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04

「まずイリスがやるべきことは、基本的な知識を身に付けることよ」


 そう言って母が始めたのは、本当に授業だった。教科書の代わりに「猿でも分かる魔法の基礎」と書かれた本を読んだ。本の選定に悪意があるような気もするが、読んで納得、本当に超絶分かりやすい内容だった。書き方も軽めで、読みやすい。


 この世界における魔法は、属性と種類が分かれている。

 属性は、「火」「水」「土」「風」「光」「闇」。「火」「水」「土」「風」はセットで、「火」は「水」に弱く、「水」は「土」に弱く……といった4すくみだ。「光」と「闇」はお互いに弱点。ただし、物理的に量が負けていたら弱点も何もない。家一軒を覆う炎を水1Lで消せないように。この仕組みはファンタジー世界ではよくある属性関係のため、覚えるのに苦労はいらない。

 種類は、「攻撃魔法」「回復魔法」「防御魔法」「オリジナル魔法」の4種類。「攻撃魔法」「回復魔法」「防御魔法」は見て読んだままだが、めんどくさいのが「オリジナル魔法」だ。これも見たままの意味なのだが、その名の通り生まれつきだったり編み出したりと、人による。例えば、「植物」や「音」を操る魔法はここに該当する。オリジナル魔法は属性から外れるが、これも物理的に弱いものには弱い。「植物」なら燃やせるので「火」、「音」は阻まれるので「土」に弱い。要するに、各個人で能力が違うので対策を取りにくい。


 しかし、使用できる魔法の種類は個人で異なる。自分の魔力を100%とした時、攻撃魔法100%だと攻撃魔法しか覚えられない生粋のアタッカー魔法使いタイプ。回復魔法80%・防御魔法20%だと、回復特化の僧侶タイプ。オリジナル魔法の割合が多いと、トリッキーな魔法使いタイプ。攻撃魔法30%・回復魔法20%・防御魔法20%・オリジナル魔法30%だと、苦手分野がない。魔力量が平均以下の人だと器用貧乏になるし、魔力量が多い人だとオールラウンダーの強敵になる。

 使用できる魔法の属性と種類は生まれ持った才能なので、努力では変えられない。ただ「オリジナル魔法」はセンスがあれば自分で作ることができる。


 少しややこしいが、魔術大会優勝には必要な知識なので頑張って詰め込む。基礎が理解できていなければ実践もできない。

 ちなみに、自分の使える属性・種類は専用の魔道具で調べることができるそうなので、私も母に調べてもらえることになった。


「これに触れて、魔力を流してちょうだい」


 母の持ってきた時計のような魔道具を掴む。「魔力を流す」がどういうことなのか分からなかったので尋ねてみたが「胸から流れるように送るのよ」と返ってきたので、とりあえず心臓から流すイメージをしてみる。

 すると魔道具の針がぐるぐると回転し始め、何周かするとピタリと止まった。よく見ると、針と針の間が色づいている。


「あら。イリスは攻撃魔法と回復魔法が使えないみたいだわ」

「そんな!」

「でも、防御魔法が30%・オリジナル魔法が70%よ。オリジナル魔法がたくさん使えるわね」


 なら良かった……のかな? いやいや!! 攻撃魔法と回復魔法0%じゃん!! 攻撃できない! ということは、オリジナル魔法は攻撃できる手段にしなくてはいけない。母曰く現段階で私はオリジナル魔法も習得していないということで、まっさらな状態からスタートということだ。ええ、ということは、戦術を考えてオリジナル魔法を創作するところからですね。あーこういうのって、普通どのくらい時間がかかるものなのかな?




 翌日「本日の淑女教育」をこなした私は自室にこもり、オリジナル魔法で攻撃魔法に対抗する策をいくつか考えてみた。

 1つ目は、相手の攻撃魔法を反射すること。相手の攻撃魔法を選ばずに発動することができれば、万能である。相手の不意も付けるが、相手もカウンタータイプだったら攻撃ができない。

 2つ目は、相手を状態異常に陥らせること。毒とか麻痺とか、とにかく相手の動きを制する。毒だったら相手の体力も奪えるし時間が経てば行動不能にさせることもできる。ただ、相手が倒れるまで時間を稼ぐ必要がある。

 3つ目は、相手や自分の能力を操作すること。自分には能力上昇魔法を、相手には能力下降魔法をかければ、ノーマル状態の実力が僅差でも、これで有利になるはず。しかし、現段階で私の攻撃力が0なので0に何をかけても0だ。別で攻撃手段がいる。

 うーん。とりあえずこの3案を紙にまとめてみる。よく誰かに使われている魔法で対抗されるか否か確認してみよう。


「ごめん、分からない」


 なんと、父は魔法が使えなかった。執事のカンパニュラ――以前から登場していた燕尾服の男性である――も魔法は使えず、この屋敷内で魔法が使えるのは母だけだと分かった。母は偉大だ。父はここぞという時に役に立てなくて涙目だった。実は私に魔法の基礎を教えようとしてくれたこともあったのだが、母が父を押し退けて自分が教えると申し出たのだ。あの時は父の仕事が忙しいから母が教えてくれるのかと思っていたが、違う理由だったのかもしれない。


「イリスはなかなかおもしろい発想をするのね」


 元の世界のゲームを参考にしただけなのだが、この世界ではあまりない発想なんだろうか。


「でも、この2つ目の案は実践向けではないわね」


 口に入った毒物なら即効性もあるだろうが、肌に触れただけでは即効性も効果も薄くなる可能性が高い。精々皮膚を爛れさせたり、変色させたりが関の山、と母は言った。……上品な顔して、母が言うことはなかなかエッジが効いている。

 だが、反射と能力上昇はいい案とのこと。能力下降は相手が動く為、相当狙いを定めないと当たらないかもしれないということで、覚えてもいいが他に覚えることがあるのならそっちを優先した方がいいかもしれない、らしい。母は一体何者なんだろうか。


「そうそう。魔術大会は、魔法がかかった状態での入場は不可能なの。だからイリスなら、能力上昇魔法は試合開始の合図後にかけないと駄目ね」

「なるほど。能力上昇魔法をかけるまで、私は無防備ということですね」

「ええ。でも、試合は個人の魔法能力によっては武器の持ち込みも可能なの。そうね、例えば武器を作り出す魔法や武器を巨大化させる魔法を使うことを運営に申請すればいいのよ」

「ということは、私も武器を使う魔法を作れば能力上昇魔法をかけるまでの無防備な時間を減らせる――……」

「そっちも面白いけれど、能力上昇魔法と組み合わせても面白いと思うわ。イリスが筋力を上昇させてしまえば、か弱い乙女が使うと思えない武器を使うこともできるのよ」

「確かに、大男が大斧を使うのは予想できても、私が大斧を振り回すのは予想しづらい。つまり、相手に隙ができる可能性が高くなる……!」

「そうよ、イリス! 自分に合った戦術を見つけることが、優勝への第一歩よ!」

「はい、お母様!」


 何だか熱血な方向に傾き始めた気がするが、多分気のせいだろう。そしてお母様は本当に何者なんだろうか。


 ああでもないこうでもないと悩んだ結果、私のオリジナル魔法をどう持っていくかを決めた。

 1つ目は、能力上昇魔法。長いので「ブースト魔法」とする。特に魔法防御力を上昇させれば相手からの攻撃はけっこう防げる。

 2つ目は、無機物巨大化魔法。武器にする物を決めて試合が始まってから巨大化させ、相手の不意をつく。そしてその武器を振り回して戦う。

 3つ目は、切り札・反射魔法。予想してない攻撃になるのはもちろん、私の能力が及ばなくても使用できる。見破られてしまわないよう、乱用はしないでいきたい。


 母にも相談しながら考えたので、結構いい感じだと思う。

 ただし、今からこの3つの魔法編み出して覚えるんですけどね。これからが本番なんですけどね。むしろこっからが辛い道のりですけどね。これから一層スパルタになるかもしれない母の指導に、少しだけ眩暈がした。





「イリス。リリーから聞いたよ、武器を持つんだって?」


「武器を持つなんて心配です!!!!」父の顔にはそう書かれていた。そういえば母が「武器を持つことはあなたが選んだのだから、あなた自身で何とかするのよ」と言っていた。武器の調達のことかと思ってたが、コレ――もとい、父の心配のことだったのか。


「年頃の女の子が、そんな危険な……」

「いいえ、お父様。危険だからこそ持つのです。いざという時に、自分の身くらい守れるように!」

「イリス……!」


 父は大袈裟に涙を潤ませる。いつも思うが、私の両親は何歳なんだろう。言動からも見た目からも年齢が分からない。


「せめて、刃物は避けてくれないか。ちょっとしたことでイリスの肌を傷つけるかもしれないと思うと不安なんだ」

「大丈夫です、お父様。刃物類は扱いが難しそうなので、鈍器にする予定でした」


 父は遠い目をしたが、「ちょっと待ってて!」と階段を駆け降りていった。私の部屋でお茶の準備をしていたフリージアは目をぱちくりさせて父が開け放した扉を見ている。かわいい。

 待つこと数分。フリージアの淹れてくれたお茶を飲みながら待っていると、扉から父が転がるように飛び出してくる。埃が立つから一旦落ち着いてほしい。


「良かったら、これを参考にしてみたらどうだろう」


 父が差し出した本のタイトルは「猿でも分かる世界の武器集」だった。……両親は、私のことを猿だと思っているのかもしれない。

 そもそも誰だシリーズ化した奴はと憎々しく思いながら表紙を開くと、これまた憎々しいことに分かりやすい内容だった。丁寧に図解までされているし、武器の長所短所も載っている。


「これなんかどうだい?」


 父が薦めてきたのは「チャクラム」と書かれた輪の形をした武器だった。悪くはないけれど意外性がないなと思って詳細を読むと、輪っか状の刃物だったので父自ら却下した。ちゃんと読んでから薦めてほしい。


「これはどうですか、お嬢様」


 フリージアが無表情で薦めてきたのは「ノコギリ」だ。何で今までの話を聞いてそれにしようと思ったのかも分からないし、なんで数ある武器の中から、本来の使用目的が武器じゃない物を推してくるのか。


「それでは、こちらはいかがでしょうか」


 カンパニュラがにこやかに薦めてきたのは「トンファー」だ。前の2人より意見に沿っているが、やはりあまり意外性はない。これを装備したら「咬み殺すよ」等と言いながら、斬撃ではなく打撃を与えるという矛盾を生み出しそうだ。


「あっこれなんて意外じゃないかな」


 再び父が薦めてきたのは「モーニングスター」だ。棘のついた鉄球に鎖がついた武器。意外だけど棘ついてんじゃん! 刃物は肌を傷つけるかもしれないから駄目なのに、なんで棘はいいんだよっ!! 父のことを理解できる日は来ない気がする。

 モーニングスターのページをパラリと捲ると、ある武器が目についた。


「あ……これなんかいいかも」

「確かに、棘も刃物もついていませんね」

「お嬢様の外見とはミスマッチで、意外性もあります」

「なんか厳つくない?」

「旦那様が先ほど薦めた武器よりかは厳つくないかと」


 これと決めたら早速父におねだりをして、武器を作ってもらう手配をする。武器と言っても巨大化させて戦うので、精密かつ小さいサイズで作ってもらう。

 武器が出来上がるまでに他の2つの魔法も形にする、を目標に私は魔法の創作にのめり込んでいった。




 *****




 武器が出来上がった。私が選んだ武器は「メイス」だった。と言っても、先端の形状を変えた特注のメイス。

 メイスは通常、杖の先が打撃用の装飾にされている打撃武器だ。私はそれを装飾ではなく、大きな球状に変えて貰った。巨大化されると、人の頭より大きな鉄球がついた短めの杖になる。モーニングスターの鉄球の棘を取り、鎖を棒にした感じといったところか。巨大化する前はヘアピンと同じくらいのサイズで、鉄球を貫く杖の先端の形をフック状にして、襟や袖に引っ掛けられるようにした。そうすれば持っていることがバレにくいし、落としにくい。

 女の子らしさ皆無とか言わないで欲しい。私だって、勝ちに行くんだから半端な覚悟ではない!

 と思っていたら、かわいげのないメイスの見た目に、父と母が口を出したらしい。「かわいくなるように」という理由で色は金色で杖も鉄球も、植物のような無機物のような不思議な模様が描かれている。手紙にも馬車にも描かれているこの模様、気に言っているんだろうか。もしくはラビガータ子爵の物という証なのか。でも、その模様が彫られているのはかわいかった。これなら予備にもう1本くらい欲しい。

 ところでこの武器を作るのに母が携わっていると小耳に挟んだ。父が「壊れにくい素材を使ったんだ」と自慢していたが、母が関わったとなれば、魔法の金属とか魔法で強化された金属とかなのかもしれないが、教えてくれないのでよく分からない。


 ブースト魔法も反射魔法もだいぶ形になってきたし、今後はメイスも使えるように鍛錬を積まなくてはいけない。そんな私の意気込みを知らない母は爆弾を落とす。


「わたくし、武器は使えないのよね。ゼフィランサス様もカンパニュラも無理だし……どなたか居ないかしら」

「えっ! お母様は使えないのですか!」


 武器を使った戦術を薦めてくる――しかも魔法にとても詳しい――母だから、武器まで使えるなんて母は軍人? くらいに思っていたが、まさかそんな……! そりゃあすべて完全に母を頼りにしていた私が悪いんだけど……どうしよう。

 狼狽えた私に気付いた両親は、元気づけるように笑顔を浮かべた。


「大丈夫! 知り合いに武器の扱いに長けた人の1人や2人いるからさ……多分」

「そうですわね! 大丈夫よ……多分」


 最後の一言がなければ、心から喜べた気がする。

 とにかく、母に甘えまくっていたのは分かったので、自分のできる魔法の練習から始めていこう。

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