。そのめんどうなこととは、シュベールト様が私に声をかけてくださる度にヒアシンス先生からの視線が痛いことだ。
「やだーっ! 女ってホントめんどくさいー!!」
「みっともないですよ、お嬢様」
そう叫びたい。否叫んだ。状況を把握しているフリージアだが、私が寝台の上でバタバタするのが嫌なようで注意を受ける。
大体ヒアシンス先生は私より10個ほど年上だ。20代前半。そんな大人の女性が10代前半の子どもに嫉妬なんて、めんどくせぇな! もっと広い心を持てよ!
「だからこその嫉妬ではないでしょうか? ヒアシンス先生はシュベールト様より年上なので、年の近いお嬢様が羨ましいんですよ」
「そんなどうしようもないこと嫉妬されてもなぁ……っていうか私には関係ないんだから、早く告白でもなんでもして散るなり砕けるなり落ち着いてほしいんだけど」
「それどっちもフラれてます」
それから淑女にあるまじき口調です、とフリージアはため息を吐く。ため息を吐きたいのは私だ。シュベールト様にはメイスの先生を呼んでくれたことを感謝しているが、別の問題を寄越してくるなんて。そりゃあシュベールト様はすごい美人だし、伯爵家の子息だし、狙い目だけども。
「お嬢様とシュベールト卿のご関係をきちんと話せば、ご理解いただけるのでないでしょうか?」
「ご関係っていうほど関係性出来上がってないんだけど、それが一番手っ取り早いのかな」
私とシュベールト様はそういう関係じゃないんで、私のことは無視して少女マンガしててくださいってか?
フリージアは簡単に言うけど、スルッと納得するんだろうか。あ~あ、明日の訓練が待ち遠しいけど、待ち遠しくない。
始まった。始まってしまった。
「シュベールト卿は、その、どのような女性を好まれるんですか?」
訓練の合間の休憩に突然色を出してくるヒアシンス先生。もっと隠せや。ちなみにチラチラ見られているシュベールト様は、そんな視線を気にした風もなく首を傾げて考え込んでいる。この人、この好意的な視線気づいてないみたいなんだよね。気付いてないフリしてるのかなぁ。だとしたら超役者じゃん。多分前者な気がするけど。
「そうですね……強い女性がいいですね」
しかも脈ありなの?! ヒアシンス先生の目がキラキラし始めたので絶対同じこと考えてるわ。
「特に今まで見た事の無い魔法が使えると、よりいいです」
そっちか!! ヒアシンス先生魔法使えない!
そっとヒアシンス先生の方を見てみると、悔しそうにこっちを睨んでいる。目が合ったので、つい思い切り顔を逸らしてしまった。私を睨んだってしょうがないじゃんか!
「ヒアシンス先生はどのような男性がお好きなんですか?」
視線を逸らそうと、話を振ってみると少し嬉しそうな顔をした。そうね、アピールタイム到来だものね。
「わ、私は偏見なく私自身を見てくださる方が好きです……!」
「そうなんですね」
も、もっとなんか言ってあげてよシュベールトさんよぉ。ヒアシンス先生って、嫉妬してきたりするけど押しは弱いな。まあ、女性からアプローチするのはあまりよろしくないんだろう。
「イリス嬢は?」
「えっ私ですか?」
その答えは、用意してなかった。なのでとりあえず、一般的な理想の男性像である「優しくて頼りになる人がいいです」と返事する。私の年齢ならとっても無難な答えだと思うんで、こっち見ないでもらえますかねヒアシンス先生。