新たな旅の決意
答え辛そうに視線を外した風花さんの姿に、思わず腕の力が抜けてしまった。
「“滅ぶべき剣”って、いったいどういう事なんですか!?」
「まず、かぐやちゃんが構えていたあの型。あれは抜刀術といって、斬る瞬間まで刃を抜かない、東方に伝わる比較的珍しい剣術なんです。害獣戦闘との相性もあって使い手がそもそも少ないんです。今の時代、害獣相手の剣術としては使い勝手が悪く、不規則な動きの害獣相手に抜刀術だけで応戦するには、かなりの鍛錬と経験が求められ、使い手が次々と倒れていったんです。今現在抜刀術にいい印象を持っている人が少ないんです」
そういうことか……。不規則で多勢な害獣との戦闘では、常に刃を抜いていた方が効率的だ。それに精霊術が発達した今は、刃に精霊術を纏わせた攻撃手段も珍しくない。単純に時代に合わない剣術という事なのか。
「でも、珍しいだけで使っている人はいるんですよね? それならどうして月下の剣術が途絶えたんですか?」
「ご存知ないかもしれませんが、月下の剣術は“悪魔術”を使っていると恐れられていたんです」
血の気が引いたとはこのことだろうか。思ってもみなかったその言葉、“悪魔術”という単語。そして僕の脳裏には、かぐやの家の蔵で見つけた、あの事件の原因でもある一冊の悪魔書を思い出していた。
あの書物がなぜあそこにあったのか。確信したくはない疑惑が次々と浮かんでくる。
「そんな……、悪魔術なんて」
「私は当時の月下の剣術と手合わせしたことがないので確かな事は何も言えません。ですが、聞いた話だと、打ち合いの最中、月下の剣術を受けた者は、突然夢を見るらしいのです」
なにかを思い出すように瞳を閉じ、口元にそっと手を添えた風花さん。やがて静かに目を開くと、強い眼差しで見つめられた。
「この噂が本当か否か、どんな剣術なのかはわかりません。ですが、不気味に思った東方で噂が広まり、邪道、悪魔の力という理由で、月下の剣術を使う者は誰一人いなくなったというのは事実で間違いないと思います」
それで“滅ぶべき剣術”と呼ばれていたのか。
悪魔術を利用しているという話が本当なら、奇異の対象にされるのも否定はできない。
でもそれはまだ可能性の話だ。
確かめたい。かぐやのお父さんやお爺ちゃんが継承してきた剣術は、悪魔の力なんかじゃないことを。なによりかぐやがそう思うはず。
「――そうか。だから……」
「え?」
もしかしてかぐやはそのことを証明する為、家族が大切に受け継いできた剣術が、滅ぶべき剣術じゃないことを証明する為に、敢えてそれにこだわっていたのか。
そう思った途端に、居ても立っても居られなくなった。
僕には何ができるだろう。もう一度月下の剣術を蘇らせる方法はないか? いつの間にかそんな考えが止まらなくなり、暫し虚空を睨んで立ち尽くしてした。
「ジンくん、どうしました?」
「……風花さん、途絶えてしまった剣術をもう一度覚えたいなら、どうしたらいいんでしょう」
そう尋ねると、やれやれと呆れたようにふっと笑った。少し待っていて下さい、と言って立ち上がると、稽古場の隅に置いてあった古そうな本を手に戻ってきた。手渡されたそれを開いてみると、簡単な絵と共に、騎士学校で習った基礎剣術の型についてびっしりと解説が記されていた。
「これって、剣術指南書ですか?」
「はい。剣術の家元にとって家宝とも言えるものです。ほとんどの場合、継承される剣術の全てがこういった形で残されています。もしかぐやちゃんのご実家にこういったものが残っているのならば、途絶えた月下の剣術を忠実に再現できるかもしれません」
「本当ですか!?」
「ですが間違えないでください。私が指南書を読み解いてかぐやちゃんに伝えられるのは本当に基礎的な部分のみです。それにこれは指南書があればのお話しです。随分と昔の話みたいですし、残っていないことも十分に考えられます」
そうか、まだ安心は出来ないってことか。でも月下の剣術を復活させられる可能性が繋がった。それだけでも十分な収穫と言える。
「わかりました。――そうなると、後は月下の剣術の指南書を探しに行かないと……」
少しの間ティナ先生に休み貰わないといけないな。ティナ先生も心配していたみたいだったし、いい返事をくれるだろう。
その前にかぐやと相談ないとなぁ。
――あの場所に帰るのは、いったい何年振りだろう……。
離れた窓から少しだけ見えていた空色に、子供の頃見たあの空を思い出した。




